小話

◎ディーン&デルーカ
◎ディーン視点
◎フランダースとアップルティー続き



ごろごろ…
ぴしゃん!

「…………雷…か」

ざんざん降りの雨音だけに浸蝕された暗い部屋の中、激しい雷の音で俺は目を覚ました。上半身を起こし、すぐ近くに置いていたデジタル時計をぼやぼや霞む瞳でじっと見つめる。数字は丁度夜の21時を表示していた。…結構寝たな。
きしりと軋む固いベッドの海に怠い体を深く沈め、さっきまで見ていた夢をゆっくり思い出す。

「はあ」

近年稀に見る胸糞悪い夢だった。
悪酔いした後の様ななんともいえない気持ち悪さが、胃袋から食道までを圧迫している錯覚に襲われて、思わず何度か咳ばらい。

ぴかっ!

室内のコントラストが一瞬でキッと上がり、視界が白一色に染まる。間髪いれずに稲妻が空を裂いた。

ばりばり、ぴしゃん!

この天気じゃあ、外には出かけられないな。もう一眠りするか、と、あくびをして、瞼を閉じた時。

ブー、ブー、ブー、ブー、

充電器に刺さったままの携帯が、誰かからの着信を俺に知らせる為バイブレーションした。手を伸ばし、手首のスナップをきかせて携帯を開く。

《着信.デルーカ》

見知った名前を確認した俺は、右手の親指で通話ボタンを軽く叩いて電話をそっと耳に当てた。





眠らない夢





デルーカが『迎えに来てくれ』と俺に頼むのは酷く珍しい事だ。例えば、アルマゲドンは昔世界の終わりを予言した。デルーカの頼み事は、さながらその予言が実は大当りで隕石か何かが明日大陸に衝突し一分も経たない内に世界が滅びてしまうより珍しいのだ。だから驚いた。彼女はどんな些細な事でも他人に頼るのを嫌がるから。

迎えに来てくれと言われ向かった先は、デルーカと俺が初めて会ったあの小さなカジノだった。傘をさしてきたのにも関わらず、至るところがびしょ濡れになってしまい小さく舌打ちする。雷はまだ頭の上で鳴りつづけていて非常に耳障りだ。

カラン

扉を開くと優しいベルの音が店内に響き、開店当時から一人でバーテンもディーラーも勤める老いた白髪のオーナーが、いらっしゃいとこちらに顔を向ける事無く呟いた。店内は昔よりガランとしていて客も数える程しかいない。数の減ったビリヤードテーブル。褪せた深い緑のクロス、照らすライトは黄ばんだ雑巾みたいな色を放ち、舞い散る埃はそれにキラキラと反射する。

あの台で、デルーカがビリヤードをしていた。

コッ、

小気味良い音が店内に反響する。店とは逆にそのテクニックを増した彼女の放つボールは、決められた道を辿り当たり前のようにポケットへ吸い込まれていった。

歓声は起きない。

たった一人分の拍手は褪せたクロスに染み込みアッサリと消え失せる。

「あら、来ていたの」

「お前が呼んだんだろ」

そうだったわね、ぽつりと呟くデルーカは変わらずいつもの無表情を顔にベッタリ貼りつけたまま、バーカウンターの椅子へ腰を下ろした。俺も隣に座る。

緑と青に輝くカクテル。オーナーは何も言わず俺達の前へそれを置いて、さっさとカウンターの奥へ消えてしまった。

「今日、懐かしい夢を見たんだ」

「どんな夢?」

「親父の所から出て行って、たくさんカジノ荒らして、お前に会ってコンビ組んでくれって頼んでた頃の夢」

「あら」

「昔は随分やんちゃしてたなぁ」

「今だって変わってないわよ」

「どうかなぁ、この店だって随分寂れちまってる。俺やお前だって気づいてないだけで昔とは全然違う人間になってるかもしれないぜ?」

カクテルを口に含む。
デルーカはどこか遠い目でグラスを指先で弄んでいる。

「昔といえば、私あれが印象的だったわ」

「あれ?」

「あなたのイカサマでなにもかも破滅に追いやられた富豪の話」

「ああ、そんなこともあったな」

それはイカサマを始めてしばらくの事だ。技術を磨く為なら、どんな相手でも構わず喰いかかりボロボロになるまで金も生気も搾り取る、あの頃の俺はそんな奴だった。その時出会ったのが『人買い』として有名なとある富豪だった。
裏で人身売買の胴元を勤めながらも、自分自身様々な場所で男の『オキニイリ』を探し買い漁る。『オキニイリ』に選ばれた人間は富豪からどんな寵愛を受けるのだろう。想像しただけで吐き気がする。そんな様々な噂が絶えない気味の悪い富豪は、初対面の俺に笑いかけイキナリ勝負を持ち掛けた。

「ただ…負けたら一つ、言うことを聞いてほしいんだ…」

くふふ…鼻にかかる妙な笑い声を富豪は喉の奥からキィキィ上げる。脂ぎりテカる肌に吊り上がった口元。怪しくギラギラと輝く瞳。俺の手を強く掴んでいる湿った芋虫のような指には、高価そうな宝石があしらわれた金のリングがひぃふぅみぃ…。

どうやら富豪は俺が『オキニイリ』らしい。華奢で女顔の男じゃなくとも構わないのか。俺は掴まれた手を振り払い目を細め笑って言う。

「いいぜ。勝負、しよーか」

後ろをズシズシついて来る富豪はご機嫌だ。勝つ気満々らしい。富豪の頭の中では既に、オキニイリとして彼の家に連れてこられた俺がいいようにされている妄想シュミレートで一杯なのだろうか。テーブルに広がる緑のクロスを指先でゆっくりと撫でた。

勝負はポーカー。
専売特許だごちそうさま

ディーラーのコールを俺は聞く。

喧騒と鈴の音、トランプを捲る一瞬のスリル、古いジュークボックスからホールに流れる名前も知らないアーティストの歌をBGMに、夢見心地なスリルを今俺は味わう。

勝負は中身の無い本をめくるように、味気ない倦怠感を保ったままアッサリと終わりを迎えた。しかし富豪は一度の勝負で俺に大金を奪われながらも、その後、もう一度もう一度と勝負を繰り返し続け、とうとう一文無しになってしまった。握りしめた最後の小切手に無理矢理数字を羅列させ奪い取る。富豪は脂汗を流し涙を流し鼻水を垂らし俺に何度も土下座した。俺はそれを見ながら腹を抱えゲラゲラと笑った。

「ごちそーさん」

その後富豪がどういう末路を辿ったのかは知らない。いつか知る日が来たとしても、『ごしゅーしょーさま』って笑って3秒後には忘れちまいたいなァ。


デルーカのカクテルが空になった。今夜はどうも酔う気になれない。

「カクテル」

「いいわ、今夜はあまり酔う気になれなくて」

「奇遇。俺もだ」

「あら」

二人で顔を見合わせくすくす笑った。

カラン

最後の客が帰り、店内には俺達二人だけがぽつんと取り残される。雷は少しだけ街から離れていったのか、ガラスを地面に思い切りたたきつけた様な耳障りな音はもう聞こえなくなっていた。






























(眠らない夢)

そして物語は正夢として、
新たにスタートをきる。

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