女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】
店子の声を無視して歩く私の姿はぎこちない。顔に貼られた大きなガーゼをそのままに、祭りに来るなど何時以来だろうと手に持ったメモを見つめた。
愛美愛主にやられた怪我は幸いにも後遺症が残るものではなく、軽い検査を終えれば帰っても良いといつの間にかいた病院のベッドの上でそう医者に言われた。それに安堵と拭いようのない気持ちが湧き上がるも、忙しいのに駆けつけた父は珍しく眉間に皺を寄せ話を聞いており誰が連れて来てくれたのかは聞ける雰囲気ではなかった。
包帯も取れメガネも新調した。日に日によくなっていく身体にけれど心は晴れなかった。そんな私を父も酷く心配し、気分転換にとこの武蔵祭りにお使いへとやり今に至る。
伸びたテープの祭囃子が響き渡る。楽しげな子供達が下駄を鳴らし脇を走り抜けていく後ろ姿を見つめながら虚しさを感じる。
あの後から半間には会っていない。申し訳なくて連絡も出来ていない。自由がいいと言ったアイツの1人で走る姿が好きだった。それを奪いどの面下げて会えばいいのか、友達のいない私には分からなかった。
「まいどありー!」
活気のある挨拶に軽く会釈し袋を受け取る。湯気がのぼる焼きそばにこれで買ってくる物は最後かとメモに目を落とし視界の隅に映った姿に顔を上げる。
淡い浴衣の袖を揺らす見間違うはずのないその姿に、避けていたのも忘れ縋るように後を追った。
「そんな虫のいい話はないか…。」
人混みに紛れ見失ったヒナに追い打ちをかけるようにして雨が降り出す。何を期待していたのだろうかと自分に嘲笑した。
とりあえず濡れるわけにはいかないと近くにある神社へと急ぐ。石段を上がり流石に参道を通るのは気が引けたので横の木々の中を進んでいくと、誰かの話し声が聞こえた。
言い争っているわけではなさそうだが、片方の荒らげる声に先日を思い出し肩を揺らす。…ここはやめておこう。そう思い踵を返した瞬間、ふと映りこんだ人影に足が止まった。
倒れ伏す男にそっと口付けを落とす可愛い女の子。
思わず持っていた袋を落とし、漏れ出そうになった声を無理矢理押えて駆け出した。何故男ー花垣が縛られ倒れているのか気にする余裕もない。ただ脳裏には受け入れ難い現実だけが繰り返されていた。
流れた髪の隙間から見えたヒナは見たことない顔をしていた。
引き裂かれたかのように痛む胸を押え、叫びそうな口からは荒い呼吸を吐き出し続ける。
絡まりもつれる足をただ前に進め、自然と流れ出した涙が眼前をぼやかしていく。人にぶつかりながらそれでも何処かへと逃げたい私は涙を拭いながら走った。
どこか、ここじゃない遠くへ。はやく、はやく、離れたい。もういやだ、私はー…。
「稀咲!!」
いきなり掴まれた腕に身体がつんのめる。反射的に振り返り私を止めた人物を見て涙が溢れ出した。
「っなんで泣いてんだ…。」
雨で崩れた髪と上がる息で必死に私を見つめてくる半間。その姿に酷く安堵すると同時に所々に傷を負っているのが分かった。最低だ、その怪我は私のせいかもしれないのに半間がいて安心している。
「ヒナと花垣がキス、してた…。」
自分の声の震えに笑えた。けして雨の冷たさのせいではないそれにどこまで自分はクズなのかと思った。
「知ってたさ、だって恋人だから。そりゃキスの1つや2つするだろうよ。でも、っそれでも!!見たくはなかったっ…!」
足早に過ぎていく誰かの上げた飛沫がかかった。
振られたのにヒナに理想を押し付けて、花垣に自分勝手な嫉妬を抱いて、守ってくれた半間に八つ当たりしている。そんな私には飛沫も、雨さえも足りない。冷静になれない。
「稀咲…。」
「わかってるっ、諦めなきゃいけないって、ダメなんだってわかってる、っわかってるけど!それでも私はヒナのことがっー…。」
言葉は最後まで続かなかった。
冷たい両手に頬が包まれたかと思うとひんやりとした柔らかい半間の唇が私のものに重なる。
1秒にも満たないその静寂は、しかし周りの賑やかしさから隔離されたかのように酷くゆっくりに感じた。
瞬きも出来ない私の双眼に半間の悲痛な面持ちが映る。その琥珀の瞳は強く光っていた。
「オレにしとけよっ…。」
いつもの押し通すような低くさじゃない。縋るようで芯のある声。
