小話

◎りっぷ過去話



とあるおおきな国に、それはそれは優しい王妃さまと、とても強くたくましく、そして民を心から愛する王さまがいました。
王さまと王妃さまは誰からも愛され、毎日幸せにくらしていました。






さよならを言わせて






そんな折、とあるおおきな国に、嬉しい出来事がありました。
なんと、王さまと王妃さまのあいだに、かわいらしい赤ちゃんができたのです。
赤ちゃんはおんなのこでしたが、おおきな国の未来の王女さまとして、また、みんなの愛する王さまと王妃さまのこどもとして、国中から祝福をうけました。

「王さまばんざーい!」

「王妃さまばんざーい!」

おおきな国の王さまと王妃さまと同じように国中から愛された赤ちゃんは、その後もすくすく成長し、かわいらしい女の子になりました。

お姫さまは、大好きな王妃さまが毎日梳いてくれる、自分の海の色の髪が好きでした。
お姫さまは、大好きな王さまが毎日褒めてくれる、陶磁器のように真っ白でやわらかな自分の肌が好きでした。

けれど、お姫さまにも自分の大嫌いな部分はありました。じいやに褒められてもばあやに褒められても、庭師や侍女や国のみんな、しまいには大好きな王さまと王妃さまからさえ褒められても、まったく嬉しくない。ちいさなお姫様の中にあるおおきな欠点。


それは、「ものを凍らせてしまう」という、生まれつきの不思議なちからでした。


誰もそんな不思議なちからなんて持っていなかったので、お姫さまはそのちからをじょうずに使う方法を知る事もできませんでした。たまに不思議なちからが暴れだして、侍女の運んでいたお皿を凍りづけにしてしまったり、おおきな国の気温を一気に夏から冬へ変えてしまったり、まいにちたいへん!

だからお姫さまは、大好きな国のみんなを困らせてしまう、自分の不思議なちからが大嫌いだったのでした。

「こんなちからなんていらないのに」

ちいさなお姫さまはおおきなお部屋で、毎晩ひとりでしくしく泣きました。
あまいあまいお菓子や、ふわふわのベッド、かわいらしいぬいぐるみでさえ、いまのお姫さまを笑わせることはできません。


そう、
お姫さまはひとりぽっちだったのです。




しかしそれでも、国のみんなはお姫さまを愛しました。建物がこおりづけになっても、夏がこなくても、お皿がわれても、花が枯れても、誰もお姫さまを責めたりしませんでした。

お姫さまは大好きな王妃さまに問います。

「ねえおかあさま。どうしてみんなは私を嫌いにならないの?」

王妃さまはお姫さまの髪を撫でながら答えました。

「じゃああなたは、もしわたくしや王様やじいややばあや、この国の誰かがあなたと同じようにいろんなものを凍らせてしまったら、その人を嫌いになってしまう?」

お姫さまはちいさな頭を一生懸命横に振り、そして答えます。

「ううん。だって私はこの国のみんなが大好きだもの。そんなことで嫌いになったりしないわ」

王さまがやってきて、そしてお姫さまをやさしく抱き上げ、額に優しくキスをしました。

「みんなも同じなんだよ。みんなお前のことが大好きなんだ。その不思議なちからも含めて、"みんなの大好きなこの国のお姫さま"なんだからね」






それからまた幾年が過ぎ、ちいさかったお姫さまも背が伸びて、ずいぶん女性らしくなりました。そしてお姫さまは、自分を心から愛してくれる国のみんなのおかげで、不思議なちからのことも前より好きになっていました。

「お父さま!」

腰まで届く海色の長い髪を揺らし、お姫さまは昔よりすこしだけ白髪の増えた王さまに、笑顔で駆け寄ります。王さまはひとつきほど前に、ここからとても遠く離れた国へ仕事にでていて、今日やっとお城に帰ってきたのでした。
王さまはしわくちゃの顔をもっとしわくちゃにしながら、かわいい愛娘をやさしく抱きしめます。

「やあ、ただいま」

「たいへんだったでしょう。お疲れさま」

「ああ、今日はゆっくり休むとするよ」

「じゃあまた明日、たくさんひとつきのお話を聞かせてちょうだいね!」

「わかった。約束する。じゃあおやすみ、かわいいお姫さま」

そう言い一度額へキスをして、王さまは自分のお部屋へと戻っていきました。


それから先、永い年月の末。王さまはお姫さまの額へキスをすることも、優しくだきしめることも、ましてや見つめ合いほほ笑み合い、何気ない会話を交わすことさえ、なかったといいます。





長旅で疲れた王さまはぐっすりと眠り、ふくろうが三度首をくるくると回した月の明るい夜のことでした。

がらがらがしゃあん!
きゃあきゃあ!わあわあ!
ぱりーんどかーんばりばりばり!

お城中に響く大きな音と、王妃さまの叫び声。夢うつつだった兵士は顔面蒼白のままふたりのお部屋へ駆けてゆきます。

「王さま!王妃さま!」

みんながみんな、ふたりの無事を祈りました。しかし神様はあまりに無情でした。

開け放たれた窓からは静かに月のあかりがさしこみ、真っ赤にそまったふたりは眠るように床へと倒れていました。胸には深々と刃が突き刺さり、静かな部屋にはふくろうの鳴き声しかひびいていません。

ほうほう、ほほう。






だれもが願いました。

「自分の命なんていくらでも捧げます。だからどうか、愛する王さまと王妃さまをお助けください。どうか。どうか。」

しかし願いは所詮願い。誰もそれを叶える術などもっているはずがないのです。いじわるな神様に見捨てられた、愛するべき大きな国の王さまと王妃さま。この国にはもう、ちいさなお姫さましか皆の心のよりどころはありませんでした。






「昨日の夜、王さまと王妃さまがお亡くなりになられました」

起きぬけ一番そう聞かされたお姫さまは、たいそう驚いていたようすでした。なにかたくさん短い間に思案して、そうして決意したように唇をきゅっとひきむすび、王さまと王妃さまのもとへと歩いて行きました。

3人しかいない分厚い扉のむこうから、なにもきこえないまま5分、10分、30分。心配になった婆やは、泣き崩れ真っ赤になった目元をこすりこすり、分厚い扉にそっと耳をあてます。

「おとうさまあ」

「おかあさまあ」

心臓を掴み、喉を切り裂くような悲痛な泣き声。お姫さまはずっと泣いていました。みんなを不安にさせまいと、必死に声を殺して。だってお姫さまはこれからたったひとりで、この国を守っていかなければならないのですから。

「ああ、どうして」

「どうしてなの」

婆やはあまりに悲痛な泣き声に耐え切れず、その場を去りました。お姫さまがその日一日中ふたりの側から離れることはありませんでした。





ふたりが亡くなったことは別世界中にひろまり、様々な国から手向けの花束や、哀悼の言葉が贈られてきました。ふたりは国など関係なく、ほんとうに世界中から愛されていたのです。飾りきれない花束に囲まれ、その日のお昼にふたりは灰になりました。ふたりの灰は高い高い煙突から煙になって、風に乗って世界中をまわるでしょう。

「大臣、明日から私にお仕事を教えてください」

「…かしこまりました」

悲しみの空気に世界中が包まれながらも、お姫さまは上を見続けます。大好きなお父さまとお母さまが遺した大切なこの国を、守るべきが自分のつとめ。悲しんでいる場合ではない。







決意を固め涙を拭うお姫さまの背後に、新たなる不穏な影が擦り寄りつつあることには、誰も気づかずに。今日も夜がはじまります。






ほう、ほほう。

























(さよならを言わせて)

長い愛から身を置く前に。
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