軍刀女士の大戦記
空欄の場合は夕凪になります
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「鶴丸国永の世話係、ですか…。」
とある本丸の一室で、審神者である閣下に対面した私は混乱していた。
ここ相模国にある我が本丸はそこそこ歴が長く、トップではないにしろ優秀な戦果をいくつか挙げていた。そのため他の本丸の後始末や刀剣男士の引き継ぎなど政府からの要請を受けることも少なくない。
今回もそんな国からのお達しだったが、いつもなら初期刀か古参が陛下と話し合い用途に応じて刀剣を派遣するのに何故か閣下は私のみを名指しで指名した。
そして通された閣下の自室で私は今回の要請を聞いている。
「あぁ。というのもうちに引き継ぎされるその鶴丸国永は最近粛清された、所謂ブラック本丸の刀剣男士なんだ。」
「なるほど…。まぁうちには鶴丸国永はいませんから丁度いいですが、しかしそれなら何の関わりもない私より燭台切殿や大倶利伽羅殿、もしくは三条の方がよろしいのではないでしょうか?」
「それがなぁ、どうもそこの審神者は鶴丸国永に夜伽をさせていたらしくてな。燭台切や大倶利伽羅なんかは庇おうとして故意に折られたらしく、自分のせいだと近づこうとしないんだ。しかも男の人間を酷く嫌っている。」
閣下は面の下から覗く口元を歪め言った。なんともまぁ惨い話だ。他の刀剣には自責の念から関われず、かと言って人間の男は嫌悪感が強く頼りたくない。だから関わりもなく女体である私に白羽の矢がたったのかと1人納得する。私はこの本丸では新参者だが閣下やひいては国のためになるならばと二つ返事で引き受けた。
引き継ぎの日、本丸へと数名の役人に連れられてきた鶴丸国永を閣下と2人で出迎える。白一色の姿は資料で見た通りだが、その顔は酷く生気のない色をしていた。
「お待ちしておりました鶴丸国永様。当本丸の審神者、三珠と申します。こちらは夕凪、我が本丸の刀剣でございます。」
お辞儀をする閣下に続き頭を下げる。
しかし鶴丸国永は無言を貫くばかりで反応がない。まぁ概ね予想通りか。
「こちらこそ有難う御座います。それでは後は担当の者が説明致しますので、私共はこれで。」
鶴丸国永に代わり役人の1人が口を開き、そのままこの本丸の担当以外を残し去っていった。
今のところ敵意や殺意は感じないも空虚な瞳は何を考えているか分からない。ちらりと鶴丸国永に目を移しいざとなれば私が、と腰に提げた柄に触れながら前を行く閣下の後に続いた。
閣下は役人と何やら2人で話があるらしく、私と鶴丸国永は一室で向かい合って座って待っていた。
まだ昼前ということもあり開け放たれた障子からは陽の光が入り込む。庭から鳥の鳴き声と短刀達の笑い声がお互い無言のこの場では酷く響いた。
気まずいな…。けれど造られた年代も使われた時も全く掠らない私と彼とで会話など出来るはずもなく、またブラックとは程遠いこの本丸で活動している私が本丸関連の話をする訳にもいかずどうしたものかと悩む。静寂は嫌いでないが重苦しい沈黙は居心地が悪い。何か会話の糸口はないものかと先に渡された鶴丸国永の資料を思い出す。うーん、話題になるようなものはないな。
態度には出さないが心の中でウンウンと唸っていると、ポツリと鶴丸国永が口を開いた。
「刀剣は男士だけだと思っていたが、驚いたな…。」
初めて目線が合う。
琥珀の瞳は相変わらず感情を映さないも鏡のように私の顔を反射した。
ふむ…と顎に手を当てる。確か、サプライズ等の"驚き"が好きだと書いてあったな。
「女体は珍しいですか?…触ります?」
「いや…。」
苦い顔をされた。
冗談だと伝える機会を逃し再び沈黙が訪れる。自業自得だが先が思いやられるなぁ…。
「夕凪くん。」
鶴丸国永を部屋に残し閣下の元へと廊下を歩いていると聞き知った声がかかった。それに足を止め振り返ると予想通り、燭台切光忠殿が常と変わらない穏やかな笑みで立っていた。
