小話

◎アマービレ、ディーン
◎アマービレ視点


ぬるぬる光る一丁の銃。片手にもわかるずしりとした凶器の重さ。そうして俺はそれをしっかりとにぎりしめ、目の前の男のアタマに向けて迷わず引き金をひいた。






捕食者の掟







黒い服や髪は、炸裂(さくれつ)して飛び散ってきた返り血をあびてもなんら問題なかった。銃の先端につけられたサプレッサーのおかげで、人影まばらな早朝でも、俺に気づく人間はいない。買ったばかりの銃はセミオート式で、リロードしなくとも弾が銃口から何発も発射される仕組みだ。立て続けに3発程、アタマやシンゾウに向け引き金を引く。
ぽっかりあいたアタマの穴から、ぼこぼこと噴水のように血がでている。なにをされたのかわからないまま息絶えた男の顔は引きつって硬直している。これは事務的な行為であり、カジノ街ではよくある光景だった。



「そういやあ、さいきん、お前のこと裏で嗅ぎ回ってる男がいるらしいぜ」

夏が間ぢかにせまり、徐々に気温があがりはじめた事務所のソファで、ディーンという男は、もえぎ色の髪をうしろへなでつけながら6本目のタバコをふかしていた。ソファに深くもたれかかるたび、両耳のピアスがチリチリ音をたてる。

「きのう始末した」

そう言うと、ディーンはけだるそうに目を細め、ちいさく首を傾げた。またチリンとピアスが鳴る。くらやみのなかのネコみたく、逆三角形がキラリとひかる。

「…なんだ。わざと黙ったままでいてやったんだから、一度か二度くらい死んでこいよ。相変わらずつまんねえやつ」

「イカレたこと言うのはカモの前だけにしておけ。こっちは仕事してんだ。集中させろ」

「ああ、ゴラクが足りねえ」

コツコツ プカプカ コツコツ プカプカ
数分間、ペンの音とタバコを吸う音だけが、部屋中を蹂躙(じゅうりん)し続けた。時折コーヒーメーカーから、コポポとこもった音もきこえる。

ピリリ、ピリリ

30分ほどたった頃であろうか。事務所に備えつけの電話ではなく、それは胸ポケットにいれた携帯電話からの着信だった。購入当初から変化のない待受画面には、得意先の女社長である『りんごアタマ』の文字。りんごアタマとは、はじめて会ったとき、短く刈り上げられた彼女のアタマがまるでりんごのように赤く染められていた事に由来する。

むろん覚えやすいという理由で俺が勝手につけたのであって、本人は一切知る由(よし)もない。

右手の携帯電話はいまだしつこく鳴っている。俺はためいきをついて通話ボタンをたたいた。

「ご機嫌いかがですか、マダム」

携帯電話と無線で繋がっている左耳のイヤホンから、しわがれた女性の、落ち着いた声がきこえる。胸元のピンマイクに向かい、ノートパソコンのキーボードを叩きながら俺はしきりに言葉をかわす。

「わかりました、ではまた」

相手が電話を切った事を確認し、こちらも終話ボタンを押して携帯電話を胸元にしまった。ふうとためいきをつき、黙ったまま再び仕事に集中する。ディーンは長い脚を机の上に乗せて、何度目かのあくびを噛み殺した。

「電話先の相手、カジノオーナーの女だろう?」

「ああ。よくわかったな」

「あの女、やたらと声がでけぇんだ。まったく。やかましくって参っちまうよなァ」

べえべえと汚いことばばかり吐き捨て、眉間にしわをよせるディーン。

「おいアマービレ、知ってるか?」

「なにを」

「お前、あの女にも、命狙われてるんだぜ?」

なんだそのことかと、俺は唇をゆがませ笑う。ディーンは眠そうな目でこちらを眺め、ニチャニチャと火の消えたタバコを噛んだ。

「まったく、モテてモテて仕方がない。たまにはゆっくりさせてほしいよ。おかげで仕事に身がはいらないんだから」

「なんだ。これも知ってんのか。ほんとつまんねえの」

「生憎(あいにく)、店の権利書だろうが、剥がれ落ちた塗装のカスだろうが、俺の所有物であるうちは誰にも譲る気なんてない」

むろん、俺が死んだとしても、店は誰にもわたさないが。俺の死はとどのつまり店の終わり。金を生み出すもの、金になるもの、価値のあるものとそうでないもの。それらは俺の所有物というカテゴリーである限り、いずれは俺に使われ、俺のためだけにそのいのちを終えるのだ。

「なんて強欲なやつ!」

「お前も大概(たいがい)強欲だろうに」

ぱたん。ノートパソコンを閉じて椅子から立ち上がる。残りわずかなコーヒーをすすり、腕時計を確認した。

「少し出る」

どこかの林に住む木のおばけのように、棒から不規則に何本もの突起物が伸びた帽子掛けから、上等なウールフラノの中折れ帽子をとった。ディーンが噛み潰したタバコをぺっと吐き出し、ゆらり立ち上がる。

「お前だけじゃあいくらか心配だし、ついてってやろう」

あきれた!俺は二の句が継げず、もぐもぐと口をうごかす。そうして落ち着いたところでへらりと笑い、ようやく声をだした。

「…君は実に嘘が下手くそだな」

それを耳にしても、おおぎょうな仕種(しぐさ)で出口によっ掛かるディーン。…はあ、これはもう連れていくしかなさそうだ。しかし我慢ならず、腹いせに更に厭味(いやみ)を投下してやる。

