小話

◎ミルアート/戒兎さん宅アネスちゃん
◎ミルアート視点




りんごの木から赤くまあるいりんごを毟って、軽くハンカチで拭いてからアネスに渡す。彼女はいっそううっとりした瞳でそれをそっと受けとった。

「うふふ、ありがとう」

「ああ。多ければ残しておいて。俺が食べるから」

「えっ!!」

「ん?」

「あああ、ごめんなさい、なんでもないの、ぐへへ…。いただきます」

そういいながら、ちいさなくちでりんごをかじる彼女が可愛くて思わず見つめてしまう。視線にきがついたのか、アネスがこちらを見てにこりと笑った。

アネスは俺の顔を見る時、いつもどこか熱っぽくて、俺は変に照れた。目を合わせ続けるのが妙に気恥ずかしく、ぽりぽりと頬を掻きながら目線をそらす。

「アネス」

「なあに?」

「ごめん、なんでもないよ」

「うふふ、変なミルアート君」

珍しくこの国に月がのぼっている。とは言え地平線すれすれの位置にあるからか、夜空の暗さに特別違いはなかった。
ぼうっと輝く月を眺めながら、アネスの赤い髪をそっと撫でる。月のひかりに照らされて、陰影の濃さが一段とよく見て取れた。
戦場で見慣れたあの赤とは違う、上品な色。高級なカーペットや、香りの強い薔薇。夜の国ではめったに見られない、燃えるような夕日の色。そして今、彼女のちいさく白い手に握られている、あまいあまいりんご。
触れると離れたくなくなる、不思議なアネスの髪。

「ぐふ…ふふ……、くすぐったい」

「あ、ごめん」

「ううん。それ落ち着くから好き」

ぎゅうっと、胸の下のほうが苦しくなった。欠けた月が俺とアネスを見ている。

「アネス」

「今度はなあに?またなんでもない?」

華奢なからだを抱きしめる。できるだけそっと、優しく。まるでそう、薄い硝子細工に触れるように、俺はこの、守るべきちいさなからだを抱きしめる。

「好きだよ」

隣り合って腰を落ち着けた草原は、いつもより一等酷く心地好かった。

「ねぇ、私もよ」

夜のあいだは決して昇ることのない、暖かい太陽。でもほら、この冷たく暗い国に今、おおきな太陽が昇っている。夜の底が赤く優しくひかり輝いている。

どうしてだろうと考えて息を吸う。そしてふと甘い香りのそよ風が吹いた瞬間、「ああ。」彼女がそばにいるからだと、俺はようやくきがついたのだった。
























(夜に浮かぶ太陽)

だれも知らない
ぼくだけの惑星。

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