小話

◎トカゲキス


あの、先の見えないくらやみを抜ければ、きみにあえそうだ。

鼻を抜ける冷たい空気。くちから洩れる息は白く色づいて、「きみはまだ生きているんだよと」、ただただ酷薄に現実を感じさせた。

塀に囲まれた家、点滅する電柱、赤のまま変わらない信号機。それらに群がる虫達は不規則な動きで視界から生まれては消えていく。不気味な赤い月は、前に伸びるヒビだらけの丁字路にその身を埋めて「こちらへおいでよ」と手招きしている。

「連れてってくれよ」

俺は、ここにいるはずのない誰かに向けてつぶやいた。赤い月が、背に伸びる影を手の届かない場所まで溶かしていく。体が、命が、この魂すらも、現実の淀みに染み込んで絡まっていく。

逃れられない、捨てていけない。
あのくらやみを抜ければきみにあえるのに。
果たさなきゃ、叶えなきゃ。
ひとつずつ、現実に絡まった影をほどいて。

でもやっぱり夜は冷たくて孤独だから、恐怖に押し潰されないように、ほんのすこしだけでもきみに近づけるように。

俺は今夜も、よみちをあるく。





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