女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】
着信音と共に表示された憎たらしい名前に眉間のシワが寄る。こんな非常識な時間になんなんだとケータイを手に取った。
花垣の中身が戻っていきはや数日。風の噂で場地圭介の後釜として東卍の隊長になったと聞いたが、この時代の花垣とはさして仲良くない私は変わらずクラスメイトとして接してきた。だから今こんな時間に電話をするほど親しいわけではないのに、煩わしく鳴り続ける着信音は嫌な予感を走らせる。…出たくない。メールではなく電話してきているということは重要な事なのだろう。でも奴のことだからくだらない事かもしれない。
散々悩んでそれでも鳴り止まないケータイに、もしこれで課題のことなら明日殴ろうと心に決め通話ボタンを押した。
「こんな時間になんだ。」
「稀咲どうしよう。俺、反社になっててヒナを殺した。」
「待て、なんで悪化してるんだ。」
時刻は11時を少し過ぎた頃。
これから夜は段々と深くなっていくのに、私の眠気は花垣の話で増してく頭痛のせいでどこかへ吹き飛んだ。
「………悪いが、しばらく考える時間をくれ。」
そうほんの少し早口で言った稀咲は俺の言葉も聞かずに通話を切った。それに無理もないと思いながら現代での出来事を思い出す。
凶悪な犯罪組織として姿を変えた東卍の幹部に俺はなっていた。見知った人達と傍には千冬にいつものメンバー、そしてそんな皆が頭を下げる稀咲に現代の俺は嵌められた。
俺と千冬を椅子に括り付け殴ったり蹴ったりしてくる稀咲はあの頃いちいち真新しい怪我に目くじら立ててた稀咲とはかけ離れていた。何が何だか分からなくて、でも撃たれた脚が痛いのは現実で、泣き叫ぶしかない俺に千冬はボロボロの顔を緩めて笑った。
『東卍を頼むぞ、相棒。…稀咲、オレはそれでもお前をダチだと思ってる。』
その言葉を最後に千冬は殺された。
その後、一虎君と半間に助けられた俺は自分の腐り具合に唇を噛み締めながら一虎君と共に東卍を取り戻す決意をした。
これからの事を話すため乗り込んだ車で、用があると一時的に降りた一虎君を半間と2人で待つ。てっきり半間は稀咲と一緒にいるものだと思っていたが、まさか千冬や一虎君と一緒に東卍のために動いていたとは予想もつかなかった。記憶では東卍とそこまで深い繋がりはなかった気がするが本当にどうなっているのかと考えていると、窓を見つめていた半間が口を開いた。
『稀咲、どうだった。』
『え、』
『なんか言ってたかっつってんの。』
後ろに座る俺からは助手席の半間の顔は見えない。わけも分からず稀咲の言葉を必死に思い出す。
『確か、ピエロになれば戻ってきてくれるって…。』
『……やっぱだりぃこと考えてんな、稀咲は。』
『あの、稀咲と何かあったの。』
結局稀咲は半間との関係をはぐらかし続けたため俺には2人になんの繋がりがあるのか分からない。けどお互いがお互いを大切にしているのは何となく察していた。
『…お前とヒナちゃんが別れてから稀咲はお前らに時間を割くようになった。オレはガキみてぇに嫉妬して、喧嘩して、あいつを独りにしちまった。不安定になり始めてたのを知ってたのに。』
『半間…。』
『ばはっ、んな声出すなよきめぇ。稀咲はオレに任せてお前らは東卍をどうにかしろよ〜。』
そう軽い口調で笑った半間は、しかし俺が捕まった直後、稀咲を殺し自殺した。
「稀咲…。」
もうなんの反応もないケータイを握りしめる。嵌められたと知った時、正直稀咲を死ぬほど憎んだ。友達になれたと思っていたから失望も大きかった。でも同時に千冬のダチという言葉に場地君を助けた時の記憶が流れ出した。
無意識に止めていた息を吐き出す。
「自分の気持ちも伝え方も、分かんなかっただけなんだろうな…。」
未来の稀咲の涙は確かに半間のために流されていた。
