世界観、その他設定2

神天地のおはなし

神様は愛を以って人間達を見守り、時には良い方向へと導いてきました。
また、人間はその愛に心の底から感謝し深く神様を敬うことで、変わらぬ加護を与えられてきました。

しかしある日、ひとりの女神がひとりの人間の男を愛してしまったのです。

その男は長年神様や精霊の持つ不思議なちからを研究していました。
神様達の命をいくつも奪い、そのちからを自分のものにする研究の成果は絶大なもので、男は人間でありながら、火を操り水を凍らせ、果ては人の心を操ることすら可能にしました。
その結果創世の神様の怒りを買った男は、その後死刑囚として冥府の奥底へと閉じ込められてしまいました。

女神は慈悲の気持ちで、死刑間近だったその男に加護を与えに行きました。しかし反対に男に魅せられ、あっという間に恋に落ちてしまいました。

もちろんその人間の男も女神を同じように愛していました。そして女神から人一倍の加護を受け続けました。
けれどその女神は世界中の愛を司る神様だったため、男へと一心に加護を注いだせいで、たちまち世界から愛が消え、大陸は深い闇に包まれてしまったのです。

それを知り怒った他の神様達はこの世で一番偉い創世主と話し合い、女神から神様としての力を奪って、男と共に一番深い海の底へと沈めることにしました。
そのなきがらは、最古の神様のひとりである海の神様が管理することになりました。さざなみのように穏やかで広いこころを持つ海の神様は、愛し合った末命を奪われたふたりが不憫でなりませんでした。

そんなある日海の神様は、ふたりが沈められた海域に感じたことのないわずかな揺らぎを見つけました。
急いで深い海の底へと向かうと、なんと命のない女神の体から、ふたつの命が新たに生まれ育っているではありませんか!

海の神様は考えました。
もしかしたら産まれてくる子供は、男の持っていた未知のちからや、使い方を誤れば、何億もの命を奪うことができる女神のちからを持っているかもしれない。

それでも産まれてくる命に罪はないのです。

海の神様は決心して、そのふたつの命を拾い育てることにしました。
産まれてきたこどもは男の子女の子

男の子は父親に似て、端正で頭の良い子に。
女の子は母親に似て、美しく気高い子に育ちました。

ふたりは海の神様や、海を強く信仰する漁業の街の民に見守られすくすくと成長しました。またふたりには、15歳になっても、ハタチを過ぎても、恐れていたちからが目覚める気配はありませんでした。

しかしある日、このふたりの存在を知る海沿いの村の神父が、他の名だたる神様達にふたりのことをしゃべってしまったのです。
神父は言いました、

「私はこの世に生を受けてからいままで、神様を心の底から信じ敬い、あなた方に愛される幸せを感じながら、同じようにあなた方を愛してきました。なればこそ、他の神様に背き、皆を欺くあなたが許せなかった」

海の神様は、太古の神様として気の遠くなるような永い間この世界を見守ってきました。
そんな大いなる神様が、他の神様や果ては創世主すら欺き、裏切った行為は許されるべきことではありませんでした。
海の神様は冥府へと送られ、業(ごう)をなくすこともなく魂ごと消されてしまいました。

事情を知らない男の子と女の子は、自分達の育ての親である海の神様を唐突に奪われたことで、恐れていたちからの扉を開放してしまいました。

女の子は、人から愛を奪い心に絶望しか残さないちからと、目を合わせただけで相手を虜にさせるほどの美貌を手にしました。
男の子は、あらゆる言葉を操り、どんなものにでも姿を変え、また、人の記憶や思い出を書き換えるちからを手にしました。

あまりに恐ろしいちからを持ったこのふたりを、名だたる神様達は憂い、一様にさっさと殺してしまおうとしました。
ですが神様達の中でも一際特別な地位にある冥府の王様は違います。

「ふたりのちからはあまりにも謎がおおすぎます。また、そのちからがこの世界にどんな影響を与えるかもわかっていない。
殺してしまうには惜しいそんざいです。それに魂すらないぬけがらだった愛の女神から産まれてきた子供だ。
殺しても生き返るかもしれない。だったらあのふたりのちからをもう少し調べて、確実に殺せるまで待ったほうが得策だと、私は思います」

これには他の神様たちも閉口しました。
たしかに、まだまだ発現したばかりの未知のちからです。
本人達すらうまく扱えていないうちに徹底的に調べて、脅威が完全になくなるまでは生かしておいたほうがいいかもしれない。
なにもわからないまま殺してしまえば、これから先ずっと、未知のちからが及ぼす影響におびえて暮らさなければいけないんだ。
それはいやだ。そうだそうだ。じゃあしばらくは生かしておこう。そうしよう。
でも、

