女体化稀咲の仕合わせな一生 【完】
私は稀咲。名前は省くがしがない小学生だ。特技は勉強などの頭を使うことで模試では常に1位をキープしていた。やったらやった分だけ結果に繋がるので大半の時間を勉強に費やしていたし、それに比例して友達はいなかったが苦ではなかった。
そんな私には好きな子がいる。
橘日向。
家が近所で取っ付き難い態度の私にも分け隔てなく話しかけてくれる明るくて可愛い子。ピンクのほっぺちゃんが好きで筆箱にキーホルダーとしてつけている私と似ても似つかない女の子。
私とてこんな気持ち初めてだし、同性を好きになることがどれほどのリスクか分からない歳でもない。世間の一般常識から考えて私ははみ出し者の親不孝者だ。
けれど、ふとした瞬間気になったり、笑顔を見てときめいたり、名前を呼ばれただけで心臓が跳ねたりしている内にいつしか言い訳も尽きてしまった。
決して陽の目を見ることの出来ない気持ちだが想うだけなら罪にはならないだろう。
それでも迷惑をかけたくなくて隣で楽しそうに話すヒナを見つめながら、そっと心に蓋をした。
が、だからと言ってあんな男がしゃしゃってきても良いって訳じゃない。
塾の帰りにヒナの誘いを断り1人で歳のそう変わらない黒いランドセルを追う。キョロキョロとまるでヒーローのパトロールのように歩く花垣武道をじっと見定め、歯を食いしばった。
先日公園で小動物を虐待していた不良に遭遇した。正義感の強いヒナは勿論助けに入り私も加勢したが、相手は歳上の男。逆にバカにされ殴られそうにもなった。必死に背に庇ったヒナの瞳に涙が溜まるのが見え自分は好きな子すら守れないのかと悔やんでいると威勢のいい声と共に彼が私達とその野郎共の間に割って入ってきた。
どこにでもある風呂敷をマントの代わりに靡かせ、ヒーローのごとく現れた彼はかっこよく登場した割にはボコボコにやられていた。結果として私達に怪我はなかったが、助けに入って負けたのが恥ずかしいのか、彼は説教じみたことを言った後こちらの心配を無視して走って行ってしまった。いや、礼くらい受け取れよと心の中で舌打ちをしたがヒナはそんな彼の後ろ姿をぽっと眺めており、何となく嫌な予感がした。
やはりというか翌日から彼ー花垣武道の話をばかりし始めてしまった。
ヒナを不良から救ってくれたことは感謝しよう。負けてダサかったがヒナが惚れたのだからまぁかっこよさはあったのではないだろうか、知らんが。
だがヒナを任せられるかと言われれば断固として否定する。
野蛮だし弱いしデリカシーもスマートさの欠片もない。そのくせ夢は日本一の不良??ヒーローと何が関係あるんだ。
そんな危ない奴にヒナは絶対に渡せないと今日も花垣の粗を探すため跡をつける。そしてヒナの目を覚ましてやるのだと息巻いていた私は背後に迫る影に気づかなかった。
「久しぶり〜。俺らのこと覚えてるか?」
「あの時逃げたネコの代わりさせに来たぜ〜。」
「………。」
「あれぇ、この前の威勢はどうしたのかなぁ?まさかビビって声も出ないとか??」
最悪だ。この前の野郎共に捕まってしまった。口を塞がれ公園へと連れていかれた私は公衆トイレの壁に追い込まれていた。大通りからちょうど死角になるこの位置は真横が林のせいもあり薄暗くジメジメとしている。そんな場所に好き好んで来る者などおらずニヤニヤと下品な顔で見下ろしてくる奴らにランドセルの肩紐を握る手が冷や汗を吹いた。絶対絶命かよと心の中で舌を打つ。馬鹿共め、この前の学校への連絡で懲りてないのか。いや懲りてないからこんな事を続けているのだろう。せめてもの抵抗に睨みつけてやった。
