女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

見た目が変わっても中身はそのままな訳で、日を追う事に私はまた1人になった。まぁヒナ以外の人間と戯れるつもりはないので、これでまたいつも通りの日常に戻れると思っていた。


「ほーら、頑張れ頑張れ♡」
「くっっそ!!」

膝を立てた私の足を押え上体を上げる度にニヤけた顔で煽ってくる半間に血管が切れそうになる。やめろ、タバコの煙を吹きかけてくるな!殺す気か!!



見た目だけ磨いても意味がないので、いつか戦うことになる花垣や花垣と会うきっかけとなった不良共に負けない身体を作るために筋トレも始めた。
圧倒的インドアなため先ずは体力作りからだとランニングを数日続け、体力が伸びていることに確かな手応えを感じる今日この頃。自己新記録を出しほんの少し気分の乗った私は、しかし帰り着いた自分の家の玄関先を見て絶望した。

「稀咲〜、来ちゃった♡」
「帰れ!!」

ガラの悪いバイクに跨り手を振る半間。
最悪だ、遂に家まで来やがった。

あのセカンドコンタクトで強制的に登録された連絡先からちょくちょく電話やメールが送られていたが全て無視していた。知り合いでもなんでもない男からの連絡にわざわざ答えてやる義理はないし私のことなどそのうち飽きるだろうと思っていた。甘かった。まさか家にまで来るとは思わなかった。

「なんで電話無視すんの?」
「誰が好き好んで骨を折った話なんか聞くか。」
「ならメールくらい返せよ。」
「誰のかも分からん歯の写真が添付されたメールなんぞに返事する奴はおらん!」

流れる汗もそのままに肩をいからせる。くっそ、ニヤニヤしやがって。こっちは疲れてるんだぞ。けれど玄関前にちょうどバイクが横付けされているので家に入ることも出来ない。仕方なく返事してやってはいるがどれだけ怒りを顕にしてもまるで応えた様子がない半間に頭痛がした。ランニング以外の疲労感にドっと肩が落ちる。

「私は忙しいんだ。今からまだメニューをこなさなきゃいけない。用がないならさっさと帰れ。」
「なに、筋トレでもしてんの?」
「だったらなんだ。」

すると眉間に皺を寄せた私と反比例するかのように半間の口角が吊り上がる。嫌な予感がする、絶対私の不利になる事が起こる気がする。

「オレも協力してやるよ♡」
「断固としてお断りだ、バカ!!!!」


面倒事が嫌いだと言っていたクセに!だりぃが口癖のクセに!
しかしまぁいくら抵抗しようが相手はあの悪名高い半間修二。協力という名の冷やかしのために週一で家に来ては煽ったり茶化したり、たまに本当にサポートしたりとやりたい放題され、何故か晩御飯まで食べてくようになった。

「うっ、ゲホッゲホッ!」
「稀咲ヘボ過ぎだろ。」
「だ、まれぇ……。」
「ばはっ♡死にそうじゃん、虫みてぇ。」

息切れしながら自室の床に転がる私を半間は突っついてくる。頬をグリグリと押されているが、もう抗う気力も残っていない。
死んだ目をして倒れ伏す私に半間はおちょくるだけおちょくってご飯何〜と聞いてきた。
うるせぇ、お前はもう帰れ。




学力的には私立を狙えたが花垣と同じ中学に行くとヒナから聞いた私は、必死に教師を説得しヒナ達と同じ学校に行けることになった。自分の後を継がせたい父にはランクを下げたので何か言われるかなと思ったが何故かサムズアップしていた。なんでいつもジェスチャーだけで喋らないんだあの人は。

「…うん、よし。」

カレンダーにヒナと勉強する日や遊ぶ日を記入する。あまり数の多くない文字にそれでも心が踊った。

中学にあがったからといって何が変わると言うことはなかった。環境は確かに変わったが慣れればどうということはないし、勉強も別段問題はない。まぁ強いて言うならヒナではなく花垣と同じクラスになったくらいか。自己紹介時に髪色が変わっていて2度見したのは記憶に新しい。似合っていたのが腹立つ。
そんな風に一部不本意なものもあるが特に何かあるということもなく、先日から私は中学生になって初の夏休みを過ごしている。

夏休みの課題をためる、なんてことがないように初日に立てた計画通りに机へと向かう。
ヒナとの勉強会はまだ少し先だが教える手前詰まるのは避けたい。一通り解いておこうと英語の冊子を開いた私の耳に嫌な音が届いた気がした。
持ったシャーペンが止まる。…気のせいか。気を取り直して英文に目を向けると、今度ははっきりと聞こえてきた。

