小話
◎アイレン/灰鷹さん宅アマーロ君
◎アイレン視点
「アマーロさん」
「ん?」
「呼んでみただけです」
「あほか」
俺とアマーロさんは人のまばらな路地を並んで歩く。普段より二人の足取りはどこかゆっくりしたテンポで、閑古鳥が鳴きそうな町並みに響く靴の音が耳によく響いた。
季節はもう、暖かい春が間近に迫った肌寒い冬。澄んだ高い空にはカラスが二羽、小さな雀を目茶苦茶に追いかけ回す姿が見える。
隣を歩くアマーロさんは酷く寒がりで、厚着した上へ更に紺色のピーコートを、首には黒一色のマフラーを巻いていた。コートの前は全てしっかりととめてある。少し大きなサイズを買ってしまったのか、余った袖の先から青白く細い指がちょろりと見えてとても可愛かった。
今日は月に何度か訪れる特別な日だ。去年の暮れに電気屋でもらった、魚拓がでかでかとプリントされたカレンダーに、ちらほら書かれてある赤いはなまる。勿論今日の日付にもしっかりその花は咲いている。
『俺もアマーロさんも、二人とも仕事が無い日にはなまるを書きましょう!』
『は?』
『記念日です!』
『……ふっ、あはは…お前本当変な奴だな』
『本気なのに…』
『じゃあはなまるの日は何か特別な事でもするのか?』
『勿論!俺が頑張って毎回プランたてますから、アマーロさん、楽しみにしててくださいね』
『ふふ…わかったよ』
はなまるは二人の記念日。
特別な日!
俺はその日が近づけば近づく程無性にソワソワしてしまう。前日になると、まるで遠足前の子供みたいに目が冴えて眠れなくなる。そんな俺の姿を見て、アマーロさんはいつも笑いながら「馬鹿だなあ」と言った。
「アマーロさん」
「なんだよ。また呼んでみただけとか言ったら怒るぞ?」
アマーロさんは俺の左を歩き、髪に隠れて見えない右目でじろりとこちらを睨んだ。
右手には小さな紙袋を抱えている。中には、さっき二人でああでもないこうでもないと言い合い選んだ、夕ごはんに使う材料の一部が入っていた。無論重い物は全て俺が持っている。
そう、俺達は今日、少し遠い街にあるスーパーへ、お買い物デートをしに行ったのだ。
「寒いですね」
「俺は別に…お前が薄着だからじゃないのか?」
「せめてマフラーくらいしてくればよかったかな…」
「………そうだな」
荷物で両手が塞がっているこの状況では、冷たい風をモロに受けて氷のように冷えた手を、ポケットに突っ込み寒さを紛らわす事すら叶わず今更後悔。
子供の頃からどちらかと言えば体温の高かった俺は、黙々と服を着重ねてゆくアマーロさんの横で、どうして薄いシャツの上にダウンベストをいちまい羽織っただけなんて暴挙に出たのだろうか。
相変わらず路地に人通りは無い。そろそろ陽が暮れる頃だ。所せましと街に建つビルの隙間から見える空は、徐々にだが茜色に染まりはじめていた。
ぴゅう!
強い風が突然吹いて、二人の髪を頭上へと巻き上げる。薄い布は『暖』という言葉すら知らず、風は肌を直接刺し鳥肌を一気に立てた。
「寒い…ぅえっくしゅん!」
「おい大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶでず…」
アマーロさんは立ち止まりこちらを心配そうに見てくる。かく言うアマーロさんも鼻が真っ赤じゃないか!俺はアマーロさんが風邪をひいてしまわないか心配になった。
もうさっさと家に帰ってしまおう。家に帰って今日買ったすき焼きの材料で美味しいすき焼きを作るんだ。そんでもって二人で「固い」「固くない」とか言いながら、煮立ったうどんの取り合いをするんだ。勿論実際取り合いになったら一本残さずアマーロさんにあげてしまうけれど。
頭の中でシュミレーションしただけで胸の辺りが少しだけぽかぽかなった。そして俺は、未だ不安そうな表情を崩さないアマーロさんへ笑顔を向けて、早く帰りましょう!と言った。
アマーロさんはつられて笑う。
可愛い。
ぴゅう!
