女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

「クラス別れちゃった時は不安だったけど友達できた?」

夏休みも残すところあとわずかとなったにも関わらず全校登校日と称し半日学校で活動していた私とヒナは、まだまだ残る暑さに汗をかきながら帰路に着いていた。

「ヒナ以外にいらない。」
「またそう言って〜。あ、でも花垣君と同じクラスだよね!ヒナ、絶対2人は仲良くなれると思うんだけど、どんな感じ?」
「別にどうも…。たまに宿題見せてくれって言われるくらい。」
「…ヒナが言ったことだけどなんか妬けてきちゃった。」

ぷっ、と膨らんだ頬が可愛くて指で突っつく。もーっと怒ったふりをするヒナに軽く謝っておく。私達が中学生になりもう半年以上も経った。
今日あったことを楽しげに話すヒナに相槌を打ちながらふと思う。
あとどれくらいこの時間が続くのだろう。
友人から抜け出せず恋人にもなれず、それでもヒナの隣が私で安堵する。そんな何の変化もない月日の消化に、なんだか無性にやるせなくなってしまった。






「何読んでんの。」

今日も今日とで家主より寛いでいる半間は私が座るベッドに寄りかかりながらこちらを見る。

「指南書。」
「指南書?」
「矢沢あい先生。」
「少女漫画かよ。」

似合わねぇ、と続く言葉に喧しいと睨んでおく。自分が一番よく分かってるわ。
そも参考書や小説こそ読め、漫画など読んだこともない。しかしヒナやクラスの女子はこういうのに憧れるらしく今流行りのこれは店主オススメと書かれていたので次のステージのために買ったものだ。より良くヒナの目に映りたい。

「ならもう時期告白か?」
「…黙秘権を主張する。」

半間の言葉があまりにもタイムリーだったのでちょっとドキッとした。
振り向いて欲しいとも思っている。そのために勉強も研究も続けている。確かな手応えも感じている。けど告白まではどうしても踏み切れなかった。

パラパラとページを捲る。
ヒーローが決めゼリフを言ってヒロインを壁際に追い詰めている。頬を赤く染めるヒロインには微塵も共感できないが、なるほど少々強引な方がトキメクらしい。
ヒナ、こんなのが好きなのかな。柄じゃないけどやってみようかな。
感心しながら読んでいると突然ベッドが軋む。
漫画から顔を上げると半間がベッドへと上りこちらを見下ろしていた。膝立ちとは言え流石育ち盛りの190台。本も私も半間の姿に覆われた。しかも瞳はしっかりとこちらを見つめている。なんだかいたたまれなくなってほんの少し身体をずらすと、トンと軽い音と共に半間の片手が後ろの壁を押した。そのまま流れるように節くれだった大きな手が顎を掴む。グッと近づく距離に交差した瞳が逸らせない。

「オレにする?」

普段は見ることのない真剣な顔。
琥珀色の瞳が危うく光り、無意識に喉が鳴る。
木漏れ日から隠れるように影が重なろうと、更に顎に添えられた指先の力が増した。

「首がっ、つるっっ!!」

鼻先に感じたタバコの匂いが止まる。
何か意図があっての事かと動きを見届けていたがもうダメだ。コイツは自分との体格の差を理解してないのかと半間の下から抜け出し距離をとる。パーソナルスペースを確かに確保しメガネのブリッジを上げ睨みつけると、半間はポカンと間抜けな顔をしていた。大方いつものように揶揄おうとしたのだろうが…。バカめ、そう何度も騙されると思うなよ。
しかし、ふむ…。今の感じは先程の漫画と酷似している。ならば私がヒロインだったわけだが、腕に閉じ込められるのは恐怖こそあれトキメキは感じなかった。やっぱり強引はダメだなと1人納得していると隣からでかいため息が聞こえてきた。それに視線を向けると見るからに不貞腐れた半間がジトっと私を見ている。なんだ、と声をかけるもまた1つ尖らせた口から溜め息を吐き出してだりぃと言いながら身体を横たわらせた。おいやめろ、私のベッドだぞ。
先程とは逆に私が半間を見下ろす。相変わらず面白くなさそうにしていたが、見上げる琥珀と数秒目を合わせていると、ふっと口元を綻ばせ目尻が下がった。

「そんなのに頼らなくても、稀咲なら大丈夫だろ。」

そう言ってその長い腕を持ち上げ私の頭をポンポンと撫でてくる。普段は子供のように理不尽で荒くれているというのに、手つきの優しさは私より歳上のそれだった。

満足したのか、離れいく手に今度はこちらが口を尖らせた。


随分と手馴れた様子が面白くなかった。
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