小話

◎はとり、ウルニ
◎はとり視点




ピリリ、ピリリ、ピリリ

渇いた携帯の着信音がせまい室内に響く。それは眠気覚ましに競馬中継を聞きながら、取り立て先の書類を確認していた時だった。
馬券は買っていなかったが、金なんて使わなくとも予想だけで多少は楽しめる。しかし単勝で予想していた「ハナノナマタマゴ」という馬が、最後の最後つぎつぎと後続の馬に追い抜かれていき、最後尾になったあたりで、俺は、チと舌打ちをして耳にさしていたイヤホンを乱暴に引き抜いた。

ピリリ、ピリリ、ピリリ

携帯電話はいまだしつこく鳴り響いている。どうにも無性にいらいらしてなにかに八つ当たりしたくなったが、ウルニは別の取り立て先に出かけてここには居ない。

食べこぼしとタバコの灰。大切な書類と風俗のチラシ。印鑑の隣には乾燥しきったかりんとうのカケラ。それらを右腕で床へと一掃して、あいた空間に足を乗せる。

充電器に挿したまんまのやかましい携帯電話。サブディスプレイに表示されているのは、ここ『クリーンファイナンス』を傘下にしている"やくざ"、『東流会(とうりゅうかい)』の一幹部の名前だった。どうにもきな臭ぇ。

年期のはいった携帯電話をギギギと開き、タバコを箱から取り出しながら通話ボタンをたたく。

「ああ、はとりさんですかぁ?」

開口一番耳にはいった言葉にいらだちが余計増す。なにより声色(こわいろ)が不快だ。丁寧な言葉をやたら持ち出すくせに、わかりやすく横柄(おうへい)な態度!

「俺以外に誰がいるんだ?ア?」

「いや、いや、カンに障ったのなら誠に申し訳ない。いつもは部下に連絡させるんですが、今回はちと内容が内容なもので…」

「御託(ごたく)はいいから用件だけさっさと言えよ。ったく、これだからやくざはやんなるわ」

「はは、さすがははとりさんだ。話が早くて助かります」

「殺すぞ」

なにが"話が早くて助かる"だ。ガッツリ馬鹿にしてやがんじゃねえかムカつく。けれど幹部の男は変わらずヘラヘラと会話を続ける。

「では早速。周囲には誰もいませんね?」

「お前脳みそあんのかよ。早速とか言ってるヒマがあんなら、用件言えっつってんじゃねぇか」

「……今夜、組長に内密である男を始末します。あなたにはその男の遺体の遺棄(いき)と、所有している土地や財産の売買を行っていただきたいのです」

きたきた。めんどくせ~ヤツ。

「遺体の遺棄ってなに。いつもみてぇに海に沈めてくりゃいいわけ?それとも山か?山は体力使うからパス」

「山はさすがに時間がかかりすぎるので、今回は海でお願いします」

「あ、そ。つーかなに?お前もなかなか大胆な事すんね。東流会の奴らって、どいつもこいつもあの与太郎に心酔してやがんのかと思ってたわ!」

ギャハハ!と思い切り声をあげて笑う。確かにこの依頼には多少なり驚きを隠せない。ギアーツもさすがに先代(クソジジイ)の取り巻きにゃ、イイ顔されてねえんだなぁ。まあそりゃそうだ。血が繋がった息子でもない、家出拾いのしょんべんくせぇクソガキが、突然チンピラから組長って。どんだけできた人間でも反感は買うだろ。当たり前ぇだ。

