女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】

後に血のハロウィンと呼ばれる芭流覇羅と東京卍會の抗争は多くの血を流したも死者を出すことなく芭流覇羅の敗北で幕を引いた。

それから暫くして諸々が落ち着いた頃、久方ぶりに半間が家に来た。
相変わらず我が物顔でリビングで寛ぐ半間に呆れながら隣りに腰掛ける。芸人の大袈裟なリアクションで華やぐワイドショーを垂れ流しながら口を開いた。

「これでよかったのか。」
「あ?」
「芭流覇羅、解散するんだろ?」

東卍に負けた芭流覇羅はその日のうちに解散が決まった。晴れて半間も自由をまた手に入れたわけだが、何となく今回の事はこいつを裏切ったような気がしてずっといたたまれなかった。
無言になる半間に不安からチラリと顔を上げる。感情の読めない琥珀色の瞳が静かに私を見下ろしていた。何か言えよと声をかけようとして、いきなり私の両頬をまだ傷が治りきっていない半間の指が摘む。

「ひゃにふる。」
「ばはっ♡稀咲のほっぺた柔らけ〜。噛んでいい?」
「ひひわけはるか!」

伸ばしたり引っ張ったりする半間の手を引き剥がそうとするも効果はなく散々遊ばれ、開放された時は頬に少し違和感が残った。痛くはないがまだ摘まれている気がする。何をするだと半間を見ると奴は肩を竦めた。

「いーんだよ、チームとかずっとたるかったし。それより他に言う事ねぇ?」

自分の手で頬を揉んでいる私にそう半間は言ってきた。決して責めているわけではない声音にうっ、と口をまごつかせる。暫く視線をさ迷わせてから、言うなら今しかないと覚悟を決めて半間を見つめた。

「…この前は、ごめん。助けてくれてありがとう。」

ずっとつっかえていたものが取れていく。素直になれない私が悪いのだが、半間に流れを作られたのと気にしているからとわざと謝罪もさせてくれた事に少し恥ずかしくて最後は小さくなってしまったも、ちゃんと半間の耳には届いたのだろう。ん、と返事が返ってきてふわりと抱き締められた。すっぽりと覆われた身体の緊張が解けていく。私が腕を回すことはないが、それでもタバコ混じりの半間の匂いは私を落ち着かせる。

「なぁ明日ボウリング行かね?稀咲した事ないだろ。」
「いや、悪いが明日は先約がある。」
「先約?」
「場地圭介の勉強を見てくれって頼まれッグェ。」

突如として強くなった腕の力に潰れた蛙のような声が出た。苦しい。やめろと言うも弱まることない腕に拗ね方が子供のそれともろ一緒で少し笑ってしまったのは内緒だ。




ハロウィンを過ぎ風が肌を刺すようになってきた今日この頃。図書館の隅の一角で私は場地圭介の書いている手紙に横から訂正を入れていた。

「だから虎はそう書かないって、…あぁほら、真剣の真の真ん中は田じゃなくて目だぞ。」
「だぁぁぁ!うるせぇ!!」

五月蝿いのはお前だろ、ここ図書館だぞ。そう思って睨むと場地は慌てて口を閉じる。トレードマークの長髪を縛り分厚い瓶底メガネをかけた姿はパッとみ優等生だが、やはり元来の気性の荒さは隠せないらしい。先程から何回もこのやり取りを続けている。
このままでは日が暮れても終わらないなとため息をついた。

結局刺された場地圭介は松野が説得した甲斐もあり自決を選ぶことなく助かった。しかし、母親が泣いてもう辞めてくれと縋ったらしく東卍にはもう所属していない。まぁ抜けただけで未だにチームのメンバーとは交流しており、捕まった羽宮一虎とも手紙のやり取りは続けているらしい。そのため手紙は松野が日頃見ていたらしいがたまたま時間が取れず、何故か私が面倒を見ることになった。松野は最後まで迷惑をかけるなよと言ってきたが、正直迷惑を蒙ってるのは私だ。なんなんだこの男は。
義務教育なのに留年したとは聞いていたが、流石にバカすぎないか。漢字は百歩譲ろう、けど口語と文語の区別は出来ておけよ。ら抜きはダメなんだよ。
はぁと隠しもしないで再度ため息をつくと、教えて貰っている立場も忘れたのか場地圭介が大きく舌打ちをした。舐めた態度だな。

「そんなに嫌なら何で私から教わると聞いた時断らなかったんだ。お前私のこと苦手だろう。」
「…知ってたのかよ。」

逆にあれだけのことを言って好かれてるなんて思わないだろう。バツが悪そうにする場地がお前こそ何でかと問うてきた。

「別に。私以外に教える奴がいないなんて言われたら断れないだろう。それに広い世の中、合う人間も合わない人間もいる。人間として当たり前の感情だ。別段どうこう思う必要はない。」
「平気なのかよ。」
「わざと敵になった男の言葉とは思えないな。…私は万人に好かれたいわけじゃないからな。」

そう答えた私に場地圭介が目をぱちくりと見開く。そしてそのままニヤリと口元を歪め鋭い八重歯を覗かせながら声を少し弾ませた。

「オレ、オマエはもっとインケンな奴だと思ってた。なんだよ、案外さっぱりしてるな。」
「松野と言いお前と言い…。それ本人の前で普通言うか?というかそもそもそう言うことは陰険を漢字で書けてから言え。」
「は?舐めんな、余裕だわ!!」

どうだ!と自信満々にこちらに見せつける紙を受け取る。
場地圭介、これはインケンじゃない、インゲンだ。









突きつけられた銃口越しに花垣は息を飲む。

『またピエロになればアイツは戻ってきてくれる。だから、さよならだヒーロー。』

そう言って一筋の涙を流す稀咲の瞳は迷子の子供のようだった。
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