小話

◎シャルフ


ザクロの香りが鼻腔をつまみ、目の前がいわんやチカチカしだした時、気づけば俺は、浮き足立った無重力の住人になる。






頭足人






いかにもグロい死体が血まみれで自己主張していた。腐った肉に興味はなく、ソレを無視して割れたガラスを踏みながら、俺は家屋へとふみいった。

ザクロの香りがする。濃厚で豊潤(ほうじゅん)な甘い甘い果実の香り。息を潜めて隠れているつもりなら、なるべく早めに諦めたほうがいい。ザクロは好物だから、見逃すなんて馬鹿なマネは、きっとしない。

かちわった頭からずるりとノウミソを取り出す瞬間なんて想像しちまったもんだから、思わず息が乱れてヨダレが垂れ落ちた。意地汚い人間にだけはなりたくないよな。ああ、無論、ごもっともさ。
目玉はちょうどよく冷まして食うと喉越しがよくて美味いよ。いやいやそうじゃない。理性を保てない美食家はゴミ捨て場を漁るカラスと一緒だ。俺にはプライドがある。だけど爪なんてパリパリしてて歯ごたえが最高なんだよな。わかるよ。よくわかる。

曇天(どんてん)の空は瀬戸際だった。まあなるべく、濡れないうちに帰りたい。
金具でぎりぎり繋がっている木製の扉を蹴り飛ばす。激しい音と共に、ちいさな叫び声と息を飲む音が聞こえた。

痛いのは誰だって嫌だろう。もちろん俺だって嫌さ。だったらなるべく痛くない方法で食ってやりたい。さあどうする?ちいさな子供は暖かいうちに胃におさめたほうが腹持ちがいいのは常識だと思うけど、冷めた頃に食うのもなかなかおつだよな。

腹の虫が鳴りやまない。徐々に家屋の空気は薄くなり、体が宙に、ふわり、浮かびはじめる。窓の外にはみたこともない惑星が佇み、かみのけ座が燃えて流れ星になった。

「俺は犬じゃねえんだ、待てする相手を間違えちゃいないか?お嬢さん」

ちぎれかけたカーテンを引き裂く。
そこにいたのはもうわけのわからないカタマリ!でももう食欲が止まらない!

その、震えるザクロに歯を立てて、服を汚さないよう食いちぎった。カーテンが一色に染まってゆく。上質でいて品のあるワインレッド。洒落たディナーには相性抜群で。いまだ銀河系を旅している俺の心をとてもよく充たした。























頭足人
(長旅になりそうだ)
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