女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

電話帳から名前を選び通話ボタンを押す。
まさかこいつに協力を頼む日が来ようとは、微かに自嘲が漏れた。
不機嫌な男の声にふん、と鼻を鳴らす。

「あぁ。乱気流でも起こそうと思ってな。」

らんきりゅう…。と私の言葉を復唱する男にこいつには洒落も言えんのかと眉を寄せた。
はぁ、と一つ大きなため息を落とし通話を切る。手持ち無沙汰だったのか私の髪を弄っていた半間は動かす手をそのままに問うてきた。

「花垣達には言ってねぇの?」
「あぁ秘密裏に動くつもりだ。このままいけば天竺と東卍は近いうちに衝突するしな。」

ふーん、と興味がなさそうに返事をし真新しい特攻服を着た半間はバイクに跨った。エンジンをつけたのを確認したあと腰に手を回しぐっと力を入れる。
向かうは横浜。
天竺の特攻服を靡かせた私達の最後のリベンジが始まった。




花垣の中身が未来に帰って数日。場地圭介が留年しそうになっていると松野から聞いた私は、仲直りしたヒナとそのヒナから紹介されたマイキーの妹である佐野エマと買い物に行く約束を蹴らされ勉強会に付き合わされていた。なんで可愛い女の子達とカワイイ物を見に行くはずだったのに、バカの相手をしなきゃならないんだ。場地圭介、バカと言うより規格外過ぎて宇宙人なんだよ。日本語なのに異国人と喋ってる気分なんだよ。そんな思いをしながらどうにか完成させた未提出の課題を持って学校へと向かった奴を見送り、松野の好意で送って貰うこととなった私は傘をさし歩いていた。

足元を濡らす雨の跳ね返りに鬱陶しさを感じながらそう言えばあの祭りの時も雨が降ってたなと思い出し、松野へ言葉を返す。

「何か勘違いしてないか?私の恋愛対象は女の子じゃない。たまたま好きになった子が女の子だったってだけだ。半間はそんな私の話し相手になってくれてたんだよ。」
「純愛かよ…。」
「胸を押さえるな気色悪い。」

少女漫画じゃん、と続けた松野に白けた目を向けた。漫画と一緒にするな。あんなの現実でやったらトキメキどころか恐怖しかないぞ。え?やった事あるのかって?言う義理はないな。

喧しく聞いてくる松野に舌打ちを隠しもしないでいるとふと、公園から鈍い音が聞こえてきた。

「…タケミっちだよな。」
「花垣だな。」
「なんでタイヤと喋ってんだ…?」
「さぁ…?」

松野と顔を見合せとりあえず何やら1人で騒いでいるずぶ濡れの花垣に声をかけに行った。私達の存在に驚いたも直ぐにまた奇行に走る花垣にまさかと思ったがそのまさかだった。また来たのかお前。

マイキーに皆殺されていたらしい未来から来た26歳の花垣は話もそこそこにまたタイヤを殴り出す。皮膚が裂け血が滲んでいる拳にどれだけの時間ここで殴り続けていたのかと絶句した。それだけ辛い未来だったのだろう。松野に引きずり倒され地面に仰向けになった花垣は、柴大寿に向かって行った時の果敢な姿はなりを潜め迷子の子供のように泣き出した。

「なんもわかんなかった。みんなをどうやって救えばいいのか…、手掛かりがなんもねぇ!!!」

私達の名を呼びながら辛い悲しいと雨にも負けないほど涙を流す花垣に濡れるのも構わず松野が傍へ座る。
会えて嬉しいと笑う松野とその言葉でまた涙を浮かべた花垣にもう意味はないだろうがカバンのストラップを庇いながら傘を傾けた。

「お前、私より遥かにバカなんだから1人でどうこう出来るわけないだろ。頼れよ。」

背中に雨が当たり濡れ始めたが気にすることなくやれやれとため息をつく。お前がそんな顔をしていると気味が悪いのではやく立ち上がれ、と目元を乱暴に拭う花垣の腕を掴みその拳にハンカチを当てた。絆創膏なんてないので血を拭くぐらいしか出来ないがないよりはマシだろう。なるべく痛くないように軽くトントンと叩いているとふつふつと怒りが湧いてきた。未来の私は何をやっているんだ。また下衆に成り下がったのか。

