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女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

子供というのはどこかの国では悪魔と同じだと言われているくらい何を仕出かすか分からない生き物なのらしいが、真央はとても大人しい子供だった。そりゃ四つん這いで至る所に移動するし落ちてる物は何でも口に入れようとするが、それこそ子供を育てたことがない幹部でさえ病気ではないかと疑うほど静かな赤ん坊だった。



灰谷竜胆は真っ暗な部屋の中で真央が眠るベビーベッドへ目を向けていた。夜は基本父親である半間が面倒を見れるように勤務を調節しているが、どうしても無理な日というのは必ずある。前はシッターに頼んでいたらしいが、自分を母親だと刷り込ませようとしていたと聞いてからは滅多なことがない限り外部の人間には頼まず、幹部が交代で世話をする事になっていた。そんなわけで今回は竜胆がお守りをするために、会社内の一室に作られた子供部屋にいた。

赤ん坊に夜泣きというのはセットワードだが真央に関してはそれが極端に少ない。何なら泣きそうになったと思ったら次の瞬間にはきゃらきゃらと笑っている。こちらからしたら有難いが何と言うか、不気味だったとは先月夜の当番に当たった鶴蝶の言葉だ。幽霊でもいたんじゃないかとその時は茶化していたが、なるほど。実際自分が体験すると確かに怖いなと竜胆は恐る恐るベビーベッドへと近づいて行った。

「真央ちゃ〜ん…。兄ちゃんには見えないんだけど、何かいるのかなぁ〜?」

覗き込んだ先の真央は竜胆の言葉など耳に入っていないのか、きゃらきゃらと笑い何もない空間に手を伸ばす。握ったり開いたりするその小さな手やじっと天井を見つめる真央に竜胆は薄ら寒くなる。泣かないのは有難い。真央は兎に角ふにゃふにゃのぐにゃぐにゃで、少し力を入れただけで壊れそうでとてつもなく怖いのだ。しっかりと抱っこ出来ている半間に感心すら覚える。それくらい梵天幹部にとって抱っこはやりたくない事なのだ。
しかし、あやさなくて良いのは助かるがこれは大丈夫なのだろうかと日頃竜胆達と遊んでいる時より楽しそうな真央に不安になる。医者は問題ないと言っていたが…。はぁ、と竜胆の口からため息がこぼれた。

「なんで死んじまったんだよぉ〜…。」

もうもっと優しくしろなんて言わないから、稀咲の丁寧な説明が欲しかった。




泣く事が少ないと言うより泣くまでにいたる事が少ない真央は、しかし半間が仕事に行く時だけ手が付けられないほど泣き叫び足にしがみついて離れなくなる。その時は誰がどんなに相手しようが落ち着くことなく、体力が尽きるまでそのサイレンのような泣き声は社内に響き渡る。

「やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「真央〜、ちょっと出るだけだから泣きやめってぇ〜。」
「うわぁぁぁぁん!!あぁぁぁ!!!」
「今日もやべぇな。」

マットに座り込み尋常じゃない泣き声を上げる真央に望月は遠い目をした。必死に泣き止ませようとしたらしい斑目と九井が床に転がり耳を塞いでいる。半間は真央を抱き抱えようとするが持っていた積み木で殴られそうになり、ほんの少し離れた位置から真央と視線を合わせ話しかけていた。
反社でもないのに裏社会から恐れられている奴らとは思えないなとため息をつきながら望月は放り投げられているウサギのぬいぐるみを持ち上げ、真央達の元へと足を進めた。

「真央ちゃ〜ん。どうしたのぉ〜?」

出来る限りの高い声を出しながらぬいぐるみを動かす。地に伏した奴らが小刻みに震えているが無視だ無視。真央の泣き声が止まり望月の方へと顔を動かした。真っ赤になった目がキョトンとし、鼻水が垂れている。その間抜けな顔に吹き出しそうになりながら望月はなおもぬいぐるみを動かした。

「真央ちゃ〜ん。おめめが真っ赤だねぇ。」
「うっうっ。あ〜。」

積み木か手を離しこちらに手を伸ばした真央を見て、今だと半間が急いで部屋を出ていった。バタンと閉じる扉に望月は良し、と頷き覚悟を決めて真央に向き合った。扉を凝視したまま固まっていた真央の瞳にじわじわと涙が溜まり始める。ぬいぐるみを離しさっと両手で耳を覆った。あぁ、午後からの仕事は間に合いそうにないなと諦めながら、真央が泣き疲れて眠るまで望月はけたたましい泣き声に鼓膜を殴られ続けていた。
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