小エビとウツボとウミヘビと、時々怪奇
学園長室に集められた教師とスカラビア寮長、オクタヴィネル寮長、そしてエースとグリムは静かに学園長の話を聞いていた。
「6日前からスカラビア寮のジャミル・バイパーくん、オクタヴィネル寮のフロイド・リーチくん、そしてオンボロ寮の監督生くんが行方不明です。学園内に外部の者が侵入した痕跡はなく、3人の外出記録も外に連れ出された様子もなし。またバイパーくんとフロイド・リーチくんの魔力痕はなくどこか荒らされた場所も学園内にはありませんでした。以上の事から3人が何らかの事件に巻き込まれたと判断します。」
いつになく険しい雰囲気でそう話す学園長にエースはゴクリと唾を飲み込む。
ジャミル、フロイド、監督生が数日前から行方不明となっていた。
しかしいなくなった初日、ここにいる誰もがそこまでこの3人の行方を心配してはいなかった。唯一カリムとグリムは不安そうにしていたが、それこそNRCでは脱走も違反外出も珍しくないため差程気にしてはいなかった。何なら学園長は各々の寮長にこの件を丸投げしていたし、エースは自分を誘わずスマホの電源すら切っていた監督生に怒っていたほどだ。けれど2日、3日経てど3人は見つからず、寮にも授業にも姿を見せない。それどころかいつまで経ってもスマホも繋がらない。
まさか事件に巻き込まれたのではないだろうかと学園内が少しづつざわつき始めた時、デュースのスマホに監督生から着信がかかったのだった。
そしてその電話をとった瞬間、デュースは意識を失った。
幸いにもデュースは失神しただけで大きな怪我などはなかったがこれがきっかけとなり、3人は何かしらの事件に巻き込まれていると判明した。因みにデュースは今は学園長命令で寮の自室で数日間安静にしている。
「最後に監督生君を見たのはエース・トラッポラくんと、今は療養中のデュース・スペードくんですね。」
「はい。グリムが補習逃げ出したから捕まえてくるって言って、昼休みに別れたのが最後っす。その後旧実験室の方に走ってくのをチラッと見たって奴はいましたけど、一瞬過ぎて監督生かは分からないって。」
「オレ様は昼休み前が最後だったんだゾ…。」
「分かりました。次に、バイパーくんとフロイド・リーチくんと最後に会ったのはクルーウェル先生ですね?」
「はい。次の授業の備品を取りに行くよう頼み旧第3実験室に向かわせました。」
「旧第3実験室…。」
ポツリ、とアズールが呟く。あそこ、と言うよりあそこに繋がる階段には何かと噂がある。勿論根も葉もない陳腐な話だが、そこへ向かったとされる3人が行方を眩ませているのだから嫌な予感がしてならない。自身の幼馴染みのタフさは理解しているが、不安に思わずにはいられなかった。
「ありがとうございます。それと先程、監督生くんがデュース・スペードくんに送った着信を解析した結果が届きました。3人はエトケテラに巻き込まれた確率が非常に高いことが判明しました。」
「エトケテラ?!」
「はい。ただ確率が高いだけで確定ではないそうです。なので皆さん、引き続き3人の情報を集めて下さい。」
エトケテラって何だゾ?
