小エビとウツボとウミヘビと、時々怪奇
ヒタリヒタリと廊下を歩く。幸いにも今のところ化け物とは遭遇していないが、いつ襲われるか分からない状況は3人から言葉を奪った。たった数m先の教室に向かうだけなのに空気は酷く重い。何やかんやと軽口を叩いていたのが遠い昔のようだった。
「フロイド。変身薬は大丈夫か。」
「今日朝イチで飲んだら暫くはへーき。」
そうか、とジャミルが返すもその後会話は続かない。実際余裕がないので当たり前だが監督生は人知れずため息をつくしかなかった。
「あそこで…、あれ?」
監督生は遠くの教室を指さし首を傾げる。明るい。確か電気は通っていなかった筈なのに、家庭科室からは光が漏れていた。
「もう何起きても驚かねぇわ。」
疲労から幾分かトーンを下げてフロイドは言った。それに監督生も苦く笑いながら先程よりもゆっくりと音が立たないように歩き、家庭科室の扉のガラス部分からチラリと室内を覗き見た。
白っぽいクリームを基調とした壁に同じ色の平らな台が奥に3、手前に3の計6個並んでいる。後ろには天井まで届く大きな棚があり食器が並んでいた。その反対側には壁にホワイトボードが備え付けられている。人影など動くものはないが、スマホのライトがなくともしっかりと細部まで確認できる教室に得体の知れなさを感じて監督生は顔を顰めた。
「…やめときますか?」
監督生が声を潜めて言う。それに暫く考えてからジャミルはフロイドとアイコンタクトを取り首を振った。不安は拭えないが止まっていても仕方ない。意を決して扉を開けた。…特に何も起こらない。が気を抜くことは出来ずジャミル達は恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
目を引くのはやはり中央に集まった台だった。監督生曰く調理の実習で使うキッチンらしいが、その蓋は全て閉じており使われている形跡はない。何なんだろうか…。化け物がいるでもない空間に監督生が首を傾げていると、右の真ん中の台には湯気が昇る皿が複数あるのが分かった。
「…料理?」
ジャミルが怪訝そうにする。周囲に気配はない。しかしその皿達はまるで出来たてのようだった。なんで…、と疑問を抱きながら恐る恐る近づき確認する。
大きめの椀には並々と液体が注がれ、丸皿には魚の切り身だろうか、肌色の衣を纏い茶色い液体がかかっている。木製の楕円形の中皿にはレタスとトマトと肉団子が入っていた。 食卓に並ぶ、と言うより思いつきで作られたような料理たち。ジャミルはすん、と鼻で1度確認する。匂い、は…。ダメだソースが強過ぎて分からない。いつもなら食欲をそそる匂いだが、ジャミルは何故だか吐きそうになった。
「これなんて読むんだ。」
「…あぁ、『調理実習』ですね。」
ふと、料理の前に紙が置かれているのに気づいたジャミルはそれに書かれた文字を指さし聞くと、直ぐに監督生は答えた。
調理実習。マスターシェフを彷彿とさせるその言葉に、しかしジャミルは顔を顰めた。空腹は感じていないが、この料理は飢餓でも遠慮したい。と言うかここにある時点でまともな料理ではないのは明らかだ。そんなもの、間違っても摂取したくない。何が起こるか分からない。それは監督生も同じで、先程の放送を思い出しながら2人は口を噤んでいた。
「ねー。開かなくなったんだけどぉ。」
黙っていた2人に間延びしたフロイドの声が響く。何事かと目を向けると、心底嫌そうな顔をしたフロイドが扉の前からこちらを見ていた。
「嘘でしょ?!」
「マジ。因みに棚ん中はなんもなかった。」
