番外編

ギラギラと光るネオン街をバックに人気の失せた海沿いの倉庫では鈍い音が響いていた。

バキ、ボキと骨を砕くような音と共にボロボロになっていく身体に、それでもフードから覗く半間修二の瞳の憎悪は燃え上がっている。それに灰谷蘭は大きく舌を打った。
いくら動体視力がよかろうと逃亡を続け心身共に疲弊している半間と、片や反社会組織の幹部として命の危険に晒されながらも快適な暮らしをしている蘭とではやり合う前から勝敗はついているようなものだった。
それなのに…、と蘭は再度半間の腹に蹴りを入れる。全く大人しくしていればいいものを。
執念深く執拗に蘭を追いかけ何度も何度も殺されそうになりならがら向かってくる姿は、それこそゾンビのようでいっそ感動すら覚えた。

「だっりぃ…。流石に、強ぇな。」
「そう言うお前は弱くなったなぁ。死神もついにくたばるか?」
「言ってろ。」

血を吐きながら地に倒れた半間は痛む身体を庇い足に力を入れた。
そうだ。半間は自身の最愛を蘭に殺されてからずっと、生きながら死んでいるようなものだった。

イザナが不慮の事故で死にストッパーがいなくなったことを危惧していたアイツは、そうそうに元天竺のメンバーと関係を断っていた。だからアイツは本当にあの日、たまたま蘭に会ったのだろう。
そしてその偶然が、半間から最愛を奪った。


行方不明になって数日、横浜の海に浮かんだアイツの身体は重点的に腹を痛めつけられており内蔵が破裂していた。

妊娠していた。3ヶ月だった。


「相談なんてするつもりなかっただろうに。…嬉しかったんだろうなぁ。」

痛む腹に手を添えながら半間は浅い呼吸を繰り返す。いつからか綺麗で優しい思い出たちは、あの日の無惨な愛しい女の姿に塗り変わっていった。寒かっただろう。苦しかっただろう。痛かっただろう。アイツの無念を思うと半間の胸は刃物を突き立てられたように痛む。
幸せにしてやりたかった、幸せになるはずだった。それなのにこいつは、と半間は逃亡中に伸びた髪の隙間から蘭を睨みつけた。

「アイツを殺して、オレに罪をなすりつけて、それでも手に入らない。ばはっ。灰谷ぃ、お前憐れだなぁ。」

カチャリ、と音がなる。
小さな窓から差し込んだ月明かりが蘭が胸ポケットから取り出した銃を乱反射させた。
それにははっと半間の口から乾いた笑いが漏れる。立ちはだかる蘭の顔は暗がりでも分かるほど能面のように無表情だった。けれど半間にはその奥が透けて見えた。

「いい加減にしろよ雑魚。何度も言わせんな。俺は稀咲を殺してねぇよ。」
「お前こそいい加減にしろよ。アイツは稀咲じゃなくて、もう"半間"なんだよ。」

そう言って狂ったように笑う半間の脳天に照準を定めた蘭は躊躇なく引き金を引いた。ターンと軽い音と共に半間の身体から力が抜けていく。徐々に広がる血の海に反するように辺りが静寂に包まれた。


動かなくなった半間に蘭はしかし、血が滲むほど唇を噛み締める。
殺しても変わらない。


蘭は結局、憐れなままだった。
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