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「───緋鞠、何度も言うけど、外で個性は絶対に使っては駄目。貴方ただでさえ目立つんだから、外では気をつけなさい」
「わかってるよ、お母さん。──行ってきます」
「ええ、行ってらっしゃい。燈矢くんも気をつけてね」
「はい」
母親に見送られ、緋鞠と燈矢は家を出発した。そうして、二人は並んで歩きながら地元の小学校に向かう。
こっちの世界に来て、緋鞠に発現した個性は、父親と母親の複合型のもので、攻防双方に長けた非常に珍しい強個性だった。
この世界には、 緋鞠にとっては本やアニメの中だけの存在であったヒーローや敵が実在する。
強い個性を持っていれば、それに目をつける敵も多くいるのだ。
強個性とは言っても、彼女はまだ9歳である。個性を使っても、相手が複数人であれば力負けする可能性も少なくはなかった。
実際に小さい頃から狙われてきた緋鞠の母は、そんな可能性を危惧して、緋鞠に外での個性の使用を堅く禁じている。
さらに彼女の個性は強すぎるがために、彼女の小さな体ではそれのコントロールすらまだままならない。
「(…そう簡単に、強くてニューゲームってわけにもいかないか)」
こういうのは、初めから力を持って無双するものだと、なんとなくそう思っていた緋鞠は、厳しすぎる現状にため息を吐いた。
それに比べて、と緋鞠は隣を歩く燈矢を見る。
彼の父親はNo.2ヒーローエンデヴァーだ。そんな父親に鍛えられている燈矢の個性もまた、非常に火力が高い。
まぁ、その後の展開によって燈矢の弱点も明らかになっていくのだけれど…
漫画では荒れていた彼の家は、現在はまだわりかし安定している。
燈矢にエンデヴァー…轟炎司の視線が向いているうちはまぁ平和なのだが、燈矢の弟である轟焦凍に個性が発言すると同時に、彼の家庭は徐々に崩れていく。
燈矢はヒーロー志望だ。
轟炎司もまた、彼がヒーローになることを望んでいる。
少なくとも二人のその意思が共通しているうちは、轟家の家庭内の関係は良好である。
この家には少々…いやかなり込み入った事情があるので一言では説明できないが、とにかく彼らの家の現在の環境を保ち続けないと、燈矢はいなくなってしまうのだ。
初めは原作を見る気満々だった緋鞠だが、一緒に過ごしていくうち、彼女の中で『ただのキャラクター』であったはずの『轟燈矢』は、『幼馴染』の『燈矢』へと変わっていった。
要は愛着が湧いてしまったのである。
本来なら敵堕ちしてしまう燈矢を、緋鞠は救いたいと願ってしまった。
そして、それならばと、もう原作で亡くなったり闇堕ちしてしまったりするキャラを全員救うことにしたのだ。
不安はもちろんあるけれど、でも、平和な世界を見てみたい。
燈矢を敵になる未来から救うことは、彼女の当面の目標であった。
…とは言っても、緋鞠自身、彼の考えていることはよくわからないのだが…
「…い…おい、緋鞠!」
「あっごめん燈矢、何?」
ずっと考え事をしていたせいで燈矢の呼びかけに気づかなかったらしい。緋鞠は慌てて返事をすると、燈矢の顔のある斜め上を見上げた。
「…なんか今日、ぼーっとしてるみたいだけど」
「え、そう?」
「…そうじゃねぇなら別にいい」
ボソッとそう呟く燈矢。なんだったのだろうと心の中で首を傾げていると、小学校が見えてきた。
「あっ、緋鞠じゃんおはよー!」
「おはよう」
駆け寄ってきた友達と挨拶を交わしていると、燈矢は歩くスピードを上げて先に行ってしまう。
───No.1ヒーローになるなら、友達なんて作ってる場合じゃない。
きっと彼は、本気でそう思っているのだろう。
全く…と、彼の消えていった方を見て緋鞠はため息をつく。
「ねえ、さっきの燈矢くんでしょ?めちゃくちゃかっこいいよね〜!!」
いいなぁ幼馴染って、という友人の言葉に「そうかな」と短く返した。
彼はモテる。まぁ、轟冷譲りのあの端正な顔立ちと、No.2ヒーローエンデヴァーの息子という肩書きがあれば当然と言ってもいいだろう。
全く愛想の無いあの性格も、周りに言わせれば「クールな感じでかっこいいよね!!」らしい。
正直、前世16年間の記憶のある緋鞠からしてみれば「可愛くないガキだな」程度にしか思えないが。
今度紹介してよ、と依然うるさい友人の言葉を適当に流すと、緋鞠は燈矢を追って教室に向かったのだった。