小話

▼ジミーチュウ/シャーロット
▼シャーロット視点


ヒトの寄り付かないボロボロのアパート。数年前に2階の角部屋で殺人事件があったせいか、ここは近所の人間から「幽霊アパート」と呼ばれ、密かな心霊スポットになっている。
そのうち「幽霊アパート」は都市伝説じみたディテールを纏い、インターネットの宇宙を流星のように駆け巡った。曖昧で現実味がないくせ、妙に頭に残り、不気味な気配を隠さないその都市伝説。

『好奇心だけで度胸試しにこの場所を訪れた若者達は、仲間のうちひとりをここで必ず失う。』

そしてそこから生き延びた者は、皆クチを揃えてこう言うのだ。


「あそこは幽霊アパートなんかじゃない」と。






君は助からない






「~~~!」

「しーっ、静かに」

どす黒いシミが散った壁に、ふたりぶんの影が延びている。控えめに部屋を照らすランタン。右手に握った小振りのバタフライナイフに僕の顔が映る。
僕は木製の椅子に座り、足元に横たわるひとりの青年へと声をかけた。青年はクチにガムテープを貼られ、腕と脚をヒモできつくくくられている。
かわいそうに。涙をおおきな目からぽろぽろこぼして、しきりにもがき唸っていた。

僕が連れ去ってきたのだ。じっくり時間をかけてタイミングを計り、声をあげる暇もないほど鮮やかな手際で。そして招待してあげた。亡者ひしめくこの愛しい我が家へと。

「~~~!~!」

「静かにって言ってるのに、こまったなぁ」

片手でグリップにブレードを何度も出し入れしながら、緩慢な動作で青年の顔を覗き込む。僕はフードをかぶっていたので、青年からは丁度影になってこちらの顔は見えない。まるで疲弊しきったボクサーのような体勢でじっと青年の顔を見れば、青年は怯えて、必死に僕から距離をとろうと芋虫みたいにうごめいた。

「ふふ…遊びたいの?鬼ごっこ?それとも隠れんぼかな?」

「…ーっ!!ーっ!」

「こらこら、そろそろ静かにしないと、ご近所さんに迷惑がかかるでしょう?しーっ」

僕は腰を上げ、青年の前にしゃがみこむ。手首のスナップを利かせ、遠心力でナイフを開く。チャッという硬質な音が響き、ブレードがグリップから飛び出た。そして、おびえきった青年を落ち着かせるよう、鋭い刃先を頬に宛がった。そうしてやれば、先程までうるさく喚いていた青年の動きはピタリと止まり、宛がわれた刃先へとその視線が一心に注がれる。

「静かにできる?」

青白くなめらかな頬へ刃が埋もれないよう、何度も顔が縦に動く。
脳裏に浮かぶのは、眼下に横臥(おうが)した青年の頬にこのナイフを突き刺せば、その白い頬が一体どうなるのかというイメージ。
よく研がれたこの物打ちなら、薄い皮膚を裂き頬筋(きょうきん)をえぐり、健康的な歯茎からすべての奥歯をむしり取る事だって容易だ。きっと青年は泣き叫ぶだろうと思う。ぽっかり開いた頬からつやつやしたピンク色の舌が見える。血が滝のように顎を伝い床を濡らす。まるで投棄された人体模型のように、乱雑に皮下を晒して、痛みから逃れるため無意味にもがく。最高だ。

僕は興奮を冷まそうと、一度唇を舐めた。
そして、自らの命のためだけにひとまず声をあげることをやめた青年のクチから、ガムテープを剥がした。乾ききった青年の唇は震えている。

「大丈夫、怖くないよ。君が約束を破らないいい子なら、誰も君を怒ったりしない」

「…………っ……」

「さぁ、落ち着いて。好きなことだけ考えるんだ。君はなにが好き?絵画?観劇?旅行?僕は君が知りたいんだよ。君に興味があるんだ」

「きっ……きょぅ………み、?」

上擦った声で青年がしゃべった。それが嬉しくて、つい頬が緩む。僕は青年と会話をするため、今一度椅子に浅く腰掛けた。足元に転がった黄色い髪の隙間から見える空色の瞳は鬼胎(きたい)ばかり湛え、背徳感を覚える。

