小話

◎ディーン、デルーカ、歌留多
◎ディーン視点


俺は相手をとことん追い詰めるのが好きだ。

トランプを一枚捲る度
ボールがポケットに落ちる度
7の数字が揃う度

相手の顔がだんだんと青ざめていって、どこか逃げ道はないかと、死に物狂いで慌てふためく。運だけじゃ勝てないって、どこかの誰かも言ってただろ?
この界隈はイカサマも含め全てギャンブル。ハマれば抜け出せない底無しの沼。それを乗り越え勝ち組になった奴だけが、沼の遥か上から相手を見下ろす権利を手にいれる。

勿論眺めは最高だぜ?
アイツが来てからはもっとな。



・・・数年前



俺はいつもの様に、アングラカジノで暇を潰していた。
その頃の俺は、好奇心に任せここら一帯のカジノを分別(ふんべつ)なく片っ端から喰い潰し、『カジノ荒らし』としてこの街一帯に名を広めていた厄介者だった。
むろん、わざわざ負けるとわかって相手になる無鉄砲なんざ、この街にはもういなかったし、まだ俺のことすら知らない新参者の財布からはした金を頂戴するのもあまりにつまらない。
じゃあどうすればいい?わざと負けて、またちまちまカモを探すのか?

「性分じゃねぇ」

ぼそりと呟きながら、目の前で脂汗を流し手持ちのカードを凝視するいかにも金持ちそうなぶくぶく醜く太った男の顔を、チラリと眺めた。男の目は黄色く、血走っている。

(どうせ俺が勝つんだ。サッサときってくんねーかな…)

はぁ、とため息をつくと、横に立つディーラーが相手に持ち時間が短くなった事を告げた。俺はタバコに火をつけ、なまぬるいコカコーラをすする。

すると男は小さく唸りながら、汗で湿ったトランプをようやく捨てた。

(……ワンペア。しょっぺえなぁ)

どうでもいいが俺の手持ちはカナリ前からロイヤルストレートフラッシュだ。さっさ終わらせて今日は帰ろう…気分が乗らねぇ…。

そうして、やれ、コールしようと、口を開いた時だった。

「ロ…」

「貴様ぁぁぁ!イカサマとは何事だぁぁぁ!」

突然ホール中に甲高い女の声が響いた。
一瞬俺の事かと思ったが、もう少し離れた場所から聞こえてきたみたいだ。綺麗に着飾った客達がざわめきながら一点を見つめる。

…その先には、燃えるような緋色の袴を纏ったポニーテールの女が、いかにもイカサマしそうなひょろ長い男の胸倉を掴んで揺さぶっている姿があった。

「イカサマなんかして得る勝利は嬉しいのか!?旨いのか!?」

「イカサマなんかしてないっ…どどどこに証拠が…」

「服の袖を見せてみろ!」

(あーあ…下手くそがいっちょ前にイカサマしてんじゃねぇよ…ダッセエ…)

よく見れば責められている男は、最近この辺りのカジノでイカサマをしてはバレて逃げての繰り返しをし続けている男だった。

俺は吸っていた煙草を灰皿に押しつけ、手元に置いてあった箱から煙草をもう一本抜いて、火をつける。

(まああの女もなんだ…正義のヒーロー気取ってご苦労なこった)

まったく俺には関係ない。

一度口から紫煙を吐いて、目の前で茫然としている男とディーラーに見せつけるように手持ちのトランプを台の上へ無造作に落とした。

「ロイヤルストレートフラッシュだ、じゃあな」

二人はハッと現実に引き戻されたようにカードを凝視する。
すると台の上のカードを見た男は突然顔を真っ赤にさせて文句を言ってきた。

「お前イカサマしただろ!」

男は立ち上がり唾を飛ばしながらまくし立てる。

「あ?」

「だから!お前最近この辺りのカジノで金を巻き上げてるディーンとかいう男だろ!?」

「…だったら何だよ」

「きっとイカサマだ!じゃなきゃこの俺が負けるはずがない!!」

(何を根拠に…)

すると騒ぎに気付いたのか、さっきまであの女の方を見ていた客が今度はこっちを振り向いてざわついてくる。
ディーラーは未だに口汚く俺を罵っている男を落ち着かせようと必死だ。

(滑稽だな)

なんだかおかしくなってきて、思わず笑ってしまった。それにめざとく反応したのか、男は更に怒り、台を叩いて俺を指差す。

「とにかくコイツはイカサマ師だ!おい!店長を呼べ!警察に突き出せ!」

アングラで遊んでおいて、よくもまあ『警察』なんて単語をぬけぬけと…。勿論店長なんて現れるわけもなく、男の怒りは最高潮だ。顔面は汗まみれでどす黒い。

「クク…」

「貴様っ…!まだ笑う…」

煽るように笑顔を見せて、男が再度俺に喰ってかかろうとした時だった。

「ちょっと待て!」

周りにたかる野次馬達を押し退け、あの赤い袴の女がこちらに近ついてきた。よく見るとなかなか端正な顔をしていて『凜』という言葉が似合うような、少しツンとした造形をしている。

その女は俺に近づくと、臆面もなく話し掛けてきた。

「貴方は本当にイカサマをしていないのだな?」

大きな瞳は一点の曇りも無く、俺を射抜いてくる。

(コイツ…面白いな…)

丁度代わり映えのしない勝負に飽き飽きしていた頃だ…。ここは一つ危ない橋を渡ってみるか?

