女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】
花垣から聞かされる話はやはりと言うか馬鹿らしく有り得ない内容だった。そも半間と喧嘩したから人を殺すとか…、何をどうしたらそんなにトチ狂えるんだ未来の私。しかし知ったからにはどうにかしなければいけないわけで、引っ張り出した記憶からとある人物の名を思い出した。
「どうにか出来るかもしれない。」
「マジで?!」
「すげぇな稀咲。」
驚き声を上げた花垣と感心したように言う松野に曖昧に頷く。昔調べた通りならこれで柴八戒の柴大寿殺害を防げるはずだ。
「あぁ。だがその前に松野に言っておきたいことがある。」
「あ?」
花垣を真ん中に3人でベンチに座っていたが立ち上がり2人の前に移動する。困惑する花垣と松野に鳴り響く胸を必死に押さえつけながら息を吸った。
「私は花垣の彼女であるヒナが、1人の女性として好きだ。」
限界まで目を見開く松野に腹を括る。慌てたように花垣が口を挟むもそれを目で制し、一種の贖罪のように私とヒナ、そして半間との関係を喋り始めた。別に話さなくても支障なんてない。話の中に矛盾点は出てくるだろうが私なら辻褄を合わせることなど容易だ。けれどこれはケジメとしてしなければならない事だと思った。
半間や花垣が特殊なだけで普通なら気味悪がったり引いたりするものだ。だから私もギリギリまでヒナへの告白を悩んだ。しかしこれから頼むことにしてもこの話は必要な事だと恐怖でバクバクと鳴る心臓を必死に抑え込んだ。
「だから、もしも私が、道を逸れ大切な人を殺そうとした時は、私をどちらかが殺して欲しい。」
本当なら自分ですればいいのだが、どうも未来の私は自殺を選ばないらしい。
2人にこんな事を頼むのは流石に申し訳なく思うが結局私はピエロのままで主人公のようにはなれない。それでもヒナを殺すより、半間に背負わせるよりマシだ。
絶句する花垣から目を逸らすことなく返事を待っていると松野と視線が重なる。花垣と同じ、綺麗な瞳だった。
「俺さ、ずっと稀咲は俺たちとは全く住む世界の違う、言わば勝ち組ってやつだと思ってた。賢いし大人っぽいし俺みたいな不良がつるんでいい奴じゃねぇって。でもたけみっちの話を聞いたりお前を見てたりして気づいた。稀咲って頭いいのにバカだよな。」
「お前本当に失礼だな。」
とんだ言い草に青筋が浮かぶ。こっちは覚悟を決めて話しているのにこいつはいきなりなんなんだ。そう思って松野を睨むと奴はふっと笑った。
「稀咲はタケミっちと同じ不器用で真っ直ぐな、俺のそんけーするダチなんだわ。そんなダチを殺すなんてありえねぇ。殴ってでも止めてやるよ。」
は、と息が漏れた。拍子抜けするほどあっさりと言われた内容に一瞬理解が追いつかない。けれどじわじわと松野の言葉が脳内を木霊し胸の奥を熱くさせた。根が素直というか単純というか、普通主悪の根源をダチなんて言うのか。
けど、まぁ、うん。
「ダチになった覚えはない。」
「は?やっぱかわいくねー!!」
「よ"か"っ"た"ぁ"ぁ!!!」
カッとなった目頭をブリッジを上げて誤魔化し照れ隠しで悪態をついた私に松野がケッと顔を歪ませると、いきなり花垣が泣き出した。それにギョッとして奴を見るとそれはもう汚らしく鼻水を垂らしながら顔面を濡らしている。いやどうした。
「なんでタケミっちが泣くんだよ。」
「っお、れも!ともだッグスとぉ、おもっでぇ"〜!!じん"ばい"じだぁぁ!!」
「こいつ本当に26歳なのか。」
乱暴に袖で目元を拭う花垣に私の中の込み上げていたものが下がっていった。2人の前で泣くなど屈辱的過ぎるので嘔吐き始めた花垣には感謝してやらんこともない。…泣き過ぎじゃないか?
