小話
◎ディーンアンドデルーカ
◎デルーカ視点
*鬱金香=チューリップ
*プランタースティック…植木鉢等に挿すタイプの飾り
*セラミックコンデンサ…電子機器
セラミックコンデンサによく似た青いプランタースティックは、いつからそこにあったのか見当がつかないほど汚れていた。去年見つけた鬱金香(うっこんこう)の球根は、相変わらず部屋の隅に打ち捨てられている。
『夏野菜の時期はとうに過ぎたから、明日は裏の畑に植えたカボチャを見に行こうか』
それはいつのはなし?鬱屈気味のノウミソを抱え、土のはいっていないカラの植木鉢と底が抜けた如雨露(じょうろ)を、私は1時間ぴったり、黙ったまま眺め続けた。
理想夢想妄想瞑想思想
あおむしが苦手だからと言ってちょうど三日前、友人の母親がインターネットで虫を殺す薬を注文していた。私はあおむしがどうにもかわいそうになって、薬が届く前日、畑のあおむしをできるだけ多く虫かごに集め、物置に隠した。友人の母親はそれに気がつかないまま「あおむしはいやね。ほんとうにいや」とぶつぶつ呟いて翌日薬を撒(ま)いた。
幼い頃のはなしだ。
「私、結局翌日、街を離れることになって、それが悲しくて、あおむしのことをすっかり忘れてしまったの」
「じゃあそのあおむしがはいった虫かごは」
「誰にも見つかっていなければ、熱さか寒さであおむしごとボロボロに朽ちてしまっているかもね」
「なんてこった」
「じゃあ、コーヒーをいれるわ」
「今日は水でいい」
「あらめずらしい」
会話とはなんとも上手にすり替わっていくもので、もうほんのすこしだけ涼しくなった外気が、開けたままの窓から私の髪をなでていく。冷蔵庫から水のはいったポットを取り出しコップに注ぐ。氷なんてなくても充分だろうね。これは水道水だから、味にいちいちうるさい誰かを思い、スライスレモンをいちまい浸した。
「おまちどおさま」
「レモンがはいってやがる」
「そのままじゃ、カルキ臭いと思って」
「氷は」
「貧血気味の人って氷をたくさん食べてしまうらしいわよ。お腹壊したら大変だから、今日はおよしなさいな」
「ふうん。しかし、レモンが、じゃまだ、」
納得したのか興味がないのか、ディーンはコップを煽りながら上手にレモンをよける。ひらひら。ひらひら。
ディーンが帰ったら、冷蔵庫にあるレモンでレモネードでも作ろうか。砂糖がなかったかもしれない。確認しなくちゃいけない。
「また、お前とビリヤードがしてえなぁ」
視線を寄越さず呟かれたせりふ。おもってもみなかった。不思議な気分にお腹がくすぐったくなる。
「そうね。最近あなたとゲームとか、してないものね」
「やっぱ、俺、お前とゲームしてる時が一番楽しいと思う」
「だって、あなたと私、コンビだもの」
「…そうだな」
「ディーンはレモネード、飲める?」
「飲める」
「じゃあ、できたらおすそ分けしてあげましょう」
「なあ、お前、なんか母親みたいだなぁ」
あはは。普段のニヒルで凶暴な笑みとは違う、くしゃくしゃの子供のような笑顔。私にもきっとできるはずの、無邪気な笑顔。
ガラステーブルのうえに置かれたちいさなサボテンはもうすぐ開花しそう。私の部屋だからと遠慮のないディーン。たばこを吸って、ソファにもたれて、テーブルに脚を乗せて。
「あ」
「あ」
些細な振動か、脚がぶつかったのか、サボテンがテーブルから地面に落ちて、土ごとばらばらになる。ばつがわるそうに頭をかくディーンに、私は気にしないでと声をかける。
「ちりとり持ってきて」サボテンもろとも廃棄。要らないものだけ部屋から排気。
この家には植物が多い。誰の影響かはわからなかったけれど。
「きっと私には無理だと思うわ」
ふしだらな期待だけ記憶から棄てきれないまま、私の代わりに生まれたいのちは、これから先思うよりあっさり、世の中から手放され続ける。の。かもしれない。
理想夢想妄想瞑想思想
だって私は、
