帰りたい監督生と帰したくないNRC生 twst夢
デュース・スペードには異世界から来た友人がいる。
ここナイトレイブンカレッジに諸事情で入学した紅一点の監督生は、魔法が使えないゆえに自分より幾つか上だが同じ1年生として生活をしていた。
「監督生はなんで帰りたいんだ。」
白衣にゴーグルをつけた生徒達がひしめく。がやがやとやかましい錬金術の実験室でデュースとバディを組んだ監督生は最後の工程である鍋を混ぜる段階まで進み、ショッキングピンクの液体とライトグリーンのスライムが溶け合うのをかき混ぜるデュースと眺めていた。
「帰りたいことに理由っているのかな。」
「普通はいらないが、監督生はなんか違くないか。家族いないんだろう。」
「いないよ。」
「ならここにいればよくないか。」
そんな簡単な話ではないのだが、デュースはわざとそう言った。デュースは勘のいい男ではない。しかも直接的に何かを言われたわけでも聞いたわけでもないし、故郷を語る監督生の横顔が寂しそうなのも知っている。
けれど監督生の言葉には度々引っかかりがあった。過去の仲間と似た匂いを感じたこともあった。それを気にしてしまえばもう見て見ぬふりは出来なかった。
友人の顔を曇らせる世界に何故帰さねばならないのだろうか。
「無理だよ。やらなきゃいけない事がある。」
あの強く芯のある瞳は髪に隠れて見えない。
沸騰した釜の液体から目を逸らすことなくデュースは中身をかき混ぜ続ける。
誤魔化しもないのかと言いかけて、止めた。
ラギーは監督生とレオナはどことなく似ていると思っている。
顔も似てないし、耳も生えてない。ましてや性別も違うし性格だって似通ったところを探す方が難しいくらいだ。
けれどラギーは何となく、監督生とレオナに近いものを感じた。
「いやー、助かったッス。手伝ってもらっちゃって。」
「いえいえ。これくらいお易い御用ですよ。」
最後のシャツを干し終えたラギーと監督生はそのまま芝生に腰掛け揺れる大小様々な洗濯物を仰ぎ見た。白いシーツが風に揺れるたび、隙間から覗く太陽が目に痛い。思ったより早くに乾きそうだなとラギーはこの快晴に感謝した。
「晴れて良かったですね。」
「ほんとッスよ。ただでさえ相方が休んだのに、これで曇りだったら最悪ッス。」
「洗濯当番は取り込むまでが仕事でしたっけ。」
「そうそう。魔法でやれば1人でも大丈夫なんスけど、砂汚れとか汗染みは一度手洗いした方が綺麗になるんスよ。長持ちにもなるし。」
「マジフトの練習ハードそうですもんね。」
そのまま会話は途切れたが監督生は座り続けているのできっと取り込むのも手伝ってくれるのだろう。ラギーはお礼の話をするもグリムの補習が長引いて待っているのも暇だからと言われ断られたので遠慮なくお礼はしないことにした。
無償の奉仕などなんの得にもならないのに良くやるなと思う。自身の寮の長なら手伝うこともしない、万に一つでも手伝えば必ず倍のものを要求する。全くもって正反対なのにどこが似ていると感じたのか、ラギーは未だ自分のことなのに分からないでいた。
「なんでッスかね〜。」
「何がですか?」
思わず漏れてしまった言葉は都合良く流されず、きっちりと監督生の耳が拾った。
ラギーは監督生にどう返したものかと軽く悩みながら、まとまっていないながらの言葉を紡いでいく。
「なんて言うか、その…、レオナさんと監督生クンって似てる気がするんスよ。」
「キングスカラーさんと?」
「どこがとかは説明出来ないんスけど、何となくそんな感じがして。」
「私、動いてないと落ち着かない質なんですけどね。」
「そうっスよね〜。レオナさんみたいなリーダーシップとかでもない気がするんスけど…。監督生クンは元いた世界で何かしてなかったスか?部活の部長とか。」
「そうですね…。」
そう言って遠くを仰ぎ見る監督生にラギーはあっ、と気づいた。
鈍く光る影のかかった眼差し。
それは、紛れもないレオナの目だった。
「生徒会長をしていた時があります。」
兄王からの個人宛の手紙を読む時の、チェカ王子の純新無垢な言葉を受けた時の、ラギー達サバナクロー生が期待を向けた時の、