周りにかき消されそうなほど掠れた声音は、それでも私の耳に強く反響して、
「…い、ぎゃぁぁぁぁ!!!」
雨音激しい夏のとある日、私は茹だる熱の中を走って逃げた。
愛美愛主にやられた怪我は幸いにも後遺症が残るものではなく、軽い検査を終えれば帰っても良いといつの間にかいた病院のベッドの上でそう医者に言われた。それに安堵と拭いようのない気持ちが湧き上がるも、忙しいのに駆けつけた父は珍しく眉間に皺を寄せ話を聞いており誰が連れて来てくれたのかは聞ける雰囲気ではなかった。
包帯も取れメガネも新調した。日に日によくなっていく身体にけれど心は晴れなかった。そんな私を父も酷く心配し、気分転換にとこの武蔵祭りにお使いへとやり今に至る。
伸びたテープの祭囃子が響き渡る。楽しげな子供達が下駄を鳴らし脇を走り抜けていく後ろ姿を見つめながら虚しさを感じる。
あの後から半間には会っていない。申し訳なくて連絡も出来ていない。自由がいいと言ったアイツの1人で走る姿が好きだった。それを奪いどの面下げて会えばいいのか、友達のいない私には分からなかった。
「まいどありー!」
活気のある挨拶に軽く会釈し袋を受け取る。湯気がのぼる焼きそばにこれで買ってくる物は最後かとメモに目を落とし視界の隅に映った姿に顔を上げる。
淡い浴衣の袖を揺らす見間違うはずのないその姿に、避けていたのも忘れ縋るように後を追った。
「そんな虫のいい話はないか…。」
人混みに紛れ見失ったヒナに追い打ちをかけるようにして雨が降り出す。何を期待していたのだろうかと自分に嘲笑した。
とりあえず濡れるわけにはいかないと近くにある神社へと急ぐ。石段を上がり流石に参道を通るのは気が引けたので横の木々の中を進んでいくと、誰かの話し声が聞こえた。
言い争っているわけではなさそうだが、片方の荒らげる声に先日を思い出し肩を揺らす。…ここはやめておこう。そう思い踵を返した瞬間、ふと映りこんだ人影に足が止まった。
倒れ伏す男にそっと口付けを落とす可愛い女の子。
思わず持っていた袋を落とし、漏れ出そうになった声を無理矢理押えて駆け出した。何故男ー花垣が縛られ倒れているのか気にする余裕もない。ただ脳裏には受け入れ難い現実だけが繰り返されていた。
流れた髪の隙間から見えたヒナは見たことない顔をしていた。
引き裂かれたかのように痛む胸を押え、叫びそうな口からは荒い呼吸を吐き出し続ける。
絡まりもつれる足をただ前に進め、自然と流れ出した涙が眼前をぼやかしていく。人にぶつかりながらそれでも何処かへと逃げたい私は涙を拭いながら走った。
どこか、ここじゃない遠くへ。はやく、はやく、離れたい。もういやだ、私はー…。
「稀咲!!」
いきなり掴まれた腕に身体がつんのめる。反射的に振り返り私を止めた人物を見て涙が溢れ出した。
「っなんで泣いてんだ…。」
雨で崩れた髪と上がる息で必死に私を見つめてくる半間。その姿に酷く安堵すると同時に所々に傷を負っているのが分かった。最低だ、その怪我は私のせいかもしれないのに半間がいて安心している。
「ヒナと花垣がキス、してた…。」
自分の声の震えに笑えた。けして雨の冷たさのせいではないそれにどこまで自分はクズなのかと思った。
「知ってたさ、だって恋人だから。そりゃキスの1つや2つするだろうよ。でも、っそれでも!!見たくはなかったっ…!」
足早に過ぎていく誰かの上げた飛沫がかかった。
振られたのにヒナに理想を押し付けて、花垣に自分勝手な嫉妬を抱いて、守ってくれた半間に八つ当たりしている。そんな私には飛沫も、雨さえも足りない。冷静になれない。
「稀咲…。」
「わかってるっ、諦めなきゃいけないって、ダメなんだってわかってる、っわかってるけど!それでも私はヒナのことがっー…。」
言葉は最後まで続かなかった。
冷たい両手に頬が包まれたかと思うとひんやりとした柔らかい半間の唇が私のものに重なる。
1秒にも満たないその静寂は、しかし周りの賑やかしさから隔離されたかのように酷くゆっくりに感じた。
瞬きも出来ない私の双眼に半間の悲痛な面持ちが映る。その琥珀の瞳は強く光っていた。
「オレにしとけよっ…。」
いつもの押し通すような低くさじゃない。縋るようで芯のある声。
周りにかき消されそうなほど掠れた声音は、それでも私の耳に強く反響して、
「…い、ぎゃぁぁぁぁ!!!」
雨音激しい夏のとある日、私は茹だる熱の中を走って逃げた。