また風が吹いた。冬は陽が落ちるのが早い。気づけば辺りはもうまっ暗闇だった。
「アマーロさん大丈夫ですか?寒くないですか?」
寒がりなアマーロさんが心配になって歩きながら声をかける。と、アマーロさんが突然立ち止まった。わけがわからないまま俺も立ち止まる。
どうしたんだろう?まさか具合が!?
俺は両手が塞がっているのに酷く焦燥した。手が空いてさえいれば今すぐ荷物を投げ捨てアマーロさんの様子をくまなく確認できるのに!
「アマーロさ…」
「じっとしてろ」
わたわた焦っていると、アマーロさんが一言ピシャリ。声を聞く限り体調は悪くなさそうで安心した。
暗くてアマーロさんの顔がよく見えない。どうやら荷物を地面に置いているようだ。荷物を地面に下ろしたアマーロさんは自分の首に巻いてあるマフラーをおもむろにほどいた。アマーロさんの巻いているマフラーはストールにもなるので大きい。そして
「首こっち、しゃがめ」
「え、あ、はい…?」
よく状況が飲み込めないまま俺は言われた通り、荷物を落とさない様膝を少し曲げて、頭をアマーロさんの顔と同じ高さまで下げた。
顔が近くてちょっと恥ずかしいな…。
一人で赤くなっていた時、ふと、さっきまですうすう風が通り抜けていた首に暖かい物が巻かれる感覚がした。そして数秒、ソレが何か気づいた俺は、驚いて思わず大きく身動きしてしまう。
「こら、動くな!」
怒られてしまった…。
けれど心臓は早鐘を打つ様に速度を上げ、胸はぽかぽかどころか火をつけたみたくじんじんと全身を温める。口元がにやける。ほんと暗くてよかった。
アマーロさんは使えない片腕の代わりに、残った方の腕で不器用にマフラーを巻いてゆく。薬局の試供品で貰ってきた安っぽいシャンプーの甘い香りが、揺れる髪から俺の鼻孔をくすぐった。
「よし」
ようやく巻き終えたのか、アマーロさんが達成感たっぷりの声を上げて俺から体を離す。
俺はマフラーの重要性を改めて理解した。これは確かに暖かいぞ。感激した俺はお礼を言おうと腰を伸ばしてアマーロさんの方を見た。するとアマーロさんの首は夜闇にぬらりと白く光り、野晒しになっている。あれ?これじゃあ俺ばっかりが暖かいじゃないか。
何気なく。そう、ほんとに無意識に、俺は前へ進もうとするアマーロさんを呼び止めて、アマーロさんと同じように荷物を置いてまたマフラーをほどいた。
アマーロさんは「おい…なにやってんだ」と少し機嫌悪そうに言った。アマーロさんがせっかく巻いてくれたマフラーをほどくのはすごく勿体ない気がしたけど、大切な人が寒さで辛い思いをする姿なんか見たくない。だからごめんなさい。
「はい、これで二人ともあったかいですよ」
「………なっ!」
二人の首には一つのマフラー。
さすがに身長の問題もあるし、マフラーの長さは充分に足りてはいなかった。けど、足りないならその分くっついてればいいでしょ?