「燭台切殿。」
「お疲れ様。…どうかな?鶴さん。」
「資料と実際を照らし合わせても…、なかなかブラック本丸の闇は根深いみたいですね。」
「そう…。」
暗く陰る顔に心中を察する。燭台切殿は鶴丸国永と短くはない時を共に過ごしたのだと聞いたことがある。なればきっと私ではなく自分が救いたいはずだ。
「本当は明るくて頼りになる良いヒトなんだ。だから夕凪くん、頼んだよ。」
それでも流石歴史を背負う刀だと力強い琥珀の瞳を見つめ返す。きっと本来の鶴丸国永の目もこのように煌めいているのだろう。仲間のためにも国のためにも一日でもはやく鶴丸国永が本丸に馴染めるよう努力しようと覚悟を決め、頷いた。
「鶴丸国永殿、夕餉はこちらで取るのでよろしいですか。」
無事引き継ぎが終わり来た初日ということもあって、始めに案内した部屋で休んでもらっている鶴丸国永に声をかける。障子を閉めることなく全開にされた部屋で、やはり彼は静かに何もかも諦めたように座り込んでいた。
「俺に拒否権はないだろう。」
おや、と目を開く。あの後1度も口を利くことがなかったのでまさか喋るとは思わず少し驚いた。しかし声音は地を這うように固く強ばっている。警戒、も少しあるのだろうがそれでも無気力感の方が強かった。
仕方ないとはいえ頑なに他者を拒み続けるその姿が酷く痛々しい。
「…では暫くは部屋でとりましょうか。私もご一緒しますね。」
頷きもなく返事も返ってこなかったが予想通りだ。一言断りを入れてからその場を離れる。
食事をとるのに抵抗はみられなかったが、今日の夕餉は燭台切殿が作った物だとは言わない方がいいなと踏んで食堂へと向かった。
この本丸では顕現したら世話役と人の身体に慣れるまで共に行動するというルールがある。そうなると必然的に部屋も同部屋となるのだが、私は仮にも女体なので鶴丸国永に宛てがわれた部屋は襖を仕切りにした私の隣だった。まぁだからと言っておはようからおやすみまで全ての面倒を見るつもりはなく、流石に風呂は自分でしてもらうために、大浴場ではなく月のものがある私のための個人風呂へと鶴丸国永を案内した。
「と、いうふうにここを捻れば水が出ます。…以上ですが、シャワーやシャンプーの使い方は大丈夫そうですか?」
「…あぁ。」
「ではもう湯が張り終わったので入っていただいて結構ですよ。着替えはこのカゴにあります。脱いだ服は空いたこのカゴに入れてください。なにかあれば呼んでくださいね、その辺にいますから。」
そう言って鶴丸国永を脱衣場に残す。扉を閉め壁に寄りかかりながら、何かあればいつでも動けるようにしていた。
水を流す音が響き無事入れたことに安堵する。政府内では基本顕現を解かれるらしく、前本丸での経験しかない状態なため生活能力がどれほどあるか分からなかったが基礎的なことは問題なさそうだ。これならあとは精神面のサポートのみでいいなと考えていると、ガラガラと浴槽と脱衣場を繋ぐドアの開く音がした。
いやに速いな。
鶴だがカラスの行水なのかもしれないと壁から離れた。
「…えっ。」
扉が開き出てきた鶴丸国永を見て驚愕した。
濡れたまま水滴が滴る髪にではない。風呂上がりにも関わらず湯気の登らない身体に白いを通り越して青くなっている肌。唇が紫色に戦慄くのを見てすぐに脱衣場へ引っ張った。
掴んだ手首の冷たさに私の方が鳥肌を立てるも無視し脱衣場に常備してある大きなタオルで鶴丸国永の身体を包んだ。
「いきなりなんなんだ。」
「いや、あの、お風呂入ったんですよね?」
「ああ、水浴びはした。」
「確かお湯を張ったはずなんですが。」
「前は汚れが落ちれば何でもいいと水をかけられていたからなぁ。」
「だから湯船には入ったことないと…。」
頭を抱える。
箸はちゃんと持てていたし着替えも自分で出来ていたから大丈夫だと思っていたが…。