「花垣、未来の私には頼れなかったか。半間はどうだった。」

すると花垣の瞳から止まっていたはずの涙が先程よりも溢れ出した。

「ぎざぎぃ、じんでだぁ〜!!」
「え。」
「じがも"じゅぅに"ね"ん"まえに"ぃ〜〜!!!!」

ドサッと手から傘が落ちる。視界の隅で松野が顎が外れそうなほど口を開けたのが見えた。
私はどうやら近々死ぬらしい。




「と言う事で、私は今年中に死ぬらしい。」
「だりぃ〜。」

背もたれにしていたベッドの上で半間がバタリと倒れた。身体への衝撃がデカいのでやめて欲しい。自分の図体を考えろ。
はぁ、とため息をついて目の前のテーブルの上にあるコップを手に取り口をつけた。

花垣達と別れてから私は直ぐに作戦を練った。自分が死ぬことはショックだったが理由も分からないのに恐れていても意味はない。要は防げばいいのだと考え直した私は半間に連絡を入れ、今日こうしてこいつの家に来たのだ。まぁ半間のお母さんがいたのは想定外だったが。今から出勤なのか胸元の開いた赤いドレスからは相変わらず体重の半分以上ありそうなほど豊満なお胸がチラチラと見えて目に毒だった。しかも抱き締めてくるので毎回圧迫死するかと思う。もしや私の死因はこれか?

「死ぬっつっても、どうやって死ぬんだよ。」

半間が気だるそうに後ろから同じくテーブルに置かれたお菓子を掴み封を切る。おい、それは手土産で持ってきたやつだぞ。食後とかに家族と食えよ。

「分からん…。が、横浜の方で最近活発な動きを見せているところがあるだろう。」
「確か天竺つったっけか。」
「ああ。その総長である黒川イザナと私は昔会っている。」

間抜け面を晒す半間を無視して記憶を辿る。

そんな昔と言うほど昔ではないが、とある試験の帰りに気まぐれに遠回りをした公園で私と黒川イザナは出会った。奴は小汚くみすぼらしい姿で無気力にベンチに座り込み、しかし目だけは異常なほどギラギラと光らせていた。正直今すぐにでも逃げ出したいほど恐ろしかったが、奴の足に真新しい傷を見つけビクビクしながら偶然持っていた絆創膏を差し出した。今思えば随分と軽率な事をしたものだ。当時は誰彼構わず助ければ花垣みたいになってヒナが認めてくれると思っていたんだよな。元来の性格的にすぐに無理だと悟ったけど、恋は盲目とはよく言ったものだ。手負いの獣に近づくなんて正気の沙汰じゃない。
そこからはあまり覚えていないが、たまたまその時持っていたテストの結果を見られてから何か質問をされて2、3語話した後、奴は黙りこくってしまい薄気味悪くなって走って逃げた。

「…そんな黒川イザナから数日前に連絡が来た。」

あの公園から最後、一度として接触などなかったのに…。電話越しの黒川イザナもどこかおかしかった。夢見心地でふわふわとして、目的を持った固い声音。嫌な予感と言うより気味が悪くなった。

「何も関係ないとは思えないんだ。なんの手掛かりもない今は少しの可能性も見過ごせない。だから、」

ぐ、と拳を握る。怖くないと言えば嘘になるが今までの未来で嫌という程知ったのだ。死ぬ訳にはいかない。置いていけない。守ってきてくれた半間を裏切る行為と知りながら私は口を開いた。

「半間、私は天竺からの誘いに乗ろうと思う。」

ポカンと幼い顔のまま何も言わない半間と私の間に時計の音が響く。体感的には何時間、実際は数秒にも満たない後、半間が心底楽しそうに口を歪めた。

「ひゃは♡楽しくなってきたじゃん。」

は、と息が漏れる。
唖然とする私を置いてニヤニヤとその長い手を大きく広げた半間はまるでパレードを楽しんでいるかのように見えた。こいつのツボがまるで理解出来ん。でも一緒にいてくれるのだと分かり身体がむず痒くなる。