夜に溶けて輪郭はよく見えなかった、でも俺にはよくわかる。きっと、アマーロさんは真っ赤になって口をぱくぱくさせてるはずだ。
しきりに何か言おうとするアマーロさんをなるべく気にしない様にしながら、荷物を再び両手に収め、有無を言わさず歩調を合わせ足を進める。ほら、何も言わなくたって二人三脚みたく息ピッタリ。
完全に陽の落ちた暗い路地。
雀もカラスももう居ない。
「ゆっくり帰りましょうか」
俺は笑いながら、隣に寄り添う愛しい恋人へそう呟いた。
(早乙女的思考概念)
たったひとつのマフラーが
ふたりをひとつにするように、
あなたにとっての一番の愛が
永遠ぼくでありますように。
◎アイレン視点
「アマーロさん」
「ん?」
「呼んでみただけです」
「あほか」
俺とアマーロさんは人のまばらな路地を並んで歩く。普段より二人の足取りはどこかゆっくりしたテンポで、閑古鳥が鳴きそうな町並みに響く靴の音が耳によく響いた。
季節はもう、暖かい春が間近に迫った肌寒い冬。澄んだ高い空にはカラスが二羽、小さな雀を目茶苦茶に追いかけ回す姿が見える。
隣を歩くアマーロさんは酷く寒がりで、厚着した上へ更に紺色のピーコートを、首には黒一色のマフラーを巻いていた。コートの前は全てしっかりととめてある。少し大きなサイズを買ってしまったのか、余った袖の先から青白く細い指がちょろりと見えてとても可愛かった。
今日は月に何度か訪れる特別な日だ。去年の暮れに電気屋でもらった、魚拓がでかでかとプリントされたカレンダーに、ちらほら書かれてある赤いはなまる。勿論今日の日付にもしっかりその花は咲いている。
『俺もアマーロさんも、二人とも仕事が無い日にはなまるを書きましょう!』
『は?』
『記念日です!』
『……ふっ、あはは…お前本当変な奴だな』
『本気なのに…』
『じゃあはなまるの日は何か特別な事でもするのか?』
『勿論!俺が頑張って毎回プランたてますから、アマーロさん、楽しみにしててくださいね』
『ふふ…わかったよ』
はなまるは二人の記念日。
特別な日!
俺はその日が近づけば近づく程無性にソワソワしてしまう。前日になると、まるで遠足前の子供みたいに目が冴えて眠れなくなる。そんな俺の姿を見て、アマーロさんはいつも笑いながら「馬鹿だなあ」と言った。
「アマーロさん」
「なんだよ。また呼んでみただけとか言ったら怒るぞ?」
アマーロさんは俺の左を歩き、髪に隠れて見えない右目でじろりとこちらを睨んだ。
右手には小さな紙袋を抱えている。中には、さっき二人でああでもないこうでもないと言い合い選んだ、夕ごはんに使う材料の一部が入っていた。無論重い物は全て俺が持っている。
そう、俺達は今日、少し遠い街にあるスーパーへ、お買い物デートをしに行ったのだ。
「寒いですね」
「俺は別に…お前が薄着だからじゃないのか?」
「せめてマフラーくらいしてくればよかったかな…」
「………そうだな」
荷物で両手が塞がっているこの状況では、冷たい風をモロに受けて氷のように冷えた手を、ポケットに突っ込み寒さを紛らわす事すら叶わず今更後悔。
子供の頃からどちらかと言えば体温の高かった俺は、黙々と服を着重ねてゆくアマーロさんの横で、どうして薄いシャツの上にダウンベストをいちまい羽織っただけなんて暴挙に出たのだろうか。
相変わらず路地に人通りは無い。そろそろ陽が暮れる頃だ。所せましと街に建つビルの隙間から見える空は、徐々にだが茜色に染まりはじめていた。
ぴゅう!
強い風が突然吹いて、二人の髪を頭上へと巻き上げる。薄い布は『暖』という言葉すら知らず、風は肌を直接刺し鳥肌を一気に立てた。
「寒い…ぅえっくしゅん!」
「おい大丈夫か?」
「だ、だいじょーぶでず…」
アマーロさんは立ち止まりこちらを心配そうに見てくる。かく言うアマーロさんも鼻が真っ赤じゃないか!俺はアマーロさんが風邪をひいてしまわないか心配になった。
もうさっさと家に帰ってしまおう。家に帰って今日買ったすき焼きの材料で美味しいすき焼きを作るんだ。そんでもって二人で「固い」「固くない」とか言いながら、煮立ったうどんの取り合いをするんだ。勿論実際取り合いになったら一本残さずアマーロさんにあげてしまうけれど。
頭の中でシュミレーションしただけで胸の辺りが少しだけぽかぽかなった。そして俺は、未だ不安そうな表情を崩さないアマーロさんへ笑顔を向けて、早く帰りましょう!と言った。
アマーロさんはつられて笑う。
可愛い。
ぴゅう!