「あ?なに睨んでんだよ。」
「ブスがいきがんじゃねぇよ。やっちまえ!」
自分でやらんのかいとは流石に空気を読んで言わなかったが小動物への虐待といいほんと小物感漂う野郎共である。まぁそんな小物の標的は今や私なのだから笑えないが。
拳が迫る中、今度は絶対に法的措置を取って社会的におわらせてやると誓い、痛みに耐えるべく目を固く瞑った。
「ばはっ♡みっけたー。」
耳に届いた軽薄な声に眉の皺が緩まる。
鈍い音と共に強い風が鼻先を掠っていった。驚いて目を開くと痛みに悶えのたうち回っている野郎1の姿が見えた。
のっそりとした動きで目の前の"罰"とかかれた手が引かれていく。その手を追うと見るからに輩な背の高い男がこちらを見下ろしていた。
「し、死神!歌舞伎町の死神!!」
「なんで半間修二がここに?!」
「あぁ?そんなの自分で考えろよだりぃなぁ。」
さっきの威勢は何処へやら。そっちがネコではないのかと思うほど縮こまった野郎共をサンドバッグよろしく殴る男に唖然とする。何だこれは。神童と呼ばれた自分だが理解するにはあまりにも目の前で起こっている事が非日常過ぎる。
逃げることも叫ぶことも出来ずただボーッ突っ立っているだけの私に、気が済んだのか男ー半間修二と言ったかーは今気づいたかのように顔を上げた。
「何、お前もこいつらの仲間?…って言うよりはパシリっぽいな。陰険そー。いじめられっ子か?ネクラちゃん。」
「誰がネクラちゃんだ。」
ムッとして思わず言い返してしまった。はっとして口を抑えるも半間修二は特に気にした様子もなくなんなら、何故ここにいるのかと問うてきた。言いなりになるのは癪だがこの場で圧倒的強者に逆らう事も出来ず、何が琴線に触れたのか知らないが渋々口を開く。
「好きな人…。」
「あ?」
「の、好きな人の粗を探してたら捕まった。」
「うっわ、クズい上に雑っ魚。」
ゲラゲラと下品な声を出して笑う半間修二にイラッときたが、てか何でそんな状況になんだよ、と言う言葉に思わずポロっと同性を好きになってしまったと喋った。そしたら堰を切ったように言葉が溢れ出し、誰にも話せなかった気持ちの迷いや同性であることの悩みが次々と湧き上がってきた。
「私自身おかしいと思ったんです。」
「へー。」
「女の子を好きになるなんて間違ってる。絶対違うって認められませんでした。」
「ほー。」
「でも好きな気持ちは止まらなくって。」
「あー、しくった。クソだりぃわコイツ。」
半間修二は詰まらなさそうに欠伸していたが思った以上に溜まっていたのか、私は初めて話せる相手に言葉を止めることが出来なかった。どんどん突っ走りヒナがいかに可愛くて好きで愛おしいかを語っていた時、ふと半間修二を含めた野郎共の言葉を思い出した。
ブス、ネクラ、陰険そー。
「…私ってブスですか。」
「あ?あー、ブスっつーか、なんかモサい?」
不意打ちに気の抜けた返事が聞こえたかと思うと、また新しい悪口が投げられた。
ガンと頭を鉄パイプで殴られたかのような衝撃が走る。正直周りの目など気にした事はない。けどもし、いや優しいヒナがそんなこと言うわけないが、仮に思っていたとしたら…。
無理だ、耐えられない。
「…る。」
「あ?」
「か"わ"い"く"な"る"っ"!!」
「ばはっ♡声きったな。」
