小話

◎隙、エミリー
◎隙視点


びゅーびゅー
がたがた がっしゃん
びゅーびゅー
がたがた がっしゃん

「うわ」

「すごい風」

「まだ冬なのに、こんなに吹かれちゃ寒くて外出したくなくなるね」

「家そんなに遠くないくせに」

「途中で女の子に声をかけられるせいか、エミリーより帰る時間がどうしても遅くなるんだよ」

「…ふぅん」

「え、なに、やきもち?」

「なんで私が隙にやきもち妬く必要があるの」

「照れちゃって~」

「女たらしをこじらせると、こんなふうになっちゃうのね。ああ男の子って恐ろしい」






好きにさせてよリリベリー!!






びゅーびゅー
がたがた がっしゃん

低気圧が街全体を覆い、きづけばどこもかしこも凍っていた。
白くもやがかかった西の街路。1メートル先も見えず、人々は拙(つたな)い足取りのままよちよち歩を進める。
口から吐く息はすぐさま白く変化してもやに同化。赤い鼻は格好悪いからマフラーの中にさっさと隠してしまう。

「おはようございます」

「お元気ですか?」

「さむいですね」

『今度お時間あいてますか?』

時間帯に限らず、女の子というものはどこにでもあらわれる。
俺は夜型人間だけれど、自分と同じ夜型の女の子ばかりと遊ぶのも最近は少々飽き気味で、『なら朝型の女と遊んでみれば?』なんて店長が言うもんだから、真に受けた俺は朝っぱらから真人間よろしくジョギングなんかしているのだった。

仕事が終わって1時間もしないうちに、だるい体をひきずりながら、ランニングウェアに着替えて家を出る。女の子の声を聞き逃しちゃあ元も子もないので、耳にはエミリーに選んでもらったイヤーマフだけをつけた。

うすもやが、ビルのすきまから覗きはじめた朝日に照らされオレンジにかがやく。見なれた夜の景色とは打って変わって、鳥のさえずりや川の流れる音しかしないこの街は、心なしかずいぶん広く見えた。

ジョギングを始めてわかったことなんだけれど、西区にも普通に会社勤めをしているOLや、別の区まで通学している学生がたくさんいるらしく、朝はそういう人とよくすれ違い、そして声をかけられる。

通りの花屋で開店準備をしている若い女の子と目が合った。優しくほほ笑んで頭だけ軽くさげてあげれば、一瞬でその子のほほに赤が注す。(何日かして声をかけられたのはまた別の話)

と、俺と同じくジョギングしている女の子の横を通り過ぎた時、いきなり腕をつかまれた。よくあることなので、あせらず走る速度を徐々に落とし後ろを振り向く。
可愛らしい女の子だった。

「あのっ」

「はい」

緊張しているのか、ためらうそぶりを幾度も見せる彼女は、俺の顔を見ておどおどするばかり。夜を知らない女の子は、みんな純粋で健気(けなげ)で可愛い。俺も口の端をゆるくつりあげ、笑みをつくる。
お。赤くなった。

「きゅ、急に声かけちゃってごめんなさい…」

「いいや、大丈夫だよ」

「いそいでないですか?」

「うん。夜まで用事とかないし」

「じゃあちょっとだけ、あそこで休憩とかしません?私ずっとあなたとお話してみたくてっ…」

「構わないよ。ふふ、嬉しいな」

そうして俺は、真っ赤なままの彼女と、暖かい店内でコーヒーとサンドイッチを食べた。どうやら彼女はかなり前から俺のことが気になっていて、今日勇気をふりしぼって声をかけたらしい。
その後1時間近く彼女のことを詮索し、また会う約束をした。明日と明後日は別の子と遊ぶから、予定あけといてよかった。

俺は彼女と別れ、さっそく携帯をひらく。
かじかみ素直に動かない親指を酷使して、アドレス帳の中にふえた彼女の名前の上に、『7』と番号をふっておいた。こうしなくちゃ誰が誰かわかんなくなるでしょ?

