小話

◎ヨルド、廿、オスカー、たぐむ
◎ヨルド視点


「ねぇ」

「………」

「ねぇ、聞こえてんだよね」

俺は地面にしゃがんで、隣に立つ廿の顔を見上げた。すると廿はふてくされたような顔をして俺から視線を逸らす。

きっと大好きなオスカー君とたぐむ君が、ログナルと3人で城に入ってしまったからだろう。
どうして廿がここにいるのかって?勿論俺が引き止めたからだ。

『ちょっと廿と話があるから』

なんて言ってみたら、廿は2人には見えない角度で俺の事を睨んできた。2人は「そっかあ」なんて笑いながら、まんまと廿を置いて城へ入ってしまった。

そしてさっきから会話もなく、城の外壁に背を預けて、2人目の前の景色をただ眺めていた。
視線の先では、馬車が幾度となく交差して、婦人達の賑やかな笑い声がどこからか響いてくる。

「ねぇ」

俺はまた、隣に立つ廿に呼び掛けた。
あんまりにも無視ばかりするから、廿の首から長く垂れ下がる黄色と黒が眩しいマフラーの先を、少し強く引っ張ってみる。

「……痛ぇよ、ばか」

ようやく苦しそうに口を開いたその声は、今の乾燥した季節のせいか少し枯れていた。廿はマフラーの先を俺の手から勢いよく引き剥し、そしてまた視線を逸らす。

「…………」

「…………」

無言で足元を見る廿と
無言で空を見上げる俺

(曇ってきたなぁ…)

空に立ち込める雲は、先程の白く薄い物とは違い、重く垂れ籠めるようなどす黒い雨雲へと変わり始めていた。

(…夕立かもしれない)

屋根のある建物へは少し距離があるので、もう少ししたら移動しようか

そう思っていた矢先だった。

「あ、雨」

ぽつり、と頬に落ちた水滴に俺が反応した途端、物凄い勢いで雨粒が地面を打ち始めた。
少し遅かったみたいだ。

「廿、屋根のある建物へ行こう」

言う間も無く廿は目的の場所へ走り始める

「つれないな…」

俺は笑って立ち上がり、廿へ追いつくと、すぐ隣につき背中にあるマントを廿を雨から守る為に広げた。

「…やめろよ」

表情は見えないけれど、廿はいつも通り抑揚の無い、嫌そうな声で俺を拒絶する。

「じゃあ濡れる?」

「…………」

雨は尚も激しく二人を打つ。
…もう少しで屋根だ。

決して質問に答えようとはしない廿を特に気にするわけでもなく、廿は俺に守られながら無事屋根まで辿り着いた。

「びしょびしょだ」

あははと笑いながら、水を吸って変色したマントを思い切り絞った。ぼたぼたと石畳に水滴が落ちて、石と石の隙間に染み込んでいく。

「寒い?」

今日はとびきり肌寒かった。
雨の勢いが少し弱まって、気温は上がったものの、全身がびしょびしょに濡れたままではやっぱり寒い。

返事を待つ間、服のいろんな所を絞った。
廿は相変わらず、俺程は濡れなかったものの、それでも水を沢山吸って滴を垂らしている重そうなマフラーを巻いたまま、下を向いていた。

「ねぇ、寒いのって」

風邪引かれたら困るのに。
さっきから無視ばかりだ。
俺は仕方なく廿の顎を掴んで無理矢理こっちを向かせた。

「…!」

「ねぇ、寒いの?寒くないの?」

「……離せ」

「無視ばかりする悪い子には、おしおき」

「………?」

俺はにこり、と普段社交場で見せるような繕った笑みを浮かべてみせた。

そして、雨で冷えきった廿の体を、無理矢理抱き締めてやった。驚いて、全力で離れようと廿はもがくけど無駄。

「冷たい体」

耳元で囁いてあげれば、少し廿の体温が上がる。筋肉も贅肉もどちらもあまりついていない、廿の体は本当に細くて、今以上力を入れれば折れてしまいそうで。

「折っちゃおうか…背中」

くすり、
廿の背中を少しのけ反らせて、軋む背中へ手を這わせる。廿の顔は、どういう訳かもう真っ赤だ。

「どうして顔が赤いのか、わかる?」

とどめとばかりに追い詰めてやると

「う、るさ、い…!!」

両手で思い切り突き飛ばされてしまい、少しよろけた。目の前で息を切らし、立ち尽くす廿は、綺麗な瞳で俺を睨む。

雨は既に止んでいて

「おーい、廿ー!」

遠くからオスカー君の声が聞こえた。廿は慌てたように見なりを整える。その姿に俺はつい笑いそうになった。

ひょこりと、さっき俺達がいた外壁の影から、たぐむ君が顔をのぞかせる。

「あっ!やっぱりそっちに居た!ほらね、だから言ったでしょ?」

「いちいちうるせえな、もしかしたら夕立が止んでこっちに来るつもりだったかもしれないだろ」

「都合良すぎ!」

「んだと?」

いつも通り、2人は喧嘩を始める。そんな彼等を廿は放ってはおかない、そそくさと俺を置いて2人の元へ駆けて行って、あっという間に仲直りさせた。

「すごいな…」

俺はみんなの元へ歩いて行きながら真顔で呟く。廿達はいろいろ話しているみたいだ。

(あぁ、独占欲が。)

こうして用事も済み、3人は帰る事になったようで、俺は門まで3人を見送りに行った。

楽しそうに微笑む廿と、先程の驚き嫌がる廿がぶれて重なる。

(どっちも欲しい)

そうこうしている内に門まで着き、オスカー君とたぐむ君は笑顔で出て行った。でも、廿は俺の前に立ち、一向に帰ろうとしない。

「どうしたの」

「…………」

ほら、また無視だ。

「帰らな「お前なんか、嫌いだ」

俺の声に重ねるよう、廿はそれだけ言い放ち、走り去った。
その言葉は、どうしてか廿自身に言い聞かせるような雰囲気を纏っていて。

(深い意味を探ったって、どうせ心理は解りはしないさ)

俺は門を背に、ゆっくりと歩き出した。

後ろからは、聞き慣れた馬車の音だけが、静かに響いていて
冬の始まりを予感させるみたいに、カラカラ渇いた音が、冷たい風と一緒に、何故だろうか、俺の胸を締めつけた。




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