女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

残暑が遠のき数日経ったある日。
舞い散る落ち葉より動きまくる姿が稀咲家2階の窓からチラチラと窺えた。


「半間!これは?これは可愛い?」
「あーもー何でもいいわ、だりぃ。」
「ヒナとのデートだぞ?!しっかり協力してよ!」
「付き合ってないならデートじゃねぇよ。」
「一緒に出かけたらそれはデートなんだよ!」

カーペットに座る半間の呆れ顔に目もくれず、クローゼットをひっくり返す勢いで私は自身の服を物色していた。
遡ること3日前、ヒナからショッピングのお誘いがあった。二つ返事で了承した私は、しかし考え直した。

これはショッピングデートではないか?

確かにヒナと私は付き合ってないが一緒に買い物して昼ご飯食べたらもうそれはデートだ。紛うことなき逢い引きだ。
好きな子にかっこ悪いところは見せたくない、可愛いと思われたい。その一心で連絡もなしに来た半間をそのままに慌ただしく動き回っている。てかメールくらいしろよ。

「だから俺の服貸してやるって。」
「バカか。体格差考えろ。」

Tシャツがワンピースになったのを忘れたのかと睨む。それにお前の持ってる服はヒョウ柄しかなさそうだ。私はヒョウ柄は趣味じゃない。というか柄物全般が苦手だ。どうやって合わせればいいか分からないのでやはり服はベーシックに限る。いやでも、ヒナはきっとガーリーな服で来るだろう。そうなると合わないか?でも持ってないし、そもそも私には似合わないしな…。動きを止め顎に手を当て唸り始めていると、いつもの気だるげな様子で半間が口を開いた。

「てか遊びになら何回も行ってんだろ。なんでそんなやる気なわけ?」

後ろを振り返る。
私の部屋だと言うのに我が物顔で足を投げ出す様は常とは変わらないが、今日はやけに眼光が鋭い。その光が何故か責めているように感じた。

「…告白、しようと思ってるんだ、明日。
だから、昨日今日の可愛さより明日1番可愛いくなきゃダメなんだよ。」

半間がからかってきた事だけが全てではないが、そこからずっと考えていたことを口に出す。
しん、と訪れた静寂に今まで否定されなかった感情が否定されているようで少し不安になった。思えば何も言わないからと半間には色々喋ってきたものだ。同性を好きになった私がピエロのようで面白いから構ってきていたのかは分からないが、それでもコイツのおかげで救われた事もある。清々する中にチクリと走った痛みを無視してまたハンガーに手をかけようとし、手元に影が落ちた。
いつの間にか背後に立った奴は洋服をかき分け奥にかけてあった服を取り出してくる。

それはヒナを思い買った、私には到底似合わない可愛らしいワンピース。

「これ。」
「いや、これは…。…似合わないだろ……。」

何故この服を持っていることを知っているのか疑問を感じながらも眼前に広がる可愛らしいデザインから目を逸らす。
しかし半間はそんな私を気にも留めず服をヒラヒラと前後に揺らしながらさも当たり前かのように言った。

「稀咲は何着てもいつでも可愛いだろ。」







「ヒナ!」

待ち合わせ場所にはもう既にヒナの姿があった。遅刻したのかと焦りながら駆け寄るも駅の時計はまだ約束の時間を刺しておらずホッと息を吐く。

「ごめん、待たせた?」
「ううん。10分前だよ?」
「楽しみすぎてはやく来ちゃった。」
「ヒナも。…ね、今日凄く可愛いね。似合ってる。」
「ヒナもその服似合ってるよ。」

先を越された。が、悪い気はしなかった。会うまで不安で仕方なかったが半間にはお土産を買ってやろうと思いヒナと共に歩き出した。


店から店へ気になる所を片っ端から歩きお揃いの物を買った。早速ケータイに着けたヒナに着けるよう催促されたが丁寧に断った。大切な物は保管しておきたい。着けたいのは山々だが落とすと怖いからこれは大事に飾っておくと伝えた。不満ですと顔に書いてあるヒナには申し訳ないが譲る気はない。