「友人が副会長だったんですけど、」
酷く綯い交ぜになった、
「人望は友人の方があった気がします。」
誰かを想う澱んだ目だった。
スカラビア寮の寮長であるカリム・アルアジームは監督生に帰って欲しくないと思っている。
一緒にいて楽しいし、友達だし、何よりカリムが一番大切に思っている従者兼友人のジャミル・バイパーが監督生を甚く気に入っていた。本人は頑なに認めないが、今まで迷惑をかけた分、カリムはジャミルの願いを叶えてやりたかったのだ。
「宝石も、ドレスも、食べ物も。地位も名誉も戸籍だって用意出来る。なぁ監督生、熱砂に来ないか?」
スカラビア寮内の豪華絢爛な部屋に通された監督生はカリムからの誘いに首を振ることはなかった。
目がくらむようなアジーム家の宝石も、舌がとろけてしまいそうなほど美味な料理も、大人が我を忘れて縋るくらい価値ある名前も、全てに監督生は首を振った。
カリムは途方に暮れてしまう。商売の基本は下に見られないことと相手の要望をなるべく安く聞くことだと教わったが、監督生の欲しい物は友人のエース・トラッポラやデュース・スペードでさえ知らなかった。いや、1つ確かに分かっているのだが、それは叶えられないし叶える技術も今のカリムには持ち合わせていなかった。だから自分の持てる中で監督生がおよそ手に入らない、アジームの中で価値の優劣がつくものを選んだが、事はそう上手く運ばなかった。
「うーん、なら監督生は何が欲しいんだ?」
ジャミルならばもっと良い案が出るのだろうが、生憎カリムはジャミルのように頭の回転が速くない。きっと帰る方法とでも言われるのだろうが、それでもお手上げ状態の今、カリムにはその言葉しか出てこなかった。
ふなふなと鳴くグリムを膝に乗せ、しかし監督生は諦めたように浅く笑うだけで何も望みはしなかった。
「アジームさん、そもそもの話、この世界には何もないんです。だから欲しい物もないんですよ。」
全てあちらにありますから。
そう言って話し終えたとばかりに微笑む監督生に、しかしカリムは、ただただ困り果てたままだった。
異界の客人はかく語りき
「絞首台に登るその時を思って息をするのが余生でした。」
対面に座るディア・クロウリーは座り心地の悪い木製の椅子がギシリと鳴るのを耳の奥で聞いた。
蜘蛛の巣と壊れた家具で彩られたこの建物に人が住むのは何年ぶりだろうか。
クラシカルなんて小洒落たものではない古びた壁や床にはホコリが溜まり素の色を塗り替え木製の家具は腐敗しボロボロとその姿を崩している。
そんな中でどうにか人が使っても大丈夫な物を見つけ、彼らは話を始めた。
「人を殺したんです。一番仲の良かった、友人を。」
綿がとび出たソファに異界の客人である彼女こと監督生は浅く腰掛けていた。破れ、ほつれ、ネジすら見えるソファは監督生1人の体重でも容易に深く沈むためだ。そのせいか罪の告白なのに監督生の背はぴんと伸び凛々しさすら感じる。しかしその声は泣きたくなるくらい優しく、誰かを想う気持ちが吹き込まれていた。
「知っていますよ。見ましたから。」
伏せられていた目が細まるのを仮面越しにクロウリーは見つめる。
申し訳ないとは思ったが、自身の学園に得体の知れないものを入れる訳にはいかないのでほんの少し監督生の脳から記憶を見た。だからクロウリーは知っている。
笑えない、本当に笑えない、喜劇王も素足で逃げ出す醜悪さを。
泣けない子供の罪と、誰にも縋れない劣悪さと、優しさの失せた世界を。
「魔法って便利ですね。」
「万能ではありませんがね。」
「難しいものですね。……なら、私が殺した理由もお分かりなんですね。」
「ええ。
………ねぇ、監督生君、帰える必要、あります?」
まさかあのクロウリーがそう言うとは思わなかったのだろう。監督生は憂いた顔をほんの少し驚かせた後、浅く微笑むとその潤んだように光る瞳をクロウリーの視線と絡める。
「ええ、勿論。この世界は私を裁けませんから。」
色変え魔法の練習場として借りたハーツラビュルの庭で薔薇の木を次から次へと正規ではない色に変える1人と1匹がやんややんやと楽しげな言い合いをしている。
