女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

いつものファミレスのいつものボックス席で、対面に座る男共が大きく息を吸った。

「一緒に場地さんを説得してくれ!」
「稀咲頼む!」
「無理に決まってんだろうが。」

勢いよく頭を下げた男共、花垣と松野に頭を抱える。なんでこうなった。

花垣が東卍の正式なメンバーとなるためにマイキーが出した条件は『芭流覇羅に入った場地圭介の奪還』だった。そもメンバーになる条件は入るその隊のトップが決めるらしいが、花垣はマイキーに直接話したらしく条件の難易度が跳ね上がってしまったと、真新しい傷をこさえて困ったように言ってきた花垣を殴らなかった私を誰か褒めて欲しい。お前、マイキーのお気に入りじゃなかったのかよ。なんでそんな無理難題押し付けられてるんだよ。しかも失敗したら殺されるとか、お前ほんと、ほんと!
しかし出されたからには仕方ない。時間が足りない中、仮とは言え何とか東卍のメンバーに滑り込めた花垣が芭流覇羅内で場地圭介から聞いた話と私が調べた内容、そして利害の一致から協力を申し出てきた松野千冬の話を擦り合わせ、何とか場地圭介の真の目的が『羽宮一虎』である事を掴んだ。

「そも、その創設メンバー?ですら止められなかったのに全く面識のない私が何も出来るわけないだろう。」
「前回の期末の数学の点数は?」
「…確か、98だったが。」
「そんだけ頭が良いならいける!」
「関係ないだろ。」

説得に勉強出来る出来ないは関係ない、全く関係ない。しかしもう松野のどうしようもないのだろう。実際状況は良くなっていないし、目的を把握しても解決案が浮かばない。文字通り『場地圭介の奪還』は詰んでいた。

怪我が生々しい花垣と松野が再度頭を下げる。2人分のつむじを見つめ腕を組んだ。
…1度花垣が戻った未来でドラケンから聞いた話によると、今回の抗争で東卍は芭流覇羅に負けるらしい。元々芭流覇羅は長内が引いきていた愛美愛主が形を変えたものだ。そこに反東卍勢力も加わった絶対に東卍とは相容れないチーム。そんなチームのトップに半間がなったと知ったのはつい先日の事だ。
まぁ普通に考えて負けたらからと言って東卍全員が傘下にくだるなど納得するわけはなく、その中で暴走した奴が半間を殺し花垣の言う未来に繋がる、と言うわけだ。

はぁ、とため息が出る。抗争は明日だ、手を尽くしたがもう避けらない。それに、と最近互いに忙しくて連絡の取れてない男の姿を思い出す。死神が死ぬなど笑えない。私はまだ謝罪も感謝も出来てないのでせめて言うまでは生きていて欲しいものだ。

「…説得はお前達がしろ。けど、サポートくらいはしてやる。」
「稀咲!」
「稀咲…。……ありがとな。今まで可愛くねぇとか思っててごめん、お前可愛くねぇけど良い奴だな!」

そう言って笑う松野に血管がヒクつく。
別に松野に可愛いと思われたいわけではないが、とてつもなく腹が立った。



場地圭介と会う約束したと言う松野の案内の元、私達は芭流覇羅の特攻服に身を包んだ奴と対峙する。
車の往来する音に負けじと声を張る松野に、しかし場地圭介は折れない。その平行線を辿るしかない会話に段々と疲労が溜まる。松野も松野だが、この男も大概馬鹿だな。

「馬鹿にもほどがあるな。」
「あ?」

余りにも進まない会話に傍観するのを止め口を挟む。説得はどう考えても無理そうなので、私は私の仕事をするだけだ。

「たった1人で何ができる。己の力を過信し過ぎだろ。」
「誰だてめぇ。部外者がしゃしゃんじゃねぇよ。女だからって容赦しねぇぞ。」
「喧しいな。実際お前は過去、羽宮一虎を止められなかったじゃないか。」
「稀咲!」

青筋を浮かべ威圧感の増す場地圭介とそんな奴を鼻で笑って蔑む私の間に花垣が割り込んでくる。驚きながら松野も私の肩を掴むがそれを気にすることなく鋭く相手を睨みつけた。

「場地圭介、自分の力を過信するな。己の命を卑下するな。お前が傷つけば泣く奴がいることを忘れるなよ。」

忠告はしたからな。
そう言って背を向け歩き出した。
少し離れた位置まで来て花垣と場地圭介が話しているの見詰めていると、用を済ませた松野が近づいてきた。

「なんであんな事言ったんだよ。サポートしてくれる約束だろ。」

少し怒り混じりの松野の言葉に眉を寄せる。サポートとするとは言ったが説得を手伝うとは言っていない。

「お前だって分かってた筈だろう。場地圭介は連れ戻せない。」
「っ、だからお前に!」
「私は最初から説得するのではなく、最悪を回避する為に動いているだけだ。」

話を終えたらしい花垣が戻って来るのが見える。そして合流したのを確認してから2人に私が何故あんなに煽ったのかを説明した。

「場地圭介は馬鹿だが愚かではない。喧嘩慣れもしているからイレギュラーが起きれば対処できる。」

そう言って花垣を見る。花垣が場地圭介を救うために動くのは本来有り得ない事だ。そのせいで何がどうなるか私とて分からない。だから、なるべく私の想像通りになるように未来を動かす必要があった。

「羽宮一虎はこの抗争できっとマイキーを殺そうとする。そして場地圭介は当初の目的通り羽宮一虎を止めるために全力を出す。…身を呈してでもな。」
「、まさか!」

未来を知る花垣が声を上げた。それに頷き徐々に目を見開いていく松野に視点を合わせる。

「私が先程言った言葉は例え意識していなくともひっかかりとして残る。そしてそれは場地圭介の普段の行動を本人が気づかない内に制限する。無意識に『羽宮一虎を止める』以外の考えを後回しにするくらいにはな。」
「目的がはっきりとそれに固定されるから、次にする動きが読みやすくなる…。」
「それにその読みは外れにくくなる。…止められればいいがもし、羽宮一虎からマイキーを庇って場地圭介が傷を負った場合、きっと羽宮一虎をも庇うために奴は自決を選ぶ。」

すっと息を吸い込む。さぁここからが正念場だ。

「布石は打った。花垣、は難しいが松野、場地圭介を一番近くで見てきたお前なら止められる。絶対に生きて連れ戻せ。」

2人の目に一本芯が通ったのが分かった。私はその場に行けないのでこの2人が頼りだ。口には決して出せない想いをヒーロー達に託す。ヒナと半間の未来を頼むぞ。
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