小話

◎トカゲキス/アルゴール/エリオット/夕霧/蜜葉
◎トカゲキス視点
◎トカゲキス過去
◎嘘つきイビティーの続き



「門の前を通っていった男の話だと、××っていう男が転生を支持する教団の副会長を務めてるみたいだよ」

「ふうん。たしかソイツ、今度警団である処刑の見学に来るとか言ってたから、ついでに撃っておこうか」

「ひゃー、こわいこわい」






脳髄を掻き出す






アルゴールと手を組み、情報をもらうようになってしばらく経った。アルゴールは人の心が読めるだけあって、その情報に間違いはまだ一度もない。
警団本部にある総監室で、イスに座り書類を指でもてあそびながら、ふと、そう思う。

警察と政治家は仲良しこよし。転生支持者ではあるが俺に殺されたくない政治家は、生き残るために別の支持者を紹介してくれた(もちろん両方殺した)。俺が裏で大量の支持者殺しをしていることを知った人間には賄賂(わいろ)を渡す。情報を漏洩(ろうえい)させないかわりに、こちらも政治家側の脱税や不正すべて見逃してやる。それだけで支持者殺しはこんなに簡単になる。

「黒い。黒いなぁ」

真面目に働いている人間すべてが馬鹿に映った。偽善ばかりつらつら掲げる人間にここまでできるか?裏でこれほど大量の金が動かなけりゃ、世の中平和なワケないだろ。

毎年何人もの支持者が、現世から駆逐されてゆく。しかしどれも中核には関係のない者ばかりで、もどかしかった。いったいどこからあれだけのゴミが湧いてくるんだ。

(やっぱり根源を断たなければだめか)

自分自身の手で、見知った人間を撃ち抜くさまを想像し叫びそうになった。朧げに記憶の奥でひかる美しいままの緑。それに赤がまじりはじめ、動悸とめまいがいっぺんに体を襲う。俺は右手にもったボールペンを、震える左手の甲へ思い切り突き立てた。

コン コン コン

木の扉を叩くおと。

「はいれ」

声の震えを無理矢理殺し、手元にあった黒いドレスグローブへ血の滲む左手を押しこむ。

「失礼します」

音もなく扉が開かれ、中に入ってきたのは、名前も知らない一般警団員。だいぶ緊張した面持ちで、真一文字に引き結んだ唇はわずかだが震えている。

「なんだ」

「創造主様の祭典へ参加するお時間が来ましたので、お知らせに参りました」

「………わかった、行く。ご苦労だった」

「はっ!」

扉がそっと閉められた。
嫌な汗がじんわりと背中を伝い、傷ついた左手の甲が徐々に熱を持ちはじめる。


『これから創造主に、会いに行かなければならない。』


俺にとってはこの上ない生き地獄だ。

周囲は全員転生支持者。
だれもかれもが一様に創造主への忠誠心を謳(うた)い、改めて絆を強くする。キチガイじみた祭典。
マシンガンでもぶっ放して、血の祭典にでも変えてしまいたかった。

「……っ、クソが!」

扉の外に人の気配はない。
俺は抑えのきかない苛立ちに舌打ちして、テーブルに置かれていたままのガラスのコップを、力任せに床へ叩きつけた。




普段は腕すら通さない正装着。ほこりが積もってぼんやり灰色になっているそれを掴み、部屋を出る。踏み出す一歩一歩がやけに重い。喉の奥までせり上がってきた不快なかたまりが、息をしにくくさせた。

本部を出るとすぐ、一点のくもりすらない黒塗りの車が俺を待ちわびて、エンジンをぶうぶうとふかしていた。運転手が扉を開き、俺は無言で車内へ体を滑り込ませる。帽子をまぶかにかぶり、表情は見えないようにした。
バタンと扉が閉められる、かすかに車体が揺れ、音もなく車は地獄へ向かい、カラカラと重いタイヤを回す。




窓ガラスに貼られたスモークフィルムを通して、ちらりと外を眺める。メイン会場が近づくにつれ増えてゆく数え切れない人間の波が、列を成し無様にうねった。おもいおもいに掲げられ揺れる裏街の国旗。ひっきりなしにあがる創造主を賛美する声。