その光景を少し離れた位置から眺めていた監督生は元気よく駆け回る姿に抉るような罪悪感に苛まれた。
帰る方法を探すために在籍を許されてはいるも健全な青少年の教育にはあまりにも監督生は不適切な存在だ。自身の過去を大っぴらに言うつもりはないが、それでも監督生は日々の生活の中で確かに息苦しさを感じていた。
「まーたなんか変な事考えてんな。」
はた、と監督生は声のした方へと顔を向けた。
「エース。」
ハートマークのフェイスペイントの彼、エース・トラッポラはいつものニヒルな笑みではなく呆れたように息を吐き監督生の隣へと腰を降ろした。
フラミンゴの世話が終わったばかりなのだろう、所々に鳥の羽をつけたピンクのシャツをそのままにエースは変わらぬ調子で続けた。
「監督生が言う通りこの世界には監督生のモノは何もないんだから罪人じゃねぇよ。」
「ええそうね。やった事実もないものね。」
エースは監督生の過去を知る数少ない人物の1人だ。初対面の頃に自分と距離を置いて欲しかった監督生はエースに自身の素性を明かしている。しかし、何故かその事実を知ってもなおエースは変わらず監督生の傍にいる。
「だから帰りたいの。」
彼が、いや学園の者が自分を憎からずと思ってくれているのは知っている。しかし監督生はそれを受け入れるつもりはない。酷い言い方をするようだが、有り難迷惑なのだ。
遠くの方で大きな火花が散る。デュースの放った魔法が薔薇を紫色に変えたのを、グリムが揶揄っていた。なんてことのない普通の日常、監督生が監督生でない時に過ごした遠いむかし。
「貴方がトラッポラで良かった。」
「ま、俺は監督生の味方だから。」
エースの軽い口調に監督生は苦笑した。そしてまた騒がしく飛び回る相棒と友人を見つめ、目を細めた。
監督生は帰りたい。
帰って、監督生が生きた証が、犯した過ちが、償う相手がいた事実が刻まれた世界で、然るべき裁きの縄で首を括るのだ。
それが監督生がこの世界で唯一与えられた、生きる理由なのだ。
ここナイトレイブンカレッジに諸事情で入学した紅一点の監督生は、魔法が使えないゆえに自分より幾つか上だが同じ1年生として生活をしていた。
「監督生はなんで帰りたいんだ。」
白衣にゴーグルをつけた生徒達がひしめく。がやがやとやかましい錬金術の実験室でデュースとバディを組んだ監督生は最後の工程である鍋を混ぜる段階まで進み、ショッキングピンクの液体とライトグリーンのスライムが溶け合うのをかき混ぜるデュースと眺めていた。
「帰りたいことに理由っているのかな。」
「普通はいらないが、監督生はなんか違くないか。家族いないんだろう。」
「いないよ。」
「ならここにいればよくないか。」
そんな簡単な話ではないのだが、デュースはわざとそう言った。デュースは勘のいい男ではない。しかも直接的に何かを言われたわけでも聞いたわけでもないし、故郷を語る監督生の横顔が寂しそうなのも知っている。
けれど監督生の言葉には度々引っかかりがあった。過去の仲間と似た匂いを感じたこともあった。それを気にしてしまえばもう見て見ぬふりは出来なかった。
友人の顔を曇らせる世界に何故帰さねばならないのだろうか。
「無理だよ。やらなきゃいけない事がある。」
あの強く芯のある瞳は髪に隠れて見えない。
沸騰した釜の液体から目を逸らすことなくデュースは中身をかき混ぜ続ける。
誤魔化しもないのかと言いかけて、止めた。
ラギーは監督生とレオナはどことなく似ていると思っている。
顔も似てないし、耳も生えてない。ましてや性別も違うし性格だって似通ったところを探す方が難しいくらいだ。
けれどラギーは何となく、監督生とレオナに近いものを感じた。
「いやー、助かったッス。手伝ってもらっちゃって。」
「いえいえ。これくらいお易い御用ですよ。」
最後のシャツを干し終えたラギーと監督生はそのまま芝生に腰掛け揺れる大小様々な洗濯物を仰ぎ見た。白いシーツが風に揺れるたび、隙間から覗く太陽が目に痛い。思ったより早くに乾きそうだなとラギーはこの快晴に感謝した。
「晴れて良かったですね。」
