小話

◎デメテル視点
◎デメテル/樹雨/クルーソン/鬥


ショッキングピンクのリボンでラッピングされたいくつかの容器。中身はその見た目とは想像もつかない、鈍くくすんだ薬莢のみである。






ムスク♂♀






風が吹けば今にも倒壊しそうな古びた宿。活動拠点としてこの部屋に住み続けてもう何年経つだろう。不気味に広がる果ての森の中に建つその宿には、客も従業員もずっと誰もいなかった。
蒸し暑いはずの気候をもろともせず、濃く茂(しげ)った葉が陽射しを遮りいつでも妙に肌寒い。汗をかくことが嫌いな私にとっては、最高の立地条件であった。

宿の周囲をとりまく薄靄(うすもや)に屈折したわずかな陽の光が、レースの隙間から白いベビードールの裾を照らす。
今日は協会から依頼が5件はいっている。はぁ。ため息をひとつおおきくついて、だるい体をシーツから引きはがし、部屋のテーブルに残ったままの冷めたコーヒーを勢いよくあおる。―嗚呼、なんて苦い。

朝食にフレンチトーストをつくった。
蜂蜜が残り少なく、舌打ち。
あまり人前に出ないよう協会からきつく言われている私たち殺し屋は、一ヶ月に一度協会に必要なものを注文し支給してもらうことが多いのである。甘みの足りないフレンチトーストをもさもさと胃におさめ、温かい、砂糖たっぷりのコーヒーを飲む。冷凍庫から食べかけのバニラアイスの容器を取り出して一口だけ食べた。

「森の外は陽射しが凄そうね…日焼けしちゃうじゃない。最悪」

シャワーで濡れた髪を乾かしながら窓の外を見る。今日の最後のターゲットは大物。大陸一の権力を持つ『海の国』と遥か昔から対等に渡り合ってきた強国、『地の国』の王


クルーソン


依頼者は海の国の大物政治家。王女やその近辺の人間にすら知らされていない極秘任務。それだけあってターゲットの強さも相当なものだ。地の国の王が生み出す炎は大気すら焼ききり、あらゆるものを消し炭にするちからをもっているらしい。暑いことがなにより苦手な私にとって炎タイプほど面倒臭い相手はなかった。

むきだしの肌に日焼け止めを塗りたくる。ウェストにふたつ、腰にみっつ、両腿と背中と右ふくらはぎにホルスターを巻いて、そこへ銃を丁寧にしまい込んだ。両肩と胸の谷間、靴の中にはナイフを隠す。背にひとふり剣をしょう。ホルスターの幾つかに手榴弾や小型の火炎放射機を取り付けて、最後におびただしいほどの薬莢と弾倉がつめこまれた上着をはおり、準備完了。
9丁ある銃は昨晩ひとつひとつ分解しきちんと掃除したあと、実弾で射撃の練習もしておいた。


―殺し屋に失敗は許されないのだ―


桃色にうねる長い髪の両端をピンクのリボンで結ぶ。静かにおんぼろ宿の扉をひらいて、ヒールの音を響かせながら外に出る。湿った温い風はじめじめと肌を伝い、不快感しか感じなかった。






午前中に4つの仕事を軽くこなし、協会の息がかかった路地裏の武器屋で、減った薬莢を買い足す。剣にこびりついた血液は乾いて変色しはじめ、こすってもなかなかおちなかった。

「さて、ここからが本番ね」

時刻は26時5分。音もなく夜に紛れ、整備された地の国の城下街を駆け抜ける。街は寝静まり、月の夢をみる。夜は思うより明るい。

トン!タン!テン!

レンガの屋根から屋根へ飛び移り、国の中心に建つ城の城壁へ全速力で近づいていった。あと数mで壁に手が届く!私はふっとちいさく息を吐き、腰から長いロープを取り出してそれを勢いよく空へ投げた。投げたロープの先には鉄製の熊手がついている。

ヒュルルルル

空を裂く細い音がして、ガシャン!城壁のてっぺんに熊手の先がうまくひっかかったようだ。強度を確かめるためロープをぐいぐいと数回引っ張ってみたがいっこうに外れる気配がなかったので、そのままロープを伝い壁を駆け上がる。まるでトカゲのように垂直の壁をひょいひょい進む。あっという間にてっぺんまでたどり着いた。警備の状態を確かめるため、城壁から少しだけ顔を出し下の様子をうかがう。
王室の場所は既に把握していた。

(見える範囲で2人か。案外手薄なものね)

しゅるりと壁から身を放る。音もなく城内へ進入し、私の姿を見つけ声をあげようとした警備員の首を躊躇なく次々へし折った。白目を剥いて血の混ざったあぶくを口から垂らし絶命した男共の姿。それがどうにも可笑しくて唇が歪む。

今すぐその頭をヒールで踏み潰してやりたい!