「そう、興味。君、名前は?」

「ぁ…な、名前……、ジミー、です」

「フルネームは」

「ジッ…ジミー・チュウ……で、す」

「ジミー・チュウ、か。いい名前だね」

ベニヤ板が無秩序に打たれた窓の隙間から、月明かりが細く差し込んでいる。野良猫が喧嘩する声もどこからか聞こえてくる。
僕はゆったりと椅子にもたれかかった。劣化し腐りかけた背もたれが、からだを預ける度キシキシと鳴く。右手に握ったままのナイフを椅子にコツコツ当てて、心音に合わせてリズムを刻む。BPMは約65。いいね、リラックスしている。

「僕の名前も教えてあげるよ。僕はシャーロット・オリンピア。君と同じ、食人嗜好の持ち主さ」

ジミーの目が見開かれた。そのまるい眼球には、様々な感情が渦巻いているように見えた。体の震えが、痙攣に近くなる。

「ぼっ…僕を、たべ、食べる…の!?」

「早計だよ。言ったでしょ?僕は君に興味があるんだ、って」

「じゃあどうして…こんな……」

「君は、生きた人間を食べたことがあるかい?」

右手の動きを止めて、首を傾げる。僕は、頭にかぶっていたキャップごとフードを取った。ジミーは返事を寄越さない。まったく、これじゃまるで寂しい独り言だよ。応答が欲しくて、それを促すように、僕は再びグリップからブレードを出し、彼の眼球数ミリまで勢いよく切っ先を振り下ろした。ジミーはひりつく喉から、蚊の鳴くような叫び声をあげる。

「ひっ!」

「じゃあ、生きてなくてもいい。死んだ人間を食べたことは?調理していない、生の人間をクチにしたことはある?」

「っ……ないです!ない!!」

「へぇ、そうなんだ」

答えに満足して、再び椅子にもたれる。ジミーの顔は室内の暗さのせいもあるが、だいぶん真っ青だった。それでも会話は続く。

「面白いね。どうして君、あんなに"ヒトが食べたい"っていう目をしているのに、ヒトを食べないの?遠くからでもすぐに判ったよ。君が"こっち側"のヤツだって」

「だ、だって、そんなっ……そんな怖いことっ、ぐすっ…!悪いこと、っ…えぐ…」

「ふぅん……君は真面目な子なんだね。…でも君があの不思議な虹彩の男の人とやっているお店、普通じゃないよね。あれは君の言う"悪いこと"の部類にははいらないのかな?」

「それ、は…」

「…きっと、お友達に言われて仕方なくやってるんだって、どこかで思っているんだろうね。全部自分の意思じゃない、無理矢理、だから責任は僕にないってさあ」

「そんな…!」

「そうすれば屍肉の側には居られるもんね。匂いを嗅いで、からだに触れて、気を紛らわせることならできるもんね。…本当は食べる側になりたいくせに」

「…ち、違っ」

「ずいぶんいやらしい子だ。君って」

チャッ。ブレードがグリップから飛び出す。
あぁ、人間とはなんて愉快な生き物なんだろう。責任の所在ひとつで、あっという間に真人間から人非人(にんぴにん)に変わる。こんなに嗚咽している臆病な青年だって、一度責任から解放されれば路地裏一の人肉料理人だ。ずいぶん猟奇的な肩書きだね。

だから僕は彼に興味を持つ。
己の欲のためだけに人殺しをする僕らと同じように、彼からすべての抑圧を排除してあげたい。いままでセーヴされてきた青年の中の澱(おり)が、濁流と化してこの街に放たれたとしたなら!それらはきっと僕の単純な好奇心を存分に充たしてくれるだろうと思う。

この、血塗られた廃墟の飼育小屋にジミーを閉じ込め、少しずつ、時間をかけて育てるんだ。今の僕の内心は、その場の好奇心だけで捨て犬を拾い、空地のすみで飼ってみようというものとなんら差異がなかった。
ただ知りたい。与えたい。だからここまで連れてきた。さぁ、躾なきゃ。君の主人は誰なのか。君はこれからどうすべきなのか。

