小エビとウツボとウミヘビと、時々怪奇

丸い白い光をかざしながら階段を上る。
充電を残すため交代でスマホを使用することになり、今はフロイドのスマホで足元を照らしていた。懐中電灯ではないから範囲は狭いがそれでも十分な明るさに感心していると、フロイドがそう言えばと監督生に話しかけてきた。

「小エビちゃんが言ってた『ナナフシギ』って結局なんだったの。」
「今ですか…?」

真っ暗な階段に少し飽きてきたらしいフロイドに監督生は肩を落とした。まぁ飽き性な先輩だからな、逆にここまでよく持った方だと考え直し、多少気を紛らわすにはいいかもしれないと監督生は過去の記憶を辿った。

「えっと、エレメンタリースクールにある7つの不思議な話のことって説明しましたよね。」
「てかそれ、不思議な話って何。ソテュラン村とかリミュアーネの死印とか?」
「何ですかその聞くからに訳ありそうな名前は。『理科室の人体模型は夜な夜な動く』とか『独りでに鳴るピアノ』とかそんなくらいのしかないですよ。」
「呪具とか物が動くのって普通じゃね?」
「あー、そもそも私のいた世界ってゴーストみたいなモノは無いのが前提で普通は見えないんですよ。」

だからゴーストを初めて見た時は驚いたと苦笑する監督生にジャミルも聞き耳を立てた。

「大人になるにつれてゴーストは存在しないって気づくんですけど、ほら、子供は経験も知識も浅いじゃないですか。だからエレメンタリースクールでは真意は定かではない不思議な話しとかちょっと怖い噂話が流行るんです。」
「あー、オレも昔トレジャーハント信じてたわ。」
「そうそう、その感覚に近いです。それに怖い噂話だと私のひいおばあちゃんも知ってたくらいだから相当古いんですよ。多分国民の殆どは知ってるんじゃないかな?でもいつからとかなんで七つなのかとかは何も分かってないんですよ。ただそこにあって代々語り継がれてる、みたいな。」
「なんか気持ちわりぃ。」
「そうですか?」
「エトケテラに似てるな。…もしかしたら今から行く理科室ではその動く人体模型にも会えるかもな。」
「やめてください。会いたくないですよ。」

監督生はげぇ、と舌を出しこれ以上の厄介は御免だと、意地悪な顔をしているジャミルに肩を上げた。
フロイドは納得したのか飽きたのか、それ以上七不思議について聞くことはなく階段にはタン、タン、と3人の足音だけが響いた。

「ここが2階か。」

長くはなかったが緊張からか少し疲労を感じながら階段を上りきった3人は辺りを見渡す。作りは1階と同じだが真正面には新しく通路があった。渡り廊下だ。

「先が見えませんね。」
「別館だからな、尚更光が入りにくいんだろ。」
「こっからウミヘビくんのスマホねー。」

フロイドが自身のライトを消すとジャミルが変わってスマホをかざした。けれど先の見えないほどの暗闇は容易く光を飲み込み、その全容を明かしはしない。記憶とは随分違うその姿に監督生は身震いした。



ヒタ、ヒタと渡り廊下を進む。
両方の壁には大きめの窓が並んでいるもやはり鍵は開いておらず真っ直ぐ進むしかなかった。

「あはっ。ホタルイカ先輩がやってたゲームみたぁい。それプレイヤーの操作するキャラ関係なく全員死ぬんだよね。」
「うわぁ。ジャミル先輩と言いなんで今言いますかね、そんな事。」
「小エビちゃん怖いの?手つなぐ?」
「折ったりしません?」

ニヤリと笑うだけのフロイドに監督生はガタガタと震えた。ゴーストとかよりこの人の方が怖い。慌てて前にいるジャミルの服を掴むと結構強めに引き剥がされた。歩きにくいらしい。

「2人とも酷い…。か弱い女の子なのに…。」
「こんな状態で巫山戯る奴のどこがか…」

ジャミルの声が不自然な形で止まる。どうしたのだろうかと泣き真似をしていた顔を上げた監督生の目が見開かれた。


渡り廊下の奥。真っ黒なその先に、一際黒い何かが蠢いている。


思わず息を飲む監督生の前にフロイドがす、と入った。
それはシルエットが人型に見えた。ただ人間にしては頭の大きさが歪だ。右上だけボコッと盛り上がっている。それに真ん中の胴体からは尻尾のようなものが垂れ下がっていて、腕と思われるものの長さも左右非対称だ。足もなんだか膝ではない位置で折れているし、全体的にチグハグで不格好だった。

あまりにも不気味なその姿に3人は声をかけるのを躊躇う。そもそも人、なのだろうか。それにしては息遣いすら聞こえないのは可笑しくないか。
ドッドッ、と自分の心臓が大きな音を立てる。少し距離はあるが油断は出来ないと臨戦態勢を取ったジャミルの目に一瞬、見知った光が映った。

「走れ!」
「え?!」
「いいから早く!!」

バッと振り返ったジャミルに状況を理解出来てない監督生は目を白黒させる。
しかしジャミルの背後にそれを見た監督生は限界まで目を見開いた。
ブリキの玩具のように硬い動きで左右に揺れたそれは、ベチャベチャと水気の多い落下音を出しながら、大きな出刃包丁を鈍く光らせていた。

「先輩!!」

ジャミルに手を伸ばす監督生より先にそれが何かを引きずりながら刃を振り上げる。間に合わない。絶望する監督生の真横から空を切る音が聞こえた。

「ぉ、っらぁ!!!」

隙間を縫ったフロイドの鋭い左足が相手の頭に当たる。

ズルり。

何かに滑り威力が半減した。
しかし相手にとって威力はあったらしく鈍い音と共に後ろへ倒れていき、ドチャッと頭についていた何かが剥がれた。
ツンと突き刺す鉄の匂い。
真っ暗な中でも嫌というほどハッキリ見えるそれは、所々から毛を生やした、人の肉片だった。

「ひっ、」

乾いた監督生の悲鳴でハッと意識を戻したフロイドは急いで血が着いた左足の靴を脱ぎ、ジャミルは監督生の手を掴むと倒れたそれの真横を一斉に走り出した。

「何あれ!あれが動く人体模型ですか?!」
「知るか!お前のところの化け物だろ!!」
「いいから足動かせ!!」

フロイドの怒号に監督生は必死に足を動かす。まだ鼻の中にあの臭いが残っている。吐きそうになるのを何とか飲み込みながら、監督生の頭に真横を通った時のあれの姿が浮き出る。
倒れた拍子に飛ばされた出刃包丁なんか問題じゃなかった。足や腕の皮膚は下の骨にまるでパッチワークのように貼り付けていて、右手など人間の腕を自分の骨に突き刺し長さが本来より長くなっていた。裂けた部分の肉がめくれていた。陥没した目の部分には無理矢理合わない眼球を入れたせいか半分潰れて飛び出していた。口などいくつもの舌をホッチキスのようなもので止めあり、見たことも無い色をしていた。

そして何より腹部の部分から収まりきらず垂れ下がっていたもの。
尻尾かと思ったそれは、いくつもの結び目がついた腸だった。
6/18ページ
スキ