喧(やかま)しい喧しい喧しい喧しい!黙れ下種(げす)共!何も知らずのうのうと生きてきたから、こんな祭典につどってこれるんだろう。創造主の為なら犠牲は致し方ないなんて思えるんだろう。
低脳すぎて、愚かすぎて救いようがない。

ズクリと、傷ついた左手の甲に鈍い痛みがはしる。無意識にグローブの上へ爪を立てていたらしい。止血しかけていた傷口がひらき、ぬるぬるした液体が腕まで伝う感触に身が震えた。

そうこうしているうち、発車時と同様、音もなく車が停車した。体の上に巨大な岩でも乗っているような、胃袋にヘビでも絡まっているような、得体の知れない息苦しさが唐突に俺を襲う。

しかし、時は止まらない。

意思とは関係なしに、ただ無慈悲に車の扉は開かれるのだ。運転手の笑顔が不快で、反吐がでそうだった。

「さぁどうぞ、北区警視団総監殿。創造主様と長官殿がお待ちですよ」

「、悪いな」

荒い息を無理矢理抑え、俺はなんとかして平静を保とうとする。肩で息をすると、厚いギャバジンのコートがぎゅうぎゅう体を締めつけ苦しかった。

そのまま人垣を抜け、城壁を越え、案内されるがまま、複数の兵士のあとを黙ってついて行く。拝見の間と呼ばれる部屋の前までつくと、中からかすかに談笑の音が聞こえた。


居るのか。
この薄い扉の先に、
セネシオが。


うやうやしく腰をおり"中へはいれ"と無言で兵士がうながす。傷ついた左手のこぶしを握りしめ、俺は一思いに扉を押しあけた。




眼下に広がるのは、宝石の散りばめられたシャンデリアがまばゆく照らす広いダンスホール。ワックスで鏡のようにひかる床の上では、赤色青色黄色にピンク、統一されたドレスコードの中で、折々個性を放つドレスがまあるく輝いている。
胸に染み入るようなワルツは、くるくると部屋を踊り歩き、"特別な日"を堪能する貴族達の感覚をマヒさせていく。
丸いホールを囲むようにテーブルがいくつもならべられ、そこに用意された豪華な料理が、白いクロスの上で芳ばしい匂いを放っていた。

しかしそんなもの、今の俺にはなんの意味もない。胸に撃ちこまれた氷のような弾丸が、一瞬で燃え盛り全身を焼く。抑えのきかないぐちゃぐちゃな感情が、纏めて血流に乗り頭をぼうっとさせた。

貴族が踊り狂うホールの先、最奥に、見慣れた顔が見える。見慣れた色が見える。
懐かしさに涙が出そうになった。しかし俺の中に渦巻く復讐心が、感傷する心に蓋をして、"俺"自身を呼び戻す。

創造主…ニニ=ロッソの隣で、彼女と談笑していた長官が、俺に気づき手招きした。自分自身を殺すため、今一度左手の傷に爪を立てる。先程とは違う鋭い痛みに、額へじんわり汗がにじんだ。

床へ映る逆さまの俺とふたり、おおきく迂回しながら、創造主の隣に用意された席まで歩いて行く。
俺の動きを追うサーモンピンクの瞳。似合わないドレスと不安そうな顔。青白い肌。


(やっぱり、セネシオは死んだのか)


俺は、俺を見上げる創造主の隣に立ち、先程兵士がした様うやうやしく腰をおった。頭をあげる際、垂れた髪の隙間から見えた瞳と目が合えば、ビクリと彼女は怯えたようなそぶりを見せる。

「始めまして、ニニ=ロッソ様。北区警視団総監を務めております。トカゲキスと申します」

果てなく人のいい笑み。
吊り上げた口端の奥では、一生解放される事はないであろう毒が、どんどん生み出されては飲みこまれてゆく。

「…ニニ=ロッソと申します。本日はわたくしのためにこのような祭典を開き、警団の重役の方々にまでご足労いただけた事、大変嬉しく思います」

セネシオとうりふたつの創造主は、俺の目を見ずそう呟き頭を下げた。眉は常に下がり、濡れた瞳はいつまでも不安そうなまま床を見つめている。気分が悪そうだ。
俺はイスに腰掛け思った。
セネシオの顔でそんなそぶりを見せるな。不愉快窮まりない。