僕はジミーの顔面すれすれに自分の手の平を近づけた。そして、ブレードが飛び出たままのナイフの先端で、自らの人差し指を軽く切った。鋭利な刃物でつくった裂傷から、真っ赤な血液がじわりと浮き出てくる。それらはある程度の球体まで成長すると、重力に誘われるよう、指を伝って彼の唇に落ちた。

ぽた、ぽた、ぽた

青白い顔に真っ赤なルージュ。男のくせにやけに艶っぽいその化粧(けわい)は、開ききった瞳孔も合間って、より動物的に思える。
まるで肉食動物が獲物を狩る時の顔だ。

「いいよ。舐めてごらん」

優しく声をかける。小刻みに震えていた体はもう一切の挙動をやめ、脳みそは赤く濡れた唇にだけ全神経を集中させているようだった。止まらない血液を余さないよう、そっと指先でジミーの下唇を撫でる。

「血の味を知ることは罪じゃない。それが僕らの本能なんだから」

「本、能」

「人間は要らないものを捨てながら進化していくってよく聞くけど、こんな素晴らしい感情を捨ててしまった人間はかわいそうだよね。僕らはDNAに刻まれた通り生きているのに、捨てた側の人間が"それは罪だ"と僕らを責めるのは、ちょっとお門違いだと思わない?」

ジミーはそろそろ気がついただろうか。この、夜にまみれた狭い部屋にこもる、むせ返るような血のかおりに。ここは僕達のキッチンであり、ダイニングであり、うっかり迷い込んだ者にとっては処刑場になる。誰かの生を繋ぐため、誰かの死が産まれる、そんな場所。

「僕の祖先も君の祖先も、この街の外では今だって本能のまま生きているよ。ジミー、君のこころに今一度問うてごらん。君のこころは抑圧を嫌がっていないかい?正直に、欲望のまま生きたいと」

「……………」

「誰もとがめないよ。だって、そうあるべきものが、あるべき形に戻るだけなんだから」

ジミーが荒い呼吸の隙間を縫って、赤い舌を恐る恐る指に這わせた。瞬間、全身に電撃でも走ったようにジミーはビクビクと痙攣を起こし、意味不明な唸り声をあげながら髪を振り乱した。そしてピタリとその動きが止まると、なにかから逃げるよう、打ちっぱなしのコンクリートの床に幾度も額を擦り付けた。上がった息と上気した頬、うっとりと細められた目からいくつも涙が伝う。クチの端から垂れた唾液が血と混ざり、一見すれば吐血でもしているようにも見えた。

「ぁぁ…ぁう………ぅ…」

「ほら、だめだよこぼしちゃ。全部舐めて、もったいないでしょう?」

「ん…、んっ……ぁ」

餓えたホームレスが食べ物へと食らいつくように、首の据わらない赤ん坊が母親の乳房に吸い付くように、ジミーは無心で目の前の指に縋り付いていた。恥も外聞きもない。彼を覆っていた皮相は完全に剥がれ落ちた。今の彼はただの、血に餓えたケモノだ。

「美味しいね」

「は、はい…おいひぃ…れふ……」

「もっと食べたいよね」

「は、い…」

「でも君のお友達そろそろ心配しているかもしれないし、今日はもう解放してあげようか」

「え…?」

予想だにしなかったであろう僕の言葉に、ジミーは目を丸くした。でも、いいね。僕が望んだ通りの反応だ。
彼の顔には、解放される安堵や喜び、僕に対する疑いの感情のほか、確かに"まだ血の味を堪能していたい"という思いが隠し切れず浮かび上がっていた。この異質な空間から、正常と呼ばれる空間に戻ったとして、果して僕はこの甘露の味を忘れ生活していけるのだろうかという、漠然な不安。
でも僕は優しく笑う。そしてランタンに照らされたナイフの先を、ジミーの首筋に三度(みたび)宛てがった。