稀咲は半間が好きだったんだ。
ソファに座り考え込む。何も映らない真っ暗な画面のテレビに反射した私の顔は険しかった。
あの夜からずっと見たこともない未来の映像が私の想像で動き出し脳内を暴れ回っていた。また私は道を踏み外したらしい。しかも場地圭介とヒナを花垣に殺させ、止めようとしてくれた松野を殺めた。しかも私を殺させるなんて酷な事を半間にさせてその上自殺まで…。
何にも変わってない、それどころか未来の知識があったのにわざと自分から悪に染った。あまりのクズさと不甲斐なさに自分が生きていていいのかも分からなくなった。
じわりと涙が浮かんでくる。泣きたいのはきっと私じゃない。私は泣く資格なんてない。それでも止まらなくて取り出したヒナとのお揃いのストラップを握り締めた。
神童ともてはやされた頭は解決策なんて出してやくれなかった。
あまり良くない傾向に考え込むようになり、日に日に憔悴する私の元へ松野が訪れたのはそれから暫くしてからだった。
「…悪いが帰ってくれないか。今は誰とも会いたくないんだ。」
インターフォン越しに促しても松野は玄関からいなくならなかったので仕方なく扉を開け言った。自分でも驚くほど掠れて覇気がなかった声だがこの距離なら届いただろうと、松野の反応を見ることなく扉を閉めようとした。
「タケミっちから全部聞いた。未来の事も、お前の事も。」
ひゅっと心臓が縮こまる。
目の前の男が得体の知れないものに思えてドアノブを握る手に汗が湧き出た。
「相棒も自分を責めてる。今のお前と同じように。」
「それで?心配で様子を見に来たとでも?はっ、自分を殺した相手によくやる。」
「…オレは正直まだお前のことをよく知らない。でもダチだと思ってる。ダチが困ってんなら助けたいと思うのは当たり前だろ。」
オレはお前を信じたい。
そう言った松野に胸が押し潰されそうになる。私はお前達みたいにはなれないのだと、背を向け帰って行く特攻服に再度思い知らされた。
「マジで大丈夫かよ。」
半間が私の顔を覗き込む。最近は私のことを心配しているのか毎回来た時に大丈夫かと聞いてくるようになった。それにその都度生返事を返すだけだったも今日はふと、半間に触れたいと思った。琥珀色の瞳を見つめながら、するりと半間の頬に手を添える。
「ひゃは♡どーした?珍しいじゃん。」
私の手に自分の手を添えた半間が嬉しそうに力を込めた。掌から伝わる柔らかさと温かさに鼻の奥がツンとする。
「気にするな。」
「…ん。それで安心するならいくらでもいーよ。」
ゆるりと目を閉じた半間に、これが無くなる未来を想像して涙が止まらなかった夜を思い出した。長内に拉致された時お前は条件を素直に受け必死に私を守ってくれたなと、親指の腹で半間の目元を撫でる。
お前が守ってくれたように今度は私が守りたい。半間が私のために死ぬのを阻止するためなら私は、と未だ猫のように私の手に擦り寄る半間に少し微笑んでみせた。
空はもうすっかり暗く、ここから見える街の明かりが際立つ。何となく景色を眺めながら吐く息は白く色づいていた。それが冬が訪れたことを示し雪が降るのも時間の問題かと、特攻服を着たまま鼻先を赤くしている花垣と松野に向き直る。
「稀咲…。」
花垣が私を見て顔を歪める。やつれた今の姿か未来の私を思い出してか知らないが、泣きそうになっている奴に苦笑が漏れた。こんな泣き虫が地獄のような未来を見て、それを変えるために立ち上がっているのに私が燻っていられない。
「…ここまで自分を追い詰めたのはヒナへの気持ちを自覚して以来だ。」
花垣も松野の黙ったままだ。真っ暗な空を見上げていると雪が降りてくるのが見えた。
「テストも模試も常に一番。少し考えて計算すれば近い未来くらいなら予知も出来る。でも花垣、お前が言う未来は全く予想出来ない。だから力を貸せ。最悪を潰すためにお前の知識を寄越せ。」