大方食事の仕方を知っていたのは前本丸にいた仲間が審神者の目を盗んで食べさせていたからだろう。しかしそれ以外は審神者の部屋に監禁されていたから教えられず、本人も分からないと。紛うことなき私のミスだな。ブラック本丸を舐めていた。日本国の国宝相手に害悪過ぎないか。
眉間に皺を寄せ吐き出しそうになるため息を飲み込んだ。雪は終わったといえどまだまだ春には程遠い。刀の時とは違い生身なのだからこのままでは風邪をひいてしまう。
…仕方ない。
腹を括り裾をまくる。内番服を着ていたのはこのためではないんだけどな、と思いながら少し上にある鶴丸国永の顔を見た。
「服を脱いで今すぐ浴室に入ってください。」
「は?」
「石鹸の類も使っていないようですし、もう私が全部やった方が速いです。大丈夫、貴方の裸には興味ないので。」
「いや、何を…。」
「さぁはやく!風邪ひきますよ。」
困惑する鶴丸国永の些細な抵抗を無視し浴室に押し込める。全く、こんな驚きいらないのだがと少し怒りながら絹のように美しい白髪を洗い始めた。
今日は珍しく大倶利伽羅殿から手合わせをしたいと頼まれた。
お互い木刀を握り打ち合いをしていたが、随分と熱中していたらしく大和守殿の昼餉の呼ぶ声で長いことやり合っていたのを知った。午後からは互いに他の仕事があるのでもう終わりにしようと話し、木刀を壁にかける。
「どうだ。」
「順調とはお世辞にも言い難いですね。」
隣で同じように木刀を片付ける大倶利伽羅殿に鶴丸国永との出来事を思い出しながらそう返す。
まだ来て数週間だが何も成果を出てない自分が恥ずかしくなる。せめて仲間の名前を会話中に出しても過剰に反応しなくなるようにしたいが、今はまだ難しいようで燭台切殿のことも大倶利伽羅殿のことも話せていない。どうにか旧知の仲の刀だけでもコミュニケーションを取って欲しいものだ。
「そう難しい顔をしなくてもいい。」
いつものぶっきらぼうな言い方だったが私を励まそうとしてくれているのが分かる。孤高だがやはり仲間思いの良い刀だ。
感謝の意を込めてゆるく微笑むと大倶利伽羅殿もほんの少し口角を上げてくれた。
「鶴丸殿、良い天気ですし少し庭に出ましょうか。」
鶴丸国永もとい鶴丸殿が来て2ヶ月が経った。殺風景だった部屋には縁のある刀剣や短刀達からの贈り物で溢れているも、まだまだ他の刀剣達と交流はできていない。それでも最近は私と共にではあるが本丸内で散歩や掃除、手合わせなど当初よりも活動はしている。まぁ相変わらず放って置くと一日中部屋で微動だにせず空虚を見つめ続けているが。
「…庭か……。」
「今の時間裏庭には誰もいませんし、それに今剣殿の手紙に咲いた花を見て欲しいと書かれていたのでしょう?」
ほらほらと促すと仏頂面ながらも重い腰を上げる鶴丸殿に上着を手渡す。春うららとはいえ線の細い鶴丸殿はどうも身体が弱いイメージがあるので、寒くないようについ防寒具を渡してしまう。慣れたように受け取り着込む鶴丸殿を確認して私達は部屋を出た。
表のように大きな桜の木はないも可愛らしい花々が咲き乱れている。歌仙殿あたりなら風流とでも言うのだろうが、如何せん雅に疎い私はただ愛らしいなと感じるだけだった。
ちらりと鶴丸殿を見る。
どことなく楽しそうに、寂しそうに目を細めて歩く姿は儚い。何を思い出しているのかは分からないが、今にも消えてしまいそうなその繊細さにむず痒くなる。他者を見て切ないと思うなど戦中以来だった。
「綺麗だな。」
「えぇ、愛らしいですね。」
「意外だな。君は花より団子の方だと思っていたが…、風情が分かるのか?」
「風情、は知りませんが、それの美醜くらいは判断できます。まぁあまり興味ありませんが。…それよりも驚いたでしょう?裏庭もなかなか美しいんですよ。」
ふと前を行く鶴丸殿の足が止まる。それに合わせ私も立ち止まると、鶴丸殿は感情の読めない瞳で見つめてくる。一体その瞳が煌めくのはいつになるのだろか。
「驚き、か。君はいつもそう言うな。…そんなに俺は他の俺よりおかしいか。」