また風が吹いた。冬は陽が落ちるのが早い。気づけば辺りはもうまっ暗闇だった。
「アマーロさん大丈夫ですか?寒くないですか?」
寒がりなアマーロさんが心配になって歩きながら声をかける。と、アマーロさんが突然立ち止まった。わけがわからないまま俺も立ち止まる。
どうしたんだろう?まさか具合が!?
俺は両手が塞がっているのに酷く焦燥した。手が空いてさえいれば今すぐ荷物を投げ捨てアマーロさんの様子をくまなく確認できるのに!
「アマーロさ…」
「じっとしてろ」
わたわた焦っていると、アマーロさんが一言ピシャリ。声を聞く限り体調は悪くなさそうで安心した。
暗くてアマーロさんの顔がよく見えない。どうやら荷物を地面に置いているようだ。荷物を地面に下ろしたアマーロさんは自分の首に巻いてあるマフラーをおもむろにほどいた。アマーロさんの巻いているマフラーはストールにもなるので大きい。そして
「首こっち、しゃがめ」
「え、あ、はい…?」
よく状況が飲み込めないまま俺は言われた通り、荷物を落とさない様膝を少し曲げて、頭をアマーロさんの顔と同じ高さまで下げた。
顔が近くてちょっと恥ずかしいな…。
一人で赤くなっていた時、ふと、さっきまですうすう風が通り抜けていた首に暖かい物が巻かれる感覚がした。そして数秒、ソレが何か気づいた俺は、驚いて思わず大きく身動きしてしまう。
「こら、動くな!」
怒られてしまった…。
けれど心臓は早鐘を打つ様に速度を上げ、胸はぽかぽかどころか火をつけたみたくじんじんと全身を温める。口元がにやける。ほんと暗くてよかった。
アマーロさんは使えない片腕の代わりに、残った方の腕で不器用にマフラーを巻いてゆく。薬局の試供品で貰ってきた安っぽいシャンプーの甘い香りが、揺れる髪から俺の鼻孔をくすぐった。
「よし」
ようやく巻き終えたのか、アマーロさんが達成感たっぷりの声を上げて俺から体を離す。
俺はマフラーの重要性を改めて理解した。これは確かに暖かいぞ。感激した俺はお礼を言おうと腰を伸ばしてアマーロさんの方を見た。するとアマーロさんの首は夜闇にぬらりと白く光り、野晒しになっている。あれ?これじゃあ俺ばっかりが暖かいじゃないか。
何気なく。そう、ほんとに無意識に、俺は前へ進もうとするアマーロさんを呼び止めて、アマーロさんと同じように荷物を置いてまたマフラーをほどいた。
アマーロさんは「おい…なにやってんだ」と少し機嫌悪そうに言った。アマーロさんがせっかく巻いてくれたマフラーをほどくのはすごく勿体ない気がしたけど、大切な人が寒さで辛い思いをする姿なんか見たくない。だからごめんなさい。
「はい、これで二人ともあったかいですよ」
「………なっ!」
二人の首には一つのマフラー。
さすがに身長の問題もあるし、マフラーの長さは充分に足りてはいなかった。けど、足りないならその分くっついてればいいでしょ?
夜に溶けて輪郭はよく見えなかった、でも俺にはよくわかる。きっと、アマーロさんは真っ赤になって口をぱくぱくさせてるはずだ。
しきりに何か言おうとするアマーロさんをなるべく気にしない様にしながら、荷物を再び両手に収め、有無を言わさず歩調を合わせ足を進める。ほら、何も言わなくたって二人三脚みたく息ピッタリ。
完全に陽の落ちた暗い路地。
雀もカラスももう居ない。
「ゆっくり帰りましょうか」
俺は笑いながら、隣に寄り添う愛しい恋人へそう呟いた。
(早乙女的思考概念)
たったひとつのマフラーが
ふたりをひとつにするように、
あなたにとっての一番の愛が
永遠ぼくでありますように。