ブルンブルン

無視だ無視。

ブーン、ブルン

知らん。

ブルンブルンブルンブルン

……。

「昼間っから人の家の前でコールの練習をするな!」
「やぁ〜っと出てきた。稀咲〜、海行こうぜ♡」

耐えきれず飛び出した玄関前には慣れたくもないのに見慣れてしまったバイクと男。
そうこの一部不本意の代表例、半間との関係は変わらないどころか休日無理矢理、無理矢理!遊びに連れて行かれるほどになった。
と言うかコイツ今年高校受験だろ。勉強しろよ。

「夏休み入ったんだろ?なら海行こうぜ。」
「前も言ったが夏休みは基本忙しいんだよ。それに日焼けはしたくない。」
「あぁ?なら泳がなくていーよ。あ、日焼け止め塗ってやろうか。」
「いらん!!!」

なら決まりー、とついこの間買ったと言っていた私専用のヘルメットを被らされる。ズボッと音がし視界が暗くなったと思ったら脇に手を入れられバイクの後ろへと運ばれた。しかも半間と私の身長は大人と子供ほど違うので一度半間の体格に合わせたバイクに乗ってしまうと自力で降りるのに少し時間がかかる。頑張って降りようと足を動かしているうちに玄関の鍵がかけられた音がした。早業すぎる。てかいつの間に家の鍵を入手したんだ。え?この前作った?聞いてないが???
怒りで口を開くも音になるより前にバイクはエンジン音を轟かせ我が家を後にした。




風を切るバイクの速さにはいつまで経っても慣れない。振り落とされるのではないかと恐怖しながら必死に半間にしがみつく。前に回っている私の腕を子供をあやす様に軽くタップしながら程なくして海岸へと辿り着いた。


吹き抜ける青空の下、地平線で交わる海が太陽の光を反射しキラキラと光っている。
水飛沫が上がり浜辺から多くの人の楽しげな声が耳に響いてきた。ジリジリと焼かれる肌に潮風を浴びながら防波堤の上で腰かけた私は目を閉じる。

白いワンピースの裾を翻すヒナ。ノースリーブから伸びた華奢な腕で大きなリボンの帽子を押さえながら足を濡らす。冷たさと波の衝撃にキャッキャとはしゃぐ姿。めっちゃ可愛い。見たことないけど絶対可愛い。
ムフフと1人でにやけていると飲み物を買ってくると言って離れた半間が私の頭をラムネの瓶で小突いてきた。
痛くはないが濡れるのですぐさま受け取る。

「金は。」
「いらねーよ、たかだかラムネごときで。」

首にかけたタオルを垂らし片手にラムネを持ちながら隣へと座る半間に少し隣へずってやる。せっかく尻が石の熱さに慣れたところだったが仕方がない。図体がデカいのも考えものだなと、青緑の透明な瓶を傾ける"罰"のアンバランスさから目を離し思った。
遠くの方で上がる楽しげな声をBGMに互いに喋らない時間が過ぎていく。こんなに穏やかなのは久しぶりだ。沈黙が苦になるような関係ではないが半間の周りはいつも騒がしかったから。と、そこまで考えてそう言えばと問いかける。

「お前はチームとかには入らないのか。」

この前見かけた何とかって集団は夏休みにも関わらずお揃いの服を着て集まっていた。一目で治安が悪そうな奴らだったので多分半間と同じ種族だろう。ならば関わらないのが一番だとその神社を後にしたのを思い出した。

「んなだりぃことするかよ。オレはジユーが好きなの。」

こちらを見ることもなく気だるそうに言う半間に徒党を組もうがコイツはずっとこうなんだろうなと確信した。総長とか大将とか上役の人間の話を素直に聞く姿が想像出来ない。誰かの下に就くなど以ての外で、なんなら内輪揉めを嬉々としてしそうだ。うん、平和のためにも半間は自由な方がいい。

少し考えれば分かる事だったな。
水滴で滑らないよう持ち直し蓋をしていたビー玉を中に沈める。カラン、と小気味よい音がした瞬間、液体が逆噴射してきた。

「ぶっ!!!」
「あ、そういやそれ1回落としかけたんだった。」

わりぃ〜と言いつつ自分の首にかけたタオルを私の顔に擦ってくる。おい、待て。それさっき汗拭いてなかったか?

「う、ぶっ。ん"ん"っ〜!!!」
「何言ってっか分かんねーよ。」

ギャハハと大口を開けて笑う半間から無理矢理タオルをひったくる。メイクがほんの少しつき若干湿ったタオルを投げたが顔面に当たる前にキャッチされた。くそっ、動体視力ほんとにいいな。
急いで常時入れているポケットからハンカチを取り出し顔を拭いた。幸い服は少量飛び跳ねたくらいなので着替えなくて済むがそれでも苛立ちは収まらない。ヒィヒィと未だ笑い続ける半間に一言言ってやろうとハンカチを顔から退け、開いた口をフーンとすぼめた。



年相応に笑う半間の顔は初めて見た。
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