「お前には嘘つきの素質がないんじゃないのだろうか」

「それ。イカサマ師に吐くせりふじゃねえなァ。まったく、そんなんじゃ俺、いい加減泣いちまうぜ」

「ぬかせ、このオオウソツキ」

「ぐうの音もでねぇや」



結局、暇を持て余したディーンは、髪を風になびかせながら俺についてきた。きっと飽きたら勝手に帰っていく。いつものことさ。

「なあ、なあ」

「なんだ、仕事中だぞ。ガキじゃないんだから黙ってろよ」

「のどが渇いてしようがねえんだよ」

「自動販売機でなんなりと気が済むだけ買ってこい馬鹿。いちいち俺に構うな」

「けちけちすんなって、『オカネモチノアマービレサァン』」

「そんな気色悪い声だすやつがあるか!」

結局、じりじり照りつける太陽の暑さに負け(たということにして)、俺は自分に缶コーヒー、ディーンにコーラを買った。それをふたりですすりながら、目的地までひたすら足をうごかす。



入り組んだ路地を跨いでいくうち、徐々に景観が荒(すさ)み、異臭も強くなる。どこからか生温い風が全身へと吹きつけ、人間ならだれしも、多少なり息苦しさを感じはじめる頃だった。

「そろそろか。おいディーン、お前はここからついてくるなよ」

ぷすりと釘をさす。

「期待にそえるかどうか。なんせ"待て"はやり飽きてうんざりなもんで」

「とにかく仕事の邪魔をするならお前でも容赦しない。ビジネスチャンスを棒に振るようなマネだけはしたくないからな」

念には念を。薄暗い路地裏で俺は目の前の男に詰め寄る。しかし当の本人はわかっているのかそうでないのか、へらへらと薄ら笑いを浮かべてタバコに火をつけただけだった。

「ふうん。まあ俺には関係ないし、お好きにドーゾ?」

「…まったく信用ならない」

「信用されるイカサマ師もどうかと思うぜ」

「それは…うん、一理あるな」




ディーンを路地裏に置いたまま、約束の場所までやってくる。俺の命をかねてから狙っていた『りんごアタマ』の経営するカジノの前だ。女らしく豪奢(ごうしゃ)に飾られた入り口。あまいあまいカルバドスのかおりが、ぷんと鼻先をくすぐる。

「あら、ホホ、ラストエンペラーのオーナーさんたら。ほんと時間ぴったりにいらしてくだすったのね。ホホホ、律儀な方!」

やかましい装飾品に埋もれて、痩せぎすの体がよけい目立つ。耳に残る笑い声。

彼女がうわさのりんごアタマだ。

耳の上より短く切り揃えられた真っ赤な髪。安っぽいスパンコールのドレスは、まるでうろこをすべてひきちぎられたカメレオンのよう。りんごアタマは羽のついた扇子でしきりにはたはたと自らをあおいでいる。ディーンと同じくらい痩せぎすのくせに、どうしてそこまで色気というものがないのか。はなはだ疑問で仕方がなかった。

「マダム。お久しぶりです」

「あなたもお元気そうでなにより。ホホ、あらやだ、またお痩せなさった?もっと食べなきゃダメよ?ホホ、ホホホ」

「毎日仕事が忙しいもので。ご心配痛み入ります。しかしマダムは相変わらずお美しくていらっしゃる。さあ、今日は陽が強い。雪のようなお肌にシミでもついたら大変ですよ」

「ホホ、そうね。じゃあお店にはいりましょうか。…さ、鍵はあいておりますの。お先にどうぞ」

一瞬、りんごアタマの目に薄汚いどぶのような影ができた。俺はそれをみのがさなかった。

「ありがとうございます。ではお先に」

そう、重い扉をあけた瞬間。

タアン!

甲高い銃声。どさりという不気味な音。
目の前の扉の隙間からは、額に穴のあいた男がひとり。ああなるほど、りんごアタマの気配がしない。
サプレッサーをかけたままの俺の銃口から白煙がたなびいている。

もちろん、後ろに立つ男の銃口からも。

「どうしてついてきたんだ」

俺は、りんごアタマの店から奪ってきた店の権利書やはんこ諸々を改めて確認しながら、隣のディーンに話し掛ける。ディーンはいつものように、悪びれもせずタバコをすっていた。

「言ったろう。お前だけじゃあ心配だって」

「…これだからイカサマ師は」

「よおく聞けよ。俺があの女を撃たなけりゃあ、お前、扉の先にいた用心棒に気をとられてる隙にうしろから一発かまされてるところだったぜ?ちったあ感謝してほしいね」

「あのりんごアタマにそんな気概(きがい)があるわけない。それも計算にいれての行動だ。馬鹿」

「りんごアタマ?」

「なんでもねえよ!それよりお前、銃使うにしても、サプレッサーくらいつけておけよ!あのあと集まってきた従業員全員殺すだけでだいぶ時間食っちまっただろうが!」

「新しい店舗も手にはいったんだし、細かい事は言いっこ無しだろ、カジノ街のオーナーさんよ。ま、気楽にいこうぜ」

そう、ディーンはカラカラ笑って街の喧騒に消えていった。散々文句を言おうと吸っていた空気が口のなかでいきばを失い、俺はそれを、生ごみの臭いと共に胃袋まで一気に飲み下した。



























(捕食者の掟)

「ああまったく!こんなマズイの、食えたもんじゃねえ」
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