小話

◎ディーン&デルーカ
◎ディーン視点
◎家畜ごっこの続き




気づけば俺は18歳になっていた。
昔より栄養のある食事は摂れるようになったものの、なかなか太る体質じゃあないのか、背ばかり伸びて多少不格好。
ボロいアパートの窓ガラスに映るピカピカのデザインスーツを着た自分の姿を見て思わず苦笑した。緑を基調としたブルーブラックのスーツ。スーツを着れば、より格式高いカジノやアングラにも入れるようになる。幸い俺は同年代の子供よりも少し大人びた風貌だったので、大抵の店は年齢確認されずアッサリ入店する事ができた。
ディーンそろそろ行きましょう。聞き慣れた人物の声が出発を急かす。「いまいく!」大きな声で一度叫んで、俺はハットを目深にかぶり、ギラギラ光る瞳を隠そうともしない汚れた窓に映る男へ一度、パチリと下手くそなウィンクをかました。





フランダースとアップルティー





あの家から出た俺は、ひとまずパチンコで金を稼いだ。親子として違和感のなさそうな相手を見つけ、さりげなく後をついて行き隣の台で打つ。台を選べないのが難点だったが、換金する際も「お父さんが…」などと適当な理由をつけていれば、客に無関心な店員はアッサリ万札を俺に手渡してくれるのだから可笑しかった。だがおかげでしばらくはこれでかなりの額を稼ぐ事ができた。



14歳になり、成長期だったのか背も伸びて顔も幾分大人びた俺は、この年から本格的にカジノへ通いつめる事となる。

最初は、考え勝とうとする生きた人間相手との勝負に随分手こずったが、半年もしないうちに、負ける確率と勝つ確率は逆転した。


『イカサマ』を覚えたからだ。


昔、どこだか知らない汚れたカジノで、一人の賭博師に声をかけられた。

「君、筋がいいけど、けっこうこの世界は長いの?」

「さぁ、どうかな」

「じゃあひとつ良いことを教えてあげよう」

「イイコト?」

「ギャンブルには付き物の常套技術さ」

彼は名のある賭博師だった。そして彼が教えてくれた触り程度のイカサマは、俺の才能を一気に開花させた。ひとつ覚えればふたつ、ふたつ覚えればよっつ。どこでどのタイミングでどれくらい自然に指先を動かすか。バレないギリギリの水面下で罠を敷く快感。低脳でプライドの高い成金共が大逆転された時の断末魔。手元には金、金、金。湯水のように沸いて来る金と、飽きないイカサマ勝負の快感。
それは昔あの男があの女にやった秘密の薬とよく似ている気がした。

「所詮俺もアイツの子供か」

喉の奥から噛み殺しそこねた笑いがクツクツと洩れ出す。台にたたき付けたカードの数字を見て、相手は絶叫した。鳥肌が立つ。今俺は、この為だけに生きているのかもしれない。


『カジノ荒らし』と呼ばれ始めたのは17になった頃だ。とにかく勝負がしたかった。今の自分にはどこまで高等なイカサマが出来る腕があるのか、常に確かめて、優越を感じていたかった。しかしカジノ荒らしと呼ばれ、数年間無敗の俺と勝負したい変わり者など滅多に現れるはずもなく。最近主に勝負を仕掛けてくるのは、相当自分の腕に自信がある金持ちか、逆にこの世界に入ってきたばかりで右も左もわからない様な貧乏人程度。
幸い門前払いを受ける事はなかったが、不完全燃焼ばかりでイライラしている俺を避けたがる店は多かった。



ある日、適当にふらりと、入った事もないような店へ俺は足を踏み入れた。店内はカジノでは珍しく、ビリヤード台が店の半分以上を占めるような内装で、大人しく光量を落としたアプリコットオレンジのライトが、沢山あるビリヤード台のクロスをそれぞれほの暗く照らしている。
その台の一角に数十人の人だかりができていた。

(なんだ?そんなにすごい勝負なのか?)