そう言って傍で首を傾げるグリムに、しかしエースは答えられない。エトケテラに巻き込まれたのならもう生還など無理だ。どんどん青ざめていくエースにグリムが声をかけようとした瞬間、
ドンッ
「なんの音だ?」
「闇の鏡の方からですね、って、ちょっとトラッポラさん?!」
アズールの言葉が言い終わる直前にエースは学園長室を飛び出し走り出した。風を切って廊下を駆け抜ける。もしかしたら違うかもしれない。でも、でもっ…!逸る気持ちのまま、エースは闇の鏡の間に辿り着きそのままの勢いで扉を開けた。
そしてそこで、ボロボロの状態で床に座り込むジャミル、フロイド、監督生の姿を見つけた。
「ここ…、」
「戻ってきたの、か…?」
放心状態の3人が忙しなく周りを見る。そして入り口に立つエースの姿を見つけた。
「、あ」
監督生の口から声が漏れる。エースを見つめる目が徐々に潤んでいき、ついにポロりと涙が零れた。
「う、うわぁぁぁぁん!!怖かったよぉぉぉ!!!」
ボタボタと涙を流し大声を上げ始めた監督生にエースは思わずギョッとする。初めて会ってから、それこそ誰がオーバーブロットした時でも泣く姿など見たことがなかった。それが今、まるで子供のように怖かったと言いながら泣く監督生にエースは思わず駆け寄り肩を掴んだ。
「お前っ、今までどこ行ってたんだよ!心配したんだぞ!」
「ヒッグッ、分かんないよぉぉ!!」
監督生もエースの身体にしがみつきわんわん大声を上げ泣いている。痛々しいその身体は随分とやつれておりカタカタと震えていた。グズグズと鼻をすすりながら何とか泣き止もうとする監督生を必死に宥めながらエースは監督生が無事だったことに安堵の息を吐いた。
「ふな〜!子分〜!」
「グリム!」
バタバタと複数の足音が聞こえてきて、監督生の泣き声だけが響いていた闇の鏡の間が一気に騒がしくかる。泣きながら突撃してきたグリムを抱き締め監督生は更に涙を流した。
「これは…、」
「フロイド?フロイド!おい、しっかりしろフロイド!先生!フロイドが!」
「どけ仔犬。バルガス先生お願いします。俺は保健室の準備をしてきます。」
「任せてくれ。」
「バイパー、立てるか。」
「…すみません、ちょっと難しいです。」
「アジーム、アーシェングロッド。バイパーに肩を貸してやりなさい。」
「はい。」
「おう!」
気絶したフロイドをバルガスが背負い、1人で立ち上がれないジャミルにトレインの指示でカリムとアズールが肩を貸す。見た目だけではなく精神面も相当なのだろう。意識のないフロイドは兎も角、ジャミルすら文句もなくカリムとアズールと共に保健室へ向かって行った。
「子分も怪我してるんだゾ!」
「え?」
「マジかよ、って身体中血だらけじゃん!早く保健室行くぞ!」
泣いていたせいでボーッとしていた監督生はグリムの言葉に、階段から落ちた時の擦り傷や自分の手に穴が空いているのを思い出した。必死に逃げていた時には忘れていた痛みがじわりじわりと全身を蝕んでいく。ハンカチはもう元の色が分からないほど真っ赤になっていた。
「い"だい"ぃ"〜っ!!」
「あぁ〜、泣くな泣くな。」
また泣き出した監督生を慰めるためエースが背中を摩っていると、ふと学園長が近づきそのまま隣に腰を落とした。
「監督生くん、少し失礼しますよ。」
「嫌だ!その鋭利な爪で傷口をほじる気でしょ!触らないで!」
「そんな事しませんよ!!」
やだやだと体を捻る監督生を何とか押さえ込み右手を取った学園長はその傷口に反対の手をかざす。柔い光が傷を包み、徐々に痛みが引いていった。
「短時間ですが痛みを和らげる魔法をかけました。気休め程度ですが多少はマシでしょう。」
「うぅぅ…。1時間後とかに倍の痛みになって返ってくるとかありません?」
「優しい私がそんな事するわけないでしょう!!全く…。でも、無事で良かったです。」
そう言って学園長が監督生の頭を撫でると、彼女はへへっと照れたように笑う。何だかんだ学園長は監督生を可愛がっているし、監督生もナメているが学園長を慕っている。そんな2人の見慣れた、しかし久々のじゃれ合いにエースはやっといつもの日常が戻ってきたと微笑んだ。
あの後、3人は保健室で応急処置を行った後、エトケテラ専門の機関にて精密検査を受けた。3人共後遺症が残るほどの大きな怪我はなかったが、心身の疲弊が凄まじく特にフロイドは3人の中で1番メンタルケアの治療に時間がかかった。因みに監督生は1番最初に元気になっていた。
治療が落ち着いた頃に3人から事情聴取が行われたが、やはりエトケテラを特定することは出来ず、1つの事例として今回の事は処理され問題のきっかけとなった鏡とその際身につけていた制服や装飾品は回収後研究される事となった。
新しい制服の支給で学園長と監督生が揉めたり、ジャミルにカリムがベッタリくっついてジャミルが発狂しそうになったり、フロイドの我儘が加速したりと問題は要所要所で起こったも皆、学園で変わらない日常を送り出していた。