「ほんとッスよ。ただでさえ相方が休んだのに、これで曇りだったら最悪ッス。」
「洗濯当番は取り込むまでが仕事でしたっけ。」
「そうそう。魔法でやれば1人でも大丈夫なんスけど、砂汚れとか汗染みは一度手洗いした方が綺麗になるんスよ。長持ちにもなるし。」
「マジフトの練習ハードそうですもんね。」
そのまま会話は途切れたが監督生は座り続けているのできっと取り込むのも手伝ってくれるのだろう。ラギーはお礼の話をするもグリムの補習が長引いて待っているのも暇だからと言われ断られたので遠慮なくお礼はしないことにした。
無償の奉仕などなんの得にもならないのに良くやるなと思う。自身の寮の長なら手伝うこともしない、万に一つでも手伝えば必ず倍のものを要求する。全くもって正反対なのにどこが似ていると感じたのか、ラギーは未だ自分のことなのに分からないでいた。
「なんでッスかね〜。」
「何がですか?」
思わず漏れてしまった言葉は都合良く流されず、きっちりと監督生の耳が拾った。
ラギーは監督生にどう返したものかと軽く悩みながら、まとまっていないながらの言葉を紡いでいく。
「なんて言うか、その…、レオナさんと監督生クンって似てる気がするんスよ。」
「キングスカラーさんと?」
「どこがとかは説明出来ないんスけど、何となくそんな感じがして。」
「私、動いてないと落ち着かない質なんですけどね。」
「そうっスよね〜。レオナさんみたいなリーダーシップとかでもない気がするんスけど…。監督生クンは元いた世界で何かしてなかったスか?部活の部長とか。」
「そうですね…。」
そう言って遠くを仰ぎ見る監督生にラギーはあっ、と気づいた。
鈍く光る影のかかった眼差し。
それは、紛れもないレオナの目だった。
「生徒会長をしていた時があります。」
兄王からの個人宛の手紙を読む時の、チェカ王子の純新無垢な言葉を受けた時の、ラギー達サバナクロー生が期待を向けた時の、
「友人が副会長だったんですけど、」
酷く綯い交ぜになった、
「人望は友人の方があった気がします。」
誰かを想う澱んだ目だった。
スカラビア寮の寮長であるカリム・アルアジームは監督生に帰って欲しくないと思っている。
一緒にいて楽しいし、友達だし、何よりカリムが一番大切に思っている従者兼友人のジャミル・バイパーが監督生を甚く気に入っていた。本人は頑なに認めないが、今まで迷惑をかけた分、カリムはジャミルの願いを叶えてやりたかったのだ。
「宝石も、ドレスも、食べ物も。地位も名誉も戸籍だって用意出来る。なぁ監督生、熱砂に来ないか?」
スカラビア寮内の豪華絢爛な部屋に通された監督生はカリムからの誘いに首を振ることはなかった。
目がくらむようなアジーム家の宝石も、舌がとろけてしまいそうなほど美味な料理も、大人が我を忘れて縋るくらい価値ある名前も、全てに監督生は首を振った。
カリムは途方に暮れてしまう。商売の基本は下に見られないことと相手の要望をなるべく安く聞くことだと教わったが、監督生の欲しい物は友人のエース・トラッポラやデュース・スペードでさえ知らなかった。いや、1つ確かに分かっているのだが、それは叶えられないし叶える技術も今のカリムには持ち合わせていなかった。だから自分の持てる中で監督生がおよそ手に入らない、アジームの中で価値の優劣がつくものを選んだが、事はそう上手く運ばなかった。
「うーん、なら監督生は何が欲しいんだ?」
ジャミルならばもっと良い案が出るのだろうが、生憎カリムはジャミルのように頭の回転が速くない。きっと帰る方法とでも言われるのだろうが、それでもお手上げ状態の今、カリムにはその言葉しか出てこなかった。
ふなふなと鳴くグリムを膝に乗せ、しかし監督生は諦めたように浅く笑うだけで何も望みはしなかった。
「アジームさん、そもそもの話、この世界には何もないんです。だから欲しい物もないんですよ。」
全てあちらにありますから。
そう言って話し終えたとばかりに微笑む監督生に、しかしカリムは、ただただ困り果てたままだった。
異界の客人はかく語りき
「絞首台に登るその時を思って息をするのが余生でした。」