「それで?どうにかって具体的にどうするんだよ。」
花垣を茶化していた松野が私に問うてきた。
ふむ、と頷き口を開く。
「その前に会いたい奴がいる。九井一と言うんだがー…、」
善は急げと次の日の夜、黒龍が多く出入りしているカラオケ店で予想通り裏切り者の処理に来た九井一に取引を持ち掛けた。そして得た情報を頭に刻み込み店を後にする。
「本当にいいのかよ?」
「問題ない。元から今月の生活費は多かったしな、父も何も言わないだろう。」
「稀咲の親父さん、マジでなにやってんの…。」
「私の父ことはいい。それよりも東卍の奴らに頼れないんだから、絶対成功させろよ。」
「分かってる…、あ。」
花垣が不自然に言葉を止めた。それに足を止めどうしたのかと奴を見ると、その視線は前方に固定されたきり動かない。何があるのかと視線を辿ると見慣れた姿が私達を凝視していた。
「半間…。」
なんでここに。今日は歌舞伎町にいるって…。
目を細めこちらに近寄ってくる半間に誰も動くことが出来ないまま、奴は私達の目の前まで来た。
「なにやってんの、稀咲。」
「あ、いや…。」
半間が憤る姿を見たことないわけではないが、それが私に向けられたのは初めてで言葉が詰まる。悪い事はなにもしていないのに怒り心頭な様子に思わず目を逸らしてしまった。すると半間は大きな舌打ちを響かせ私の手首を掴む。
「痛っ!」
「知るかよだりぃな。」
あまりの力の強さになんとか手首を捩るも尚のこと掴む力は強くなり、そのまま手を引かれもつれた足がたたらを踏んだ。
「おい、半間!」
花垣の言葉にピタリと半間の足が止まる。しかしやはり手は離れることなく身体だけを捻り花垣達を見る半間の目は憎しみすら滲んでいた。
「稀咲はオレらとは違うんだよ。巻き込むな。」
花垣達を置き去りにし、いつぞやのように路地裏に連れて来られた私は強い力で壁に押し付けられた。背中に受けた衝撃で一瞬息が詰まるも半間はお構いなしに顔を近づけてくる。
「またあんな目にあいてぇのかよ。」
低くドスの効いた声が鼻先にかかった。琥珀の中に映る私の顔色は悪い。けれど譲るわけにはいかなかった。震える身体を叱咤し真っ向から睨み返す。
「それでもやらなきゃならない。」
半間が怒っている理由が分かるからこそ、もう守られてばかりではいられないのだ。
半間は一瞬目を見開き直ぐにまた眼光を鋭く尖らせる。
「…面白くねぇ。」
ポツリと落ちた声が私の耳に届いた。
先程より強くなる心臓の音に背中に汗が伝う。
「嫌ってた花垣とつるんだり不良に関わったり…、しかもなんだ?その目。今の稀咲クソだりぃだけで全然面白くねぇわ。」
もういいと、私の手を離し背を向けた半間にヒュッと息が止まる。慰めてくれた時と同じ、広くて逞しくて、温かさの失せた背中に縋ることも出来ず呆然と立ち尽くした。
こんな半間知らない。知りたくなかった。
流れ出す涙の意味が理解出来ないまま、手首より酷く傷む胸にただただ嗚咽が漏れた。
作戦決行当日、あの日からまとまらない思考で湿布を貼った手首を摩っていると花垣からメールが来た。何かあったのかと中身を確認し、書かれていた場所へ向かうために家を出た。
呼び出された公園は白く雪が積もっていたが歩けないほどではなかった。そのまま足を進めると屋根のある休憩スペースのベンチに花垣は座っていた。
「千冬も心配してた。大丈夫かよ。」
「…私より柴八戒の事を気にしてろ。なんでもう怪我してんだよ。」
何故かもう頬が腫れている花垣にわざと大きくため息をつく。私が言えた義理ではないがこんな状態で大丈夫なのだろうか。私はもしもの際に直ぐに警察に連絡をする役だが、こいつと松野はもしかしたら柴大寿とやり合うかもしれないのに、と小言を漏らす。けれど花垣の瞳は私を映すことなくここではないどこか遠くを見ていた。
「ヒナと、別れたんだ。」
凪いだ声音に目を見開く。
そこからポツポツと話始めた内容は私にもよく刺さった。
「でも、どうしよう稀咲。大好きなんだ。」
そう言って泣き出した花垣に敵わないなぁと身体から力が抜けた。
