女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

いつの間にかお守り代わりとなっていたストラップを握り締め半間のもとへ走る。道中バイクに乗った黒龍の特攻服の男共を見て悩んでいたからと言ってどうして気づかなかったのかと唇を噛んだ。九井一は情報を売ってくれただけで自分のチームにリークしないとは言っていない。早く行かなければ取り返しのつかないことになると上がる息を必死に飲み込みながら走った。

時間はかかったが何とか辿り着いたアパートのインターホンを押す。いるか分からない、けど微かな望みに縋り扉が開くのを待った。
誰かの足音がしてしばらくしてからチェーンの外される音が聞こえた。扉が開きスウェット姿の半間が顔を出す。その顔は相変わらず凍てついていた。

「何しに来たんだよ。」

声音の鋭さに心臓が潰れそうになる。私の全てを拒絶するような態度に、けれど逃げずに真っ直ぐ半間を見つめる。

「頼みが、ある。花垣達を助けて欲しい。」

緊張からか寒さからか、指先の感覚が薄れている。半間はそんな私をハッと鼻で笑い取り付く島もなく扉を閉めようとした。ダメだ、このままではまた私はお前を不幸にしてしまう。
ガンと扉を掴み閉まるのを阻止した私に、予想外の事だったのか奴は始めて感情を顕に目を見開く。手首の痛さなど感じない。泣きそうになるのを必死で耐えながら私は花垣から聞いた未来の話を半間にぶちまけた。

「だりぃ、なんだそのふざけたー…。」
「私は!お前に死んで欲しくないんだよ!!」

やはり信じない奴の胸ぐらをつかみ顔を寄せる。もうこいつの死に恐怖するのは嫌だった。未来の自分に失望するのも、殺したいくらい憎むのも、こいつが隣にいないのも耐えられなかった。
理不尽だとは思うがそれでも湧き上がる怒りに任せて半間に募る。

「お前と一緒にいたいんだよっ…!」

決壊していく涙腺が視界をぼやかしていく。こんなに感情的になったのはいつぶりだろうか。半間といると自分が自分でなくなるようだと痛みだした手首を無視して涙を拭う。
死なないで、離れないで、傍に居て。
こんなに弱くなった覚えはないのにと次から次に溢れてくる涙を必死に我慢していると、半間の手が上がっていくのが見える。殴るつもりかと視線で追うとその手は随分と締りのない顔に当てられた。弧を描く口元を"罪"の文字が覆う。目尻や耳が赤くなっているのが歪んだ視界でも分かった。

「ひゃは♡稀咲〜、そんなにオレのとこと好きなのかよ。未来とか知らねぇけど今すっげぇ機嫌いいからお礼はクリスマスデートでいいぜ。」

そう言うやいなや私の身体を担ぎあげ歩き出した半間に一気に涙が引っ込んだ。天井が物凄く近い。ぶつかりそうで怖くて半間の身体にしがみついた。
何が刺さったかは知らないが、協力してくれるらしい。驚きと安堵が綯い交ぜになりながらバイクに乗せられ、上機嫌に走り出した半間からいつもより強く濃いタバコの匂いを感じる。どれだけ吸ったのだろう。こいつも寂しかったのかな、なんて少し嬉しくなりながらバイクは夜の街を突っ切って行った。



「ばはっ♡楽しそうなことしてんじゃん。オレも混ぜろよ。」

心底楽しそうな半間が教会の扉を蹴り開け、そのまま花垣と対峙していた九井一を殴り飛ばした。やはり杞憂に終わらなかったかと九井一の応戦に来た乾青宗を見て舌を打つ。何故かいる三ツ谷隆と倒れている松野を無視して驚いたように声を上げた花垣に目で柴八戒へ向かうよう指示し、座り込んでいる女の子の元へと向かう。赤黒く変色した頬が痛々しい。そっとハンカチを添えると女の子、柴柚葉は不思議そうな顔をした。

「お前は…?」
「花垣武道の仲間、とだけ。気休めだが使って欲しい。」

しばし悩んだあと、柴柚葉は私の手からハンカチを受け取ると自分の頬に当てた。それを確認してからボロボロになりながらも懸命に柴大寿に向かっていく花垣を見守る。大丈夫だ、花垣。未来は必ず変わる。




「半間…!」

三ツ谷隆のバイクのコールを聞きつけ来たと言うマイキーが柴大寿を沈め、共に来ていたドラケンが外にいた黒龍を全滅させた。それに皆が驚く中、私はすぐに半間の元へと駆け寄った。

「やっぱバケモンかよマイキー。」
「そんな事はどうでもいい。他に怪我はないか?痛いところは?」
「そんな心配しなくてもへーきだわ。」

順調とはいかなかったも全て上手くいった。それにほっと息をつき、ハンカチの代わりに私の手を少し赤い半間の頬に添えた。熱がある。血も着いているしこれは腫れるなと痛みを想像して顔をしかめると、そのまま半間の手が上から重なり顔を動かした奴の唇が掌に押し付けられる。なんだなんだ。

「手首、ごめんなぁ。痛かったろ。」
「?あぁ。大丈夫、もう平気だ。」
「…また親父さんに謝りに行かねぇとな。」
「待て、お前に父を会わせたことあったか?」
「結構前から会ってるぜ?稀咲ん家の鍵も作っていいって言ったの親父さんだし。」