加虐的な願望に駆られながら、私は先を急いだ。

幾つもある曲がり角を進み、幾人もいる警備員の命を絶つ。弾の消費も0、刃先もまだ血で切れ味を落としちゃいない。

「いい流れじゃない」

ぽつり、そう呟いた時だった。

「あら、どこの野良犬かしら。迷子なら私が出口まで案内してさしあげましょうか」

「……!」

突然背後にあらわれた気配に身が凍る。間合いをとるため急いで床を蹴りあげ、後ろを振り向いた。

「あんたは…」

「地の国の王クルーソンの側近兼護衛をしております樹雨と申します。以後があればですが、お見知りおきを」

朱色の袴に栄える、夜のように艶やかな黒髪。月明かりに照らされ吹き抜けの風になびくそのしとやかな見た目とは正反対に、全身に突き刺さるような殺気が私の息までも止める。真っ赤な唇がゆっくり弧を描き、言葉を放つたびその口腔からチラチラ覗く舌に視線が釘付けになった。

「たった7分で死者15人。我が国の大切な兵を減らした落し前はどうつけてくださるおつもりかしら」

「…落し前もなにも、あんたがその16人目になるんだから気にする必要なんてないでしょ?」

「威勢のいい雌犬…いや、雌牛か。うちのエロ国王が大層気に入りそうな見た目しやがって、これ以上執務休まれたらいい加減はらわた捩切れそうなので、死んでいただきますね」

「ずいぶん見た目とは想像もつかないような喋り方をする女ね。二重人格かしら。」

「女…?ああ、俺、男だから」

衝撃的な発言を繰り出した瞬間、樹雨がこちらに勢いよく踏み出した。軽いステップで地から両足を切り離し右手を軸に蹴りをいれてくる。袴の裾が空中でヒラヒラ踊り、まるで金魚のようだった。やはり男だと言うだけはあり、咄嗟に両腕でガードをいれたものの私はバランスを失い後ろへ倒れてしまう。
慌てて起き上がり体勢を立て直す。じんじんとした痛みを持ったままの両腕に一丁ずつ銃を握らせた。当の樹雨はニヤニヤした笑顔でこちらを見る。

「やっぱ女だな。すぅぐバランス崩して倒れやがる」

「女だからバランス崩しやすいなんて理屈おかしいわ。これであんたが私に無様に負けたら末代までの大恥ね!」

タンタンタン!!自動装填で次々銃身から弾丸が放たれる。しかしどれもこれも本命には当たらず、壁の塗装を剥がし弾痕を残していくばかりだ。軽い身のこなしの樹雨は、雨の様に降り注ぐ弾丸を避けぐんぐんこちらに近づいてくる。

「当たんねぇよブス!!」

「っ…!」

いつの間にか握られていた懐刀で少し身を切られた。鋭い痛みに足がふらつく。立て続けに鈍い痛みが数箇所。骨が軋み息が詰まり、暗転。銃が硬質な音を立てて両手から離れた。

「アハハ!無様な姿だなァ!」

仰向けに倒れ必死に呼吸する私の胸の上へ、樹雨は容赦なく足を乗せギリギリと体重をかけた。息ができない。

「……ぐ」

「これだから女は駄目なんだ。弱くてちっぽけで、そのくせ自尊心は高いときた。何かに守られてなきゃマトモに生きてけやしない…今の手前みたいにな!」

ギリギリ ギリギリ

コイツと私しかいない暗闇に苦痛の声が響く。朦朧とする意識のなか、なんとか腰のホルスターにつけてある手榴弾を掴もうと、必死に震える手を伸ばす。

―触れた

「これだからっ……男は、結果がでるまえに、すべ……て、わかったような、事ばかり言って、決め……つけるっ!!」

ピン!!

