番外編
片手に持った花の包装がガサガサと音を立てる。
勝手知ったるように霊園を歩き目当ての場所まで辿り着いたオレはふっ、と笑みを零した。
最近忙しくてろくに来れなかったが墓は以前と変わりなく綺麗に掃除されていた。なんなら真新しい花まで供えてある。これなら自分は持ってこなくても良かったなと思いながらも花を供えた。
「よお、稀咲。」
旧友のような気さくさで、そう『半間』と書かれた墓に声をかけた。
大将が連れてきたその女は、しかめっ面で『稀咲』と名乗った。髪がキレーで目付きが悪い。それくらいしか最初印象はなかったが、そいつは頭が良くて人の使い方が上手かった。着々と参謀の地位を確立してく稀咲は天竺をデカくしていくのに必要な人間で、オレもそれは理解してた。でもオレは稀咲が苦手だった。
理由は簡単で、稀咲はオレらや大将を信用してなかったから。なんならちょっとバカにもしてたな。それなのにアイツは天竺のために働いた。それが謎でオレは意味わかんねぇ稀咲が苦手だった。
次に会った時は三天の時だった。
ネンショーにいる時噂で死んだって聞いたから純粋に驚いた。そんでまたこっちに首突っ込んでんのかって呆れた。半間も何してんだよ。止めろよ。まぁ関わることなんてなかったから内心思うだけで本人には言わなかったが。でも、不良でもなんでもないくせに抗争の場に来て半間に抱きつくアイツを見た時、ほんと、苦手だわって思った。
3度目は鶴蝶経由で竜胆からアイツらが会社立ち上げたって聞いた時。大将もいるし鶴蝶もやるらしいから、まぁアイツがいても楽しそうだと思って竜胆と転がり込んだ。死ぬほどキレられたけど。そこから稀咲とも接する機会が増えて、仕事して、オレが思ってたより稀咲はバカなんだって知った。放っときゃいいのにいちいちオレらのやる事に目くじら立てて走り回る姿は昔のいけ好かないアイツとは別人に見えた。
なんだ、稀咲も俺らと同じじゃん。
現金だけどアイツへの苦手意識が減っていったのはその頃からだった。
それから何度も何度も一緒に仕事して、オレと稀咲はプライベートを話すくらいには仲良くなった。三途と竜胆をおちょくってる時ほどじゃないけど、そこそこ冗談を言い合えるくらいには信頼が出来てた。だからあの日のあれもジョークだったんだ。ただ揶揄っただけ。なのに稀咲は馬鹿真面目に眉間に皺を寄せてオレの言葉にため息をついた。
『馬鹿も休み休み言え。それに、私が半間じゃないと駄目なんだ。』
ちょっと目を伏せてそう言った稀咲にオレはなんでか、いいなーって思った。
表情なのか、声音なのか、態度なのか。はたまた全部か。分かんねぇけど、いいなーって。
でもそのいいな、はお気に入りのブランドで良いの見つけた時とか竜胆が新しく買ったアクセがオレも好みだった時のいいな、と一緒だった。オレが昔誰かに抱いた想いとは比べ物にならないくらいショボイ気持ち。だから別にどうかしたいとは思わなかった。
稀咲がシルバーのリングを填めて結婚の報告をした時だっておめでとうって心から言えた。幸せになれよって、本当に思った。でもさ、なんか、憎まれ口叩いても照れてるのが丸わかりで、ちょっとはにかんで。眉を寄せても目はキラキラしてて、初めて稀咲の女の部分をその時見た時さ、俺思ったわけ。思っちゃったわけ。
可愛いなぁって。好きだなぁって。
オレはちゃんと稀咲が好きだったんだ、って。
気づいたその日、より前から失恋してたけどオレの日常はそれから何が変化したとかもなく、前とあんまり変わらなかった。まぁちょっと苦しいけどこの胸の傷もいつかは癒える。時間が解決する問題だって思ってた。でも現実ってのはいつでも非情で、傷は癒えるどころか更に深く抉られることになった。
今でも覚えてる。
鶴蝶の項垂れる頭、竜胆が暴れる音、半間の叫ぶような声。そして稀咲の血の気の失せた顔。
ガラガラと足元から崩れていく感覚に目の前が真っ黒になる。恐怖と湧き上がる怒りで立っていられなくなったオレを支えたのは大将だった。
