工藤さん家の娘さんは目が見えない。
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靴紐を結び手すりに捕まりながら立ち上がる。玄関で静かにしていた相棒であるジャーマン・シェパードのムクが足元まで歩いてきたのが分かり頭を一度撫でた。そして後ろで心配そうにしている母に顔を向け声を掛ける。
「ならちょっと行ってくるね。」
「本当にお母さん着いていかなくて大丈夫?」
「お母さんは新一のお迎え行かなきゃでしょ?この子もいるし大丈夫。」
それでも渋る母を何とか説得し壁にあるホルダーから白杖を取りムクと玄関を出た。
柔らかい午後の日差しが頬を包む。春うららとはこの事だと思いながら道を歩く。
世界から光も色も何もかもが消えてから何年もの月日が経った。
大きく変わった日常に戸惑い、恐怖し、全てに絶望していた私はそれでも見捨てず時には私以上に私のことを心配して叱ってくれた家族のおかげで諦めることなく生きてこれた。たまに事故のことがフラッシュバックしたり傷跡が痛んだりすることもあるが、それでも私は幸せだと胸を張って言える。
道の端を歩いていると数メートル後ろからエンジン音が聞こえた。この音からして車だろうとムクと立ち止まる。すると車は通過することなく速度を落とし私の隣に並んだ。機械音がする。窓の空いた音だ。
「ハァイ、Kitty。お出かけ?」
「クリスさん!」
よく知る声に緊張から一気に気分を高揚させおよその距離を予測し手を伸ばす。
彼女、母の友人であり大女優のクリス・ヴィンヤードさんは化粧しているであろうに嫌がることもなく、逆に伸ばした手を取り自身の頬へと導いてくれた。
「日本に来られてたんですね!」
「ええ、野暮用よ。」
上がる頬肉に添えた手の甲を撫でる彼女の声音はいたずらっ子のように楽しそうだった。目的地まで乗せてくれるという言葉に甘えムクと共に後ろの席へと座る。膝に顎を乗せリラックスするムクを撫でているとそれにしてもと声がかかった。
「平日の昼間とは言え独り歩きなんて…。気をつけなさいよ。」
「あはは、そうですね。」
笑い事じゃないと続いたお叱り言葉に母と同じ思いを感じて嬉しくなった。
去年の事だ。
その時はムクが体調を崩し私一人で学校からの帰路を歩いていた。白杖を規則的に左右に揺らしながら危険がないか確認していく。隣にあるブロック塀を時々伝いながら、この角を曲がれば家の前の道路だというところでそれは起こった。
靴紐タイプのシューズ履いた、足音からして男。
その男が猛スピードで私に迫るといきなり持っていた白杖を奪おうとしてきたのだ。何が起きたか一瞬分からなかったがこの杖を何とか死守しようと、その男に負けないよう引っ張り止めてと声を上げた。少し上の方で聞こえたせせら笑いに内心恐怖で一杯だった。そして同時にこの声と学校で聞いた声がリンクする。それは度々私に嫌がらせをしてきた同級生と同じだった。
恐怖でパニックになりかけ涙も震えも止まらなかった。大声を出さなければいけないのに声は喉の奥で引き攣って出てこない。段々と力負けし始め、ついに身体が傾いたその時、
『何をしているんだ!!!』
高い男の人の声だった。
駆けてきたその人は倒れそうな身体を支え抱きしめてくれ、同級生の言葉が途絶えたのと同時に相手の手から白杖を離してくれた。
大丈夫かと怪我はないかと聞いてくる声があまりにも優しくて、泣きじゃくって膝から崩れてしまった私を傍でずっと慰めてくれた。気晴らしにとギターも弾いてくれた。
サイレンの音が近くに聞こえてきて行ってしまったその人にどうにかお礼が言いたくて、私の記憶力と父の推理力で血眼になりながら探し出した時は、あまりの必死さに笑われてしまったけれど。
いじめは無かった。嫌がらせから庇ってくれる友達もいた。頼りになる先輩も守ってくれる先生もいた。でも学校には戻れなかった。
母も父も5歳離れた新一も、無理にとは言わなかった。でも私が学校を好きだったのを知っているからいつか戻れたらいいね、と言ってくれた。
それはクリスさんも同じで無理矢理スケジュールを空けて会いに来てくれた時は思わず涙してしまったものだ。両親以上に怒り狂った時はどうしようかと思ったが、愛されている証拠なのだとむず痒くなった。
「さ、着いたわよ。」
「ありがとうございます。」
クリスさんの言葉に途端に仕事モードに入るムクと一緒に車を降り、送ってくれたお礼をもう一度運転席の窓から告げる。