手榴弾についている安全ピンを抜いて樹雨にむかって思い切り投げた。これで樹雨が避けなければ自爆は確実だったが、それはまずないだろう。案の定一瞬驚いた顔を見せた樹雨は、小さく舌打ちして爆発から自身を守るため私から数メートル遠ざかった。そのすきに私もゴホゴホ咳込みながら爆発の及ばない場所まで走る。

カッ!!

激しい閃光を放ち、間髪いれず耳をつんざくような爆音と、遅れてきた爆風が桃色の髪を舞い上がらせた。もうもうと立ち上り視界を奪う硝煙(しょうえん)。ツンとした火薬の臭い。私は感覚を研ぎ澄ます。そして、

「右!!!」

案の定凄まじい脚力で以て、蹴りが顔面すれすれを凪いだ。間一髪後ろに二転三転、音もなく着地。粉々に割れ、積もったがれきの上に、樹雨もふわりと足をおろす。

「なんだよ、少しはできんじゃねぇか。ブス」

「おあいにくさま、女から見ればあんたなんてどうみても女装趣味のキチガイナルシストにしか見えないわよ。ブスのほうがよっぽどマシ」

「ギャハハハ!ブスがなにほざいても負け犬の遠吠えにしか聞こえねぇんだよ!ん…ああ、犬じゃねぇ、ブタだった!」

醜悪(しゅうあく)な内面を露呈(ろてい)しながら笑い声をあげる樹雨。いますぐそのヘッタクソな化粧を崩して全身蜂の巣にしてやりたい!!まだ残っている銃に触れようとした、その時だった。


「まぁ随分といやらしいケツしてんなぁ~」


腰…いや、お尻に、グローブのザラザラした感触。そしていやらしい手つきで柔肉(やわにく)を揉みしだかれる感覚。なにより背後にある強烈な存在感。それに今まで気づかなかった事が信じられなかった。しかし既に、振り向かなくても誰が背後にいるのかはわかる。
噂に聞いたとおりだわ。

「あらやだ王様ったら、私へのお触りは料金が発生するのよ?知らなかった?」

グロスがギラギラひかる唇で弧を描き、振り向きざまホルスターから抜いた2丁の銃を、クルーソンの心臓と頭に押し付け迷わず引き金を引いた。
しかし本来脆い肉に穴を開けているはずの弾丸は、その役割をはたすまえに壁へと吸い込まれ、芥(あくた)を舞い上げては内装を壊す。

「そこのペットと違ってずいぶん落ち着いた動きをなさるのね!!」

叫びながら引き金を引き続ける。すさまじい銃声とガレキが弾ける音。銃身が熱をもち徐々に赤くなってきた。―どうにも当たらない。

いや、《当たる可能性もない》

クルーソンの動きはかなりゆるやかでそれほど早くもなかった。しかし樹雨の時とは違い『後もう少しで当たりそうだった』という感覚が全くない。それは『幾ら撃っても意味がない』。そんな気持ちにさせる動きだった。
実際クルーソンの両手はズボンのポケットの中で、いやらしく歪んだ目は私の胸へと一心に注がれ続けている。

「…ちっ」

これじゃ弾の無駄だ。舌打ちした私はなるべく隙をつくらないように狙撃をやめ、樹雨とクルーソンのふたりを視界におさめるために手榴弾を投げて、急いで安全な場所まで移動した。手榴弾は先程と同じように強烈な威力で建物を破壊する。視界は良好ではないので、感覚を研ぎ澄まし一心に目を凝らした。
もやが晴れたころ、そこには自分の飼い主を守るように立つ樹雨と、相変わらず不敵でいやらしい笑みを浮かべたクルーソンが立っていた。クルーソンが口をひらく。

「お前殺し屋の人間だろ?」

「その質問に答える義務はないわ」

「萌えるねェ。ダイナマイトグラマラスな痴女に命を狙われるなんて。樹雨、俺嬉しすぎて死にそう」

「じゃあそこのブスにでも殺されてろ」

下品にケタケタ笑う国王。
こういう男って私大嫌い!