その後も1時間近く狂乱じみた宴会は続いたが、一切料理に手はださなかった。
『この女はセネシオとは違う』といくら自分に言い聞かせても、隣の女が気にかかる。俺と同じく一切挙動しない創造主。曇った目は正面で楽しそうに踊る人々を映していたが、実のところ何も見えていないような、そんな雰囲気を醸し出していた。

腰元のホルスターにおさめられた銃の、つるつるした表面を何度もなでる。
殺ろうと思えばいますぐにでも、この女を撃ち殺し、ホールを血の海に変える事はできた。しかし引き金を引くほんの少しの勇気が出ないのは、俺の中にある見えない未練のせいかもしれない。

「ニニ様、お時間です」

ぼうっと考えていると、俺と創造主の間から、薄い水色かかった白の髪をたくわえた男が顔を覗かせ、創造主にそう小さく告げた。

その男の顔はよく覚えている。夕霧という名で、婚約者共々熱狂的な転生支持者。そして最も重要な創造主の側近。いつかは必ず始末せねばならない人間。

夕霧に二言三言囁かれた創造主はいっそう表情を曇らせ曖昧にうなずく。そしてなめらかな動作でイスから立ち上がり、手を二度叩いた。

ホールからワルツが消え、一気にしんと静まり返る。貴族達はこちらを注視しながらも、軽く身なりを整えた。

「皆様、これから城の外へ挨拶に参りますので、案内人の誘導に従い、誘導された先で用意されている席についてお待ち下さいませ」

扉から黒いえんび服をきた案内人達が続々とやってきて、貴族共の名前を確認すると、扉の外へ誘導していく。
俺と長官は創造主と共に、夕霧に誘導され部屋から出た。


「夕霧、蘇芳(すおう)は?」

「先に行っているようです。ニニ様のために会場の飾りつけをするんだと張り切っておりました」

「そうですか…」

前を歩く二人の間には和やかな空気が流れている。一歩あるくたびに揺れる緑色の髪から、濃いバラの香りがした。

「つきました。トカゲキス様とカレント様はこちらの席になります」

案内された場所は、恐ろしく広いバルコニーのようなところだった。参加者達がひしめく広場より一階分ほど高くなったそこに敷かれた赤い絨毯には、塵ひとつ落ちていない。
一番外側に近い場所へは、創造主が座るであろう豪華な装飾のほどこされたイスが鎮座していた。そこへ創造主が腰をおろすと、左へ侍女らしき女が、右へ夕霧と、その婚約者である蘇芳という女性が立った。
俺と長官は、そのすぐうしろに座る。他の貴族は俺達を囲むようにして並べられたイスに腰をすえていた。

雲ひとつない青空が頭上に広がり、バルコニーの下から無数の叫び声が響く。甲高いラッパの音が空気を裂くと、辺り一面水をかけたように静かになった。
夕霧が一歩前に出て、下でまだかまだかと待ち構える参加者達に向かい、大きく叫ぶ。

「創造主、ニニ=ロッソ様のお姿が代わられて数年が経った。本日この素晴らしい日和に、その姿を披露できる事を、楽園の人間として誇りに思う!」

そう演説し頭を下げた瞬間、地の底から響くような歓声と拍手が巻きおこった。地響きさえ起こりそうなその熱狂ぶりに、呆れた俺はため息をつく。
そして一歩下がった夕霧に目配せされ、緊張した面持ちの創造主はゆっくり立ち上がった。
長官や周囲の貴族も立ち上がる。
もう一度俺は、腰に提げたまま鈍くひかる銃を、指先で優しく撫でる。