対面に座るディア・クロウリーは座り心地の悪い木製の椅子がギシリと鳴るのを耳の奥で聞いた。
蜘蛛の巣と壊れた家具で彩られたこの建物に人が住むのは何年ぶりだろうか。
クラシカルなんて小洒落たものではない古びた壁や床にはホコリが溜まり素の色を塗り替え木製の家具は腐敗しボロボロとその姿を崩している。
そんな中でどうにか人が使っても大丈夫な物を見つけ、彼らは話を始めた。
「人を殺したんです。一番仲の良かった、友人を。」
綿がとび出たソファに異界の客人である彼女こと監督生は浅く腰掛けていた。破れ、ほつれ、ネジすら見えるソファは監督生1人の体重でも容易に深く沈むためだ。そのせいか罪の告白なのに監督生の背はぴんと伸び凛々しさすら感じる。しかしその声は泣きたくなるくらい優しく、誰かを想う気持ちが吹き込まれていた。
「知っていますよ。見ましたから。」
伏せられていた目が細まるのを仮面越しにクロウリーは見つめる。
申し訳ないとは思ったが、自身の学園に得体の知れないものを入れる訳にはいかないのでほんの少し監督生の脳から記憶を見た。だからクロウリーは知っている。
笑えない、本当に笑えない、喜劇王も素足で逃げ出す醜悪さを。
泣けない子供の罪と、誰にも縋れない劣悪さと、優しさの失せた世界を。
「魔法って便利ですね。」
「万能ではありませんがね。」
「難しいものですね。……なら、私が殺した理由もお分かりなんですね。」
「ええ。
………ねぇ、監督生君、帰える必要、あります?」
まさかあのクロウリーがそう言うとは思わなかったのだろう。監督生は憂いた顔をほんの少し驚かせた後、浅く微笑むとその潤んだように光る瞳をクロウリーの視線と絡める。
「ええ、勿論。この世界は私を裁けませんから。」
色変え魔法の練習場として借りたハーツラビュルの庭で薔薇の木を次から次へと正規ではない色に変える1人と1匹がやんややんやと楽しげな言い合いをしている。
その光景を少し離れた位置から眺めていた監督生は元気よく駆け回る姿に抉るような罪悪感に苛まれた。
帰る方法を探すために在籍を許されてはいるも健全な青少年の教育にはあまりにも監督生は不適切な存在だ。自身の過去を大っぴらに言うつもりはないが、それでも監督生は日々の生活の中で確かに息苦しさを感じていた。
「まーたなんか変な事考えてんな。」
はた、と監督生は声のした方へと顔を向けた。
「エース。」
ハートマークのフェイスペイントの彼、エース・トラッポラはいつものニヒルな笑みではなく呆れたように息を吐き監督生の隣へと腰を降ろした。
フラミンゴの世話が終わったばかりなのだろう、所々に鳥の羽をつけたピンクのシャツをそのままにエースは変わらぬ調子で続けた。
「監督生が言う通りこの世界には監督生のモノは何もないんだから罪人じゃねぇよ。」
「ええそうね。やった事実もないものね。」
エースは監督生の過去を知る数少ない人物の1人だ。初対面の頃に自分と距離を置いて欲しかった監督生はエースに自身の素性を明かしている。しかし、何故かその事実を知ってもなおエースは変わらず監督生の傍にいる。
「だから帰りたいの。」
彼が、いや学園の者が自分を憎からずと思ってくれているのは知っている。しかし監督生はそれを受け入れるつもりはない。酷い言い方をするようだが、有り難迷惑なのだ。
遠くの方で大きな火花が散る。デュースの放った魔法が薔薇を紫色に変えたのを、グリムが揶揄っていた。なんてことのない普通の日常、監督生が監督生でない時に過ごした遠いむかし。
「貴方がトラッポラで良かった。」
「ま、俺は監督生の味方だから。」
エースの軽い口調に監督生は苦笑した。そしてまた騒がしく飛び回る相棒と友人を見つめ、目を細めた。
監督生は帰りたい。
帰って、監督生が生きた証が、犯した過ちが、償う相手がいた事実が刻まれた世界で、然るべき裁きの縄で首を括るのだ。
それが監督生がこの世界で唯一与えられた、生きる理由なのだ。
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