「ひっ!やめ、やめて!!殺さないで!」

「動けば太い血管が切れて本当に死んじゃうよ?大丈夫、少し痛いだけだ」

「っ……なにを、して……ひぁ!」

誤って動脈を切らないよう、薄い首の皮へほんの少し傷をつける。そして僕は怯えてがたがた震える彼の首筋に、ねっとりと舌を這わせた。

鼻に抜ける鉄のかおり。突然の事態に困惑し、一生懸命いやいやとかぶりを降るジミー。その意味のない抵抗は、ぬらぬら光る舌が何度も傷口を舐め上げていくうち、徐々にちからをなくしていった。時折血を啜り、薄い肉にやわく噛み付いてみせる。ああ、食べたい。このまま頸動脈ごと喰らいついて、生暖かい血潮を浴びながら空腹を充たしたい。

「も…やめ、てぇ…やめてくださっ…ぁっ…!」

「今日は君を解放してあげるけれど、僕のことは誰にも話さないって、誓える?」

荒い吐息を肩口に感じながら、傷に尖った牙を浅く突き立てる。わずかな苦痛と強烈な快楽の狭間に取り残されたジミーは、ちいさく喘ぎながら涙をこぼしていた。

「い、言わない、言わないです!だから、もう、」

「本当に誓える?その場限りの誓いなら、僕はすぐに見抜けるよ」

僕はもがくジミーからすっと離れ、ランタンを彼の顔のすぐ側へと持ってきた。オレンジに照らされた、彼と僕の顔。ようやく自分を連れ去りこんな場所へ閉じ込めた相手の顔を見ることができたジミーだったが、その表情には、恐怖以外の感情も顕著に見て取れた。
僕は笑う。同じ瞳の色をした、似たようで違うふたり。逃がさない。僕の言うことひとつ守れないのなら、君は今ここでディナーになるよ?

傷口が塞がりかけた指先を、再びジミーの唇へと宛がった。やんわりと口内に誘われ、口蓋の襞(ひだ)をひとつひとつ撫でたり、舌をぎゅっと押してみたり、分泌されてきた唾液を絡ませわざとクチュクチュ音を立ててみる。
そのうち我慢できなくなったのか、無意識だろうがジミーは自分から指先に吸い付いてきた。強情っ張りは堕ちると早い。

「もし君が周りの誰かに僕のことを話したなら、そのヒトは君の代わりにこの世からいなくなってしまうだろうね」

「…!!」

「ねぇ、もう一度思い出してみなよ。僕の名前を」

「…な、ぁ、え?」

「…シャーロット・オリンピア。ちまたじゃ"連続殺人鬼"なんてダサいあだ名で呼ばれてる」

「…っ!?」

ジミーは明らかに動揺し、固まる。僕は満足して、口内から唾液でべとべとの指を抜き取り、ねっとりと自分でそれを舐めた。

「君のお友達…不思議な光彩の男の人も、派手な格好をした黒髪の人も、赤い髪の二人組も……みんな僕にとってはただの家畜に過ぎない。電気ショックで失神させて、動脈を切ればはい終わり。造作もないよ」

「や…やめて……」

「ね?そういうの、嫌でしょう?"自分のせいで"って、多分最悪の気分だろうね。それに、君の代わりに責任を負ってくれる相手がいなくなると、困るよ。君はそういう人間だろう?」

「…っ」

「ヒトの影に隠れて、誰かが敷いてくれた安全な道の上を歩く。自分が傷つかないように、相手に気づかれないよう周りを利用してしか、君は生きていけないんだもんね」

「そんなことっ…!」

今の状況を省みず、口答えする愚かなジミー。まだ自分の置かれた立場がわかってないのか。僕はこちらを見つめる双眸に少しの苛立ちを感じ、掴みやすそうな長い前髪に手を伸ばして思い切り引っ張った。ナイフの存在を思い出させるため、二度三度切っ先で頬をペチペチ叩いてやる。