「お前も物好きだな。」
「オレは稀咲といれんならなんだっていーんだよ。」
「地獄かもしれないぞ?」
「サーカスの間違いだろ。」

大きな口を開けて笑う半間につられて口元が綻んだ。全く、本当によく分からない男だと思う反面不思議とこいつといれば安心感が出る。別に手を引いて導いてくれるというわけではないのに、傍にいると強くなれた。これが信頼からくるものなのかはたまた似て非なるものなのか、気づきそうになる心にそっと蓋をした。




「よお、ヒーロー。」

あの雨の日から全く連絡の取れなくなった稀咲が天竺の特攻服を着て目の前に立ちはだかる。脳内を駆け巡る最悪な未来達が自ずと呼吸を荒くした。まさか、稀咲が?いやそんなわけない。だっていっぱい協力してくれた。俺を慰めてもくれた。それに千冬もダチだって…。くそ、分からない。戻ってきてから何も分からない。過呼吸にも等しく息を乱す俺に稀咲はいきなり胸ぐらを掴み、その鋭く刃のような俺を射抜く。

「黒川イザナはマイキーを空にしようとしている。未来のマイキーの身辺、主に場地圭介とエマが何をしているか調べてくれ。」

やや早口だがしっかりとした声音で言った稀咲は俺の胸ぐらから手を離し、半間の呼ぶ声に振り向き背を向けた。
その後助けてくれたスマイリー君とアングリー君と共に乗り込んだアジトで待ち受けていた鶴蝶、カクちゃんからも黒川イザナの名前が出てきた。そしてこのままでは稀咲も死ぬかもしれないと、あの頃からは想像もつかないほど険しく力強い瞳が俺を追い立てた。



やはり、1度しっかりと調べようと戻った現代でナオトと大寿君から聞いた事実に息を飲む。黒川イザナがマイキー君を巨悪に変えたんだ。それを阻止するために稀咲は天竺に入ったんだ。裏切ってなかった。現代のために動いてくれていたのかと目頭が熱くなる。大寿君の話では黒川イザナと稀咲は関東事変が起こる前からの仲だったらしい。だからこそ予想出来たのだろうが、それでもほぼ予知のような頭の良さには驚きは隠せなかった。

『けど稀咲は失敗し、殺された。そして場地圭介もマイキーの妹も殺された。』
『稀咲…。』
『随分と稀咲さんに詳しいんですね。』
『…黒龍から去った後にアイツが言ったんだ。"そう遠くない未来、私に着いて来ないか"って。そん時確かにオレはアイツになけなしのモン全部賭けてやろうと思ったんだよ。』

遠くを見た大寿君はそう言ってタバコの煙を吐き出した。

しかし物事というのは順調にはいかないもので、大寿君が逃がしてくれた俺達は待ち伏せていた黒川イザナに奇襲をかけられた。ナオトを撃ちカクちゃんに俺を撃つよう指示を出した黒川イザナは楽しげに笑いながら後ろに佇んでいた男に声をかける。

『半間あとやっとけ。』
『へーへー。だりぃ〜。』

そう言えば半間がどうしているのかは聞いていなかったなと、カクちゃんを連れて路地裏に消えて行く黒川イザナに何も出来ずに倒れ伏した。
ゼェゼェと自分とナオトと息が上がるのが鼓膜に響く中、脳内に12年前の稀咲が振り返りざまに放った言葉が頭を巡る。

『お前も私もこんなトコで終われないだろ?』

ぐっと呼吸を飲み込む。そうだ、こんなトコで終われない。ヒナもマイキー君も千冬も、稀咲だって救えてない。けれど血が流れていくのと同時に四肢からは力が抜けていく。ちくしょうちくしょうちくしょう…!!
悔しくて痛くて辛くて止まらない涙が頬を伝い視界が霞がかってきた。
あぁ時間がない。ナオトごめん、オレはなんて無力なんだ。
諦めにも近い感情が湧き上がり始めた頃、こちらを見下ろしていた半間が何故かしゃがみ込んできた。そして息も絶え絶えの俺の手を半間の"罪"が触りそのまま隣で同じく虫の息のナオトの手へ導いた。

『な、んで…。』
『ばはっ♡たけみっち〜、貸しだかんな。返すのは過去でいいぜ。』

稀咲を救ってくれヒーロー。

堕ちる意識でしっかりと目を合わせた半間は、どこかで見たことのある、丸く淡い色のメガネをかけていた。
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