「まあいいや。ちょうど仕事がたまってて気が滅入ってたところだ。相手してくれよ」

「またサボってんのか手前は!!いい加減監禁して泣かすぞ!!」

「俺は監禁されるよりする方が好きなんだっつーの。ホラ、そこの巨乳美人ちゃん、あいつ捕まえて監禁プレイなんて最高じゃね?やべえ…勃ってきた」

「まじでどうしようもない変態だな」

今自分の命が狙われているなんて微塵も思ってないようなクルーソンの言動に呆れた。どうやら地の国はこんな煩悩だけの馬鹿な王に統治されているらしい。

「地の国も哀れね」

「あ?」

「王様みたいな若々しくて性欲有り余ってる猿に統治されて、地の国が可哀相だって言ってんのよ!!!!」

私は腰に提げていたサブマシンガンの引き金をふたりに向け勢いよく引いた。ものの数秒ほどで20発近く連続で弾が発射され、あたり一面蜂の巣になる。そしてあまり間隔をあけないようタイミングを見計らい弾倉を素早く付け替える。ふたりは広範囲に及ぶ弾丸から身を守るため左右にばらけた。
サブマシンガンは左へよけた樹雨に、右によけたクルーソンへは6発連射可能なリボルバーで応戦する。しかしすべての弾はするりとふたりの体をよけて壁や床に吸い込まれていく。

「ちょこまかちょこまかとっ…!、うわ!」

空になったリボルバーへ弾丸を詰めようとした時、右から炎が飛んできた。間一髪よけたはいいものの、銃の熱と横切った炎の熱さで汗が顎からしたたりおちる。銃の撃ちすぎで腕が痺れてきた。
途端背後から樹雨の強烈な蹴り。前屈みになり、前転しながら装填、後ろの樹雨に向け銃を撃つ。床を思い切り蹴って体勢を立て直そうとすれば、今度はクルーソンが素早い身のこなしで拳と蹴りを繰り出してきた。

「変態で卑怯って最悪ね!」

「あんまり罵るなよ、興奮する!!」

満面の笑みでそう叫ぶクルーソンの右手から泉のように炎が吹き出る。それはまるで龍のように彼の全身をとりまき、周囲の景色を蜃気楼へと変えた。彼は大陸で最強の炎使い。その肩書はどうやら偽りではないようだ。

なにもなかった足元から次々と火柱が上がり、上等な絨毯を焼き尽くす。クルーソンの操る炎は私を丸焼きにしようとこちらを睨み、ユラユラゆらめいている。暑い。息が苦しい。きっと酸素が燃えているせいだ。

「ずいぶん官能的な見た目になってきたけどどうした?疲れたのか?暑いなら服脱がしてやるからこっち来いよ」

「ハアッ……ハアッ……黙りなさい変態。あんたみたいな下衆(げす)に見せるほど…私の裸は安くないわ…」

「クク…強気な女もたまんねぇなあ!屈服させて『愛してるからめちゃくちゃにして!』とかなんとか言わせたくなる」

「ボキャブラリーが、終わってるわね…」

「生憎欲求に忠実なもんで」

ジリジリと肌が焼ける感覚がした。弾のないサブマシンガンとリボルバーを床へ投げ捨てる。
下手な鉄砲数撃っても当たらないなら――

《一か八かの特攻だ。単発式で密着して撃つ。》
《ー例え刺し違えてでも。殺し屋に失敗は許されないのだ》

単発式拳銃とは一発の弾薬しか装填できない拳銃のことだ。私が殺し屋をはじめる以前から大切にしていた、今は亡き父の形見。それに震える手で真鍮の薬莢をゆっくりとこめる。

「おいブス、ずいぶんアンティークな拳銃持ってんじゃねえか。それで自分の頭でもぶち抜いてくれんのか?あぁ?」

「残念だけど今日の予定にそんなものはいってないの。さっさと終わらせてシャワーを浴びたいわ…汗くさくてやんなっちゃう」

「水道代のムダだ。死ね!!」

樹雨がこちらに向かってくるより早く、自分から樹雨に向かって走った。目を見開き体勢を立て直そうとした樹雨に体当たりして、右膝に銃口を宛がい引き金を引く。

「…っ、ぐああ!」

痛みに歪んだ顔。自らの血液で、朱色の袴が赤黒く染まりはじめる。床にしゃがみこんだ樹雨は血走った目でこちらを睨んできたが、構っている暇はない。本当のターゲットを消さなくて―――…