大将は誰よりも冷静だった。冷静に感情ひとつ見せることなく周りを叱咤し淡々と処理を始めた。それをオレはどこか遠くから見てる感じだった。実感がなかった。稀咲が死んだことが現実に思えなかった。まるで宙に浮いたかのように日々を過ごしていたオレに、大将が言った。稀咲の子供の面倒をオレ達で見るって。周りは否定しなかった。オレも拒否する理由がないから頷いた。
そんな話を聞いたからだろうか。面倒見るって決まった日、オレは稀咲の墓参りに行った。前行ってからそんな時間は経っていない。だから花や供え物は持って行かず手ぶらで霊園に足を踏み入れた。
迷うことなく進み辿り着いた『半間』と刻まれた石。もう見慣れてしまったそれを見た瞬間、何故かオレは涙が溢れた。稀咲が死んでから暫く経ったはずなのに胸は痛くて苦しかった。そして悟った。
こんな不毛な想いは、いつかは思い出になると信じてた。
けど違った。この想いは宙に浮いたまま、諦める機会を失った。オレの手すら離れて、思い出のように美化され続けていくんだ。
それが分かった瞬間にオレは声を上げて泣いた。
ひでぇの。一生恨むぜ、稀咲。
「もう聞いただろうけど、明日真央が結婚する。あんなにオレのこと好きだったのに薄情なもんだろ?オレは結婚どころか恋人もいねぇのに。」
肩を竦めて言うも勿論返事が返ってくるわけもなく、オレの頭には過去の事が蘇る。オレを好きだった真央。一時の気の迷いでも、よりにもよってお前がかと惨めな思いを感じたのが懐かしい。
オレは一度目を閉じてからしっかりと前を見据えた。空っぽの墓。でも何故かそこにいる気がした。
「じゃあな稀咲。死んでも生まれ変わっても、もう二度とお前と会いたくねぇよ。」
来世があるならお前がいない世界がいい。
そう言って笑うオレに墓前に供えたスターチスが揺れる。風の冷たさを肌で感じながら、オレは捨てきれない想いと共にまた歩き出した。
勝手知ったるように霊園を歩き目当ての場所まで辿り着いたオレはふっ、と笑みを零した。
最近忙しくてろくに来れなかったが墓は以前と変わりなく綺麗に掃除されていた。なんなら真新しい花まで供えてある。これなら自分は持ってこなくても良かったなと思いながらも花を供えた。
「よお、稀咲。」
旧友のような気さくさで、そう『半間』と書かれた墓に声をかけた。
大将が連れてきたその女は、しかめっ面で『稀咲』と名乗った。髪がキレーで目付きが悪い。それくらいしか最初印象はなかったが、そいつは頭が良くて人の使い方が上手かった。着々と参謀の地位を確立してく稀咲は天竺をデカくしていくのに必要な人間で、オレもそれは理解してた。でもオレは稀咲が苦手だった。
理由は簡単で、稀咲はオレらや大将を信用してなかったから。なんならちょっとバカにもしてたな。それなのにアイツは天竺のために働いた。それが謎でオレは意味わかんねぇ稀咲が苦手だった。
次に会った時は三天の時だった。
ネンショーにいる時噂で死んだって聞いたから純粋に驚いた。そんでまたこっちに首突っ込んでんのかって呆れた。半間も何してんだよ。止めろよ。まぁ関わることなんてなかったから内心思うだけで本人には言わなかったが。でも、不良でもなんでもないくせに抗争の場に来て半間に抱きつくアイツを見た時、ほんと、苦手だわって思った。
3度目は鶴蝶経由で竜胆からアイツらが会社立ち上げたって聞いた時。大将もいるし鶴蝶もやるらしいから、まぁアイツがいても楽しそうだと思って竜胆と転がり込んだ。死ぬほどキレられたけど。そこから稀咲とも接する機会が増えて、仕事して、オレが思ってたより稀咲はバカなんだって知った。放っときゃいいのにいちいちオレらのやる事に目くじら立てて走り回る姿は昔のいけ好かないアイツとは別人に見えた。
なんだ、稀咲も俺らと同じじゃん。
現金だけどアイツへの苦手意識が減っていったのはその頃からだった。