立ち上がった私に半間修二は何が面白かったのかまたゲラゲラと笑い出した。それにイラッときた私は今まで留めていた心の中の舌打ち全てを込めたようなデカい舌打ちをかましたが、奴はもうイジメられんなよーと言って周りに転がった野郎共を蹴飛ばしながら去っていった。結局なんだったんだと遠くなる背中に首を傾げた。
余談だが、その後ちゃんと野郎共には法的措置を取った。
さて、先日の体験からはや数日。ああは言ったものの可愛いくなるにはどうすればいいのか。自室で広げた買ったばかりの雑誌を見るも、多種多様な可愛さで溢れてはいたが何となく違う気がして眉を寄せた。
モテかわ、あどけない、守ってあげたい、あざとい、ウサギ、モコモコ、セクシーetc…
モデルの子達の横に書かれた謳い文句をうーんと鏡と睨めっこしながら読み進める。
どれもピンとこない。
私が欲しいのはもっとこう、甘すぎない可愛さであってここに書かれた言葉のような、不特定多数にばら撒く可愛さではない。
何かいいのはないかと読み進めているうちにとあるページが目に入る。
黒のリキッドタイプで跳ねた目元は大人っぽく、それでいて猫のように茶目っ気たっぷりに。
これだ、と思った。
今までの庇護欲駆り立てる女の子達にはない自立した"女性"のかっこよさ。
花垣と私は同じ土俵では戦えない。やっぱりカッコイイは男の専売特許だし、女の子は一時だとしても悪い男に惹かれるものだ。でも最後には結局安定を求めて公務員と結婚する。女の子が本能で求める包容力と余裕のある大人な安らぎをくれる人、そこを私は狙うことにした。
"ツンと澄ました顔をしてその実頼りになるお姉さん"作戦は功を奏してヒナとより親密になるきっかけになったし、同級生や塾の子らまで話しかけてくるようになった。
だが前にも述べた通り私は有象無象に良く思われるより、ただ1人に好く想われたい。
『なんか最近大人っぽくて、ドキドキする…。』
だから久しぶりに一緒になった帰り道でヒナにそんな事を言われたら、もう、もう!!
「私の方が毎日好きすぎてドキドキしてるわ!」
「ここ店。」
「うぐっ!」
罰と大きく書かれた手に摘まれたポテトが口へと押し込まれる。無理矢理だが吐き出す訳にもいかず頑張って咀嚼し飲み込むとジャンクフードのしょっぱさが舌にザラりと残った。
2回目の半間修二との遭遇はそんな今まで陰口を叩いていたクラスメイト達が囃し立てるのを振り切り、独りになるため降りた駅でだった。
私はすぐに気づいたが相手は分からなかったのかあっと声を出した私の顔をまじまじと見たあと、驚きで目を見開いていた。お前の半開きの目ってそれが限界じゃなかったんだなと思っていると、そういや前助けてやったお礼まだったよなと言われ、抵抗も虚しくあれよあれよと近くのファーストフード店へと連行された。あの後素性を調べて粗方どうな奴か知ってはいたが、やり方がもろ輩のそれだった。
「可愛すぎて心臓を鉄パイプで殴打されてるのかってくらい毎日ドキドキしてる。」
「それドキドキじゃなくて、ドクリドクリじゃね?」
「血が流れてるなら同じだろ。」
「循環と流血は別モンなんだよ。」
喧しい奴だ。些細な事をいちいち気にする男はモテないぞと言ってやると鼻を摘まれた。やめろ、その指塩ついてんだろうが。お前が最近どうかと聞いてきたんだろうが。しかしその言葉はこれ以上面倒になるのでちゃんと飲み込んだ。神童舐めるな。
「てかマジで誰か分かんなかった。数週間しか経ってないのに変わりすぎじゃね?」
感心したように言う半間修二にふん、と鼻を鳴らす。
自身の勉強好きが学業以外で役に立つ日が来ようとは、いやはや恋とは素晴らしい。