「…いつか驚かなくなったらいいのにと思って言っていたのですが、不快でしたね。」
申し訳ありませんと頭を下げた私をバツが悪そうに見つめた鶴丸殿は、けれどすぐに顔を逸らした。
失敗したな。そんな意図はなかったが鶴丸殿には重荷になってしまったらしい。
堪らず空を見上げる。
普通の事を当たり前だと思うことができたなら、それできっとどれだけ報われるだろうか。前の彼らも、今の彼らもただただ鶴丸殿の幸せを願っている。無論それは私も同じこと。
いつか当たり前に驚かなくなる、そんな姿を望んだ私と遠くを見る鶴丸殿の間を春風が吹き抜けていった。
しくじった。まさかあそこに検非違使が現れるとは…。隊長である蜂須賀殿が指示を飛ばすも間に合わず戦地を駆けていた私は槍に貫かれた。他の仲間も中々に酷い怪我をしていたが、私が一番酷かったらしく帰還した瞬間手入れ部屋へと入れられた。意識が朦朧とする中、それでも閣下の霊力に包まれ安心した私は気絶するように眠った。
徐々に覚醒する意識にゆるりと瞼をあげる。薄暗い視界は見知った天井を映しここが自室であることを知った。手入れが終わり部屋へと誰かが運んでくれたのか…。しかしまだ身体は固く布団の中で身動きが取れないまま、唯一動く頭を動かすとすぐによく知る白い姿が見えた。
「…まる2日眠っていた。」
枕元に座りこちらを見下ろす顔は暗く本丸にきた当初のように無表情だった。
「君が血だらけで運ばれてきたのが見えた時、心臓が止まるかと思った。」
思わず走り出した鶴丸殿は他の刀剣や審神者も忘れて手入れ部屋の前で終わるのを待っていたと言う。
「っこんな、驚きは御免だ…!」
今にも泣き出しそうなその琥珀の瞳から目が逸らせない。あぁ申し訳ないことをした。けれどどことなく嬉しさも感じる。そしてはた、と気づいた。
鶴丸殿にあんなに世話を焼いたのも興味のない花を共に見たのも幸せになって欲しいと切に願ったのも、全て、全部ー…。
ついに膜を張りだした瞳は涙で光り、望んだ煌めきより美しく、私を満たした。
本丸ボイスー2『女体は珍しいですか?…触ります?』
とある本丸の一室で、審神者である閣下に対面した私は混乱していた。
ここ相模国にある我が本丸はそこそこ歴が長く、トップではないにしろ優秀な戦果をいくつか挙げていた。そのため他の本丸の後始末や刀剣男士の引き継ぎなど政府からの要請を受けることも少なくない。
今回もそんな国からのお達しだったが、いつもなら初期刀か古参が陛下と話し合い用途に応じて刀剣を派遣するのに何故か閣下は私のみを名指しで指名した。
そして通された閣下の自室で私は今回の要請を聞いている。
「あぁ。というのもうちに引き継ぎされるその鶴丸国永は最近粛清された、所謂ブラック本丸の刀剣男士なんだ。」
「なるほど…。まぁうちには鶴丸国永はいませんから丁度いいですが、しかしそれなら何の関わりもない私より燭台切殿や大倶利伽羅殿、もしくは三条の方がよろしいのではないでしょうか?」
「それがなぁ、どうもそこの審神者は鶴丸国永に夜伽をさせていたらしくてな。燭台切や大倶利伽羅なんかは庇おうとして故意に折られたらしく、自分のせいだと近づこうとしないんだ。しかも男の人間を酷く嫌っている。」
閣下は面の下から覗く口元を歪め言った。なんともまぁ惨い話だ。他の刀剣には自責の念から関われず、かと言って人間の男は嫌悪感が強く頼りたくない。だから関わりもなく女体である私に白羽の矢がたったのかと1人納得する。私はこの本丸では新参者だが閣下やひいては国のためになるならばと二つ返事で引き受けた。
引き継ぎの日、本丸へと数名の役人に連れられてきた鶴丸国永を閣下と2人で出迎える。白一色の姿は資料で見た通りだが、その顔は酷く生気のない色をしていた。
「お待ちしておりました鶴丸国永様。当本丸の審神者、三珠と申します。こちらは夕凪、我が本丸の刀剣でございます。」
お辞儀をする閣下に続き頭を下げる。