そう言っていつものように眉間に皺を寄せると、バカでいけ好かない、それでも私が尊敬したヒーローは泣きながら笑った。
花垣の中身が戻っていきはや数日。風の噂で場地圭介の後釜として東卍の隊長になったと聞いたが、この時代の花垣とはさして仲良くない私は変わらずクラスメイトとして接してきた。だから今こんな時間に電話をするほど親しいわけではないのに、煩わしく鳴り続ける着信音は嫌な予感を走らせる。…出たくない。メールではなく電話してきているということは重要な事なのだろう。でも奴のことだからくだらない事かもしれない。
散々悩んでそれでも鳴り止まないケータイに、もしこれで課題のことなら明日殴ろうと心に決め通話ボタンを押した。
「こんな時間になんだ。」
「稀咲どうしよう。俺、反社になっててヒナを殺した。」
「待て、なんで悪化してるんだ。」
時刻は11時を少し過ぎた頃。
これから夜は段々と深くなっていくのに、私の眠気は花垣の話で増してく頭痛のせいでどこかへ吹き飛んだ。
「………悪いが、しばらく考える時間をくれ。」
そうほんの少し早口で言った稀咲は俺の言葉も聞かずに通話を切った。それに無理もないと思いながら現代での出来事を思い出す。
凶悪な犯罪組織として姿を変えた東卍の幹部に俺はなっていた。見知った人達と傍には千冬にいつものメンバー、そしてそんな皆が頭を下げる稀咲に現代の俺は嵌められた。
俺と千冬を椅子に括り付け殴ったり蹴ったりしてくる稀咲はあの頃いちいち真新しい怪我に目くじら立ててた稀咲とはかけ離れていた。何が何だか分からなくて、でも撃たれた脚が痛いのは現実で、泣き叫ぶしかない俺に千冬はボロボロの顔を緩めて笑った。
『東卍を頼むぞ、相棒。…稀咲、オレはそれでもお前をダチだと思ってる。』
その言葉を最後に千冬は殺された。
その後、一虎君と半間に助けられた俺は自分の腐り具合に唇を噛み締めながら一虎君と共に東卍を取り戻す決意をした。
これからの事を話すため乗り込んだ車で、用があると一時的に降りた一虎君を半間と2人で待つ。てっきり半間は稀咲と一緒にいるものだと思っていたが、まさか千冬や一虎君と一緒に東卍のために動いていたとは予想もつかなかった。記憶では東卍とそこまで深い繋がりはなかった気がするが本当にどうなっているのかと考えていると、窓を見つめていた半間が口を開いた。
『稀咲、どうだった。』
『え、』
『なんか言ってたかっつってんの。』
後ろに座る俺からは助手席の半間の顔は見えない。わけも分からず稀咲の言葉を必死に思い出す。
『確か、ピエロになれば戻ってきてくれるって…。』
『……やっぱだりぃこと考えてんな、稀咲は。』
『あの、稀咲と何かあったの。』
結局稀咲は半間との関係をはぐらかし続けたため俺には2人になんの繋がりがあるのか分からない。けどお互いがお互いを大切にしているのは何となく察していた。
『…お前とヒナちゃんが別れてから稀咲はお前らに時間を割くようになった。オレはガキみてぇに嫉妬して、喧嘩して、あいつを独りにしちまった。不安定になり始めてたのを知ってたのに。』
『半間…。』
『ばはっ、んな声出すなよきめぇ。稀咲はオレに任せてお前らは東卍をどうにかしろよ〜。』
そう軽い口調で笑った半間は、しかし俺が捕まった直後、稀咲を殺し自殺した。
「稀咲…。」
もうなんの反応もないケータイを握りしめる。嵌められたと知った時、正直稀咲を死ぬほど憎んだ。友達になれたと思っていたから失望も大きかった。でも同時に千冬のダチという言葉に場地君を助けた時の記憶が流れ出した。
無意識に止めていた息を吐き出す。
「自分の気持ちも伝え方も、分かんなかっただけなんだろうな…。」
未来の稀咲の涙は確かに半間のために流されていた。
稀咲は半間が好きだったんだ。
ソファに座り考え込む。何も映らない真っ暗な画面のテレビに反射した私の顔は険しかった。
