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小エビとウツボとウミヘビと、時々怪奇

「やはりダメだ。道がない。」

かね予想通りだったが些か気落ちした声音でジャミルは言った。

あの後、何がどうなっているのか分からないながらも取り敢えずフロイドとジャミルは学園や友人、知人に連絡を取り始めた。監督生は連絡の出来る端末や機械を携帯していなかったため、2人に任せると自身の記憶と大分異なる『それ』から目を離し辺りを見回し始めた。

故郷でよく見る有り触れた住宅街。新築も多く道路を鮮やかな花壇が彩り、とある家の庭には子供用の三輪車も見受けられる。きっと普通なら日々明るい光景が溢れていたのだろう。しかし今は全くと言っていいほど人の気配は感じられず、それどころか風の音すら聞こえない。まるで住人のみがまるまる消えたかの様な無人の廃墟と化していた。
自分達が立っているこの道路も変だ。スクールゾーンの文字や止まれの標識は比較的新しく監督生のよく知る物なのに、1本道のこの道路の先は深い霧が立ち込めており、様子を見に行ったジャミルは左右どちらの道も先が無いと言った。
空も風景も何もかもが可笑しい。
学校の階段からこんな所へ何故来たのか、どうやって来たのか、そもそもここは何処なのか。理由も何も分からない事が多すぎて監督生は涙が出そうだった。それに、と圏外と表示されたスマホを仕舞い自分達のマジカルペンを軽く振るフロイドとジャミルを見る。

「連絡は取れねぇし魔法も使えねぇし、マジでやべぇね。」

軽い口調とは裏腹にフロイドは自身のマジカルペンを見つめながら眉を寄せる。普段は仰々しい輝きを見せる魔法石は今やその光を失せ、まるで幼児のチープなアクセサリーのようになっていた。

魔法が使えない。
生まれてから周りに魔法がない事など1度としてなかったフロイドとジャミルにとって、それは比喩抜きで四肢を捥がれたのと同義だった。
あまりにも深刻な状況に3人は焦りばかりが募っていく。その中でふと、ジャミルが顔を上げた。

「そう言えば、監督生はここが何処か分かるのか。」

ジャミルは先程、目の前の一際大きな建物に対して監督生が何かを呟いたのを聞いていた。赤黒い空のせいで顔色は分からなかったが、確かに監督生は目の前の建物に驚愕してはずだ。その事を思い出したジャミルの質問に監督生は視線をさ迷わせながら口を開いた。

「私がいた世界によく似てるんです、ここ。」
「え、小エビちゃんとこの空ってこんな血みたいな色してんの?」
「いや、空は普通です!普通に先輩達のところと同じ青!ただ街並みとか、細かいところは違うんですけど、私の世界ではよく見るタイプの住宅街だし、それにこの建物は私が通ってた学校、『小学校』と凄く似てるんです。」
「『ショウガッコウ』?」
「先輩達のところで言うエレメンタリースクールみたいなものです。…こんな気味悪い感じじゃなかったですけど。」

監督生の言葉にジャミルもフロイドも押し黙る。監督生のいた世界とは似て非なる場所。しかしジャミル達の世界とも異なるここは、文字通り3人にとっての異世界と言うことだ。

「見た感じ誰かのユニーク魔法ではなさそうだし、魔力の気配もない。文字通り異界に迷い込んだと言うわけか。」
「だったらこれがエトケテラってやつ?すげー、オレ初めて見る。ほんとにあったんだぁ。」

はて。監督生は首を傾げた。
先程とは違い少し頬を上気させ目を輝かせているフロイドにあの、と監督生は声をかける。

「エトケテラってなんですか?」
「ちょっと違うけど偶発的亜空間形成現象のこと。」
「ぐう…、なんて?」
「偶発的亜空間形成現象、な。一般的にはイリュージョン・スペースと呼ばれてるが、要は何らかの理由により第3の空間が発生した現象の事だ。まぁ殆どは魔力の特殊反応によるものだが、エトケテラの場合はそこに有るあらゆるものから魔力反応がないんだ。だから発生要因が不明瞭でカテゴライズはイリュージョン・スペースでも全く別の部類になるんだ。」
「なるほど…。」

と言いながら首を捻る監督生。ビックバンみたいなものだろうか。ならエトケテラはブラックホール?
いまいち要領を得ずうんうんと唸っている監督生の隣でジャミルは言葉を続けた。

「エトケトラは原則禁足地だからな。封印魔法で封鎖されているし調査も殆どされないままのものが多い。何ならその国の王や最高責任者でさえ容易に立ち入ることは出来ない。だから誰も俺達が消えたことを知らない。助けが来るとは考えない方がいいな。」
「やばくないですか。」
「そ、詰んでる。」

助けを呼ぶ手段とか脱出する方法どころの話ではなかった。末端から熱が逃げていくような感覚に苛まれる監督生はしかし、同意するフロイドに絶望した様子がないことに気づく。普段よりは大分大人しいが、いつもと変わらない態度を取るフロイドに監督生は眉を寄せた。ジャミルもそうだ。焦ってはいるが監督生ほど現状を悲観している様子はない。何か策があるのだろうか。

「2人は怖くないんですか?」

可笑しい空の色。先のない道。知っているのに知らない場所。
助けは望めないこの状況に監督生は震えていた。泣きそうでもある。けど泣いても喚いてもどうにもならない事をよく知っているから、監督生はやっとの思いで立っていた。

「帰れないかもしれないんですよ?もしかしたらずっとこのままかも…。」

指先が冷たい。言葉にすると尚更恐ろしくなった。最悪のことまで頭をよぎる。
夕焼けと言うには暴力的過ぎる色を受けた監督生の横顔は暗い。数々のオーバーブロットを止めた人間とは思えないほど弱々しいその姿に、フロイドはターコイズの髪を揺らした。

「色々試してからじゃね。諦めんの早すぎだって。それにオレ、ショップの新作買いに行かなきゃだから絶対帰るし。」
「俺も宴の用意があるからな。それに俺達はNRCの生徒だ。将来有望な俺達がエトケトラ風情に負けるとでも?」

虚勢だった。本当は心臓が口から出そうなほど恐ろしかった。しかし後輩の、しかも女の子の前で情けない姿は見せたくないし、第一何故自分達がこんな理不尽な目に合わなければならないのかと腸が煮えくり返っている。せめてロイソの奴にしろ。
そう変な方向に怒りの矛先を向け始めた2人に監督生はポカンとした。怒りとは時に勇気にもなるとは誰の言葉だったろうか。監督生は毅然とするそんな2人の姿にぐっと拳を握った。

「先輩達、魔法使えないじゃないですか。」
「おっと、そうだったな。なら魔法が使えない先輩の監督生が頼りだな。」
「あはっ。そんなちっせぇのに大丈夫?」

いつもの様にこちらを揶揄うジャミルとフロイドに、監督生もやっと微笑んだ。
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