自分の顔の大きさや長さ、パーツの配置を数値化し世間の言う可愛い子と照らし合わせながら化粧や髪型を研究していく。若い故の肌の張りをわざわざ殺す必要はないので化粧水等のケアや予防はするが肌は極力触らず、ワンポイントメイクに磨きをかけた。リップは色より艶を重視。特にアイラインは強くなり過ぎない程度にしっかり引き、元々目付きはあまり良くないので淡い色の丸眼鏡を着用し優しい印象になるよう調節した。キスしたくなる唇の謳い文句は柄にもなく信じたが、吸い込まれそうな瞳は無理だった。コンタクトはまだ早い。
髪型も目にかかる前髪は眉の下で切り、櫛を通した髪は鎖骨まで伸ばした。シャンプーもリンスも髪質にあったものを厳選し乾かし方も調べた。猫っ毛なため大きなアレンジは出来なかったがその代わり指通りの良い絹のような髪になった。
そんな風に意識して毎日の5教科の勉強にオシャレの研究を加えた私の変化は物凄かった。
自分でも驚く程に変わったのだから周りはもっと驚いたのだろう。現に話したことない隣町から来ている塾の子にまで何のシャンプーを使っているのか聞かれた。シャンプーは
確かに重要だが、一番は乾かし方であると知らないようだった。教えてはない。
世間ではエロかっこいいなんて言葉が流行っているが、エロなどいらん。だって私が振り向かせたいのは女の子なんだから、男ウケなど気にすることはない。
「なぁそのヒナちゃん?なんかやめてオレにしない?」
だから半間(フルネームで呼んだら嫌がられた)のその言葉の真意は今ひとつ理解出来なかった。首を傾げるかわりにオニューのグロスを塗った口をキュッと結ぶ。
「女を殴りながらヤリ捨てそうな奴はゴメンだ。」
「ひっでぇ偏見。」
何が面白いのか変わらず下品な大声で笑う半間に白い目を向ける。ここ店。その言葉そっくりそのまま返すわ。
結局奢らされて連絡先も強制的に交換させられ、バイクで送ってくれたのはいいが途中のコンビニでタバコを買わされた。私は未成年だぞ、絶対連絡来ても返してやらん。
そんな私には好きな子がいる。
橘日向。
家が近所で取っ付き難い態度の私にも分け隔てなく話しかけてくれる明るくて可愛い子。ピンクのほっぺちゃんが好きで筆箱にキーホルダーとしてつけている私と似ても似つかない女の子。
私とてこんな気持ち初めてだし、同性を好きになることがどれほどのリスクか分からない歳でもない。世間の一般常識から考えて私ははみ出し者の親不孝者だ。
けれど、ふとした瞬間気になったり、笑顔を見てときめいたり、名前を呼ばれただけで心臓が跳ねたりしている内にいつしか言い訳も尽きてしまった。
決して陽の目を見ることの出来ない気持ちだが想うだけなら罪にはならないだろう。
それでも迷惑をかけたくなくて隣で楽しそうに話すヒナを見つめながら、そっと心に蓋をした。
が、だからと言ってあんな男がしゃしゃってきても良いって訳じゃない。
塾の帰りにヒナの誘いを断り1人で歳のそう変わらない黒いランドセルを追う。キョロキョロとまるでヒーローのパトロールのように歩く花垣武道をじっと見定め、歯を食いしばった。
先日公園で小動物を虐待していた不良に遭遇した。正義感の強いヒナは勿論助けに入り私も加勢したが、相手は歳上の男。逆にバカにされ殴られそうにもなった。必死に背に庇ったヒナの瞳に涙が溜まるのが見え自分は好きな子すら守れないのかと悔やんでいると威勢のいい声と共に彼が私達とその野郎共の間に割って入ってきた。