昼食は意外にもヒナが穴場を知っていた。路地の奥にあるそこは、多少人はいたが大手のチェーン店よりマシで直ぐに席へと案内された。美味しそうに好きだと言うオムライスを頬張るヒナに優しい気持ちになる。ふわふわのオムライスと私のパスタを交換しながらやっぱり好きだなぁと思い、2人で笑った。

その後もあちこちと見て周り遊んだが、楽しい時間というのはどうしてこうも早く過ぎるのだろうか。門限のあるヒナに合わせそろそろお開きという流れになり駅へと向かう。

「すっごく楽しかった!」
「私も。」
「ねね、今度はプリも撮ろうね。その時は今度こそお昼、ヒナが奢るから!」
「気にしなくてもいいのに。」

もう!と怒るヒナに苦笑する。本当に気にしなくてもいいんだけどな。
取り留めのない会話もヒナとならどんなものよりも大切に感じる。カモメを見つけ嬉しそうに話しかけてくるヒナにそう思いながら、潮の匂いを浴びここ海下公園を2人で歩く。

駅へは遠回りになるこの公園を帰り道を選んだのは、もう少し長く一緒にいたかったのと、海の見えるこの場所で言いたかったから。

「ヒナ。」
「んー?」

いきなり立ち止まった私より数歩前を行くヒナは小首を傾げながらこちらを振り向く。


すっと息を吐く。


「好きだ。友達としてじゃない、1人の女性として。」


遠くの方で船の汽笛が鳴り響いた。



サプライズなど色々と考えたが結局シンプルなのが一番伝わるだろうと、あえて凝った事はしなかった。もとより女が女を好きになるのだ、直球勝負以外に信用などされない。

目を見開き固まるヒナから顔を逸らすことなく返事を待つ。

「……ごめん、その気持ちには応えられない。」
「………うん。」
「…ごめんね。」
「…泣くなよ。」
「っごめんね。」

グズグズと大きな瞳から涙を流すヒナに手を伸ばしかけて、やめた。
きっとその涙を拭うのは私ではなくあのいけ好かないヒーローの役目なのだろう。結局ピエロのままかと悲鳴を上げる心に鍵をかけた。


家までの道をとぼとぼと歩く。
ヒナは無事に家に着いただろうか。流石の私も一緒に帰れるほど神経が図太くないのであの場で別れた。あぁ、でも好きな相手がいると知ってて告白したのは図太いに入るのか。花垣武道が好きだって分かってはいたが、誰よりも仲が良い自信はあったんだ。でもダメだった。やっぱり花垣のようになれば好きになってくれたのだろうか。花垣のように、不良のように髪を染めて喧嘩してタトゥーも入れて、そんでバイクも乗って。そうそうこんな風にヒョウ柄とかも組み込んでさ、と目の前にチラリと映ったバイクにはたと足を止める。

「…なんでいるんだよ……。」

何度言っても直らない横付けされたバイクに寄りかかりタバコを吹かす半間は私の姿を見留めると火を消し手を振ってくる。

「死にそうな顔してんじゃん。」
「…今日は帰ってくれ。とてもじゃないが相手してやれない。」
「なんでオレがお前の言うこと聞かなきゃなんだよ、だりぃな。」

行くぞ、と投げられた私専用のヘルメットを慌てて受け取る。既にバイクに跨りエンジンを入れた半間に、このままでは近所迷惑になると思い気が乗らないもヘルメットを被った。

夜の7時をほんの少し過ぎた頃、仕事を終えて帰る車が列をなすのを尻目にバイクは加速する。行先も告げられぬまま走り続ける後ろであらゆるものが通り過ぎていった。このまま私のこの気持ちも置き去りに出来たらいいのになんて、無理な話だが願ってしまう。
何も言わずただバイクを走らせる半間の意図は分からない。けれど、きっとコイツは私が振られたことを知っている。まぁ、死にそうな顔をしていたらしいのだから察するのは簡単か。バカらしくて笑えてきた私は、しかしキリキリと痛む心に唇を噛み締める。
風を浴びながら始めて涙が出た。
堪らず目の前の広い背中に頭を押し付ける。
いくらスウェットでも涙で湿っているのは分かるだろうに前に回った私の腕を時折撫でるだけで、半間は決して何も言わなかった。
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