何をやっているんだあの男は。思わず空いていた手で顔を覆った。我が父ながら意味が分からない。というか今、またって言ったか?また謝るって言ったか?
どういう事かと詰め寄ろうとした時、向こうの方から私達の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「稀咲!半間!」

入口の方で何やら話し込んでいた東卍のメンバーの中から花垣が私達に向かって大きく口を開く。

「ありがとう!」

腫れ上がった片瞼も乾いてしまった鼻血も全てが痛々しい。けれどその笑顔は何よりも輝いていて成功したのだということをひしひしと伝えてくる。全く、大した男だと半間から顔を花垣へ向けた。

「ミッションコンプリートだな、花垣。」

そう言って笑った私に花垣も嬉しそうに再度笑って今度こそ気を失った。



「だからそれだけだって。何度も言わせるな。」
「ほんとかぁ?稀咲ヤバいことにすぐ首突っ込むし。」
「巻き込まれてるだけだ。」

バイクを降り近くのコンビニに立ち寄った私と半間は買うものを買ってから駐車場の隅の方で少し休憩していた。温かい缶コーヒーを両手で持つ私の隣でタバコをふかす半間は先程から同じ事ばかり聞いてくる。

花垣が気絶した後、やる事も終えたので解散する流れになり私も半間と共にその場を去ろうとした。するとマイキーが私の顔をしばし見つめ、あ、と声を出したのだ。

『お前あの時の!』
『…あぁ、その節はどうも。』

すっかり忘れていたがマイキーと私は過去に遭遇しており、意外にも奴はその事を覚えていたらしく嬉しそうに話しかけてきた。確か、ペーだかパーだかの殺傷事件の相談をされたんだっけか。法治国家に随分と楯突く言い草で結局どうなったのか分からず終いだったので気になってはいたが、隣から不穏な気配が漂い始めているので近づかないで欲しい。面倒な事になる前にはやく退散しようと話もそこそこに切り上げたが、まぁそんな上手くいくはずもなく先程から半間は同じ事を繰り返している。
だから林家パー子がペーを殺したのを無罪にしたいって話を聞かされただけだって。あれ、ペーがパー子をだっけ?そもそも殺したんだっけ?もう大分前の事だから覚えていない。
そのままいつの間にかこの後イルミネーションを見に行く話にすり替わっていた半間の言葉を軽くいなしていると突然ケータイが鳴った。その表示された名前にまだ何かあったかなと思いメールを確認する。

「半間、頼みがある。」
「だりぃまだなんかあんのかよ。もういい加減クリスマスデートしようぜぇー。」
「今日はダメだって言ってるだろう。怪我を治して日を改めてな。」
「はぁ〜、ほんっとクソだりぃなぁ。で?頼みってなんだよ。」

画面から顔を上げ半間の顔を見る。

「海下公園に連れてってくれ。」




花垣の視線の先には少女が2人、泣きながら笑い抱き合っている。
それをなんとも温かい気持ちで見守りながら花垣はマイキーに連れられヒナに会った時のことを思い出した。
やっぱり別れるなんて無理な話で、男としては腑甲斐無いも泣きながら守ることを誓いヒナも条件付きではあるが花垣を許してくれた。

『初詣、連れてって。あと、タケミチ君が最近仲良くしてる子いるでしょ?…あの子、ヒナの幼馴染みなの。大切な子なの。なのに傷つけちゃった。元通りは難しくてもありがとうって、言いたいの。ごめんねじゃなくて、こんなヒナでも好きになってくれてありがとうって。だからタケミチ君、手伝ってくれる…?』

泣きそうな顔でそう言ったヒナに花垣は直ぐに稀咲へ連絡した。思うところがなかったわけではないが、解決するなら今日しかないと思ったのだ。半間に素直になれた今日なら、稀咲はきっと大丈夫だと。酷なことをしている自覚はあるが何となく稀咲はもうヒナへの想いに区切りをつけている気がした。あとはちょっとのきっかけさえあれば。そう思って花垣は送信ボタンを押した。
そして目的も知らず来た稀咲はヒナを見ると一瞬驚き悲しげに瞳を伏せたも、直ぐに理解したのかヒナと2人で少し離れた位置で話し始めた。

何を話しているかは分からないが力強く抱き着くヒナの頭をあやす様に撫でる稀咲の顔は優しくも寂しげだ。けれどどこかスッキリしたようにも見えて花垣は切ない気持ちになった。

「あの子、すっごい髪の毛綺麗…。しかもメイクも上手だし肌もつるつる。ねぇマイキー知り合い?ヒナの友達なら絶対いい子だし紹介してよ、仲良くなりたい。」

何かしらの事情を察したのかマイキー達も遠巻きに見守っていたが、2人の様子が落ち着いたのを見て涙を拭いながらエマがマイキーに話しかけた。

「知り合いじゃねーよ。半間の嫁。」
「今は、違ぇけど。」

稀咲を見つめたまま言った半間の眼差しはとても優しくてこいつもこんな顔が出来たのかと驚いた。
そしてなんだ、と口を尖らせた。
稀咲、不安になることなかったじゃん。半間もちゃんとお前のこと好きじゃん。
そう言って花垣は現代の稀咲に舌を出してやりたかった。
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