女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

「半間の子を妊娠してしまった。」
「なんでそれを俺に言うんだよ。」

客足がまばらな午後のカフェで対面に座る明司武臣が困惑したように言う。

梵から付き合いが続いている彼には何かと相談に乗ってもらう機会が多く、今日も連絡したら時間を取ってくれた。やはり欲しい人材だ。それとなく何度目かの我が社への勧誘をしたもやっぱり断られた。くっそ。

「俺の事は置いといて、メデてぇことじゃねぇか。」
「まぁ…、そうなんだが……。」

アイスティーのストローをぐるぐると回し言葉を濁す。卒業し会社を立ち上げたのと同時に半間と同棲を始めた。勿論恋人として何年と共にいるのだからやる事はやっていたが避妊はしっかりとしていたはずだ。どうしてこうなったと眉間にシワが寄る。別に子供が嫌いと言うわけではないし、授かった命に喜びも感じている。ただ仕事が仕事なだけに素直に喜べないのも確かだ。それに、と頭の中を過去のあれこれが巡る。

悶々と考えている私を一瞥して明司武臣はまぁ、とコーヒーカップから口を離した。

「何にせよ出来ちまったモンは仕方ねぇだろ。つーことで、後は当事者間でどうにかしてくれ。」

そう言って真横の窓を指差すその先を目で追った。道路を挟んだ向かいの歩道、そこに佇むストライプ柄のスーツを着た男。笑顔なのにかち合った目は全く笑っておらずサッと血の気が引いていく。

「謀ったな!!!」
「おーおー。早く行かねぇと乗り込んでくるぞアイツ。」

くっっそ!!いつ連絡したんだよ!
もう終わった雰囲気でコーヒーを飲み進める明司武臣を憎々しげに見る。言いなりになるは癪だがここに来られる方がもっと面倒なのでものすごく嫌だが行くしかない。千円札を1枚置いて席を立つ。あぁ、気分はさながら絞首台に向かう囚人だ。どんな結果になってもいいように覚悟を決めて店を後にした。


「やっぱ若いっていいな。」

残された明司武臣はそう言ってクツクツと笑った。




ビビりながら近づいた半間は笑顔を消しそのまま停めてあった車へ私を押し込むと私達が住む都内のマンションへと向かった。どうにか弁解しようにも何をどう言えばいいのか分からず無言のまま部屋へと連れて行かれる。神童なんて所詮過去の栄光か、と情けなくなりながらドカりとリビングのソファに座った半間の隣に腰を下ろす。本当は嫌だったが見据えた半間の目に逆らえず無言の圧力に屈した。
時計の音だけが響く部屋の沈黙は重い。どうしよう。どうすればいい。そもそも明司武臣はどこまで話した。共にいるとだけ伝えたのか?でもその場合どう言った理由かを絶対半間は聞いてくる。そうなれば芋ずる式で妊娠まで辿り着けてしまう。あぁもう本当にどうすればいい。
下手な言い訳は出来ないと口を紡ぐ私に半間も何も言わない。目線すら合わせるのが気まずくて顔を下げたまま頭の中が高速で回っていく。バレないように、迷惑にならないようにするには…。確か東北の方に家が1個あったな。生活費は暫く貯金でなんとかして、仕事もそこで見つけて。その前に出産の手伝いをしてくれる闇医者も探さなきゃ。くそ、やる事が多い。

「だりぃ。まーたなんか変な事考えてんだろ。」

突然無言を崩したかと思うと、半間は私の顔を包み自分と視線を合わせるように持ち上げた。

「なぁ、何が不安なんだよ。仕事はまぁ仕方ないにしてもオレ、そんな甲斐性ねぇ?」

先程の威圧感はどこへやら、優しく穏やかに聞いてくる半間に情けなくなってくる。

「お前のせいではない。お前のせいではないんだ…。」

語尾がどんどん尻窄みになっていく。
思い出すのは過去の出来事とあったはずの未来達。天竺の時も会社を立ち上げた時も着いて来てくれて嬉しかった。けれずっと不安だった。私が傍にいることで半間が不幸になるならいない方がいいのではないかと考えていた。だから今の今まで周りがどれだけ急かしても結婚はしなかったし避妊には細心の注意を払っていた。
なのに全部無駄になった。また半間は私のために自分を犠牲にするのだろうか。自由が良いと言った姿が倉庫の埃で霞んだあの日のように、私がいるせいで傷つくのだろうか。
そう伝えたいのに上手く言葉は出てこず口からは意味のない呻き声だけが漏れ出る。大きくひとつため息をついた半間の瞳には眉を下げた私が不安そうにしていた。

「…始めは頑張ってるお前が面白かった。絶対無理なのに必死になってる姿がおかしかった。…夏頃からだな、柄にもなくお前の努力が実ればいいって思ったのは。」

いきなりの言葉にはた、と瞬きを繰り返す。

「ヒナちゃんに告るって時も本当に応援してたしな。まぁ傷つかなかったっつったら嘘になっけど、成功してもオレはきっと心の底から祝福できた。」

穏やかな顔のまま、まさかそんな事を話をい聞かされるとは思わずポツリポツリと気持ちを吐露していく半間に多少驚きながらも耳を傾ける。

「オレはお前の1番近くでお前のやる事を楽しみたいんだよ。お前の隣なら退屈も地獄も全部楽しくなる。お前がいない世界には色がねぇ。自由だから楽しいんじゃない、お前の隣だから幸せなんだよ。だから、」

涙で視界がぼやける。その昔重くのしかかった"罰"が優しく目元を拭った。そしてコツリと半間の額と私の額が重なる。至近距離になった半間の顔は確かに綻んでいて、尚更涙腺は緩んだ。

「結婚しようぜ、稀咲。」

傍にいていいのかと、こんな幸せで許されるのかと言いたいのに嗚咽が漏れるだけの喉は正常に機能しない。ただ、こんな私でもお前を幸せに出来るのならずっと傍にいたい、そう願って何度も何度も頷いて見せた。



涙が落ち着き鼻をすすっていると、半間は私の頭を撫でる手を少し下げしかし、と頬を突っついてきた。

「子供が出来たって、他人から聞かされた時のオレの気持ち分かるかぁ?すげーショックだったなぁ〜。」
「うっ…、すまん……。」
「ま、やぁっと結婚できっしもういーよ。お前のワガママに付き合えるのはオレだけだからな?感謝しろよ。」
「だからワガママじゃない!…それにしても避妊はしっかりしていたのになんで出来たんだ?」

確かに我が強かったかもしれないなと自分の行動を思い出し、荒らげた声にバツが悪く話題を変えた。まだ膨らんでもいない腹を擦る。ここに新しい生命があるのかと思うと何とも不思議だが、同時に温かい気持ちになった。危険が伴う仕事に身を置いてはいるがこの子は何があっても守ろうと決意していると半間があぁ、と声を出す。

「ゴムに穴開けてたんだよ。」
「は?」
「稀咲の親父さんが"これが1番確実だから"って。」
「鍵の時といいあのクソ親父!!」

歳の割に生えているって自慢してきたその髪の毛引きちぎってやる!毛根を死滅させてやる!!怒りで今すぐにでも飛び出しそうな私を押さえつけながら半間はおかしそうに、心底楽しそうに笑っていた。
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