小話

◎プロプス/灰鷹さん宅モノコルド君
◎プロプス視点




まっとうな奴らほど俺達をやすんずるのが正しい事なのは重々知っていたつもりだったが、それにしてもマァなかなか腹が立つものだ。






命のあみだクジ






モノコルドが、いじめられている。いいや、あれは一方的に暴力を振るわれているのか。吹き溜まりのような、もやのかかった路地裏でちいさく打撃音が響く。

「ち。ダリィな」

喧嘩事はもっぱら苦手で、弱いのにも自覚はあった。得意なのは、死んだモノからパーツを切り取る事とか、皮を綺麗に剥ぐ事とか、そういうハイエナ根性全開の作業だけだ。

大切な仕事道具。鉈(なた)の刃も無敵じゃない。人間ひとりをひとつの塊にするだけで、下手すりゃ刃毀れ(はこぼれ)必至の繊細なお姫様。丁重に扱えばそれはそれはよく肉を削いでくれるし、骨だって消しゴムくらいにはちいさくできる。

さてどうするか。目の前で恋人が殴られているのに、すぐに飛び出して助けにいかないのがいかにも現代っ子な気がしてため息がでた。意気地無し?だって殴られるのとか痛いじゃん。

鼻血を流しながらモノコルドが泣いている。まぁ、愉快そうにあいつを殴っている男達をオヤツにすれば、モノコルドもすぐに泣き止むだろう。

ポケットに突っ込んでいたスマホのミュージックプレイヤーを停止して、リュックサックから研いだばかりの肉切り包丁を取り出した。がっついて喉でも詰まらせたら面倒だ。殺したらすぐに家まで運んでちいさくしながら食わせよう。家ならお湯もあるし、まず包丁が切れなくなる事もない。

「おぅい、なにしてんだよモノコルド」

軽い調子で声をかける。そうして俺の声に気がつきモノコルドと同時に振り向いた男のけい動脈めがけ、なんの躊躇(ちゅうちょ)もなく長い刃先を横一線に薙いだ。肉は鮮度が命。血抜きは手間だが、モノコルドにまずい物を食わせるのは俺のプライドが許さなかった。
だくだくと石畳に血を流し続ける男を見て、仲間だった数人は顔面蒼白で路地裏を後にした。とりあえずひとり殺れれば充分か。こんな商品価値のないクズ肉に手間隙かける必要もないし。

壁に凭れかかり、虚ろな目で浅い呼吸を繰り返すモノコルド。失血死した男の所持品から金目のものだけ抜き取りながら、二度三度名前を呼んでやる。
するとしばらくして、消え入りそうな声で「プロプス、全身が痛い」と返事がかえってきた。俺は痣と擦り傷だらけのちいさな体をおぶって、クズ肉を引きずりながら帰路についた。路地裏じゃあこんなの見たってだれも咎めない。浮浪者は真っ赤に染まった男のTシャツを欲しがったが、脱がすのがどうにも億劫で断った。

「ついたぞ、ほら、飯食わせてやるからそこ座れ」

「ん…」

痛む体を動かしながら、モノコルドはのそのそと、狭い部屋にひとつだけある真っ赤なソファに寝転んだ。耐水ビニールの上で表面の土やほこり汚れだけ拭き取って、抜け切れていない血液をたらいで受けながら、ゆっくり全身をばらばらにしていく。

「モノコルド、お前なんでまたあんな場所で殴られてたんだよ」

「知らねぇ…眠くてぼーっとしながら歩いてたら、急に殴られた。めざわりなんだよ貧乏人とかなんとか…」

「そりゃあ運が悪かったな」

「ああもう最悪だ…」

おもむろにモノコルドがソファから立ち上がり、こっちに歩いてきた。そしておおざっぱにバラした肉の塊を掴んで、無遠慮にくちへ突っ込んだ。じゅるじゅると溢れる血が、モノコルドの全身を濡らしていく。伏せ気味の瞼の先で、長いまつげが揺れる。やけ食いか。

ああもうまったくもってせっかちの馬鹿野郎だ。ちいさなくちでむぐむぐと肉を咀嚼(そしゃく)するモノコルド。それすらもマヒした頭じゃ可愛らしい小動物の食事シーンに見えて、尚更ため息がでる。

「喉つまるぞ」

「だってむかつく。こいつ俺のこと一番殴ってたし」

「ふうん。まあ気をつけて食えよ」

俺は他人の食事の邪魔をするほど野暮じゃあないから、それ以上は黙っておいた。そうしてひとまずモノコルドの怒りが収まるまでは、このクズ肉を解体するだけの機械になろうと決めたのだった。


























(命のあみだクジ)

ヒトさえ食べてしまうキミは
食物連鎖のちいさな王様

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