パタン。携帯を閉じ、ズボンのポケットに押し込む。マフラーに顔をうずめ、人通りの増えた西区の中でただ帰路をいそいだ。
花屋の女の子が店の奥で電話をしているのが見えた。目が合う。笑いかけてあげれば…ああ、メモをとる右手がとまっているよ。
その後も顔見知りの女性に声をかけられては立ち止まり話をした。この間で3人と後日会う約束を取りつける。

ヒマな時間が嫌いだった。
名前が隙なくせ、ヒマが嫌いなんて笑いの種にもならない。
そもそも俺はひとりが好きじゃない。誰でもいい、どんな人柄かなんてどうでもよくて、ただお互いがお互いと少しでも話をしていたいとか、セックスの相手としてはまあいけるかなとか、その程度の気持ちで付き合える人間が欲しかっただけだった。
幸運なことにルックスは悪い方でもなくて、黙って笑っていれば相手から勝手にすりよってくるのに気づいた俺は、それを武器にしてカレンダーの空白を埋めつづけてきた。

(今日は仕事前に2人と…)

頭の中で名前と顔が一致しない。まあ会えばわかるさ。そうしていつも通り思考を簡単に放棄する。

家の近くで見慣れた人影が見えた。桜色にひかるツインテールは、毛先に視線をうつせばエクルベイジュにグラデーションがかかりとてもきれい。少しくせのあるその髪をマフラーに埋め、人影は俺と同じ方向へ歩いてゆく。

「おーい。エミリー」

そう名前を呼んでやると、エミリーはくるり、顔だけこちらに向けた。

「隙!こんな時間になにしてるの?あっわかった、また女の子と遊んでたのね」

呆れたような表情で今度は全身こちらに向けた彼女のとなりに俺はようやくたどり着く。

「違うよ」

「嘘」

「やきもち?」

「しつこい。夜まで働いてるのに、寝ずに朝の街を徘徊してるあなたの体を気遣ってあげてるのー」

「エミリーこそこんな時間にどうしたの?」

「私は寒くて寝れないから、あったかい飲み物でも買おうかと思って…」

「そっか。確かに寒いね」

言うなり、ぴゅうと風がふたりの間を通りすぎる。今日は寒いけれど、とても天気がいい。
あ、いいこと思いついた。

「エミリー」

「なあに?」

「いま眠くない?」

「そうね…外に出てみたら家より寒くてよけい目が覚めちゃった」

「ねぇ一緒にさ、映画観に行こうよ」

突然の提案にエミリーは少し驚いたみたいだった。たしかエミリーが前観たいって言ってた映画、今日で上映最終日だった気がする。ちょうど映画館もあいてる時間だし。

「なんで私が隙と映画なんて」

「いいじゃん。前言ってた映画、今日が最後でしょ?ひとりで観るラブストーリーほど寒いものはないよー」

「でもっ…」

「たまにはつき合ってよ」

赤い顔を隠さないエミリーの手を、俺はなかば強引に引く。昔はよく一緒に行ってたのにいまさら。

「わかっ、わかったから手放して!」

「じゃあ俺の今日の彼女はエミリーね。んーと…彼女何号?」

両手の指折り数を数える俺を見て、エミリーはまた呆れ顔でとなりを歩く。

「何又かけてるのよ…」

「わかんね」

「ねぇ隙」

「んー?」

「女の子と遊ぶのもいいけどさ、最後には絶対ひとりくらい幸せにしてあげなきゃダメよ?」

「えへへ…」

エミリーのこういう所がすごく好き。
完全に昇った朝日。ピッチリした格好の人波に、ちょっぴり浮いた二人組がもまれる。
俺はおもむろにポケットから携帯を取り出し、少しはあたたまった親指で、

《ごめんね。用事ができちゃった》

一斉送信だ。































(好きにさせてよリリベリー!!)

恋人じゃあないトクベツは
ときたま僕をおかしくさせる。



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