「やりたくない…。」
「大変そ〜。」
机の上に上半身を突っ伏す監督生に対面に座ったフロイドが言う。
行方不明になった日と治療していた日、その間にも授業はどんどんと進んでいた。監督生的にはそこまで時間が経っていた感覚はなかったが皆から遅れているのは事実。エースやデュースに教えて貰うと考えたも、授業内容が多く部活をやっている友人達はそれを教えるだけの時間が取れない。グリムもグリムでノートを取ってくれていたのはいいが、如何せん文字が踊りまくっていて理解できなかった。
教師陣も時間を取ってくれると言ってくれたが、ただでさえ忙しそうなのにそこまで迷惑を掛けたくなくて、仕方なく監督生は1人で図書室で勉強していた。
そんな今日は部活をサボっているらしいフロイドが珍しくちょっかいをかけに来ていた。
「モリアディアスって誰だよぉ…。友達にいないよぉ…。」
「何千年前の偉人だと思ってんの、いたら驚きだわ。」
変な冗談を言う監督生の頭を小突きながらフロイドは問題を解くのを急かす。それに口を尖らせながら渋々またペンを動かし始めた。
カリカリとペンが紙の上を走る。やる気になれば普通にちゃんと解けるんだよな、と思っているとふと、フロイドの目に監督生の右手が見えた。薄くはなっているが手の甲の真ん中に大きく残った傷跡。それがあの日の事が嘘ではないと嫌でも知らしめてくる。
「傷。」
「はい?」
「傷、痛い?」
ピタリ、と監督生は手を止める。そして自分の手の甲を見つめた後、ゆるく首を振った。
「もう痛くないですよ。」
「そう。」
「だから大丈夫です。先輩、」
「ん?」
「ありがとうございました。…ちゃんと生きて帰れましたね。」
「…ん。」
静かに頷いたフロイドに監督生も優しく微笑む。
あの日の記憶はそう簡単には消えない。
けれど、これからきっと沢山の思い出で恐怖はこの傷跡のように薄まっていくだろう。
監督生達は生きて、帰ってくる事が出来たのだから。
「6日前からスカラビア寮のジャミル・バイパーくん、オクタヴィネル寮のフロイド・リーチくん、そしてオンボロ寮の監督生くんが行方不明です。学園内に外部の者が侵入した痕跡はなく、3人の外出記録も外に連れ出された様子もなし。またバイパーくんとフロイド・リーチくんの魔力痕はなくどこか荒らされた場所も学園内にはありませんでした。以上の事から3人が何らかの事件に巻き込まれたと判断します。」
いつになく険しい雰囲気でそう話す学園長にエースはゴクリと唾を飲み込む。
ジャミル、フロイド、監督生が数日前から行方不明となっていた。
しかしいなくなった初日、ここにいる誰もがそこまでこの3人の行方を心配してはいなかった。唯一カリムとグリムは不安そうにしていたが、それこそNRCでは脱走も違反外出も珍しくないため差程気にしてはいなかった。何なら学園長は各々の寮長にこの件を丸投げしていたし、エースは自分を誘わずスマホの電源すら切っていた監督生に怒っていたほどだ。けれど2日、3日経てど3人は見つからず、寮にも授業にも姿を見せない。それどころかいつまで経ってもスマホも繋がらない。
まさか事件に巻き込まれたのではないだろうかと学園内が少しづつざわつき始めた時、デュースのスマホに監督生から着信がかかったのだった。
そしてその電話をとった瞬間、デュースは意識を失った。
幸いにもデュースは失神しただけで大きな怪我などはなかったがこれがきっかけとなり、3人は何かしらの事件に巻き込まれていると判明した。因みにデュースは今は学園長命令で寮の自室で数日間安静にしている。
「最後に監督生君を見たのはエース・トラッポラくんと、今は療養中のデュース・スペードくんですね。」
「はい。グリムが補習逃げ出したから捕まえてくるって言って、昼休みに別れたのが最後っす。その後旧実験室の方に走ってくのをチラッと見たって奴はいましたけど、一瞬過ぎて監督生かは分からないって。」
「オレ様は昼休み前が最後だったんだゾ…。」
「分かりました。次に、バイパーくんとフロイド・リーチくんと最後に会ったのはクルーウェル先生ですね?」
「はい。次の授業の備品を取りに行くよう頼み旧第3実験室に向かわせました。」
「旧第3実験室…。」
ポツリ、とアズールが呟く。あそこ、と言うよりあそこに繋がる階段には何かと噂がある。勿論根も葉もない陳腐な話だが、そこへ向かったとされる3人が行方を眩ませているのだから嫌な予感がしてならない。自身の幼馴染みのタフさは理解しているが、不安に思わずにはいられなかった。
「ありがとうございます。それと先程、監督生くんがデュース・スペードくんに送った着信を解析した結果が届きました。3人はエトケテラに巻き込まれた確率が非常に高いことが判明しました。」
「エトケテラ?!」
「はい。ただ確率が高いだけで確定ではないそうです。なので皆さん、引き続き3人の情報を集めて下さい。」
エトケテラって何だゾ?