「本当に気をつけなさいよ。何なら帰りも送るわよ。」
「流石にそこまで迷惑はかけれませんよ。それに今日はお兄さんが送ってくれますし!」
「お兄さん?」
怪訝そうな声から何となく気配がピリつくのが分かる。クリスさんは私に男が近くことを良しとしていない。前のような事があると嫌なんだそうだが、助けてくれた贔屓目を抜いてもお兄さんはそんな事するような人とは到底思えなかった。
「緑川唯って人なんだけど、ギターが上手なんです。」
「…………………………………………へぇ?」
地獄の底から這い出たような声だった。
急いで頬に触れるギリギリの所でリップ音を残し挨拶もそこそこにして足早にその場を後にする。知り合いなの?とかなんでそんな怖い声?とか聞きたいことはあったが、やぶ蛇は御免だ。
クリス・ヴィンヤードにとってその子供は友人の娘という以外の認識はなかった。
工藤かなえ。
工藤優作と工藤有希子の間に生まれ、幼い頃の事故で両目の視力を失った不憫な少女。全体的に父親似のその端正な顔は常に瞼がおり、しかし母親似のお人好しなところを前面に出した風体は決して自分の人生に悲観していなかった。
そんな彼女は何故か、クリスによく懐いた。
子供が懐く理由なんて解るわけないが自分の態度や風貌は決して子供に好かれるものではない。
役でなければ極力関わりたくない。子供と悪魔は同じなのだ。
「ちょっと!どうということなの!!?」
普段からは考えられないくらい慌てふためいたクリスはその日工藤家を訪れた。
乱れた髪の隙間から見えたのは3人がけのソファーに座り涙の跡を頬に濃く残す子供と、その子を挟み守るように寄り添う有希子と旦那の姿だった。
「クリスさん…。」
青白い顔を上げた子供は生気の感じられない沈みきったかすれ声で名前を呼ぶ。考えるよりも先に身体が動いていた。
「無事で良かった……!!」
きっと外面にはない大きく深い傷は内面で血を流している事だろう。それでも、本当に、本当に良かった。
少しづつ震えが強くなる身体を守るように掻き抱く。子供だろうが大人だろうが人が死ぬのも殺すのも慣れたものだった。けれど、この子供は、この子だけはそんな不条理に犯されて欲しくなかった。
絆された、と言えばそれまでだが、きっと文字通り頑張って生きていくこの子が羨ましくその中でキラキラと光る姿に憧れていたのだと、クリスは泣き出してしまったその子供の声に在りし日の自分を重ねながら頭を撫で続けた。
「ならちょっと行ってくるね。」
「本当にお母さん着いていかなくて大丈夫?」
「お母さんは新一のお迎え行かなきゃでしょ?この子もいるし大丈夫。」
それでも渋る母を何とか説得し壁にあるホルダーから白杖を取りムクと玄関を出た。
柔らかい午後の日差しが頬を包む。春うららとはこの事だと思いながら道を歩く。
世界から光も色も何もかもが消えてから何年もの月日が経った。
大きく変わった日常に戸惑い、恐怖し、全てに絶望していた私はそれでも見捨てず時には私以上に私のことを心配して叱ってくれた家族のおかげで諦めることなく生きてこれた。たまに事故のことがフラッシュバックしたり傷跡が痛んだりすることもあるが、それでも私は幸せだと胸を張って言える。
道の端を歩いていると数メートル後ろからエンジン音が聞こえた。この音からして車だろうとムクと立ち止まる。すると車は通過することなく速度を落とし私の隣に並んだ。機械音がする。窓の空いた音だ。
「ハァイ、Kitty。お出かけ?」
「クリスさん!」
よく知る声に緊張から一気に気分を高揚させおよその距離を予測し手を伸ばす。
彼女、母の友人であり大女優のクリス・ヴィンヤードさんは化粧しているであろうに嫌がることもなく、逆に伸ばした手を取り自身の頬へと導いてくれた。
「日本に来られてたんですね!」
「ええ、野暮用よ。」
上がる頬肉に添えた手の甲を撫でる彼女の声音はいたずらっ子のように楽しそうだった。目的地まで乗せてくれるという言葉に甘えムクと共に後ろの席へと座る。膝に顎を乗せリラックスするムクを撫でているとそれにしてもと声がかかった。
「平日の昼間とは言え独り歩きなんて…。気をつけなさいよ。」
「あはは、そうですね。」
笑い事じゃないと続いたお叱り言葉に母と同じ思いを感じて嬉しくなった。
去年の事だ。
その時はムクが体調を崩し私一人で学校からの帰路を歩いていた。白杖を規則的に左右に揺らしながら危険がないか確認していく。隣にあるブロック塀を時々伝いながら、この角を曲がれば家の前の道路だというところでそれは起こった。