あの夜からずっと見たこともない未来の映像が私の想像で動き出し脳内を暴れ回っていた。また私は道を踏み外したらしい。しかも場地圭介とヒナを花垣に殺させ、止めようとしてくれた松野を殺めた。しかも私を殺させるなんて酷な事を半間にさせてその上自殺まで…。
何にも変わってない、それどころか未来の知識があったのにわざと自分から悪に染った。あまりのクズさと不甲斐なさに自分が生きていていいのかも分からなくなった。
じわりと涙が浮かんでくる。泣きたいのはきっと私じゃない。私は泣く資格なんてない。それでも止まらなくて取り出したヒナとのお揃いのストラップを握り締めた。
神童ともてはやされた頭は解決策なんて出してやくれなかった。
あまり良くない傾向に考え込むようになり、日に日に憔悴する私の元へ松野が訪れたのはそれから暫くしてからだった。
「…悪いが帰ってくれないか。今は誰とも会いたくないんだ。」
インターフォン越しに促しても松野は玄関からいなくならなかったので仕方なく扉を開け言った。自分でも驚くほど掠れて覇気がなかった声だがこの距離なら届いただろうと、松野の反応を見ることなく扉を閉めようとした。
「タケミっちから全部聞いた。未来の事も、お前の事も。」
ひゅっと心臓が縮こまる。
目の前の男が得体の知れないものに思えてドアノブを握る手に汗が湧き出た。
「相棒も自分を責めてる。今のお前と同じように。」
「それで?心配で様子を見に来たとでも?はっ、自分を殺した相手によくやる。」
「…オレは正直まだお前のことをよく知らない。でもダチだと思ってる。ダチが困ってんなら助けたいと思うのは当たり前だろ。」
オレはお前を信じたい。
そう言った松野に胸が押し潰されそうになる。私はお前達みたいにはなれないのだと、背を向け帰って行く特攻服に再度思い知らされた。
「マジで大丈夫かよ。」
半間が私の顔を覗き込む。最近は私のことを心配しているのか毎回来た時に大丈夫かと聞いてくるようになった。それにその都度生返事を返すだけだったも今日はふと、半間に触れたいと思った。琥珀色の瞳を見つめながら、するりと半間の頬に手を添える。
「ひゃは♡どーした?珍しいじゃん。」
私の手に自分の手を添えた半間が嬉しそうに力を込めた。掌から伝わる柔らかさと温かさに鼻の奥がツンとする。
「気にするな。」
「…ん。それで安心するならいくらでもいーよ。」
ゆるりと目を閉じた半間に、これが無くなる未来を想像して涙が止まらなかった夜を思い出した。長内に拉致された時お前は条件を素直に受け必死に私を守ってくれたなと、親指の腹で半間の目元を撫でる。
お前が守ってくれたように今度は私が守りたい。半間が私のために死ぬのを阻止するためなら私は、と未だ猫のように私の手に擦り寄る半間に少し微笑んでみせた。
空はもうすっかり暗く、ここから見える街の明かりが際立つ。何となく景色を眺めながら吐く息は白く色づいていた。それが冬が訪れたことを示し雪が降るのも時間の問題かと、特攻服を着たまま鼻先を赤くしている花垣と松野に向き直る。
「稀咲…。」
花垣が私を見て顔を歪める。やつれた今の姿か未来の私を思い出してか知らないが、泣きそうになっている奴に苦笑が漏れた。こんな泣き虫が地獄のような未来を見て、それを変えるために立ち上がっているのに私が燻っていられない。
「…ここまで自分を追い詰めたのはヒナへの気持ちを自覚して以来だ。」
花垣も松野の黙ったままだ。真っ暗な空を見上げていると雪が降りてくるのが見えた。
「テストも模試も常に一番。少し考えて計算すれば近い未来くらいなら予知も出来る。でも花垣、お前が言う未来は全く予想出来ない。だから力を貸せ。最悪を潰すためにお前の知識を寄越せ。」
そう言っていつものように眉間に皺を寄せると、バカでいけ好かない、それでも私が尊敬したヒーローは泣きながら笑った。