慌てて近寄り開けようと試みるもピクリとも動かない。鍵もないのに閉まった扉。次いで棚も確認するがフロイドの言う通り見事に何も入っておらずジャミルと監督生は完全に脱力してしまった。3人の間に重苦しい沈黙が流れる。どうしても放送に沿った動きをしなければならないらしい。
「俺が食べる。」
ジャミルの硬い声が静寂を破った。
「この中で毒の耐性があるのは俺だけだ。毒でなくとも、多少なら大丈夫だろう。」
「でも先輩っ、」
「絶対に誰かはやらなければいけないんだ。仕方ないさ。」
肩を竦めるも力が入っているのは明らかだった。監督生はそんな、と呟くもフロイドに止められ口を閉じる。やるせなさで頭を下げた監督生にジャミルは困ったように笑いながら頭を撫でた。
「変だなと思ったら絶対飲み込む前に吐き出して下さい。」
「分かってる。」
「あはっ。飲み込んだらオレが腹パンしてやるからいくらでも食べていーよー。」
歯を見せて笑うフロイドをジャミルは一睨みして目を皿へと移した。じっと観察するも、やはり変わったところは見つからない。色味は悪いが普通の料理にちゃんと見える。ジャミルは警戒を解かずに傍にあったスプーンとフォークのうち、フォークを手に取った。成る可く口の中で崩れないものがいい。なら…、とジャミルは肉団子に先を突き立てる。そしてそのまま半分より少し少なめに切り取ると、フロイドと監督生が凝視するその横でジャミルは肉団子を噛んだ。
ブヨブヨとした弾力、火が通ってない。ソースでは消せない生臭さが口全体に広がった。気持ち悪い。咄嗟にフォークを投げ捨て口を抑える。舌の上で転がる肉が唾液によって分解され、どんどん液体が溜まっていった。
「先輩!?早く吐いて!」
ジャミルの様子に気づいた監督生がその背に手を添えた。声を荒らげ兎に角吐き出させようとする監督生に、せめて何か器があればとジャミルが顔を上げた瞬間、フロイドが液体が入っている椀にスプーンを入れ『何か』を持ち上げた。
「ウミヘビくん。」
「っ?」
「これ、さ…、やばくね…?」
液体が全て流れスプーンの上の物が顕になる。
光沢のある身体、長い触覚、トゲがある長細い6本の棒が生えたそれは、紛うことなき虫だった。
「フロイド。変身薬は大丈夫か。」
「今日朝イチで飲んだら暫くはへーき。」
そうか、とジャミルが返すもその後会話は続かない。実際余裕がないので当たり前だが監督生は人知れずため息をつくしかなかった。
「あそこで…、あれ?」
監督生は遠くの教室を指さし首を傾げる。明るい。確か電気は通っていなかった筈なのに、家庭科室からは光が漏れていた。
「もう何起きても驚かねぇわ。」
疲労から幾分かトーンを下げてフロイドは言った。それに監督生も苦く笑いながら先程よりもゆっくりと音が立たないように歩き、家庭科室の扉のガラス部分からチラリと室内を覗き見た。
白っぽいクリームを基調とした壁に同じ色の平らな台が奥に3、手前に3の計6個並んでいる。後ろには天井まで届く大きな棚があり食器が並んでいた。その反対側には壁にホワイトボードが備え付けられている。人影など動くものはないが、スマホのライトがなくともしっかりと細部まで確認できる教室に得体の知れなさを感じて監督生は顔を顰めた。
「…やめときますか?」
監督生が声を潜めて言う。それに暫く考えてからジャミルはフロイドとアイコンタクトを取り首を振った。不安は拭えないが止まっていても仕方ない。意を決して扉を開けた。…特に何も起こらない。が気を抜くことは出来ずジャミル達は恐る恐る室内へと足を踏み入れた。
目を引くのはやはり中央に集まった台だった。監督生曰く調理の実習で使うキッチンらしいが、その蓋は全て閉じており使われている形跡はない。何なんだろうか…。化け物がいるでもない空間に監督生が首を傾げていると、右の真ん中の台には湯気が昇る皿が複数あるのが分かった。