どこにでもある風呂敷をマントの代わりに靡かせ、ヒーローのごとく現れた彼はかっこよく登場した割にはボコボコにやられていた。結果として私達に怪我はなかったが、助けに入って負けたのが恥ずかしいのか、彼は説教じみたことを言った後こちらの心配を無視して走って行ってしまった。いや、礼くらい受け取れよと心の中で舌打ちをしたがヒナはそんな彼の後ろ姿をぽっと眺めており、何となく嫌な予感がした。
やはりというか翌日から彼ー花垣武道の話をばかりし始めてしまった。
ヒナを不良から救ってくれたことは感謝しよう。負けてダサかったがヒナが惚れたのだからまぁかっこよさはあったのではないだろうか、知らんが。
だがヒナを任せられるかと言われれば断固として否定する。
野蛮だし弱いしデリカシーもスマートさの欠片もない。そのくせ夢は日本一の不良??ヒーローと何が関係あるんだ。
そんな危ない奴にヒナは絶対に渡せないと今日も花垣の粗を探すため跡をつける。そしてヒナの目を覚ましてやるのだと息巻いていた私は背後に迫る影に気づかなかった。
「久しぶり〜。俺らのこと覚えてるか?」
「あの時逃げたネコの代わりさせに来たぜ〜。」
「………。」
「あれぇ、この前の威勢はどうしたのかなぁ?まさかビビって声も出ないとか??」
最悪だ。この前の野郎共に捕まってしまった。口を塞がれ公園へと連れていかれた私は公衆トイレの壁に追い込まれていた。大通りからちょうど死角になるこの位置は真横が林のせいもあり薄暗くジメジメとしている。そんな場所に好き好んで来る者などおらずニヤニヤと下品な顔で見下ろしてくる奴らにランドセルの肩紐を握る手が冷や汗を吹いた。絶対絶命かよと心の中で舌を打つ。馬鹿共め、この前の学校への連絡で懲りてないのか。いや懲りてないからこんな事を続けているのだろう。せめてもの抵抗に睨みつけてやった。
「あ?なに睨んでんだよ。」
「ブスがいきがんじゃねぇよ。やっちまえ!」
自分でやらんのかいとは流石に空気を読んで言わなかったが小動物への虐待といいほんと小物感漂う野郎共である。まぁそんな小物の標的は今や私なのだから笑えないが。
拳が迫る中、今度は絶対に法的措置を取って社会的におわらせてやると誓い、痛みに耐えるべく目を固く瞑った。
「ばはっ♡みっけたー。」
耳に届いた軽薄な声に眉の皺が緩まる。
鈍い音と共に強い風が鼻先を掠っていった。驚いて目を開くと痛みに悶えのたうち回っている野郎1の姿が見えた。
のっそりとした動きで目の前の"罰"とかかれた手が引かれていく。その手を追うと見るからに輩な背の高い男がこちらを見下ろしていた。
「し、死神!歌舞伎町の死神!!」
「なんで半間修二がここに?!」
「あぁ?そんなの自分で考えろよだりぃなぁ。」
さっきの威勢は何処へやら。そっちがネコではないのかと思うほど縮こまった野郎共をサンドバッグよろしく殴る男に唖然とする。何だこれは。神童と呼ばれた自分だが理解するにはあまりにも目の前で起こっている事が非日常過ぎる。
逃げることも叫ぶことも出来ずただボーッ突っ立っているだけの私に、気が済んだのか男ー半間修二と言ったかーは今気づいたかのように顔を上げた。
「何、お前もこいつらの仲間?…って言うよりはパシリっぽいな。陰険そー。いじめられっ子か?ネクラちゃん。」
「誰がネクラちゃんだ。」
ムッとして思わず言い返してしまった。はっとして口を抑えるも半間修二は特に気にした様子もなくなんなら、何故ここにいるのかと問うてきた。言いなりになるのは癪だがこの場で圧倒的強者に逆らう事も出来ず、何が琴線に触れたのか知らないが渋々口を開く。
「好きな人…。」