「…あなたは組に金さえいれていればいい。余計な詮索(せんさく)はしないようお願いしますよ」

「うっせえ野郎だなぁ。俺より実力も経験もねぇくせにエラソーにしてんじゃねぇよ、死ね」

「…組長が温厚な方でよかったですね。私が組長だったらあなた今頃生きてませんよ」

「おいおい、妄想はオナニー中だけにしてろよ。聞かされるこっちが恥ずかしくなってくんだろ?」

数秒、電話口の相手が怒りを抑えるように押し黙った。いらいらする。もうなんでもいいからさっさと電話を切りたかった。

「ゴホンッ……えぇ、では、今晩深夜2時にそちらへ車を向かわせます」

「あ、車はいいわ。取り立て先にタクシーの運転手居るし。取り立てついでにそいつに送迎させるから」

「…は?はとりさんあなた、私の話きちんと聞かれてましたか?今回の依頼は極秘に行わなければならないと、私そう申しましたよね?」

「テメェの長ったるい話なんか80%以上聞いてなかったけど?まあ心配すんなや。お前らと違ってこっちは取り立てのプロなんだし、ついでに運転手脅せば取り立てにもなってソチラサンにも利益あるんだし、一石二鳥だろ」

「ほんとうに、どうしてギアーツさんがあなたのようなクズを傘下にしているのか、理解しかねます…責任はあなたと従業員の命で決定ですから。では後ほど場所をファックスで送ります。調べたら必ず頭で覚え、用紙はきちんとシュレッダーにかけてすぐにゴミ出しして下さい」

「よくわかんねえけどわかったわ。あとでウルニに電話させるから、そん時に指示しておいてくれや。じゃ」

相手の反応を待たずに終話ボタンを押した。夜中に死体の処理。昔、まだ組の傘下にされて間もない頃にも月に何度か似たような仕事を指示されていたが、ギアーツの許可なしに幹部の独断での依頼はこれがはじめてだった。

組の中では、ギアーツを組長の座から引きずり落としたいと思う人間なんざ、ごまんと居るだろう。じゃあ、今夜海に沈められる男は誰だ?一体どういった立場の人間なのか。身内?友人?はたまた情夫?

「あーもういいわ。考えんの怠い」

そのへんに放ったままの汚れた新聞紙。それを掴んで顔にかぶせた。ウルニが帰ってくるまで少し寝よう。あとはぜんぶあいつに手引きさせて、俺は万全の体勢でひとりの人間をこの世から始末するのだ。






異端者的嗜虐見聞






「ええ~!?あたしが電話するんですかぁ!?」

帰宅して早々、ウルニがぶうたれた。時刻は夜の11時をまわった頃だ。取り立ての報告と簡単な書類整理を終えて、さっさと家に帰るつもりだったんだろう。俺もウルニも、『あっち』に電話をかけるのはあまり好きではなかった。

「やですよ…東流会の幹部の人たちって、あたしたちのことかなり見下してるし、クチをひらけばイヤミばっかりだしぃ…」

「お前は電話すりゃあ家に帰れるだろうが、こちとら朝まで死体と海水浴だぜ?文句言うヒマがあんならさっさとかけろ!!」

眉間にシワを寄せてかぶりを振るウルニのケツを思い切り蹴飛ばす。「ぎゃあ!」と叫んで床に伏した上から携帯電話を投げつける。ドスンと重い音がしてまるまり唸るウルニ。俺はいらだちを抑えるためにタバコに火をつける。

そしてノロマなウルニはしばらくもんどり打って、ゆるゆると着信履歴の一番上に電話をかけはじめた。最初っからそうすりゃいいのによォ。どいつもこいつもまどろっこしい。



10分もしないうちだったろうか。事務所に備え付けのファックスから、A4の用紙が飛び出てきた。簡単な地図と目印。朝の5時までにぜんぶかたづけろという旨が書かれた紙だった。シュレッダーにかけるのも、覚えるのもめんどうくさかったので、とりあえずタクシーの運転手に紙を渡して、死体と一緒に海へ投棄することに決めた。

「じゃああたし帰りますね、お疲れ様でしたぁー」

「俺が帰る頃にコーヒーと朝飯用意しとけ」

「はあ!?じゃあ私、社長より早く事務所にきてご飯作らなきゃなんないじゃないですか!」

「テメェ、今日はよぉく口答えすんじゃねえか。そんなに死体と一緒に海に捨てられてえか?ん?」

「………っ!わかりましたよ!パンですか?ご飯ですか!?」

「麺」

「~~~~~~~!!!!」

激昂(げきこう)して事務所から出て行くウルニをニヤニヤと見送る。さてあと1時間弱どうしようか。そうだ、まだ運転手に連絡とってねえや。ついでに夜食でも用意させとくかな。金貸しに媚びを売るのも、債務者のギムだって、ドラマでも言ってた気がするしな。



