小話
◎ディーン/灰鷹さん宅クアラ
◎ディーン視点
西日が淡く差し込む夏の日暮れ。付属のエアコンから吹き出す冷たい風のおかげで、一貫してこの部屋は涼しく快適だった。
それはシンプルなシングルサイズのパイプベッドの上で汗ばんだ肌を密着させたままでも、十分に効果を発揮していた。むしろ肌に残ったままの汗が冷風で冷やされ寒いくらいだ。
となりでは俺の腕を枕にして、クアラが幸せそうな顔ですやすやと眠っている。長いまつげが瞼に合わせて時折ピクリと揺れた。
(…甘い物が食べたい。)
昼間から今まで延々盛りっぱなしだったクアラを相手に動きすぎて大分つかれた俺は、突然そう思い立ち、クアラを起こさないようそっと頭から腕を抜く。小さな頭は、豆粒くらいのカスカスしたメロンパンが入っているのかと思ってしまう程軽くて、少しだけおかしくなった。
「……ん」
「おっと」
腕を抜いたせいか、クアラが眉間にしわを寄せ小さく身じろいだ。起こさない様にしばらく隣でじっと息を殺す。すると眉間からしわが消えて、規則的な呼吸が再び再開された。
夏の夕暮れは長い。
少しだけ移動した窓から漏れる陽の光が、クアラの顔に当たりそうになっていたので、カーテンを半分だけ閉めてやる。
相変わらず幸せそうな顔だ。
そして俺はクアラの髪を一度撫でた後、怠い体を起こして狭いキッチンへ歩いて行った。
「さてと…」
甘い物を食べようと思ったものの、普段あまり使う事のないその場所は生活感が全く感じられない程に綺麗で、俺は久しぶりにそこに立って改めてどうしていいやらと頭を悩ませた。
とりあえず冷蔵庫を開けてみるが、ミネラルウォーターや調味料が申し訳程度に隅を陣取っているだけで、甘い食べ物など到底作れそうにない。
「どうするかなぁ…」
このまま死んだように眠るクアラを置いて一人で何か食べに行く事も考えたが、今から風呂にはいって着替えるのもめんどくさかった。
(少し肌寒くなってきたな)
もう汗は完全にひいていた、どうも空調の設定温度が低いらしい。俺は一度ぶるりと身震いして、この寒さを緩和させる為、近くに重ねてあった適当な服に手を伸ばし袖を通した。
(砂糖でも舐めるか…)
そんな事を考えて服を着ながら何気なくキッチンを一瞥する。するとさっきまで全く気づかなかったが、シンクの上に《Sugar》《Salt》と書かれた四角い容器が置かれているじゃあないか。多分俺が居ない間にデルーカが用意してくれたんだろう。
今になって有りがたい気持ちで胸がいっぱいになる。
もう体は甘い物を欲しがって限界だった。透明な容器に入ったただの白い砂糖ですら、今の俺にとってはどんな菓子よりも神々しい輝きを放っているように見える。
勢いに任せたまま思い切ってシンクの上に置かれた砂糖の容器に手を伸ばし、キッチンから部屋にあるソファへ移動した。落ち着いて眺めてみると、やっぱりただの砂糖だ。しかし背に腹は変えられない。俺は容器の蓋を開けて右手の人差し指を白い海に突っ込んだ。
恐る恐る指先に付いた砂糖をペろりと舐めてみる
「…なかなか美味いな」
味は普通の砂糖だったが、疲れた体には何よりのごちそうだった。俺はその後も無心で指先を容器から口元へと往復させていく。その時。
「なにしてるの?」
ソファの後ろから覆いかぶさるようにしてクアラが突然俺に抱き着いてきた。声が少しだけ枯れている。寝起きだからかそれ以外のせいなのかイマイチ判断がつかなかった。
「砂糖舐めてる」
起きたばかりで体温が高い為、密着した肌から温もりが直に伝わってきて心地いい。クアラは俺に抱き着いたまま返事を聞いて、おかしそうにくすくすと笑った。
