小エビとウツボとウミヘビと、時々怪奇

「ここです。」

途中遊びもあったが何事なく辿り着いた階段で監督生達は見取り図を発見した。プラスチック製で長方形の形をしているそれは、横は100cm程で縦は60cmもないくらいの大きさだった。その板には四角や長方形などの図形が描かれており細かく何かが書き込まれてもいた。マス目やミシン目に沿ったような直角で角張ったそれ。記号のようにも見えるが、どうも違うらしく2人は首を傾げた。

「これ何?」
「私の国の文字ですね。懐かしいですけど、こんなところで見たくなかったな。」
「随分角張っているな。一筆で書かれたようなのもあるし、監督生のところの文字は種類が多いな。」

ジャミルの言葉に苦笑する監督生は気を取り直して、と見取り図に指を這わせた。
玄関がここで、現在地がここ。
1階は1年生と2年生で、2階は3年と4年、3階が5年と6年の教室。
別館は基本理科室や家庭科室などの特殊な授業をする際の教室があり、別館に行くには前館と別館を繋ぐ通路を通らなければいけない。
通路は2階にしか通ってない。
故に1階と3階の別館に行くには2階の通路を使用し、別館にある階段を使うしかない。
体育館は保健室と職員玄関の反対にあり1階からしか行けない。

「ただ放送室は2階前館の職員室の隣にあったはずなんですけど、何故か3階の前館の端になってます。」
「ただ場所が変わっただけか、勝手に移動するタイプか…。放送室だけと言うのも気味悪いが、取り敢えず別館には何がある。」
「確か1階は図書室以外特になくて、2階は理科室と図工室、3階は家庭科室と音楽室です。2階と3階はその教室の準備室もあります。」

理科室や家庭科室とは何かを説明しながら監督生は指を指す。異文化交流ならぬ異文化理解を強制的にしながらジャミルは見取り図を暗記していく。監督生はこれで殆ど位置を思い出したし、フロイドもスマホで写真を撮った。何もないに越したことはないが、どうもそれは無理そうだと人の気配はないここでフロイドもジャミルも、監督生でさえ悟っていた。

「このまま直で行く?」
「いや、少し探索してからにしよう。放送室は目的地だがあくまで出口がなかった場合の目的地だ。1階にあるとは思えないが探すだけ探そう。」

ジャミルの言葉にコクリと頷き、3人はまた歩き出した。



暗さには慣れたが不気味なのは変わらない。慎重に歩きながら3人は教室が並ぶ所まで辿り着いた。

「取り敢えず俺が中を確認する。フロイド。」
「命令されなくても分かってっし。小エビちゃんはオレと留守番ねー。」
「ジャミル先輩、お気をつけて。」

フロイドと監督生を置いてジャミルは『1ー1』と書かれた教室へと向かった。
締め切られた引き戸の上部分はガラス張りで、そこからチラリと室内を伺う。正方形の部屋の中には木製の机と椅子が規則正しく8列に並んでいた。黒板を正面にしただ1つとして乱れがない机はいっそ気味悪い。それに、とジャミルは目を凝らす。所々に血が乾いたものや酸化したあとがある。動く影は見当たらないが嫌な予感は当たったか。軽く絶望しながらジャミルは引き戸を静かに開けた。

…。
何もない。
気配も、音も、匂いさえもない。
スマホのライトをつけ室内を照らす。
後ろのロッカーから一つ一つの机の中、カーテンの裏など確認したが何も見つからない。窓など外に出られそうな所は鍵はついていないのに開かず、外の景色は靄がかかったかのように不鮮明だ。残りの教室も同じような感じで、調べてみたがやはりどこにも出口のような物は見当たらなかった。

「ジャミル先輩。」
「おかえりぃ。」

今こいつらあっち向いてホイしてなかったか?まぁ突っ込むのも面倒だからと特に触れず、ジャミルは2人の元へ近寄る。

「どうだった?」
「人っ子一人見当たらない。無論出口もな。」

お手上げだと言うジャミルになら、と監督生が口を開いた。

「私も1度見てみますよ。ほら、放送は私しか聞き取れなかったし、もしかしたら何か見つかるかも。」

成程、一理ある。
納得するジャミルにしかしフロイドは渋い顔をした。

「2回目に開けたらトラップが発動するとかじゃねぇの。」
「そんなの、いちいち気にしていたらキリがないだろ。」

フロイドが心配するのも最もだが、一つ一つかもしれないで進んでいたらいつまで経っても脱出出来ない。それは勿論フロイドとて理解しているが、自分より小さく弱い後輩にどうしても渋ってしまうのだ。けれどそんなフロイドを窘めたのは意外にも監督生だった。