「よぉ。元気してるか?」

近々取り立てに行く予定だった男に電話をかける。通話相手の男は大層驚いた様子で、声もだせないらしい。俺は構わず話を進めた。

「今夜12時ぴったりに事務所までタクシー頼むわ」

「へ………え!?こ、今夜ですか?」

「聞こえてんなら二度も言わせんな障害者。腹減ったし、夜食にコンビニで適当になんか買っとけよ」

「え、あの、私もう仕事終えて自宅に居るんです…今から会社の車を借りてそちらに行くのは厳しいのですが…」

「テメェが仕事終えて家でだらだらしてる間も、俺は汗水垂らして夜まで働いてんだけどォ。何が厳しいって?ん?聞こえなかったわ、もっぺん言ってくれや」

「ですから……あ、あの……私………」

「ん?」

「…………………………」

「ワリイ、聞こえなかったわ。アー、俺の耳がおかしいのか?お前の声がちいせぇのか?……どっちだ?」

「……っ、わかりました。12時にそちらへ向かわせていただきます…」

大のオトナがなんて情けねえ声をだしてやがる。おかしくて胃の下がこそばゆくなった。

「ナァどうした。なんでそんなに怯えてんだよ。ダレカにいじめられたのか?だれだそいつ。ひでぇやつだなぁ、ひどすぎて笑っちまうよなぁ!」

ゲラゲラ!くわえていたタバコがくちからこぼれて床に落ちた。靴底で適当に踏み潰す。大切な契約書がヤニで茶色く汚れる。
それでもひたすら笑った。するとそのうち、電話の相手も空気を読んだのか、ちいさな声で渇いた笑いを出しはじめた。いらつく。

「はは、はは……」

「なに暢気(のんき)に笑ってんだテメェ」

「はは……え…?」

「お前俺がお前をいじめてると思ってんのか?なあ。思ってるから笑うんだろ?」

「や、違っ…」

「今日ナァ」

「え……?」

新しいタバコに火をつける。そのへんに転がったままのせんべいのかけらを適当にくちにいれてかみ砕く。サラダ味だ。

「死体を海に沈めに行くんだよ」

「……………は…い?」

「あんま調子こいてっと、テメェもろとも海に沈めんぞ」

「……ひ……ッ…」

「じゃあ、返済予定分の金も乗せて、12時きっかりにココに来いよ。1秒でも遅れたら大切な車ごと地獄行きだからなァ」

ねちっこく、相手の耳から心臓をわしづかみにするような低い声でそう囁いて、俺は電話を切った。あと30分。古びた背もたれに深くもたれかかり、新聞を拾って顔にかける。イヤホンから流れるつけっぱなしの電波放送。競馬中継は知らぬ間にメロウなジャズの演奏に変わり、いやに眠気を誘った。





コンコン

事務所の古い扉が、遠慮がちに叩かれる音で目が覚める。たいして興味もないジャズの演奏を書類の海へと放り投げて、俺はのろのろ立ち上がった。軽く身支度を整え、死体を処理するのに必要な道具を小振りなボストンバッグに詰める。

「よぉ、相棒。今日はずいぶんと顔色が悪いじゃねえか、無理すんなよ」

ヘラヘラ笑って、くたくたの中折れ帽子をグイと目深にかぶった。痩せぎすの男はいっそかわいそうなほど怯えきり、カタカタと震えている。手には薄い封筒。一目みても約束の返済金額には到底及んでないだろう薄さのその紙切れを、男から奪って中身を確認した。

「指じっぽんぶん足りねェなぁ」

「すっ、すみません…最近景気が悪くて、給料も雀の泪。生きてくだけでもぎりぎりなんでーー」

俺は男の言い訳を遮るように、くわえたタバコを目の前の顔目掛けて吹き出した。ぎゃっ!叫び声をあげて男は跳ね上がる。地面にしゃがみこんで、ひぃひぃと火傷したであろう部分を何度もこする。だが俺は、喚く男の髪を掴んで無理矢理立ち上がらせた。