「…してたらどうする?」

不敵な笑顔を浮かべてみせると、女は予想に反してにこりと笑い言った。

「なら鉄鎚を下さなきゃならない」

「ハッ…下せるもんなら下してみろよ、証拠なんかどこにもないぜ?」

俺のイカサマは完璧だ。決して誰にも見破られる事なんてない。

「証拠なんか無くても勝負すればわかるんだよ、私は」

コイツの瞳に炎が灯るのが分かった。俺自身も、未知の相手に対し段々気分が高揚してくる。ギャラリーも俺達を煽り、勝負するようはやし立ててきた。
ホールの空気は異様だ。一歩間違えれば今にも足元を掬われて溺れ死ぬような感覚…こんな気持ち何年ぶりだろうか。

「じゃあ勝負しようぜ」

手に持った煙草を一度大きく吸って、灰皿にこすり付けた。もはやあの男は蚊帳の外だ。

―今はコイツと勝負がしたい。

「いいとも、やってやろうじゃないか」

俺達はお互いさっきまで使っていた台の対面に立ち、同時にディーラーを見た。

ディーラーは慌てたように散らばったトランプを集めて、きり、配る。

イカサマの伏線はもう張っておいた。

この勝負…

「勝たせてもらうぜ…お嬢さん」

「私の名前は歌留多(かるた)だ、覚えておくといい」

「歌留多…か、俺はディーンだ、聞いた事くらいあんだろ?」

「!お前がカジノ荒らしの…ふふ…そうか、しかし悪いな、この勝負勝たせてもらうぞ。地の底までたたき落としてやる」

「クク…逆に引き摺り込んでやるさ」

そして俺は、俺の運命を背負うその薄っぺらい手持ちのトランプを見て

(勝負だ)

戦いを始めた。


―そして


「引き分けです」

「まさか引き分けなんかになるとは…」

「俺もだ…人生で初めてかもしんねぇ…」

勝負は本当に楽しかった。そして接戦だった。相手の裏をかこうとすればまた相手がその裏をかいてくる。コイツの実力はその辺の奴等の比じゃねぇ。

「だが戦ってわかったよ、ディーンお前は確かにイカサマ師だった」

「………それで?」

「だけど見事だったよ、私ですら騙されそうになった」

「そうか……なあ、お前…」

「それじゃあ私は帰る、今回はその鮮やかなテクニックに免じて見逃してやる、だが次に会ったら必ずその出鼻を挫いてやるからな」

「…は?」

「イカサマは悪だ!見過ごすわけにはいかないんだよ!じゃあな!」

そう言い残して、歌留多は颯爽とカジノから出ていった。

(アイツ何者なんだ?)

あれ程の腕を持つくせに名前を聞いた事がない……。

「歌留多か…」

俺はおもむろに立ち上がり、また新しい煙草に火をつけ、未だ興奮覚めやらぬカジノからするりと出て行った。生暖かい風が頬を撫でる。
外ではデルーカが入れ違いに中へ入ろうと扉の前に立って、ノブに手をかけようとしていた。

「あら、終わったの?」

「ああ」

「?…なんだか楽しそうね」

「強敵が見つかったんだ」

「…そ」

デルーカは相変わらず無表情のまま踵を返して歩き始める。無言のまま暗い夜道を歩いていると、デルーカがそうだと呟いた。

「最近ね」

「ああ」

「すごい天才ギャンブラーが現われたらしいのよ」

「天才ギャンブラー?」

「えぇ、女性らしいんだけど、相当腕の立つギャンブラーなんですって。しかもイカサマ無し。どれも運」

「……………」

「運だけで全勝無敗よ、私も噂を聞いて驚いたわ」

「なあ、ソイツって真っ赤な袴に、オレンジのポニーテールか?」

「?知らない…けど…名前が…なんだったかしら…確か…」

「…歌留多」

「そう、何でディン知ってるの?」

「ククク……なんだよソレ。すげーおもしれぇじゃん」

「…もしかして」

「そんな旨そうな餌、滅多に転がってねぇよ…ああ、絶対に喰い殺してやる」

「なるほど。まあ、頑張って…」

「待ってろ。すぐにあいつの泣きっ顔プレゼントしてやるからよぉ、なあ、歌留多」

俺は最強のライバルになるであろう女の名前を一度呟いて、今よりもっとイカサマの腕を磨く事を決意した。

波の全くない俺の世界に突然落ちてきた一雫の水が波紋を生んで鼓動を激しく揺らしていく。

(早く勝負したい)

俺は、火のついていないタバコを噛む。右のポケットに入ったトランプを指先で撫で、たぎる心臓の熱を冷たく冷えたトランプの箱にひっそりと詰めた。



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