「…料理?」
ジャミルが怪訝そうにする。周囲に気配はない。しかしその皿達はまるで出来たてのようだった。なんで…、と疑問を抱きながら恐る恐る近づき確認する。
大きめの椀には並々と液体が注がれ、丸皿には魚の切り身だろうか、肌色の衣を纏い茶色い液体がかかっている。木製の楕円形の中皿にはレタスとトマトと肉団子が入っていた。 食卓に並ぶ、と言うより思いつきで作られたような料理たち。ジャミルはすん、と鼻で1度確認する。匂い、は…。ダメだソースが強過ぎて分からない。いつもなら食欲をそそる匂いだが、ジャミルは何故だか吐きそうになった。
「これなんて読むんだ。」
「…あぁ、『調理実習』ですね。」
ふと、料理の前に紙が置かれているのに気づいたジャミルはそれに書かれた文字を指さし聞くと、直ぐに監督生は答えた。
調理実習。マスターシェフを彷彿とさせるその言葉に、しかしジャミルは顔を顰めた。空腹は感じていないが、この料理は飢餓でも遠慮したい。と言うかここにある時点でまともな料理ではないのは明らかだ。そんなもの、間違っても摂取したくない。何が起こるか分からない。それは監督生も同じで、先程の放送を思い出しながら2人は口を噤んでいた。
「ねー。開かなくなったんだけどぉ。」
黙っていた2人に間延びしたフロイドの声が響く。何事かと目を向けると、心底嫌そうな顔をしたフロイドが扉の前からこちらを見ていた。
「嘘でしょ?!」
「マジ。因みに棚ん中はなんもなかった。」
慌てて近寄り開けようと試みるもピクリとも動かない。鍵もないのに閉まった扉。次いで棚も確認するがフロイドの言う通り見事に何も入っておらずジャミルと監督生は完全に脱力してしまった。3人の間に重苦しい沈黙が流れる。どうしても放送に沿った動きをしなければならないらしい。
「俺が食べる。」
ジャミルの硬い声が静寂を破った。
「この中で毒の耐性があるのは俺だけだ。毒でなくとも、多少なら大丈夫だろう。」
「でも先輩っ、」
「絶対に誰かはやらなければいけないんだ。仕方ないさ。」
肩を竦めるも力が入っているのは明らかだった。監督生はそんな、と呟くもフロイドに止められ口を閉じる。やるせなさで頭を下げた監督生にジャミルは困ったように笑いながら頭を撫でた。
「変だなと思ったら絶対飲み込む前に吐き出して下さい。」
「分かってる。」
「あはっ。飲み込んだらオレが腹パンしてやるからいくらでも食べていーよー。」
歯を見せて笑うフロイドをジャミルは一睨みして目を皿へと移した。じっと観察するも、やはり変わったところは見つからない。色味は悪いが普通の料理にちゃんと見える。ジャミルは警戒を解かずに傍にあったスプーンとフォークのうち、フォークを手に取った。成る可く口の中で崩れないものがいい。なら…、とジャミルは肉団子に先を突き立てる。そしてそのまま半分より少し少なめに切り取ると、フロイドと監督生が凝視するその横でジャミルは肉団子を噛んだ。
ブヨブヨとした弾力、火が通ってない。ソースでは消せない生臭さが口全体に広がった。気持ち悪い。咄嗟にフォークを投げ捨て口を抑える。舌の上で転がる肉が唾液によって分解され、どんどん液体が溜まっていった。
「先輩!?早く吐いて!」
ジャミルの様子に気づいた監督生がその背に手を添えた。声を荒らげ兎に角吐き出させようとする監督生に、せめて何か器があればとジャミルが顔を上げた瞬間、フロイドが液体が入っている椀にスプーンを入れ『何か』を持ち上げた。
「ウミヘビくん。」
「っ?」
「これ、さ…、やばくね…?」
液体が全て流れスプーンの上の物が顕になる。
光沢のある身体、長い触覚、トゲがある長細い6本の棒が生えたそれは、紛うことなき虫だった。