小話

◎アマービレ


深いグレーの帽子にネクタイ。
血と汗の香りは麻薬のように粘着質。
えぐいルーレットのでたらめベット。
夜色の髪が燃えてホールを包む。

あっという間に空腹だぜ。
こんなんじゃきっと、また、夜中の3時に目が覚めちまう。
ホラー映画なんて見ちゃいないのに、やんなるな。
まるでそう、目が冴えて、
宇宙から星空が消えるように。

磨いたばかりの革靴が踊る。
ワックスで輝く床の自分とふたり、
観客もないままオペラを歌う。
玉虫色の貴婦人と一億円のダイヤ。
なにひとつ顧みない、ステージのうえの愚直なディーバ。

指紋を残すな。グローブをはめろ。
プレスはアイロンでくっきり。
みてみな、リシャール・ミルの時計さ。
タクシーは要らない。ピアスはそれほど派手じゃない。
もうわかるだろ?誰が主役かってことくらい。

じゃあ、采配を振ろうか。
そう、今は静かにクチを閉じて、
視線も羨望も憎悪もぜんぶこの場に集めろ。
ボルドーの陰影が濃い、ビロードのひとりがけソファ。
上品につやめくひじ掛け、四ツ脚の軋む心地好い音。
俺だけを照らす、脳天を突き刺すようなライト。

劇的な場面転回をしよう。
誰の記憶にも残る、鮮烈な人間になろう。
きっと今が、
いやこれからもずっと、
この街は俺だけのもの。
献花は札束だけがいい。
硬貨は錆びるから嫌いだ。

そう、なにもかもすべてこの街に、俺に捧げな。
縋れ、媚びろ、憎め、羨め。
刺さるはずだったダーツの的を、
赤から黒へ、黒から赤へ。

愛しはしないが癖にはなるだろ?
キスより弾丸のほうが噛みごたえがある事に気づく前に、
誰もがそのちいさな生涯の幕を閉じる。
かわいそうに、俺の人生の終焉を
その目で見られないなんて!
同情するぜ、脇役のまま死に向かう
奴らのちっぽけな芝居に!

狙え、たったひとつのハートを。
奪え、鈍く光る隠されたキバを。
挫け、背に乗せられたその脚を。
暴け、闇に包まれた生の螺旋を。

邪魔者はいつの時代も台頭する。
愚かで賢い猫のように。
気づけば忍び寄る濃霧のように。


誰もが醒めない熱に抱かれ、
今夜もプリモ・ウォーモの夢を見た。





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