あなたほど無邪気じゃない
◎デルーカ視点
*鬱金香=チューリップ
*プランタースティック…植木鉢等に挿すタイプの飾り
*セラミックコンデンサ…電子機器
セラミックコンデンサによく似た青いプランタースティックは、いつからそこにあったのか見当がつかないほど汚れていた。去年見つけた鬱金香(うっこんこう)の球根は、相変わらず部屋の隅に打ち捨てられている。
『夏野菜の時期はとうに過ぎたから、明日は裏の畑に植えたカボチャを見に行こうか』
それはいつのはなし?鬱屈気味のノウミソを抱え、土のはいっていないカラの植木鉢と底が抜けた如雨露(じょうろ)を、私は1時間ぴったり、黙ったまま眺め続けた。
理想夢想妄想瞑想思想
あおむしが苦手だからと言ってちょうど三日前、友人の母親がインターネットで虫を殺す薬を注文していた。私はあおむしがどうにもかわいそうになって、薬が届く前日、畑のあおむしをできるだけ多く虫かごに集め、物置に隠した。友人の母親はそれに気がつかないまま「あおむしはいやね。ほんとうにいや」とぶつぶつ呟いて翌日薬を撒(ま)いた。
幼い頃のはなしだ。
「私、結局翌日、街を離れることになって、それが悲しくて、あおむしのことをすっかり忘れてしまったの」
「じゃあそのあおむしがはいった虫かごは」
「誰にも見つかっていなければ、熱さか寒さであおむしごとボロボロに朽ちてしまっているかもね」
「なんてこった」
「じゃあ、コーヒーをいれるわ」
「今日は水でいい」
「あらめずらしい」
会話とはなんとも上手にすり替わっていくもので、もうほんのすこしだけ涼しくなった外気が、開けたままの窓から私の髪をなでていく。冷蔵庫から水のはいったポットを取り出しコップに注ぐ。氷なんてなくても充分だろうね。これは水道水だから、味にいちいちうるさい誰かを思い、スライスレモンをいちまい浸した。
「おまちどおさま」
「レモンがはいってやがる」
「そのままじゃ、カルキ臭いと思って」
「氷は」
「貧血気味の人って氷をたくさん食べてしまうらしいわよ。お腹壊したら大変だから、今日はおよしなさいな」
「ふうん。しかし、レモンが、じゃまだ、」
納得したのか興味がないのか、ディーンはコップを煽りながら上手にレモンをよける。ひらひら。ひらひら。
ディーンが帰ったら、冷蔵庫にあるレモンでレモネードでも作ろうか。砂糖がなかったかもしれない。確認しなくちゃいけない。
「また、お前とビリヤードがしてえなぁ」
視線を寄越さず呟かれたせりふ。おもってもみなかった。不思議な気分にお腹がくすぐったくなる。
「そうね。最近あなたとゲームとか、してないものね」
「やっぱ、俺、お前とゲームしてる時が一番楽しいと思う」
「だって、あなたと私、コンビだもの」
「…そうだな」
「ディーンはレモネード、飲める?」
「飲める」
「じゃあ、できたらおすそ分けしてあげましょう」
「なあ、お前、なんか母親みたいだなぁ」
あはは。普段のニヒルで凶暴な笑みとは違う、くしゃくしゃの子供のような笑顔。私にもきっとできるはずの、無邪気な笑顔。
ガラステーブルのうえに置かれたちいさなサボテンはもうすぐ開花しそう。私の部屋だからと遠慮のないディーン。たばこを吸って、ソファにもたれて、テーブルに脚を乗せて。
「あ」
「あ」
些細な振動か、脚がぶつかったのか、サボテンがテーブルから地面に落ちて、土ごとばらばらになる。ばつがわるそうに頭をかくディーンに、私は気にしないでと声をかける。
「ちりとり持ってきて」サボテンもろとも廃棄。要らないものだけ部屋から排気。
この家には植物が多い。誰の影響かはわからなかったけれど。
「きっと私には無理だと思うわ」
ふしだらな期待だけ記憶から棄てきれないまま、私の代わりに生まれたいのちは、これから先思うよりあっさり、世の中から手放され続ける。の。かもしれない。
理想夢想妄想瞑想思想
だって私は、
あなたほど無邪気じゃない