しかし鶴丸国永は無言を貫くばかりで反応がない。まぁ概ね予想通りか。
「こちらこそ有難う御座います。それでは後は担当の者が説明致しますので、私共はこれで。」
鶴丸国永に代わり役人の1人が口を開き、そのままこの本丸の担当以外を残し去っていった。
今のところ敵意や殺意は感じないも空虚な瞳は何を考えているか分からない。ちらりと鶴丸国永に目を移しいざとなれば私が、と腰に提げた柄に触れながら前を行く閣下の後に続いた。
閣下は役人と何やら2人で話があるらしく、私と鶴丸国永は一室で向かい合って座って待っていた。
まだ昼前ということもあり開け放たれた障子からは陽の光が入り込む。庭から鳥の鳴き声と短刀達の笑い声がお互い無言のこの場では酷く響いた。
気まずいな…。けれど造られた年代も使われた時も全く掠らない私と彼とで会話など出来るはずもなく、またブラックとは程遠いこの本丸で活動している私が本丸関連の話をする訳にもいかずどうしたものかと悩む。静寂は嫌いでないが重苦しい沈黙は居心地が悪い。何か会話の糸口はないものかと先に渡された鶴丸国永の資料を思い出す。うーん、話題になるようなものはないな。
態度には出さないが心の中でウンウンと唸っていると、ポツリと鶴丸国永が口を開いた。
「刀剣は男士だけだと思っていたが、驚いたな…。」
初めて目線が合う。
琥珀の瞳は相変わらず感情を映さないも鏡のように私の顔を反射した。
ふむ…と顎に手を当てる。確か、サプライズ等の"驚き"が好きだと書いてあったな。
「女体は珍しいですか?…触ります?」
「いや…。」
苦い顔をされた。
冗談だと伝える機会を逃し再び沈黙が訪れる。自業自得だが先が思いやられるなぁ…。
「夕凪くん。」
鶴丸国永を部屋に残し閣下の元へと廊下を歩いていると聞き知った声がかかった。それに足を止め振り返ると予想通り、燭台切光忠殿が常と変わらない穏やかな笑みで立っていた。
「燭台切殿。」
「お疲れ様。…どうかな?鶴さん。」
「資料と実際を照らし合わせても…、なかなかブラック本丸の闇は根深いみたいですね。」
「そう…。」
暗く陰る顔に心中を察する。燭台切殿は鶴丸国永と短くはない時を共に過ごしたのだと聞いたことがある。なればきっと私ではなく自分が救いたいはずだ。
「本当は明るくて頼りになる良いヒトなんだ。だから夕凪くん、頼んだよ。」
それでも流石歴史を背負う刀だと力強い琥珀の瞳を見つめ返す。きっと本来の鶴丸国永の目もこのように煌めいているのだろう。仲間のためにも国のためにも一日でもはやく鶴丸国永が本丸に馴染めるよう努力しようと覚悟を決め、頷いた。
「鶴丸国永殿、夕餉はこちらで取るのでよろしいですか。」
無事引き継ぎが終わり来た初日ということもあって、始めに案内した部屋で休んでもらっている鶴丸国永に声をかける。障子を閉めることなく全開にされた部屋で、やはり彼は静かに何もかも諦めたように座り込んでいた。
「俺に拒否権はないだろう。」
おや、と目を開く。あの後1度も口を利くことがなかったのでまさか喋るとは思わず少し驚いた。しかし声音は地を這うように固く強ばっている。警戒、も少しあるのだろうがそれでも無気力感の方が強かった。
仕方ないとはいえ頑なに他者を拒み続けるその姿が酷く痛々しい。
「…では暫くは部屋でとりましょうか。私もご一緒しますね。」
頷きもなく返事も返ってこなかったが予想通りだ。一言断りを入れてからその場を離れる。
食事をとるのに抵抗はみられなかったが、今日の夕餉は燭台切殿が作った物だとは言わない方がいいなと踏んで食堂へと向かった。
この本丸では顕現したら世話役と人の身体に慣れるまで共に行動するというルールがある。そうなると必然的に部屋も同部屋となるのだが、私は仮にも女体なので鶴丸国永に宛てがわれた部屋は襖を仕切りにした私の隣だった。まぁだからと言っておはようからおやすみまで全ての面倒を見るつもりはなく、流石に風呂は自分でしてもらうために、大浴場ではなく月のものがある私のための個人風呂へと鶴丸国永を案内した。
