女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

カランカランとベルの音が店内に鳴り響く。次いで聞こえてきた足音に顔を上げた灰谷蘭は近づいてくる女性に片手を上げた。

「蘭ちゃん久しぶり。」
「久しぶり真央。元気そうだな。」

にこりと笑う蘭に真央も笑顔を浮かべそのまま対面の席に腰掛けた。
先日真央から久しぶりにお茶しないかと連絡が来た。歳と共に会社に来ることもなくなり、たまに食事に行ったり買い物に付き合ったりしていたが真央が結婚してからはそれもなくなった。他の連中とも連絡を取っているようだし別に関係が切れたと言うわけではないが、それでもいつの間にかウェイターに注文する内容がコーヒーになっている真央の姿に、蘭はしばらく会わなかった時間を感じた。

「昔はあんなに蘭ちゃんのこと好きだったのに今じゃ殆どこっちに来ないもんなぁ。他の奴も寂しがってたぜ?」
「もう、恥ずかしいから昔の話は止めてよ。それに皆家庭があるしそんな頻繁には会えないよ。」

長い月日の中で個々は個々の幸せを見つけて行った。弟である竜胆も昔家族を最も恨み求めたイザナも今では守るものが他にある。仕事は相変わらず危険だし大変だが、皆自分の幸せを掴んで日々毎日生活していた。

「あ、でも蘭ちゃんの浮いた話聞いたことないなぁ。お付き合いしてる人とかはいないの?」
「いねぇなぁ。」
「え、いい人も?」
「そうだなぁ。」

稀咲によく似た顔の、半間と同じ琥珀色の瞳を見つめる。どうしたのかと首を傾げる真央の左手にはあの時と同じようにシルバーのリングが輝いていた。

「オレな、お前の母さん好きなんだよ。」

目を見開く真央に内緒だと口に指を当てる蘭の笑顔は、切なくなるほど寂しげだった。
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