興味に駆られた俺は、群がる人垣を押し退け最前へ立つ。

瞬間。息が止まった。

オレンジに照らされる、青みのかかった濃い灰色の髪。白い肌を余さず露出させた大胆なスーツ姿に、群がる男は唾を飲む。しかし彼女の瞳は掴んだキューの先だけを真っ直ぐ見つめ、ゆらりゆらりとリズムを刻み続ける。

『コッ』

小気味良い音を響かせ、9個のボールは四方へ弾け飛んだ。ボールがコロコロ転がっていく様は実に見事で、まるで自分の意思ではいるべきポケットまで転がり落ちていくようだった。
沸き上がる歓声と拍手。
しかし女は微動だにせずキューの先を磨き、未だ鳴りやまない歓声を背に店の奥へ姿を消した。



カラン

小さな扉が開かれ、店から例の女が出て来る。

「こんばんは」

俺が扉のすぐ側へ立っていた事に気づいていなかったのか、彼女は先とは違い目を見開き少し驚いた表情を見せた。しかしそれはほんの一瞬の出来事で、「もっと無愛想な奴なのかとおもった」と俺が言おうと思い息を吸い込むより早く、見開かれた目は細まり、元の無愛想なソレに戻った。なんだこいつ可愛くねえ。

「あなたは…さっきお店の中に居た人?」

「そ。ディーンっていうんだけど、知ってる?」

「カジノ荒らしでしょう。噂には聞いてたけど、随分子供っぽい見た目なのね」

「そりゃあどうも」

俺はにこりと笑う。女は表情を変えない。

「なぁあんた名前は?」

「……デルーカ」

「綺麗な名前だな。で、デルーカ、お前って有名人なのか?一人でやってあの盛り上がりは異常だろ」

デルーカと名乗った女は、長い睫の奥から青く光る瞳を覗かせ、そこに俺の顔を映す。相変わらず口角はピクリとも吊り上がらない。

「…ねえ、ディーン。時間があるのなら私とビリヤードで勝負でもしない?」



衝撃だった。
イカサマを覚えてこのかた、イカサマ無しにしても勝負には一度も負けた事の無い俺が見事に惨敗。ボロボロクタクタ。一瞬で勝負を終わらせ店のカウンターからカクテルを持ってきたデルーカは、緑に光るそれを落ち込む俺に差し出した。

「お酒、飲める?」

「最近は酒しか飲んでない」

「そう。ならよかった」

デルーカは青く光るカクテルを喉にゆっくり流し込む。そしてぽつりと話はじめた。

「私、プロのハスラーなの」

「そりゃ強いわけだ」

「いつかこの街一番のビリヤードプレーヤーになって、お金に困らない生活をしたいの。だから毎晩ここで練習したり、お客と勝負したり…」

デルーカの分のカクテルが無くなった。彼女は予想に反して大酒飲みなのかもしれないな。そう目測しつつ俺は店員に同じカクテルを注文する。

「小さい頃からビリヤードが大好きで、でも色々あって両親を亡くしてしまって、一人ぼっちになってこれからどうしようと考えている時……私の手元にはこれだけしかなかった」

初めて口元に笑みを見せた彼女は、隣に大切に立てかけてあるキューを優しく指先で撫でた。

「生きていくためにはこれしかなかったから、けれど大成功よ。今はまだ貧乏だけれど、なんとかビリヤードで食べていけている……って、ごめんなさい、私、何話しているんだろう、今日の私、なんだか変だわ…」

「なあ」

「…え?」

「お前、俺とコンビ、組む気ないか」

突然初対面の人間から投げ掛けられた提案に、デルーカは心底驚いているようだった。目を見開き、大きな瞳で俺を射抜く。カクテルを煽る手も口元でピタリと止まる。

「コン…ビ?」

「俺とお前、なんか凄い似てる気がするんだ。今はただのカジノ荒らしだけど、俺絶対街で一番の賭博師になるから、俺と一緒にさ、コンビ組んで金かせごうぜ」

これほど一人の人間の為だけに、舌足らずで稚拙な言葉の羅列を重ねまくる今の俺の姿は、過去に類をみない程滑稽だった。今まで俺が負かせてきた相手にこの姿を見られたとすれば指をさして笑われるだろうか。けど、それだけ今の俺にはデルーカが必要だった。

ただ盲目に勝利を求め、枯渇した手の平で相手の首を絞め続ける毎日。生きるために。快感と優越を感じるために、今夜も俺達は夜闇に紛れる。

「あはは!なんてへんなひと!」

目尻に涙を溜め大笑いする目の前のデルーカは、無愛想な時より何億倍も、美しく見えた。

小刻みに揺すられたカクテルグラスから、鮮やかな青の滴が2滴3滴





























(フランダースとアップルティー)

俺とお前の出会いに
乾杯。
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