「変なの。なんで砂糖なんか舐めてんのさ」
「甘い物が食いたかった」
「ディーンて料理できないの?」
「一応できるけど、冷蔵庫に何もない状態で料理作れる程器用じゃねえよ」
ふぅんと冷蔵庫をちらりと見て興味なさ気に返事を返すクアラが、俺にも砂糖ちょうだいと言ってきたので、砂糖と唾液にまみれたままの指先を思い切り口に突っ込んでやる。
「…甘いね」
「砂糖だからな」
「…うん。…なんか俺今すごく幸せかも」
そう言ってクアラは小さな顔を肩にうずめて、抱き着く腕に少しだけ力を込めた。半分だけ閉じたままのカーテンから西日が顔を覗かせ、部屋をオレンジに染める。空調から吹き出る風の音と、お互いの息遣いだけが耳を支配していく。
無性にクアラを愛してやりたくなった。
黙ったまま首に抱き着くそれの腕を引き、隣に座らせる。このざわつく胸の痛みをさっさと消してしまいたくて、俺はクアラの細い体を折ってしまいそうな程に強くぎゅうっと抱きしめた。
壊してしまうよりも今は守りたい。
俺を求めて泣くのなら俺の全てをこいつに捧げてやりたい。
「なぁクアラ、愛してるよ」
クアラの体温は冷えた俺の体を包んで、ざわつく胸の痛みを徐々に鎮めていく。後ろに回った細い両腕が服をきつく掴んだ。
「クアラ、愛してる」
「なにそれ。今日は全然嘘にきこえないね。どうしてだろう」
「知らねえよ」
「…胸が痛いよ。嬉しいのに、幸せなのに。すごく苦しい、こんな気持ち知らない。ねぇディーン、どうしよう。俺死んじゃうのかな?」
不安そうな目で俺の顔を見上げるクアラに思わず吹き出しそうになった。俺はクアラを安心させるよう一度その形の良い唇にキスをして、
「愛してるって言ってりゃいいんだよ、ばーか」
「愛してる」
「死んでろ」
「どこで?」
「俺の隣で」
(シュガーハイ)
甘すぎてどうにかなりそう。
◎ディーン視点
西日が淡く差し込む夏の日暮れ。付属のエアコンから吹き出す冷たい風のおかげで、一貫してこの部屋は涼しく快適だった。
それはシンプルなシングルサイズのパイプベッドの上で汗ばんだ肌を密着させたままでも、十分に効果を発揮していた。むしろ肌に残ったままの汗が冷風で冷やされ寒いくらいだ。
となりでは俺の腕を枕にして、クアラが幸せそうな顔ですやすやと眠っている。長いまつげが瞼に合わせて時折ピクリと揺れた。
(…甘い物が食べたい。)
昼間から今まで延々盛りっぱなしだったクアラを相手に動きすぎて大分つかれた俺は、突然そう思い立ち、クアラを起こさないようそっと頭から腕を抜く。小さな頭は、豆粒くらいのカスカスしたメロンパンが入っているのかと思ってしまう程軽くて、少しだけおかしくなった。
「……ん」
「おっと」
腕を抜いたせいか、クアラが眉間にしわを寄せ小さく身じろいだ。起こさない様にしばらく隣でじっと息を殺す。すると眉間からしわが消えて、規則的な呼吸が再び再開された。
夏の夕暮れは長い。
少しだけ移動した窓から漏れる陽の光が、クアラの顔に当たりそうになっていたので、カーテンを半分だけ閉めてやる。
相変わらず幸せそうな顔だ。
そして俺はクアラの髪を一度撫でた後、怠い体を起こして狭いキッチンへ歩いて行った。
「さてと…」
甘い物を食べようと思ったものの、普段あまり使う事のないその場所は生活感が全く感じられない程に綺麗で、俺は久しぶりにそこに立って改めてどうしていいやらと頭を悩ませた。
とりあえず冷蔵庫を開けてみるが、ミネラルウォーターや調味料が申し訳程度に隅を陣取っているだけで、甘い食べ物など到底作れそうにない。
「どうするかなぁ…」