「あ?」
「の、好きな人の粗を探してたら捕まった。」
「うっわ、クズい上に雑っ魚。」
ゲラゲラと下品な声を出して笑う半間修二にイラッときたが、てか何でそんな状況になんだよ、と言う言葉に思わずポロっと同性を好きになってしまったと喋った。そしたら堰を切ったように言葉が溢れ出し、誰にも話せなかった気持ちの迷いや同性であることの悩みが次々と湧き上がってきた。
「私自身おかしいと思ったんです。」
「へー。」
「女の子を好きになるなんて間違ってる。絶対違うって認められませんでした。」
「ほー。」
「でも好きな気持ちは止まらなくって。」
「あー、しくった。クソだりぃわコイツ。」
半間修二は詰まらなさそうに欠伸していたが思った以上に溜まっていたのか、私は初めて話せる相手に言葉を止めることが出来なかった。どんどん突っ走りヒナがいかに可愛くて好きで愛おしいかを語っていた時、ふと半間修二を含めた野郎共の言葉を思い出した。
ブス、ネクラ、陰険そー。
「…私ってブスですか。」
「あ?あー、ブスっつーか、なんかモサい?」
不意打ちに気の抜けた返事が聞こえたかと思うと、また新しい悪口が投げられた。
ガンと頭を鉄パイプで殴られたかのような衝撃が走る。正直周りの目など気にした事はない。けどもし、いや優しいヒナがそんなこと言うわけないが、仮に思っていたとしたら…。
無理だ、耐えられない。
「…る。」
「あ?」
「か"わ"い"く"な"る"っ"!!」
「ばはっ♡声きったな。」
立ち上がった私に半間修二は何が面白かったのかまたゲラゲラと笑い出した。それにイラッときた私は今まで留めていた心の中の舌打ち全てを込めたようなデカい舌打ちをかましたが、奴はもうイジメられんなよーと言って周りに転がった野郎共を蹴飛ばしながら去っていった。結局なんだったんだと遠くなる背中に首を傾げた。
余談だが、その後ちゃんと野郎共には法的措置を取った。
さて、先日の体験からはや数日。ああは言ったものの可愛いくなるにはどうすればいいのか。自室で広げた買ったばかりの雑誌を見るも、多種多様な可愛さで溢れてはいたが何となく違う気がして眉を寄せた。
モテかわ、あどけない、守ってあげたい、あざとい、ウサギ、モコモコ、セクシーetc…
モデルの子達の横に書かれた謳い文句をうーんと鏡と睨めっこしながら読み進める。
どれもピンとこない。
私が欲しいのはもっとこう、甘すぎない可愛さであってここに書かれた言葉のような、不特定多数にばら撒く可愛さではない。
何かいいのはないかと読み進めているうちにとあるページが目に入る。
黒のリキッドタイプで跳ねた目元は大人っぽく、それでいて猫のように茶目っ気たっぷりに。
これだ、と思った。
今までの庇護欲駆り立てる女の子達にはない自立した"女性"のかっこよさ。
花垣と私は同じ土俵では戦えない。やっぱりカッコイイは男の専売特許だし、女の子は一時だとしても悪い男に惹かれるものだ。でも最後には結局安定を求めて公務員と結婚する。女の子が本能で求める包容力と余裕のある大人な安らぎをくれる人、そこを私は狙うことにした。
"ツンと澄ました顔をしてその実頼りになるお姉さん"作戦は功を奏してヒナとより親密になるきっかけになったし、同級生や塾の子らまで話しかけてくるようになった。
だが前にも述べた通り私は有象無象に良く思われるより、ただ1人に好く想われたい。
『なんか最近大人っぽくて、ドキドキする…。』
だから久しぶりに一緒になった帰り道でヒナにそんな事を言われたら、もう、もう!!