そう言って傍で首を傾げるグリムに、しかしエースは答えられない。エトケテラに巻き込まれたのならもう生還など無理だ。どんどん青ざめていくエースにグリムが声をかけようとした瞬間、
ドンッ
「なんの音だ?」
「闇の鏡の方からですね、って、ちょっとトラッポラさん?!」
アズールの言葉が言い終わる直前にエースは学園長室を飛び出し走り出した。風を切って廊下を駆け抜ける。もしかしたら違うかもしれない。でも、でもっ…!逸る気持ちのまま、エースは闇の鏡の間に辿り着きそのままの勢いで扉を開けた。
そしてそこで、ボロボロの状態で床に座り込むジャミル、フロイド、監督生の姿を見つけた。
「ここ…、」
「戻ってきたの、か…?」
放心状態の3人が忙しなく周りを見る。そして入り口に立つエースの姿を見つけた。
「、あ」
監督生の口から声が漏れる。エースを見つめる目が徐々に潤んでいき、ついにポロりと涙が零れた。
「う、うわぁぁぁぁん!!怖かったよぉぉぉ!!!」
ボタボタと涙を流し大声を上げ始めた監督生にエースは思わずギョッとする。初めて会ってから、それこそ誰がオーバーブロットした時でも泣く姿など見たことがなかった。それが今、まるで子供のように怖かったと言いながら泣く監督生にエースは思わず駆け寄り肩を掴んだ。
「お前っ、今までどこ行ってたんだよ!心配したんだぞ!」
「ヒッグッ、分かんないよぉぉ!!」
監督生もエースの身体にしがみつきわんわん大声を上げ泣いている。痛々しいその身体は随分とやつれておりカタカタと震えていた。グズグズと鼻をすすりながら何とか泣き止もうとする監督生を必死に宥めながらエースは監督生が無事だったことに安堵の息を吐いた。
「ふな〜!子分〜!」
「グリム!」
バタバタと複数の足音が聞こえてきて、監督生の泣き声だけが響いていた闇の鏡の間が一気に騒がしくかる。泣きながら突撃してきたグリムを抱き締め監督生は更に涙を流した。
「これは…、」
「フロイド?フロイド!おい、しっかりしろフロイド!先生!フロイドが!」
「どけ仔犬。バルガス先生お願いします。俺は保健室の準備をしてきます。」
「任せてくれ。」
「バイパー、立てるか。」
「…すみません、ちょっと難しいです。」
「アジーム、アーシェングロッド。バイパーに肩を貸してやりなさい。」
「はい。」
「おう!」
気絶したフロイドをバルガスが背負い、1人で立ち上がれないジャミルにトレインの指示でカリムとアズールが肩を貸す。見た目だけではなく精神面も相当なのだろう。意識のないフロイドは兎も角、ジャミルすら文句もなくカリムとアズールと共に保健室へ向かって行った。
「子分も怪我してるんだゾ!」
「え?」
「マジかよ、って身体中血だらけじゃん!早く保健室行くぞ!」
泣いていたせいでボーッとしていた監督生はグリムの言葉に、階段から落ちた時の擦り傷や自分の手に穴が空いているのを思い出した。必死に逃げていた時には忘れていた痛みがじわりじわりと全身を蝕んでいく。ハンカチはもう元の色が分からないほど真っ赤になっていた。
「い"だい"ぃ"〜っ!!」
「あぁ〜、泣くな泣くな。」
また泣き出した監督生を慰めるためエースが背中を摩っていると、ふと学園長が近づきそのまま隣に腰を落とした。
「監督生くん、少し失礼しますよ。」
「嫌だ!その鋭利な爪で傷口をほじる気でしょ!触らないで!」
「そんな事しませんよ!!」