「ごきげんよう、皆様」


彼女がそう言うのと同時に、鈍い銃声が会場中に響いて、俺の銃から白煙がたちのぼった。
長官と夕霧が、周囲より0.5秒早く俺の方を向き、目を見開く。


「危なかったですね、不支持者ですよ、不支持者」


銃身で支持者のひしめく波を指す。指した先、波が割れた中心に男がひとり、血を流し倒れているのが見えた。その手には、白煙を細くあげたままの銃。
突然の銃声に、貴族や参加者達は錯乱しどよめく。
そして驚き床にへたりこむ創造主に長官が視線を移し、慌ててその体を支え声をかける。左に立っていた侍女も、創造主と同じく腰が抜けたのか床に座り震えていた。

「……う……おう…蘇芳…!」

俺は、長官や兵士に連れられ城内に連れていかれる創造主を横目で眺め、ゆっくり帽子を脱いだ。
夕霧は赤い絨毯にしゃがみこみ、婚約者の名をしきりに呼んでいる。その腕の中には、参加者の渦の中に居た男とおなじように、胸から流れ出た血で辺りを濡らす、蘇芳と呼ばれていた女性。

「創造主の側近なら、一番に守るモノがなにかわかっているだろう。優先順位を間違えるな」

俺は茫然とする夕霧にそう言い放つ。
異常事態に興奮したままの貴族達が、野次馬と化し夕霧と蘇芳のまわりを囲もうとする。熱を帯びた奇異の目から二人を隠すよう、俺は重いコートを広げ遺体と夕霧にソレをかぶせた。そして貴族達に銃をつきつけ「いますぐ誘導に従いここから出ろ」と叫ぶ。
そして俺も、いまだ床にへたりこんで茫然としたままの侍女に近寄り、その手をとってバルコニーをあとにした。

振り向きざまに交わった夕霧の見開かれた目は、どろどろに燃え盛る鋭利な切っ先のごとく。俺を射殺そうと、瞬間もおさまる気配は感じられない。




結局祭典は中断され、翌日には裏街全域に情報が知れ渡った。

《前日、楽園並び北区でひらかれた祭典に潜り込んだ不支持者が、創造主を殺そうと発砲。残念な事に、創造主の側近である夕霧氏の婚約者、蘇芳氏に弾が当たり、即死したもよう》

《不支持者も発砲と同時に、祭典に同席していた警団員の別の発砲により同じく即死した。》

《死亡した不支持者は楽園の与党派議員であり、大物政治家の脱税の手引きや、横領の疑い等がかけられている》

警団本部に戻った俺は、新しく支給されたコートを袋から出しもせず、自室のソファに放り、コーヒーを啜りながら新聞を見た。
ちらりと壁時計に視線を移す。

(そろそろ時間か)

時計の針はもうじき14時を指そうとしていた。今朝がた、長官に呼び出されたのだ。14時に長官室に来いと。

そうして俺はコーヒーをテーブルに置いて部屋を出た。床に散乱していたコップの破片は、いつの間にか綺麗にかたづけられていた。


コンコン

「長官、俺ですけど」

「…はいれ」

どうやら長官はご機嫌斜めみたいだ。まあ理由はだいたいわかるけど。

無造作に扉を開き、音を殺す事もせず足で適当に閉める。

テーブルに両肘をついて顔の前で手を組む長官が、ぎろりと俺を睨んだ。綺麗に切り揃えられた前髪から覗く黄色い目は血走っている。

「お前……昨日のは、一体、どういうつもりだ」

長官は一言ひとこと、溢れそうな怒りが爆発しないように低く呟いた。俺はへらりと笑みをつくって、昨日の?何のことです、とバレバレな嘘をつく。
案の定長官の怒りは一瞬で沸点に達し、艶やかな唇から発される言葉は敵意と不信感にまみれ、空気を揺らした。

「あれだけの事をしておいて何のことですだと!?ふざけるのも大概にしろ!!」

「曖昧に言うからですよ。ハッキリ言ってくれないと、わからない」

俺はくすくす笑いながら、部屋の真ん中にしつらえてあるソファに座り足を組む。イスから立ち上がったままの長官は肩で息をして俺を睨み続けた。

「蘇芳殿を撃ったのは、お前だろうトカゲキス」

「やあやあ、長官は面白い事を言う。どこに証拠が?」

「夕霧殿と私には、僅かだが銃声が二発、お前の方から聞こえた」

俺は口端を吊り上げる。
さすが長官、ビンゴだ。

確かに俺はあの時、二発銃を撃った。ひとつは会場の不支持者に、もうひとつは、夕霧の婚約者の蘇芳に。
普通の人間相手なら、二発撃った銃声を一発分に錯覚させる事など、俺にとっては造作もない。