「と、いうふうにここを捻れば水が出ます。…以上ですが、シャワーやシャンプーの使い方は大丈夫そうですか?」
「…あぁ。」
「ではもう湯が張り終わったので入っていただいて結構ですよ。着替えはこのカゴにあります。脱いだ服は空いたこのカゴに入れてください。なにかあれば呼んでくださいね、その辺にいますから。」
そう言って鶴丸国永を脱衣場に残す。扉を閉め壁に寄りかかりながら、何かあればいつでも動けるようにしていた。
水を流す音が響き無事入れたことに安堵する。政府内では基本顕現を解かれるらしく、前本丸での経験しかない状態なため生活能力がどれほどあるか分からなかったが基礎的なことは問題なさそうだ。これならあとは精神面のサポートのみでいいなと考えていると、ガラガラと浴槽と脱衣場を繋ぐドアの開く音がした。
いやに速いな。
鶴だがカラスの行水なのかもしれないと壁から離れた。
「…えっ。」
扉が開き出てきた鶴丸国永を見て驚愕した。
濡れたまま水滴が滴る髪にではない。風呂上がりにも関わらず湯気の登らない身体に白いを通り越して青くなっている肌。唇が紫色に戦慄くのを見てすぐに脱衣場へ引っ張った。
掴んだ手首の冷たさに私の方が鳥肌を立てるも無視し脱衣場に常備してある大きなタオルで鶴丸国永の身体を包んだ。
「いきなりなんなんだ。」
「いや、あの、お風呂入ったんですよね?」
「ああ、水浴びはした。」
「確かお湯を張ったはずなんですが。」
「前は汚れが落ちれば何でもいいと水をかけられていたからなぁ。」
「だから湯船には入ったことないと…。」
頭を抱える。
箸はちゃんと持てていたし着替えも自分で出来ていたから大丈夫だと思っていたが…。
大方食事の仕方を知っていたのは前本丸にいた仲間が審神者の目を盗んで食べさせていたからだろう。しかしそれ以外は審神者の部屋に監禁されていたから教えられず、本人も分からないと。紛うことなき私のミスだな。ブラック本丸を舐めていた。日本国の国宝相手に害悪過ぎないか。
眉間に皺を寄せ吐き出しそうになるため息を飲み込んだ。雪は終わったといえどまだまだ春には程遠い。刀の時とは違い生身なのだからこのままでは風邪をひいてしまう。
…仕方ない。
腹を括り裾をまくる。内番服を着ていたのはこのためではないんだけどな、と思いながら少し上にある鶴丸国永の顔を見た。
「服を脱いで今すぐ浴室に入ってください。」
「は?」
「石鹸の類も使っていないようですし、もう私が全部やった方が速いです。大丈夫、貴方の裸には興味ないので。」
「いや、何を…。」
「さぁはやく!風邪ひきますよ。」
困惑する鶴丸国永の些細な抵抗を無視し浴室に押し込める。全く、こんな驚きいらないのだがと少し怒りながら絹のように美しい白髪を洗い始めた。
今日は珍しく大倶利伽羅殿から手合わせをしたいと頼まれた。
お互い木刀を握り打ち合いをしていたが、随分と熱中していたらしく大和守殿の昼餉の呼ぶ声で長いことやり合っていたのを知った。午後からは互いに他の仕事があるのでもう終わりにしようと話し、木刀を壁にかける。
「どうだ。」
「順調とはお世辞にも言い難いですね。」
隣で同じように木刀を片付ける大倶利伽羅殿に鶴丸国永との出来事を思い出しながらそう返す。
まだ来て数週間だが何も成果を出てない自分が恥ずかしくなる。せめて仲間の名前を会話中に出しても過剰に反応しなくなるようにしたいが、今はまだ難しいようで燭台切殿のことも大倶利伽羅殿のことも話せていない。どうにか旧知の仲の刀だけでもコミュニケーションを取って欲しいものだ。
「そう難しい顔をしなくてもいい。」
いつものぶっきらぼうな言い方だったが私を励まそうとしてくれているのが分かる。孤高だがやはり仲間思いの良い刀だ。
感謝の意を込めてゆるく微笑むと大倶利伽羅殿もほんの少し口角を上げてくれた。
「鶴丸殿、良い天気ですし少し庭に出ましょうか。」