「大丈夫ですよ先輩。私がいくつオーバーブロッドから生還したと思ってるんですか。ジャミル先輩がまたドカーンしても私は死にませんよ!」
「おい今何で俺を巻き込んだ。」

見てくださいこの力コブ、と腕を上げサイズの合っていない上着の上から自身のあるかないか分からないコブをアピールする監督生。その笑顔にフロイドも目尻を下げた。ジャミルは釈然としない顔で見ていた。


取り敢えず1番近くの教室『2-3』まで来た監督生はジャミルのスマホを借り扉の上にあるガラス張りの小窓から室内を照らした。液体を零してそのまま乾いたかのような黒っぽい汚れが少し目立つが、それ以外特に変わったところはない。何かが動いたとか音がするとかもない。
チラリ、と監督生は後ろを見る。
フロイドとジャミルは少し不安そうだったが頷いてくれた。それに監督生も覚悟を決めて、静かに扉を開ける。


「アレはやりすぎだってー!あいつしんじゃうじゃん!」
「えー?でもわらえたでしょ?」
「めっちゃうけた。むしみたいだった。」
「むしのほうがかちあるって。あいついきててもいみないんだからはやくしねばいいのに。」
「「キャハハハハ!!」」
「それね。てかさ!アレみた?」
「みたー!やばいよねー!!」
「なにあのチビ。すっげぇブスだし。」
「しかもあれとかさ、いやイキリすぎ。」
「あれやばいよね。かっこいいとおもってんのかな。」
「わかるー!にあってねぇよ!みたいな?」
「ブスがなにしたってブスなんだわ。」
「「「キャハハハハ!」」」
「はー、マジわらえる。あんなんだったらアタシそとあるけない。」
「わかる。じんせいおわってるよね。」
「てかほんとはやくしんでほしい。」
「ねー。とびおりたりしないかな。めっちゃいいねかせげるじゃん!」
「「「「キャハハハハ!」」」」
「…ねぇ、あれ。」
「え?」
「…」
「…」
「…」
「…」
「「「「「「なんでもないよー!!!」」」」」」

ガラガラと扉を閉める。
怪訝そうな顔をするフロイドとジャミルに振り返った監督生はほんの少し顔色が悪かった。

「…なんもなかったです。」
「いや何かあった顔じゃん。」

ちょっと青くなっている気がするが暗くて分からない。でも確実に監督生の顔は不快感を顕にしていた。
なんにもない、なんにもないと首を振る監督生にフロイドとジャミルはそれ以上聞くことは出来なかった。



どうにか全てを見て周り残すは体育館へと続く扉と通路だけとなったのだが、

「マジで開かねぇんだけど。」

ガンッとフロイドは扉を強く蹴りつけるも扉は開くどころか動くことすらなかった。

「両開きタイプだから真ん中は強度が弱いと思ったんだが…。外に出られるような通路でもないのに妙だな。」

教室のように外へと続いているなら分かるが、両サイドが壁に挟まれ小窓が1つ2つあるだけの狭い通路だ。行く必要がないのか、或いは行かせたくないのか…。
体育館に何かなかったかとジャミルが監督生に聞こうとした時、

ジジジ、とノイズ音が聞こえた。


『蜊∽ク画凾髯千岼縺悟ァ九∪繧翫∪縺吶?ら炊遘大ョ、縺ク蜷代°縺?∪縺励g縺??』


音量は大分小さくなったがやはり言葉は聞き取れない。ブチッと切れる音が響き放送が終わったと同時にジャミルは監督生を見た。

「聞き取れたか。」
「はい。『13時限目が始まります。理科室へ向かいましょう。』だそうです。」
「13時限目とか…。小エビちゃんとこヤバくね?」
「大丈夫です。私も13時限目なんて初めて聞きました。でも理科室か…。2階の別館ですね。」

そう言って監督生は階段の方を見つめる。
別館に行くには2階にある渡り廊下を通らなければいけない。この場合理科室は2階の別館なのでそのまま直通だが、何となく地上から距離が開くのは落ち着かなかった。

「癪だが仕方ないな…。行くぞ。」
「だからなんでウミヘビくんが指揮んの?鏡ごときでビビったくせに。」
「ビビってない。警戒心を持つことは大切だろ。」
「警戒心ってあんな肩跳ねんの?」
「あ?」
「あーもー!喧嘩なら後からして下さいって!」

ニヤニヤと笑うフロイドと恐ろしい形相でフロイドを睨むジャミルに、監督生の胃は再度キリキリと傷んだ。
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