靴紐タイプのシューズ履いた、足音からして男。
その男が猛スピードで私に迫るといきなり持っていた白杖を奪おうとしてきたのだ。何が起きたか一瞬分からなかったがこの杖を何とか死守しようと、その男に負けないよう引っ張り止めてと声を上げた。少し上の方で聞こえたせせら笑いに内心恐怖で一杯だった。そして同時にこの声と学校で聞いた声がリンクする。それは度々私に嫌がらせをしてきた同級生と同じだった。
恐怖でパニックになりかけ涙も震えも止まらなかった。大声を出さなければいけないのに声は喉の奥で引き攣って出てこない。段々と力負けし始め、ついに身体が傾いたその時、
『何をしているんだ!!!』
高い男の人の声だった。
駆けてきたその人は倒れそうな身体を支え抱きしめてくれ、同級生の言葉が途絶えたのと同時に相手の手から白杖を離してくれた。
大丈夫かと怪我はないかと聞いてくる声があまりにも優しくて、泣きじゃくって膝から崩れてしまった私を傍でずっと慰めてくれた。気晴らしにとギターも弾いてくれた。
サイレンの音が近くに聞こえてきて行ってしまったその人にどうにかお礼が言いたくて、私の記憶力と父の推理力で血眼になりながら探し出した時は、あまりの必死さに笑われてしまったけれど。
いじめは無かった。嫌がらせから庇ってくれる友達もいた。頼りになる先輩も守ってくれる先生もいた。でも学校には戻れなかった。
母も父も5歳離れた新一も、無理にとは言わなかった。でも私が学校を好きだったのを知っているからいつか戻れたらいいね、と言ってくれた。
それはクリスさんも同じで無理矢理スケジュールを空けて会いに来てくれた時は思わず涙してしまったものだ。両親以上に怒り狂った時はどうしようかと思ったが、愛されている証拠なのだとむず痒くなった。
「さ、着いたわよ。」
「ありがとうございます。」
クリスさんの言葉に途端に仕事モードに入るムクと一緒に車を降り、送ってくれたお礼をもう一度運転席の窓から告げる。
「本当に気をつけなさいよ。何なら帰りも送るわよ。」
「流石にそこまで迷惑はかけれませんよ。それに今日はお兄さんが送ってくれますし!」
「お兄さん?」
怪訝そうな声から何となく気配がピリつくのが分かる。クリスさんは私に男が近くことを良しとしていない。前のような事があると嫌なんだそうだが、助けてくれた贔屓目を抜いてもお兄さんはそんな事するような人とは到底思えなかった。
「緑川唯って人なんだけど、ギターが上手なんです。」
「…………………………………………へぇ?」
地獄の底から這い出たような声だった。
急いで頬に触れるギリギリの所でリップ音を残し挨拶もそこそこにして足早にその場を後にする。知り合いなの?とかなんでそんな怖い声?とか聞きたいことはあったが、やぶ蛇は御免だ。
クリス・ヴィンヤードにとってその子供は友人の娘という以外の認識はなかった。
工藤かなえ。
工藤優作と工藤有希子の間に生まれ、幼い頃の事故で両目の視力を失った不憫な少女。全体的に父親似のその端正な顔は常に瞼がおり、しかし母親似のお人好しなところを前面に出した風体は決して自分の人生に悲観していなかった。
そんな彼女は何故か、クリスによく懐いた。
子供が懐く理由なんて解るわけないが自分の態度や風貌は決して子供に好かれるものではない。
役でなければ極力関わりたくない。子供と悪魔は同じなのだ。
「ちょっと!どうということなの!!?」
普段からは考えられないくらい慌てふためいたクリスはその日工藤家を訪れた。
乱れた髪の隙間から見えたのは3人がけのソファーに座り涙の跡を頬に濃く残す子供と、その子を挟み守るように寄り添う有希子と旦那の姿だった。
「クリスさん…。」
青白い顔を上げた子供は生気の感じられない沈みきったかすれ声で名前を呼ぶ。考えるよりも先に身体が動いていた。
「無事で良かった……!!」
きっと外面にはない大きく深い傷は内面で血を流している事だろう。それでも、本当に、本当に良かった。
少しづつ震えが強くなる身体を守るように掻き抱く。子供だろうが大人だろうが人が死ぬのも殺すのも慣れたものだった。けれど、この子供は、この子だけはそんな不条理に犯されて欲しくなかった。
絆された、と言えばそれまでだが、きっと文字通り頑張って生きていくこの子が羨ましくその中でキラキラと光る姿に憧れていたのだと、クリスは泣き出してしまったその子供の声に在りし日の自分を重ねながら頭を撫で続けた。