「―っ!!!」

突然左肩に、突き飛ばされたような衝撃が走った。そしてすぐさま感じた熱さに脂汗が滲む。正面に視線を移す。そこに見えたのは、薄く硝煙を吐く銃口。アサルトカービン。

「そいつは俺の大切な側近なんだ。キズモノにされちゃあたまんねぇんだよなぁ。わかってる?そういうとこ」

「…ぐ、っ……」

徐々に痛みが骨から全身へと伝わり、目の前がぼやける。クルーソンが右手にカービン銃を握ったままこちらへ歩いてくる。
両肘をつき痛みにうなだれた私の前までくると、しゃがみこみ後ろ髪を掴んで、無理矢理顔をあげさせられた。髪がメリメリ嫌な音をたてる。とにかく屈辱的だった。

「やっぱり、所詮女は女なんだよ」

なんでもないように放たれたその言葉にはらわたが煮え繰り返りそうになる。
悔しい、悔しい、悔しい悔しい悔しい悔しい!!!


怒りと情けなさで視界が滲んだ。そして拳にちからを込めた時、まだ使える右手にきつくにぎられたままの拳銃の存在に気づいた。…最後の悪あがきだ。

「ねえ……王様、知ってる?」

朦朧とした頭で必死に舌を回す。

「女ってすごく……諦めが悪いのよ」

唇を噛み締め私はソレを、目の前の男の心臓へ突き付け、思い切り撃った。

タアン!

銃口から弾が発射されたと同時に、景色が暗転。そこで私の意識は途切れた。





目が覚めると見知らぬ家に居た。そこはずいぶん小さくてなにもなく、なにより血生臭かった。壁や床にいくつもある染みは明らかに血痕であり、死体を解体する際に重宝しそうないかつい道具が棚へと無造作にしまわれている。

「目が覚めた?」

聞き覚えのある声。振り向くとそこにいたのは、協会でもトップの殺し屋として名高い、鬥だった。

正直私はこの男が苦手だ。
協会にやってきた頃よりは落ち着いたけれど、未だ年相応の精神年齢を持ち合わせていない無邪気さが、この男への不安感を際立たせている。なにより何故私は今こいつの家のベッドで休んでいるのだろう。任務は?クルーソンはどうなったのか。
後から後から疑問が湧き出て頭痛がした。

「どうして私、あんたの家に…」

「覚えてないか。覚えてないよね」

ケラケラ笑って私の足元に腰をおろす。安っぽいベッドのスプリングが軋んで音をたてた。

「協会から俺に緊急で命令がくだってさ」

「…命令?」

「地の国の城内での任務があまりにも大規模な戦闘に発展しちゃってるから、早急にクルーソン暗殺中止を君に伝えに行けって」

「……中止、っ!」

左肩に巻かれた包帯が赤く染まっていく。ずきずきした痛みに脂汗をにじませながら、鬥の話しを聞いた。

「クルーソンが想定外の強さだったのと、側近である樹雨の戦闘力を計算にいれてなかった協会側のミスだよ。君に非はない」

「…………なにそれ。じゃあ私、あいつらの強さに負けて尻尾巻いて逃げたってわけ?」

「でも最後の最後に君が放った弾は、クルーソンの体を撃ち抜いてたみたいだけど?じゃなきゃ今頃、消し炭になってたと思う」

「撃ち抜いた…なら王様は、」

「いや、間一髪体をずらして心臓への打撃は避けたみたいだけど、ずいぶん出血してたから今頃自分の部屋で寝てるんじゃないかな」

「…………そう」

朦朧とした意識の中で引いた引き金の感触が、まだ指先に残っている。私はため息をつき鬥に話かけた。

「……協会からは他にはなにもないの」

「協会側のミスだけど、2週間謹慎処分だってさ。監視つきのね」

「監視員にはご褒美ね。あ、手当てどーも。じゃあ私は謹慎処分されにお家に帰るから」

あえて平静を装い、鬥の家を後にする。バレていないわけがなかった。全身から滲み出る一心の《悔しさ》。


『これだから女は駄目なんだ。弱くてちっぽけで、そのくせ自尊心は高いときた。何かに守られてなきゃマトモに生きてけやしない…今の手前みたいにな!』


『やっぱり、所詮女は女なんだよ』


噛み締めた唇から血が滲んだ。爪を立てた左肩の包帯から指先へ血が滴って、地面にいくつも染みをつくった。

「こんなみっともない姿…だれにもみせられないわよ。……最低」

朝日に背を向け私は歩く。
風になびいた髪からは、ツンとした火薬の匂いしかしなかった。





























(ムスク♂♀)
それは誰より強く誰より弱い
寛容で傲慢な、魔性の香り




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