「痛っ…ぃた、ぃ…!」

「僕は君に惹かれているんだ。だから時間をかけて、君のことはずいぶん調べさせてもらったよ。ねぇ、君はどうしたい?」

「はなし…て…」

「このままここで市場に吊された豚みたくなりたいのか、今夜の素敵な出会いを誰にも話さず、次のディナーまで少女のように胸躍らせながら再会を待ち侘びたいのか。選びなよ」

「う゛、ぅぅ~~~!」

「あらら」

ジミーが苦痛と恐怖に耐え切れず、声を上げて泣き出した。僕は、やれ仕方がないと手を離し、そっとジミーの腕を拘束していたヒモを解いた。やせ細った青白い手首に、切り込み線を思わせる赤い痕がついている。解体の目印にいいかも。
そんなことを考えながら、か細く震える体を抱き寄せて、割れ物を鑑賞するような素振りで優しく頭を撫でた。

「ほら、こんな痛い思いもうしたくないでしょう?」

「ぅ……しだぐ、なぃ…ヒック…でず……!」

「君は僕との約束を守ってクチを固く閉ざすだけで、大切な友達を守れる、勇気ある優しい人間になれるんだよ」

「…ヒック、ぐすっ…」

「ああそんな顔しないで。君はようやく見つけた僕の大切な理解者なんだ。どうか逃げないでいて欲しい。僕の側にいてくれるなら、ヒトの味をもっとたくさん教えてあげる」

「ひとの、っく…、…あ、じ…?」

「そう。今まで食べてきたものすべてが、ゴミ捨て場の残飯に感じるくらい、素晴らしい味さ」

僕はしゃくりあげるジミーの肩を優しく掴み、彼と目線を合わせて微笑む。そして、よっつあるうち右側の犬歯ふたつで自分の舌を噛んだ。じんわりと口内に鉄の味が広がる。
そのまま僕は、涙でぐしゃぐしゃのジミーの唇に、溢れた血液を移すように口づけた。

驚いて目を見開き、僕の腕を掴むジミー。しかし歯列を割り、何度も舌を吸い上げ口蓋を舐めるうち、掴んでいたはずの白い手は自らのからだがくずおれないよう僕の背中へと回され、必死に爪を立てていた。味わうといい、"ヒトの味"を。
いくら唾液を交換しても、血の味しかしない猟奇的なキス。この空間では正常も常識も鈍磨され、いささかの正義もない。僕は僕だけの快楽のためだけに彼に悪徳を孕ませ、狂気を産ませようとしていた。

興味があるんだ。僕以外の食人嗜好の持ち主に。

君は、思い入れのある相手を自分の手で殺し、それを食べる時に一体なにを感じる?道端でたまたますれ違っただけのヒトなら?妊娠している母親や、双子の片割れ。両親、恩師に恋人。不特定多数の、"自分以外"をはじめてクチにした時、君はなにを思うんだろう。
成長途中の少年少女の肉が最も美食だという持論を僕は持っているけれど、君は違うのかな。部位ならどこが好き?調理方法は、ロー?ブルー?レア?それに君は、君は、


"君は一体どんな味がするの?"


『幽霊アパート』の出入口で、僕はジミーを見送っていた。首筋の傷には絆創膏を貼り、えもいわれぬ表情で俯く彼の髪を僕は優しく何度も撫でる。

「また君を迎えに行くよ。それまで君が約束を破らないよう、ずっと側で見ているから」

「…………」

「だから、僕を…僕の味を忘れないでね」

そっと、すくった黄色い髪の一束に唇を落とす。その瞬間、長い前髪の隙間から青い瞳と目が合ったのでニコリと微笑んでやると、ジミーは潤んだ瞳で再び俯いた。

「じゃあ、またね、ジミー・チュウ」

顔を寄せて耳元でちいさく囁いたその言葉に、魔法を、呪いを込めて。君はもう、僕の幻影に捕われたならそれから逃れる術などもたない。重く暗い影の中で、縮こまって助けを待つことしかできないんだ。


でもね、かわいそうなジミー。



檻の鍵はもう、僕の胃の中だよ。



































(君は助からない)

さあ、墜ちておいで。

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