女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

とあるファミレスのボックス席で制服に身を包んだ少年と少女が対峙する。
片方の少年は、染めた金髪がセットされておりいかにも不良という出で立ちにも関わらず、目の前に座るメガネをかけた利発そうな少女の一向一揆に肩に力を入れ怯えていた。
少女が口からストローを外す。ごとりとテーブルに置かれたガラスコップから水滴が流れた。

「…駅前の病院を紹介してやる。」
「いや頭がおかしいとかじゃなく、本当に未来からお前を止めに来たんだって!!」

慌てて叫び出す少年ー花垣武道に心底嫌そうな顔をした少女ー稀咲は大きく舌を打った。

そもそも花垣が珍しく宿題以外で稀咲に話しかけた時点でおかしかったのだ。

HRが終わり稀咲はカバンに教科書やペンケースを詰め帰り支度をしていた。部活に入っていないので放課後はそのまま直帰するのだが今日は本屋に用があるので寄って帰ろうと思い椅子から立ち上がった瞬間、花垣がいきなり側まで近寄ってきて放課後付き合って欲しいと言ってきた。
稀咲にとって花垣は気に入らない恋敵だ。絶対に行きたくない。しかもついこの前ヒナとのキスシーンを見てしまったばかりなので一方的だが気まずくもあった。
誰がお前なんかに…。てかまだ私はヒナとの仲を認めてないからなと心の中で思いながら申し出を断ろうとしたが、少し焦ったように花垣がヒナについて話があると言い、断ることも出来ず渋々ついて行くことにしたのだ。

まさか自分が未来から来て、ヒナを殺すお前を止めきたなんて馬鹿みたいな話をされるとは思わなかったが。

「なんだ、不良の次は作家志望か?私を悪役にしたSFラブロマンスでも書くのか?だったら止めておけ。タイムリープなんて今時珍しくもない設定でヒットを飛ばすのは骨が折れるぞ。」
「いや違うって!本当に俺は未来から来た26歳の花垣武道なの!!」
「はいはい、貴方の頭の中ではそれが現実なのね。」
「ちがーう!!!!」

五月蝿いなと花垣の声に眉を寄せた稀咲は、会話を続けながらも思考を巡らせた。
花垣が何故こんなことをいきなり言い出したのか、そもそも何故ヒナと稀咲なのか、未来にこだわるのは何故か。
花垣が騒ぐのを尻目に考えていると、ふと思いついた。

「…あぁ、私がお前の恋人に玉砕したのを聞いたのか。だったら安心しろ、振られたからとヒナに八つ当たりするほど下衆じゃない。」

なんなら誓約書でも書くかと自虐的に笑った稀咲に花垣は押し黙った。


ドラケンを救った末の未来で見た光景は今でも目に焼き付いている。
車の中で花垣を待っていたヒナと、そのヒナを押し潰すように突撃してきた車に乗っていた稀咲。
運転席に辛うじてシートベルトで身体を支えていた稀咲は血を滴らせながら息も絶え絶えに言葉を紡いでいた。

『ヒナは、私の手で…ころ、す、つもりだっ…た。』
『マイキ、に…、ざまぁ、みろって、言っとい、て…。』

ひび割れたフロントガラス越しにヒナを見る目はどうしようもなく優しくて。

『ごめ、んね…、ヒ、ナ、ヒー…ロ…
…は、ま……、いま…い………。』

巻き上がる炎に溶けたヒナの笑顔と稀咲の眼差しが花垣は忘れられなかった。

『あのハロウィンの抗争の後、暫くしてマイキーに稀咲という女が近づいてきた。最初は警戒してたがマイキーの懐きぶりを見て、ついにマイキーにも春か?なんて皆で言って茶化してさ。馬鹿だよな、誰も気づかなかったんだからよ。…稀咲は東卍の奴に殺された半間のためにマイキーに取り入った。東卍を潰すという復讐のために。』

鉄格子の中会いに行ったドラケンの話を思い出す。あの半間とどういった関係かは分からないが復讐するくらいだ、相当仲が良かったのだろう。ならば花垣が出来ることは半間が東卍に殺されるのを防ぐこと。そうすればマイキーに稀咲も会う必要がなくなるし未来の東卍が作られることもない。そうと決まれば早速とナオトの手を握り過去へと戻った。


だが花垣は失念していた。そもそも半間と自分に全くと言っていいほど接点がないことを。

まず、半間と会話したことがない。半間がどこにいるかも分からない。分かったとしても近づけないし、仮に近づけたとしてもボコられて終わりだ。止めるとかそれ以前の問題だった。
そこで花垣はもう稀咲に全て話すことにした。花垣にとって稀咲は仇だが、それ以前に日頃めちゃくちゃ世話になっていた。主に学力的な面で。だから人となりは正直まだ把握出来ていないが、あの頭の良さが味方してくれればこれ程心強いものはないと考えたのだ。

それに、とチラリと未だ眉を寄せて口を結ぶ険しい顔を見た。友達だと言ったヒナから聞いた話や稀咲本人を見て、何より驚きはしたも同じ人を好きになったその想いと未来の死ぬ間際のヒナへの眼差しを信じてみようと思ったのだ。
まぁそんな上手くいくわけもなくめちゃくちゃ警戒されているが。