それから何度も何度も一緒に仕事して、オレと稀咲はプライベートを話すくらいには仲良くなった。三途と竜胆をおちょくってる時ほどじゃないけど、そこそこ冗談を言い合えるくらいには信頼が出来てた。だからあの日のあれもジョークだったんだ。ただ揶揄っただけ。なのに稀咲は馬鹿真面目に眉間に皺を寄せてオレの言葉にため息をついた。
『馬鹿も休み休み言え。それに、私が半間じゃないと駄目なんだ。』
ちょっと目を伏せてそう言った稀咲にオレはなんでか、いいなーって思った。
表情なのか、声音なのか、態度なのか。はたまた全部か。分かんねぇけど、いいなーって。
でもそのいいな、はお気に入りのブランドで良いの見つけた時とか竜胆が新しく買ったアクセがオレも好みだった時のいいな、と一緒だった。オレが昔誰かに抱いた想いとは比べ物にならないくらいショボイ気持ち。だから別にどうかしたいとは思わなかった。
稀咲がシルバーのリングを填めて結婚の報告をした時だっておめでとうって心から言えた。幸せになれよって、本当に思った。でもさ、なんか、憎まれ口叩いても照れてるのが丸わかりで、ちょっとはにかんで。眉を寄せても目はキラキラしてて、初めて稀咲の女の部分をその時見た時さ、俺思ったわけ。思っちゃったわけ。
可愛いなぁって。好きだなぁって。
オレはちゃんと稀咲が好きだったんだ、って。
気づいたその日、より前から失恋してたけどオレの日常はそれから何が変化したとかもなく、前とあんまり変わらなかった。まぁちょっと苦しいけどこの胸の傷もいつかは癒える。時間が解決する問題だって思ってた。でも現実ってのはいつでも非情で、傷は癒えるどころか更に深く抉られることになった。
今でも覚えてる。
鶴蝶の項垂れる頭、竜胆が暴れる音、半間の叫ぶような声。そして稀咲の血の気の失せた顔。
ガラガラと足元から崩れていく感覚に目の前が真っ黒になる。恐怖と湧き上がる怒りで立っていられなくなったオレを支えたのは大将だった。
大将は誰よりも冷静だった。冷静に感情ひとつ見せることなく周りを叱咤し淡々と処理を始めた。それをオレはどこか遠くから見てる感じだった。実感がなかった。稀咲が死んだことが現実に思えなかった。まるで宙に浮いたかのように日々を過ごしていたオレに、大将が言った。稀咲の子供の面倒をオレ達で見るって。周りは否定しなかった。オレも拒否する理由がないから頷いた。
そんな話を聞いたからだろうか。面倒見るって決まった日、オレは稀咲の墓参りに行った。前行ってからそんな時間は経っていない。だから花や供え物は持って行かず手ぶらで霊園に足を踏み入れた。
迷うことなく進み辿り着いた『半間』と刻まれた石。もう見慣れてしまったそれを見た瞬間、何故かオレは涙が溢れた。稀咲が死んでから暫く経ったはずなのに胸は痛くて苦しかった。そして悟った。
こんな不毛な想いは、いつかは思い出になると信じてた。
けど違った。この想いは宙に浮いたまま、諦める機会を失った。オレの手すら離れて、思い出のように美化され続けていくんだ。
それが分かった瞬間にオレは声を上げて泣いた。
ひでぇの。一生恨むぜ、稀咲。
「もう聞いただろうけど、明日真央が結婚する。あんなにオレのこと好きだったのに薄情なもんだろ?オレは結婚どころか恋人もいねぇのに。」
肩を竦めて言うも勿論返事が返ってくるわけもなく、オレの頭には過去の事が蘇る。オレを好きだった真央。一時の気の迷いでも、よりにもよってお前がかと惨めな思いを感じたのが懐かしい。
オレは一度目を閉じてからしっかりと前を見据えた。空っぽの墓。でも何故かそこにいる気がした。
「じゃあな稀咲。死んでも生まれ変わっても、もう二度とお前と会いたくねぇよ。」
来世があるならお前がいない世界がいい。
そう言って笑うオレに墓前に供えたスターチスが揺れる。風の冷たさを肌で感じながら、オレは捨てきれない想いと共にまた歩き出した。
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