「景気が悪いのはどこも一緒ナノ。ん?わかってるかなぁー?」

「ひ…」

「こっちはテメェが死んでようが生きてようが関係ねぇんだよ!生きてるせいで返せる金がつくれねぇなら、生きるのやめてそのぶん返済に充てろこのクズ!」

「ずびっばぜっ…!ひっ、ぅえっ……ぎゃあ!」

何度も何度も、固い革靴で男の鳩尾を蹴る。二十回ほど蹴ったあたりでさすがに息があがり、俺はちらりと左手の腕時計を確認した。そろそろ時間か。

「あと三日待ってやるからきっちり耳揃えて返せよ。ほら、さっさと車だせ!…ったく、テメェのせいで時間に遅れたら、絶対テメェごと海に沈めてやるからな!」

鼻や頭から薄く血を流しながら、男はフラフラと階段を降りて行く。俺もそれに続いて、錆びた階段を降りた。月のない暗闇のなか、カンカンという硬質な音だけがせまい路地裏に響き渡る。

階段を降りきったちょうど真正面に、男の乗ってきたタクシーが停まっていた。男が後部座席のドアを開ける。俺は吸いきったタバコを男の頭にもう一度ぷっと吐き出し、車内に滑り込んだ。





誰もいない車道を、一台のタクシーが走る。男には地図の書いてあるファックスを手渡していたので、俺はただぼうっと窓を開け、じょじょに増える樹木を頭の隅で数えながらタバコを吸い続けた。

いくつかトンネルを抜けて峠を越えると、そのうち潮のかおりが車内に漂いはじめる。林の間を縫うように、くらい海も目につきはじめる。

「もうじきつきます」

「ああ」

おざなりな返事。俺は運転席の背もたれに足を乗せながら何度もあくびをした。暇つぶしに、伸ばした足の先を男の頬にすりつけて反応を楽しむ。すぐ飽きた。

キィ

何十分経っただろう。気づけば景色は完全に港へと変わり、遠くから野太い、地を這うような汽笛の音が微かに聞こえた。
適当な場所に車を停めさせ、ドアを開ける。

「おい、俺が戻ってくるまでここを動くなよ」

俺は今一度帽子を深くかぶり、港へと足をおろした。どこもかしこも磯臭くて敵わない。潮風は思うより強く、冷たく、ねばついていた。

「どこにいんだ…?」

待ち合わせ場所は、港にある六つの倉庫のうち、三つ目と四つ目の間。その真正面。

「いやがった」

ウルニの言った通り、そこに体格のいい男が三人立っていた。そのうちふたりは見慣れた顔で、電話してきた幹部直属の部下でもあった。ひとりは独活(うど)の大木のような背丈の割に、気の弱い顔をした男。もうひとりは女のように長く伸ばした髪を無造作にひとつにくくり、顎にヒゲをたくわえた年若い男。
残りのひとりははじめて見る顔だが、十中八九、俺がヘマをしたらその場でぶち殺す役目の人間だろうと思う。山のように膨れ上がった筋肉質なその体は、黒いスーツがあまりに似合わず失笑モノだった。



じょじょにヤツラとの距離を詰めていると、ふと年若い男が俺に気づき、残りふたりに指先で合図を送った。三人はきびきびとこちらを向いて、順に頭をさげる。俺は緩慢な動きで船をとめてあるいくつものロープを避けながら、歩みを進めていく。そしてとうとう目の前に、ついた。

「よォ」

「時間ぴったり、上出来です」

「うっせーよ。エラソーにすんな死ね」

人のいい笑みを浮かべていた髪の長い男は、俺の言葉を聞いた途端目が点になった。残りのふたりは我関せずといったところか、ぴくりともせずその場に立っている。

「こっちは眠くていらついてんだよ、さっさと死体運んで沈めろや」

「…相変わらずですね…あなたは私たちより下の立場なんだから、くちには気をつけたほうがいいですよ」

「はぁ?利息の計算もできねぇ脳筋共より下の立場になった覚えなんて、生まれてこのかた一度もねえっつーの!笑わせんな」

髪の長い男の額に青筋が浮かぶ。下っ端のくせに、ガキみてぇに親の真似して偉ぶってんなよ。親の許可がねぇと堅気の人間ひとり殺せないビビリが。
残り少ないタバコに火をつける。強い潮風に吹かれて、紫煙(しえん)は燻(く)ゆる前に視界から消えた。