付き合いきれない。黙り込んでしまった相手に稀咲はため息を隠しもせず席を立ち始める。その姿に焦った花垣は、しかしまだ言葉に詰まったままだった。そもそもこんな突拍子もないことを信じろと言う方が無理なわけで。稀咲のように頭が回れば納得させられる説明も出来たかもしれない。どうするどうすると少ない情報を遡っていると一番重要なことを思い出した。

「半間が死んでもいいのかよ!」
「……は?」

そうだ。稀咲は半間の復讐のために東卍に入ったのだ。なら半間の話をすれば流石に無視できまいと半間の名を出したが正解だったらしい。動きを止めた稀咲に花垣はほっと胸を撫で下ろした。
そしてその胸ぐらを思いっきり掴まれた。

「なんでお前が半間の名を知っている。いや不良だからなのは分かるが何故私と半間が知り合いだと知っているんだ。何で半間が死ぬ話になるんだ!」
「怖い怖い怖い怖い!!稀咲、怖いし痛い!痛いから!!!」

元からよろしくない目付きをさらに釣り上げて詰め寄る稀咲の鋭いを通り越して殺す勢いの眼光に花垣は半泣きになる。剣幕がすごい。力も強い。

「てかそんな荒ぶるとかほんと、半間とどういう関係?!」

その言葉にピタリと稀咲の手が止まった。
どういうって、別に普通の…とそこまで考えて稀咲の脳内をあの記憶が巡る。
ヒナと花垣のキス、脇目も振らず泣いた自分、そして半間の冷たく柔らかい唇の感触。
身体中の熱が一気に顔に集まった。

「お前に!言う!必要は!!ない!!!!」

何がいけなかったのか。先程より感情を爆発させ顔を真っ赤にする稀咲に、店員が声をかけに来るまで花垣はひたすら胸ぐらを揺さぶられ続けていた。




「とりあえず信じるかは明日の結果次第だ。」
「はい…。」

花垣の言葉に遂に殴りかかってしまい自業自得とは言え店から追い出された。どんだけこいつは私を悪党にしたいのかと舌を打つ。
途中まで送ると言って聞かない花垣に勝手にしろと歩き出した。

花垣からの説明はにわかにも信じ難い事ばかりだった。私がヒナを殺すという話は勿論、半間の復讐のために不良に近づくなど愚かしくて笑い話にもならない。
けれど花垣の必死の形相と妄想にしては妙に信憑性のある未来の話に違和感を持ったのは確かだった。
まぁだからと言ってタイムリープなんてそんなファンタジーな現象をそう簡単に信じることも出来ないので、私は確かな証拠が欲しいと言った。目に見え、そしてなるべくなら私が体験か経験のできるもの、明日の小テストの事に関したものがいいと。すると花垣は少し迷った素振りを見せたあと、数学の小テストの問題を一門とその答えを予言した。
所々おかしい点はあったが、概ね理にかなった問と解だった。
それにふむ、と考える。
これはもしかしたらもしかするかもな…。ヒナ殺しの話が嘘だとしても、タイムリープは本当かもしれない。ただ、単純にこいつの言葉を信じるなら中身は26歳なわけなんだがと、隣でシワッシワの顔をしている花垣に目を向ける。
中学生に混じってもそこまで違和感がなく、泣いてばかりで、なんなら私に勉強を教わっている。…本当に26歳か?え、これで成人済み?幼稚すぎないか??

「お前…、結構哀れなんだな……。」
「なんだよ。なんでいきなりそんな目で見るんだよ。」

ほんの少し高い位置にある花垣が困惑したが私の方が渋い顔をする。ヒナ、なんでこんな奴がいいんだろ…。
首を傾げる花垣に言い様のない疲労感を感じながら、もうそろそろ振られた相手の彼氏と歩く事が限界に近いのでここまでで大丈夫だと口を開こうとした時、

「き〜さき。」

最近めっきり聞かなくなった、しかし私の耳に馴染んだ声に肩が跳ねる。

「半間?!」
「は、半間…。」

勢いよく振り返る花垣に対して錆び付いたブリキのように首を動かす私の瞳に、ニヤけた面で目だけは底冷えするほど冷たい半間の姿が映った。

「なんで、ここに…。」
「なんでとか、んなだりぃこと聞かなくても分かるだろ?悲しかったなぁ、稀咲〜。あの後走って逃げてこっちのメールも電話も無視してたくせに男と会ってたなんてなぁ。」

背中にたらりと汗が伝う私と半間の顔を交互に見ながら花垣は顔を青ざめさせている。わかるぞ、蛇に睨まれたカエルの気持ちだよな。隙を見せたらやられそうだよな。
しかし伊達に私とて修羅場をくぐってはいない。半間の自称嫁達や不良共のお礼参りをいなして交わした私の行動は早かった。

「すまん花垣、私は行く!!」
「え、ちょ、稀咲?!」
「ばはっ♡鬼ごっこか?逃がすかよ!!」

一気に踵を返し走り出した私の後ろから半間の威勢のいい声が聞こえた。来るなら来い、ここら辺の地図は全て頭に入っている。今こそ筋トレの成果を見せる時だ、必ず撒いてやる!
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