ヒナの死ぬ姿を何度も見て、他人も助けようとして、私ならきっともう壊れてしまう。それなのに、こいつは…。
泣きじゃくる花垣から顔を空へ向けた。ハラハラと落ちてくる雪がメガネのレンズに当たる。花垣にあって途中で挫けた私に足りないもの。ヒナが惚れたその諦めの悪さが今は何よりも強く感じる。
半間の言葉はあながち間違いではなかったなと今からやる事の身勝手さを鼻で笑った。
ぐっと一度、目を固く閉じベンチから勢いよく立ち上がる。
ブッサイクな顔のまま何事かと私を見る花垣を見つめた。
「花垣は松野と一緒に先に行っていてくれ。」
「稀咲は?」
「私もケリをつけてくる。…それと花垣、」
ゆるりと振り返った肩越しに花垣はまだ間抜け面をしていた。それにふっと微笑む。
「お前にヒナが必要なように、ヒナにもお前しかいないよ。」
「どうにか出来るかもしれない。」
「マジで?!」
「すげぇな稀咲。」
驚き声を上げた花垣と感心したように言う松野に曖昧に頷く。昔調べた通りならこれで柴八戒の柴大寿殺害を防げるはずだ。
「あぁ。だがその前に松野に言っておきたいことがある。」
「あ?」
花垣を真ん中に3人でベンチに座っていたが立ち上がり2人の前に移動する。困惑する花垣と松野に鳴り響く胸を必死に押さえつけながら息を吸った。
「私は花垣の彼女であるヒナが、1人の女性として好きだ。」
限界まで目を見開く松野に腹を括る。慌てたように花垣が口を挟むもそれを目で制し、一種の贖罪のように私とヒナ、そして半間との関係を喋り始めた。別に話さなくても支障なんてない。話の中に矛盾点は出てくるだろうが私なら辻褄を合わせることなど容易だ。けれどこれはケジメとしてしなければならない事だと思った。
半間や花垣が特殊なだけで普通なら気味悪がったり引いたりするものだ。だから私もギリギリまでヒナへの告白を悩んだ。しかしこれから頼むことにしてもこの話は必要な事だと恐怖でバクバクと鳴る心臓を必死に抑え込んだ。
「だから、もしも私が、道を逸れ大切な人を殺そうとした時は、私をどちらかが殺して欲しい。」
本当なら自分ですればいいのだが、どうも未来の私は自殺を選ばないらしい。
2人にこんな事を頼むのは流石に申し訳なく思うが結局私はピエロのままで主人公のようにはなれない。それでもヒナを殺すより、半間に背負わせるよりマシだ。
絶句する花垣から目を逸らすことなく返事を待っていると松野と視線が重なる。花垣と同じ、綺麗な瞳だった。
「俺さ、ずっと稀咲は俺たちとは全く住む世界の違う、言わば勝ち組ってやつだと思ってた。賢いし大人っぽいし俺みたいな不良がつるんでいい奴じゃねぇって。でもたけみっちの話を聞いたりお前を見てたりして気づいた。稀咲って頭いいのにバカだよな。」
「お前本当に失礼だな。」
とんだ言い草に青筋が浮かぶ。こっちは覚悟を決めて話しているのにこいつはいきなりなんなんだ。そう思って松野を睨むと奴はふっと笑った。
「稀咲はタケミっちと同じ不器用で真っ直ぐな、俺のそんけーするダチなんだわ。そんなダチを殺すなんてありえねぇ。殴ってでも止めてやるよ。」
は、と息が漏れた。拍子抜けするほどあっさりと言われた内容に一瞬理解が追いつかない。けれどじわじわと松野の言葉が脳内を木霊し胸の奥を熱くさせた。根が素直というか単純というか、普通主悪の根源をダチなんて言うのか。
けど、まぁ、うん。
「ダチになった覚えはない。」
「は?やっぱかわいくねー!!」
「よ"か"っ"た"ぁ"ぁ!!!」
カッとなった目頭をブリッジを上げて誤魔化し照れ隠しで悪態をついた私に松野がケッと顔を歪ませると、いきなり花垣が泣き出した。それにギョッとして奴を見るとそれはもう汚らしく鼻水を垂らしながら顔面を濡らしている。いやどうした。
「なんでタケミっちが泣くんだよ。」
「っお、れも!ともだッグスとぉ、おもっでぇ"〜!!じん"ばい"じだぁぁ!!」
「こいつ本当に26歳なのか。」
乱暴に袖で目元を拭う花垣に私の中の込み上げていたものが下がっていった。2人の前で泣くなど屈辱的過ぎるので嘔吐き始めた花垣には感謝してやらんこともない。…泣き過ぎじゃないか?