夕霧を撃たなかったのは、夕霧自身周囲をかなり警戒していて、弾を避けられたらいろいろと都合が悪いから。殺るなら創造主と一緒が望ましい。そのための先駆けとして、夕霧の精神的バランスを崩そうと考え、婚約者を撃った。

そして婚約者殺しが大衆にバレないよう、事前に弱みを握っておいた政治家の男に、薬莢の入っていない銃を渡して創造主に向け撃つよう仕向けた。もしつかまったとしても、俺や俺に荷担している重役共が、必ずお前を助けてやると言って。

もとより婚約者を殺すために、政治家の男を生かしておくつもりはなかったが。

「やはりお前がやったんだな」

「じゃあ俺がやったと仮定しましょう。もしそうなら、どうするってんです。懲戒免職?あはは、長官自ら告訴でもしてみますか」

「いますぐ警団をやめてもらう」

長官の押し殺したような一言をきいて、俺はとうとう笑いがおさえられなくなった。

こいつは馬鹿だ。傑作だ。

すでに警団の重役共も低脳な政治家共も俺の手の内。使えないお飾りの長官の方がよっぽど要らないだろう。

今や警団という組織は、俺が居なければなにもできなくなった。政治家側の重要な情報も、警団側の重大な秘密も、すべて俺が握っているんだ。どちらも俺の支持者殺しを黙認するしか、道は残されていないんだよバーカ。

これが平和ボケした偽善者と、誰より必死で生きてきた人間との差だ。楽園出身者には到底無理な話だろ。俺を中核に落とした事を後悔するがいい。

人殺しがなんだ、強姦魔がなんだ!俺は今までそんなものを裁く為に引き金を引いてきたんじゃない!血を浴びてきたんじゃない!

セネシオの笑う顔や、甘い香りや、柔らかい髪の感触がずいぶん遠くに感じた。一体誰を殺せばすべて終わるのか。わからないから無我夢中でここまで走ってきた。
もう戻っては来ないセネシオの残骸をこの世から消すために、俺は創造主を殺して、楽園のふざけた象徴そのものを消し去ろうとしている。漠然とした復讐心のはけ口として、すべを終わらせてしまおうとしている。

どれだけ黒に染まろうが、敵が増えようが、立ち止まりはしない。だから今俺は総監としてここに立っているんだ。

ようやく笑いがおさまり、息をつく。目の前の長官は気味が悪そうに俺の顔を見た。
俺は笑顔のままゆっくりソファから立ち上がって、おもむろに腰へ提げたホルスターから黒くひかる銃を抜き、銃口を長官に向けた。目の前の女は微動だにしない。


「お前と俺とじゃ、すべてが違う」


ガチャリ
安全装置を外す。


「そう。長官はいつまでも長官でいればいい。それは俺のためでもあるし、人民の望みでもある」


人差し指を引き金にそえた。
肩の力を抜く。



「だが、俺の邪魔だけはするな」



《   !》

普段通りなんの迷いもなく引かれた引き金から銃身まで弾が飛び出し、煙が立つ。サプレッサーをつけていたため銃声は殆どしなかったが、嗅ぎなれた硝煙の臭いが薄く鼻を打った。

「もういい……でていけ」

さすが長官なだけある。
手元に構えた刀身で、一瞬にして弾をはじいたらしい。
長官の血走った目から涙がつぎつぎ溢れてくる。

まだ熱をもったままの銃をホルスターにしまい、俺は長官室をあとにした。歩きながら、無造作に左手のドレスグローブをはずす。


傷口はすでにふさがりかけ、爪の伸びた指先で何度引っ掻いてみても、血は流れなかった。



























(脳髄を掻き出す)

迷う事さえ罪なら。

30/67ページ