「第三倉庫の中に死体のはいった袋があります。とりあえずここまで運んできましょう」

「ああ」

暗闇と同じ色をした三人の後ろについて、三番目の倉庫の中にはいる。

こうやって、第三者に死体の遺棄を手伝わせるのには理由があった。死体を使い共同作業をさせることで、無関係者から共犯者へと関係を深め、万が一遺棄が表沙汰になった時でも、罪をすべて第三者である俺に被せることで組を治安維持隊から守る。幹部であるあの男が、ギアーツには内緒で常に用意している究極の安全牌。

それが俺だった。



入り込んだ倉庫は、だだっ広くひんやりしていた。その、ほんの隅っこに横たえてある170㎝ほどの黒い袋。死体。死体はだいぶん痛め付けられているのか、袋の隙間からわずかに血が漏れて、下に敷いてある青色のビニールシートに溜まっていた。

全員黒い手袋をはめ、ナイロンでできたジャケットを羽織る。

まず独活が、頭側のビニールシートの両端を掴み、中央の死体をつつむように持ち上げる。次に、反対側へ巨体の男が立ち、同じようにビニールシートの両端を掴んで持ち上げた。俺は長髪と共に、空いた左右のビニールシートに手をかけ、四人で先程までいた場所へと死体を運んだ。

そして前もって用意されていた、何キロもある鉄の鎖をビニールシートごと死体に巻きつけ、一艘(そう)の船に乗せて沖に沈めた。死体はあっという間にみなそこへと沈み、10秒もしないうちに見る影もなくなる。再び港に戻って来た頃には、空など白みだしていて、もう少しで漁師と鉢合わせてしまうところだったため、簡潔に男達と金の受け渡しや今後の指示を仰ぎ、俺はあくびを繰り返しながらタクシーへ向かった。

汗と血のにおいと、多少の腐敗臭が体中にまとわりついて気持ち悪い。道具の代わりに札束で満杯になったボストンバッグを提げ、ひたすら港を歩く。

結局あの袋の中身はいったい誰だったのか。見当がつかずに妙にモヤモヤが続く。まあ次に東流会の屋敷に行けば、多分、誰が沈められたのかおのずとわかるだろうよ。ギアーツの片腕で、忠義に厚く、ギアーツに心酔し幹部に煙たがられている、男。

さぁ。俺は関係ねぇよ。なんたって袋の中身は知らないまんま。貧乏人に優しい、正義の金貸しクリーンファイナンス社長、堅気のはとり。

タクシーについた頃には陽は完全に昇り、海面が照らされてキラキラしていた。なんてでけぇ棺だろう。あんな綺麗な場所に、俺は今まで何人の人間を沈めてきたのか。見当もつかなかった。

噂が流れている。東流会と対立する、第1都市最大級のやくざ『荒瀧組(あらたきぐみ)』の輩(やから)が、東流会現組長ギアーツの弟分である仁義(じんぎ)を殺して、死体を遺棄したと。

「こわいこわい」

俺はただひたすら、札束を数える。結局あのタクシー運転手の男は金を返す目処が立たないと言うので、多額の保険金をかけさせ山に埋めた。隣の部屋では、ウルニが新規の客に、どう足掻いても完済不可能な金融プランをすすめている。


右耳につっこんだイヤホンからは、単勝で賭けた「ハナノナマタマゴ」が怒涛の追い抜きを見せて一等になったとの実況。机の一番上の棚にいれた馬券。馬名は無論「ハナノナマタマゴ」。

「金があるって幸せだ」

俺は今日もせまく汚い事務所で、勘定ずくの人生を歩んでいる。




























(異端者的嗜虐見聞)

金がある。
だから俺には、
生き残る権利がある。


52/67ページ