鶴丸国永もとい鶴丸殿が来て2ヶ月が経った。殺風景だった部屋には縁のある刀剣や短刀達からの贈り物で溢れているも、まだまだ他の刀剣達と交流はできていない。それでも最近は私と共にではあるが本丸内で散歩や掃除、手合わせなど当初よりも活動はしている。まぁ相変わらず放って置くと一日中部屋で微動だにせず空虚を見つめ続けているが。
「…庭か……。」
「今の時間裏庭には誰もいませんし、それに今剣殿の手紙に咲いた花を見て欲しいと書かれていたのでしょう?」
ほらほらと促すと仏頂面ながらも重い腰を上げる鶴丸殿に上着を手渡す。春うららとはいえ線の細い鶴丸殿はどうも身体が弱いイメージがあるので、寒くないようについ防寒具を渡してしまう。慣れたように受け取り着込む鶴丸殿を確認して私達は部屋を出た。
表のように大きな桜の木はないも可愛らしい花々が咲き乱れている。歌仙殿あたりなら風流とでも言うのだろうが、如何せん雅に疎い私はただ愛らしいなと感じるだけだった。
ちらりと鶴丸殿を見る。
どことなく楽しそうに、寂しそうに目を細めて歩く姿は儚い。何を思い出しているのかは分からないが、今にも消えてしまいそうなその繊細さにむず痒くなる。他者を見て切ないと思うなど戦中以来だった。
「綺麗だな。」
「えぇ、愛らしいですね。」
「意外だな。君は花より団子の方だと思っていたが…、風情が分かるのか?」
「風情、は知りませんが、それの美醜くらいは判断できます。まぁあまり興味ありませんが。…それよりも驚いたでしょう?裏庭もなかなか美しいんですよ。」
ふと前を行く鶴丸殿の足が止まる。それに合わせ私も立ち止まると、鶴丸殿は感情の読めない瞳で見つめてくる。一体その瞳が煌めくのはいつになるのだろか。
「驚き、か。君はいつもそう言うな。…そんなに俺は他の俺よりおかしいか。」
「…いつか驚かなくなったらいいのにと思って言っていたのですが、不快でしたね。」
申し訳ありませんと頭を下げた私をバツが悪そうに見つめた鶴丸殿は、けれどすぐに顔を逸らした。
失敗したな。そんな意図はなかったが鶴丸殿には重荷になってしまったらしい。
堪らず空を見上げる。
普通の事を当たり前だと思うことができたなら、それできっとどれだけ報われるだろうか。前の彼らも、今の彼らもただただ鶴丸殿の幸せを願っている。無論それは私も同じこと。
いつか当たり前に驚かなくなる、そんな姿を望んだ私と遠くを見る鶴丸殿の間を春風が吹き抜けていった。
しくじった。まさかあそこに検非違使が現れるとは…。隊長である蜂須賀殿が指示を飛ばすも間に合わず戦地を駆けていた私は槍に貫かれた。他の仲間も中々に酷い怪我をしていたが、私が一番酷かったらしく帰還した瞬間手入れ部屋へと入れられた。意識が朦朧とする中、それでも閣下の霊力に包まれ安心した私は気絶するように眠った。
徐々に覚醒する意識にゆるりと瞼をあげる。薄暗い視界は見知った天井を映しここが自室であることを知った。手入れが終わり部屋へと誰かが運んでくれたのか…。しかしまだ身体は固く布団の中で身動きが取れないまま、唯一動く頭を動かすとすぐによく知る白い姿が見えた。
「…まる2日眠っていた。」
枕元に座りこちらを見下ろす顔は暗く本丸にきた当初のように無表情だった。
「君が血だらけで運ばれてきたのが見えた時、心臓が止まるかと思った。」
思わず走り出した鶴丸殿は他の刀剣や審神者も忘れて手入れ部屋の前で終わるのを待っていたと言う。
「っこんな、驚きは御免だ…!」
今にも泣き出しそうなその琥珀の瞳から目が逸らせない。あぁ申し訳ないことをした。けれどどことなく嬉しさも感じる。そしてはた、と気づいた。
鶴丸殿にあんなに世話を焼いたのも興味のない花を共に見たのも幸せになって欲しいと切に願ったのも、全て、全部ー…。
ついに膜を張りだした瞳は涙で光り、望んだ煌めきより美しく、私を満たした。
本丸ボイスー2『女体は珍しいですか?…触ります?』