このまま死んだように眠るクアラを置いて一人で何か食べに行く事も考えたが、今から風呂にはいって着替えるのもめんどくさかった。
(少し肌寒くなってきたな)
もう汗は完全にひいていた、どうも空調の設定温度が低いらしい。俺は一度ぶるりと身震いして、この寒さを緩和させる為、近くに重ねてあった適当な服に手を伸ばし袖を通した。
(砂糖でも舐めるか…)
そんな事を考えて服を着ながら何気なくキッチンを一瞥する。するとさっきまで全く気づかなかったが、シンクの上に《Sugar》《Salt》と書かれた四角い容器が置かれているじゃあないか。多分俺が居ない間にデルーカが用意してくれたんだろう。
今になって有りがたい気持ちで胸がいっぱいになる。
もう体は甘い物を欲しがって限界だった。透明な容器に入ったただの白い砂糖ですら、今の俺にとってはどんな菓子よりも神々しい輝きを放っているように見える。
勢いに任せたまま思い切ってシンクの上に置かれた砂糖の容器に手を伸ばし、キッチンから部屋にあるソファへ移動した。落ち着いて眺めてみると、やっぱりただの砂糖だ。しかし背に腹は変えられない。俺は容器の蓋を開けて右手の人差し指を白い海に突っ込んだ。
恐る恐る指先に付いた砂糖をペろりと舐めてみる
「…なかなか美味いな」
味は普通の砂糖だったが、疲れた体には何よりのごちそうだった。俺はその後も無心で指先を容器から口元へと往復させていく。その時。
「なにしてるの?」
ソファの後ろから覆いかぶさるようにしてクアラが突然俺に抱き着いてきた。声が少しだけ枯れている。寝起きだからかそれ以外のせいなのかイマイチ判断がつかなかった。
「砂糖舐めてる」
起きたばかりで体温が高い為、密着した肌から温もりが直に伝わってきて心地いい。クアラは俺に抱き着いたまま返事を聞いて、おかしそうにくすくすと笑った。
「変なの。なんで砂糖なんか舐めてんのさ」
「甘い物が食いたかった」
「ディーンて料理できないの?」
「一応できるけど、冷蔵庫に何もない状態で料理作れる程器用じゃねえよ」
ふぅんと冷蔵庫をちらりと見て興味なさ気に返事を返すクアラが、俺にも砂糖ちょうだいと言ってきたので、砂糖と唾液にまみれたままの指先を思い切り口に突っ込んでやる。
「…甘いね」
「砂糖だからな」
「…うん。…なんか俺今すごく幸せかも」
そう言ってクアラは小さな顔を肩にうずめて、抱き着く腕に少しだけ力を込めた。半分だけ閉じたままのカーテンから西日が顔を覗かせ、部屋をオレンジに染める。空調から吹き出る風の音と、お互いの息遣いだけが耳を支配していく。
無性にクアラを愛してやりたくなった。
黙ったまま首に抱き着くそれの腕を引き、隣に座らせる。このざわつく胸の痛みをさっさと消してしまいたくて、俺はクアラの細い体を折ってしまいそうな程に強くぎゅうっと抱きしめた。
壊してしまうよりも今は守りたい。
俺を求めて泣くのなら俺の全てをこいつに捧げてやりたい。
「なぁクアラ、愛してるよ」
クアラの体温は冷えた俺の体を包んで、ざわつく胸の痛みを徐々に鎮めていく。後ろに回った細い両腕が服をきつく掴んだ。
「クアラ、愛してる」
「なにそれ。今日は全然嘘にきこえないね。どうしてだろう」
「知らねえよ」
「…胸が痛いよ。嬉しいのに、幸せなのに。すごく苦しい、こんな気持ち知らない。ねぇディーン、どうしよう。俺死んじゃうのかな?」
不安そうな目で俺の顔を見上げるクアラに思わず吹き出しそうになった。俺はクアラを安心させるよう一度その形の良い唇にキスをして、
「愛してるって言ってりゃいいんだよ、ばーか」
「愛してる」
「死んでろ」
「どこで?」
「俺の隣で」
(シュガーハイ)
甘すぎてどうにかなりそう。