「それで?どうにかって具体的にどうするんだよ。」
花垣を茶化していた松野が私に問うてきた。
ふむ、と頷き口を開く。
「その前に会いたい奴がいる。九井一と言うんだがー…、」
善は急げと次の日の夜、黒龍が多く出入りしているカラオケ店で予想通り裏切り者の処理に来た九井一に取引を持ち掛けた。そして得た情報を頭に刻み込み店を後にする。
「本当にいいのかよ?」
「問題ない。元から今月の生活費は多かったしな、父も何も言わないだろう。」
「稀咲の親父さん、マジでなにやってんの…。」
「私の父ことはいい。それよりも東卍の奴らに頼れないんだから、絶対成功させろよ。」
「分かってる…、あ。」
花垣が不自然に言葉を止めた。それに足を止めどうしたのかと奴を見ると、その視線は前方に固定されたきり動かない。何があるのかと視線を辿ると見慣れた姿が私達を凝視していた。
「半間…。」
なんでここに。今日は歌舞伎町にいるって…。
目を細めこちらに近寄ってくる半間に誰も動くことが出来ないまま、奴は私達の目の前まで来た。
「なにやってんの、稀咲。」
「あ、いや…。」
半間が憤る姿を見たことないわけではないが、それが私に向けられたのは初めてで言葉が詰まる。悪い事はなにもしていないのに怒り心頭な様子に思わず目を逸らしてしまった。すると半間は大きな舌打ちを響かせ私の手首を掴む。
「痛っ!」
「知るかよだりぃな。」
あまりの力の強さになんとか手首を捩るも尚のこと掴む力は強くなり、そのまま手を引かれもつれた足がたたらを踏んだ。
「おい、半間!」
花垣の言葉にピタリと半間の足が止まる。しかしやはり手は離れることなく身体だけを捻り花垣達を見る半間の目は憎しみすら滲んでいた。
「稀咲はオレらとは違うんだよ。巻き込むな。」
花垣達を置き去りにし、いつぞやのように路地裏に連れて来られた私は強い力で壁に押し付けられた。背中に受けた衝撃で一瞬息が詰まるも半間はお構いなしに顔を近づけてくる。
「またあんな目にあいてぇのかよ。」
低くドスの効いた声が鼻先にかかった。琥珀の中に映る私の顔色は悪い。けれど譲るわけにはいかなかった。震える身体を叱咤し真っ向から睨み返す。
「それでもやらなきゃならない。」
半間が怒っている理由が分かるからこそ、もう守られてばかりではいられないのだ。
半間は一瞬目を見開き直ぐにまた眼光を鋭く尖らせる。
「…面白くねぇ。」
ポツリと落ちた声が私の耳に届いた。
先程より強くなる心臓の音に背中に汗が伝う。
「嫌ってた花垣とつるんだり不良に関わったり…、しかもなんだ?その目。今の稀咲クソだりぃだけで全然面白くねぇわ。」
もういいと、私の手を離し背を向けた半間にヒュッと息が止まる。慰めてくれた時と同じ、広くて逞しくて、温かさの失せた背中に縋ることも出来ず呆然と立ち尽くした。
こんな半間知らない。知りたくなかった。
流れ出す涙の意味が理解出来ないまま、手首より酷く傷む胸にただただ嗚咽が漏れた。
作戦決行当日、あの日からまとまらない思考で湿布を貼った手首を摩っていると花垣からメールが来た。何かあったのかと中身を確認し、書かれていた場所へ向かうために家を出た。
呼び出された公園は白く雪が積もっていたが歩けないほどではなかった。そのまま足を進めると屋根のある休憩スペースのベンチに花垣は座っていた。
「千冬も心配してた。大丈夫かよ。」
「…私より柴八戒の事を気にしてろ。なんでもう怪我してんだよ。」
何故かもう頬が腫れている花垣にわざと大きくため息をつく。私が言えた義理ではないがこんな状態で大丈夫なのだろうか。私はもしもの際に直ぐに警察に連絡をする役だが、こいつと松野はもしかしたら柴大寿とやり合うかもしれないのに、と小言を漏らす。けれど花垣の瞳は私を映すことなくここではないどこか遠くを見ていた。
「ヒナと、別れたんだ。」
凪いだ声音に目を見開く。
そこからポツポツと話始めた内容は私にもよく刺さった。
「でも、どうしよう稀咲。大好きなんだ。」
そう言って泣き出した花垣に敵わないなぁと身体から力が抜けた。
ヒナの死ぬ姿を何度も見て、他人も助けようとして、私ならきっともう壊れてしまう。それなのに、こいつは…。
泣きじゃくる花垣から顔を空へ向けた。ハラハラと落ちてくる雪がメガネのレンズに当たる。花垣にあって途中で挫けた私に足りないもの。ヒナが惚れたその諦めの悪さが今は何よりも強く感じる。
半間の言葉はあながち間違いではなかったなと今からやる事の身勝手さを鼻で笑った。
ぐっと一度、目を固く閉じベンチから勢いよく立ち上がる。
ブッサイクな顔のまま何事かと私を見る花垣を見つめた。
「花垣は松野と一緒に先に行っていてくれ。」
「稀咲は?」
「私もケリをつけてくる。…それと花垣、」
ゆるりと振り返った肩越しに花垣はまだ間抜け面をしていた。それにふっと微笑む。
「お前にヒナが必要なように、ヒナにもお前しかいないよ。」