やだやだと体を捻る監督生を何とか押さえ込み右手を取った学園長はその傷口に反対の手をかざす。柔い光が傷を包み、徐々に痛みが引いていった。
「短時間ですが痛みを和らげる魔法をかけました。気休め程度ですが多少はマシでしょう。」
「うぅぅ…。1時間後とかに倍の痛みになって返ってくるとかありません?」
「優しい私がそんな事するわけないでしょう!!全く…。でも、無事で良かったです。」
そう言って学園長が監督生の頭を撫でると、彼女はへへっと照れたように笑う。何だかんだ学園長は監督生を可愛がっているし、監督生もナメているが学園長を慕っている。そんな2人の見慣れた、しかし久々のじゃれ合いにエースはやっといつもの日常が戻ってきたと微笑んだ。
あの後、3人は保健室で応急処置を行った後、エトケテラ専門の機関にて精密検査を受けた。3人共後遺症が残るほどの大きな怪我はなかったが、心身の疲弊が凄まじく特にフロイドは3人の中で1番メンタルケアの治療に時間がかかった。因みに監督生は1番最初に元気になっていた。
治療が落ち着いた頃に3人から事情聴取が行われたが、やはりエトケテラを特定することは出来ず、1つの事例として今回の事は処理され問題のきっかけとなった鏡とその際身につけていた制服や装飾品は回収後研究される事となった。
新しい制服の支給で学園長と監督生が揉めたり、ジャミルにカリムがベッタリくっついてジャミルが発狂しそうになったり、フロイドの我儘が加速したりと問題は要所要所で起こったも皆、学園で変わらない日常を送り出していた。
「やりたくない…。」
「大変そ〜。」
机の上に上半身を突っ伏す監督生に対面に座ったフロイドが言う。
行方不明になった日と治療していた日、その間にも授業はどんどんと進んでいた。監督生的にはそこまで時間が経っていた感覚はなかったが皆から遅れているのは事実。エースやデュースに教えて貰うと考えたも、授業内容が多く部活をやっている友人達はそれを教えるだけの時間が取れない。グリムもグリムでノートを取ってくれていたのはいいが、如何せん文字が踊りまくっていて理解できなかった。
教師陣も時間を取ってくれると言ってくれたが、ただでさえ忙しそうなのにそこまで迷惑を掛けたくなくて、仕方なく監督生は1人で図書室で勉強していた。
そんな今日は部活をサボっているらしいフロイドが珍しくちょっかいをかけに来ていた。
「モリアディアスって誰だよぉ…。友達にいないよぉ…。」
「何千年前の偉人だと思ってんの、いたら驚きだわ。」
変な冗談を言う監督生の頭を小突きながらフロイドは問題を解くのを急かす。それに口を尖らせながら渋々またペンを動かし始めた。
カリカリとペンが紙の上を走る。やる気になれば普通にちゃんと解けるんだよな、と思っているとふと、フロイドの目に監督生の右手が見えた。薄くはなっているが手の甲の真ん中に大きく残った傷跡。それがあの日の事が嘘ではないと嫌でも知らしめてくる。
「傷。」
「はい?」
「傷、痛い?」
ピタリ、と監督生は手を止める。そして自分の手の甲を見つめた後、ゆるく首を振った。
「もう痛くないですよ。」
「そう。」
「だから大丈夫です。先輩、」
「ん?」
「ありがとうございました。…ちゃんと生きて帰れましたね。」
「…ん。」
静かに頷いたフロイドに監督生も優しく微笑む。
あの日の記憶はそう簡単には消えない。
けれど、これからきっと沢山の思い出で恐怖はこの傷跡のように薄まっていくだろう。
監督生達は生きて、帰ってくる事が出来たのだから。