小話

◎閥、屍
◎閥視点


朝起きると彼女は死んでいた。それは比喩的な意味ではなくてこれ以上的確な言葉が見つからない程に真っすぐで明朗。誰がどうみても同じ言葉を反復する事はすべからくあきらかだった。




『かのじょはしんでいた。』




僕の彼女は息をしない。まばたきもしない。勿論たべものだって食べないし赤血球は体を巡らない。体内のいたるところにある臓器は機能を成さずにただただ沈黙をつらぬき通すだけ。「痛い」と言えば奇跡。辛いと泣けばそれはもう既に彼女では無い。『ああ、おまえはだれだ』。


そんな彼女を僕は愛した
そんな彼女は僕を愛した
屈折のない互いの想いは何に遮られるでもなく深く胸に突き刺さる。それはまるで、あの時君に突き刺した鋭利なナイフの切っ先みたいにキラキラ痛くて愛しい

「閥、閥は私の事すき?」

可愛いげのある大きな眼球が僕の瞳を射抜いて離そうとしない、ので、僕はそれに答える様優しく君を腕の中に閉じ込める。真っ白で冷たい額に口づけをして、くすぐったそうに目を細め身じろぐ君に少しだけ欲情した。

「好きだよ。世界でいちばん愛してる」

小さな耳に唇を寄せて囁く。
頬が染まったように見えたのは錯覚か幻か(薬には手を出していなかったはずだ、)と朦朧する意識の中ポツリと考えておく。そうして君は嬉しそうに僕の腰に腕を回し、そっと目をつむった。

(麻薬だ)

あの日魔女に盛られた麻薬がこうなるといよいよ体内を巡り全身に浸透してきて頭が痛い。我慢のできない理性が本質に捕まり苦しげにもがいているのか。
そっと触れた頬は当たり前に冷たくて、胸の隅に残るわだかまりから逃れるよう、君の真似をして目をつむった。


繋いだ唇すら暖かくもなく、洩れる吐息は一人分の熱しか孕みやしない。きつく体を抱きしめ合えば、聞こえる心臓の音に僕は喉を締めつけられた。




(彼女は死んでいる)

「僕は生きている」




それを考えるだけで、僕の肌から放つ熱や熱い血潮、感情をもつ脳や生きている心臓や酸素を求める肺や君を見ると反応してしまう性器やなにもかも、
惰性的なその全てを、





ひたすら掻き消したくなった。



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