「私の方が毎日好きすぎてドキドキしてるわ!」
「ここ店。」
「うぐっ!」
罰と大きく書かれた手に摘まれたポテトが口へと押し込まれる。無理矢理だが吐き出す訳にもいかず頑張って咀嚼し飲み込むとジャンクフードのしょっぱさが舌にザラりと残った。
2回目の半間修二との遭遇はそんな今まで陰口を叩いていたクラスメイト達が囃し立てるのを振り切り、独りになるため降りた駅でだった。
私はすぐに気づいたが相手は分からなかったのかあっと声を出した私の顔をまじまじと見たあと、驚きで目を見開いていた。お前の半開きの目ってそれが限界じゃなかったんだなと思っていると、そういや前助けてやったお礼まだったよなと言われ、抵抗も虚しくあれよあれよと近くのファーストフード店へと連行された。あの後素性を調べて粗方どうな奴か知ってはいたが、やり方がもろ輩のそれだった。
「可愛すぎて心臓を鉄パイプで殴打されてるのかってくらい毎日ドキドキしてる。」
「それドキドキじゃなくて、ドクリドクリじゃね?」
「血が流れてるなら同じだろ。」
「循環と流血は別モンなんだよ。」
喧しい奴だ。些細な事をいちいち気にする男はモテないぞと言ってやると鼻を摘まれた。やめろ、その指塩ついてんだろうが。お前が最近どうかと聞いてきたんだろうが。しかしその言葉はこれ以上面倒になるのでちゃんと飲み込んだ。神童舐めるな。
「てかマジで誰か分かんなかった。数週間しか経ってないのに変わりすぎじゃね?」
感心したように言う半間修二にふん、と鼻を鳴らす。
自身の勉強好きが学業以外で役に立つ日が来ようとは、いやはや恋とは素晴らしい。
自分の顔の大きさや長さ、パーツの配置を数値化し世間の言う可愛い子と照らし合わせながら化粧や髪型を研究していく。若い故の肌の張りをわざわざ殺す必要はないので化粧水等のケアや予防はするが肌は極力触らず、ワンポイントメイクに磨きをかけた。リップは色より艶を重視。特にアイラインは強くなり過ぎない程度にしっかり引き、元々目付きはあまり良くないので淡い色の丸眼鏡を着用し優しい印象になるよう調節した。キスしたくなる唇の謳い文句は柄にもなく信じたが、吸い込まれそうな瞳は無理だった。コンタクトはまだ早い。
髪型も目にかかる前髪は眉の下で切り、櫛を通した髪は鎖骨まで伸ばした。シャンプーもリンスも髪質にあったものを厳選し乾かし方も調べた。猫っ毛なため大きなアレンジは出来なかったがその代わり指通りの良い絹のような髪になった。
そんな風に意識して毎日の5教科の勉強にオシャレの研究を加えた私の変化は物凄かった。
自分でも驚く程に変わったのだから周りはもっと驚いたのだろう。現に話したことない隣町から来ている塾の子にまで何のシャンプーを使っているのか聞かれた。シャンプーは
確かに重要だが、一番は乾かし方であると知らないようだった。教えてはない。
世間ではエロかっこいいなんて言葉が流行っているが、エロなどいらん。だって私が振り向かせたいのは女の子なんだから、男ウケなど気にすることはない。
「なぁそのヒナちゃん?なんかやめてオレにしない?」
だから半間(フルネームで呼んだら嫌がられた)のその言葉の真意は今ひとつ理解出来なかった。首を傾げるかわりにオニューのグロスを塗った口をキュッと結ぶ。
「女を殴りながらヤリ捨てそうな奴はゴメンだ。」
「ひっでぇ偏見。」
何が面白いのか変わらず下品な大声で笑う半間に白い目を向ける。ここ店。その言葉そっくりそのまま返すわ。
結局奢らされて連絡先も強制的に交換させられ、バイクで送ってくれたのはいいが途中のコンビニでタバコを買わされた。私は未成年だぞ、絶対連絡来ても返してやらん。
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