「「「誰がふたりを手元においておくの?」」」

だれもが押し黙りうつむく中で、唯一声をあげた人物がいました。不気味なくらいにっこりと笑い、手を上げたのは。

「それでは私が責任以って、ふたりを預かりましょう」

冥府の王様でした。

冥府の王様はみんなの嫌われ者です。
利口で頭のよくまわる冥府の王様を他の神様は怖がりました。また、邪険に扱うか、不必要に関わらないよう避けるものばかり。
そんな、信用など微塵もない冥府の王様に、この世界をひっくり返してしまうほどのちからを秘めたふたりを預けていいのでしょうか。

それでも冥府の王様は喋り続けます。

「新天地から唯一ふたりを隔離することが出来る場所は冥府だけです」
「ふたりが側にいればいるだけ、自分の身も危なくなるでしょう」
「だからこそ、私がふたりをそちらの世界から隔離し、監視すべきではないでしょうか?」
「これは罪深い私にとっても、格別の罰になるはずです」

こうしてふたりは神天地からはるか遠く、冷たく暗い冥府の国に閉じ込められ、冥府の王様から手厚い歓迎をうけたのでした。




冥府の王様
冥府の王様は、元々創世の神様がはるか昔に創りだした大地の神様でした。

大地の神様は、時に地震を起こし火山を噴火させ、海から大地をつくりました。
大地の神様は特に人間からの信仰が厚く、また彼もそんな人間が大好きでした。

けれど大地の神様は、自分を特に厚く信仰していた部族の少女と恋に落ちてしまったのです。
そしてある日、他の部族と戦争になった時、少女が捕虜として捕まり殺されそうになりました。

そのときです。

大地の神様はあろうことか、愛する少女を守るためにおおきな地震を起こし、無関係な人間を含んだ何万人もの命を奪ってしまったのです。

創世の神様は怒りました。もちろん大地の神様も、自分がしでかしたことに酷く驚き、後悔しました。
でもそれよりも、今は少女の行方がきになってしかたがありません。
創世の神様や、自分を探し回っているほかの神様達に見つからないよう、大地の神様は焦土と化した大地を歩き回り少女を探しました。

もちろん少女も同じように、大地の神様を捜し歩いていました。
このおおきな地震は大地の神様がやったことだと、少女はすぐに気づきました。
自分が愛した相手は、とても恐ろしい存在だと。そんな存在に愛されたことは、とても恐ろしいことだと。
荒れ果てた大地を踏みしめながら少女は思います。

でも会いたいのです。愛しているのです。

そうしてふたりは、だだっ広い大地にたどり着きました。
お互いがお互いを見つけ、嬉しくて駆け寄りました。

そのときです。

ずだだだだ!ずだだだだだ!

少女の体にいくつもの穴が開き、血が吹き出ました。弾はその先にいた大地の神様の体をすりぬけて、からからと地面に落ちます。

「なんだ、貧乏そうな女だよ。こいつは金目のものなんか持ってないな」
「ほんとうだ。それに売れるほど美人でもないぞ」
「死姦が趣味の変態には到底売れっこない。ちくしょう、弾がもったいないぜ」

何万もの命を奪い守った少女の命は、大地の神様の前であっけなく散りました。
少女のからだをまさぐる暴漢たちは、まだ大地の神様に気がついていません。
目からぽろぽろと涙がこぼれます。あんなに大好きだった人間が、今は憎くて憎くて。
こんなにおおきなちからがその手の中にあるのに、どうしてたったひとりの少女の命すら留めておくことができないのか。

自分勝手な理由で奪った命に対する罰はいくらでもうけます。だから、だから。

「目の前の人間にも、罰を」

大地の神様はまた地震を起こそうとしました。
そうすることしか、今は考えられなくなっていたからです。神様でありながら、人間のように憎しみにとらわれて、命の重さに優劣をつけてしまったからです。
大地の神様の体は完全に穢れで満ちていました。

「まちなさい」

するとどこからか声が響き、穢れで満ちた体にいくつもの白い矢が刺さりました。
それはとたんにまばゆくひかり、大地の神様の「神様」としてのちからを奪ってゆきました。
大地の神様は完全にちからを奪われ、地面に体ごと倒れます。混濁した意識で、創世の神様の声に涙を流しました。

「お前は許されざる罪を犯しました。古くからこの世界を見守り、われわれが創りあげた歴史を、私欲のためだけに壊し奪ったのです」

「ああ創世主様。私はなんて恐ろしいことをしてしまったのでしょう。多くの人間の命を奪ったこと、大地を、世界の一部を汚してしまったこと、許されるべきではないことは私もわかっています。ですが、ですが創世主様!目の前の、あの人間は、なんの罪もない少女の命を奪ったあげく、その命に対して、さらに辱めを与えようとしている!」

暴漢たちは神様たちの前で、少女の服を脱がし、口々に笑いあっていました。
時折、ナイフの切れ味を確かめるために、真っ赤になった少女の皮膚へと刃を滑らし、目をえぐり、靴の先で体中を蹴り上げています。

大地の神様は動かないからだで涙を流し、血走った目でその光景を眺めていました。
しかし創世の神様は抑揚のない声で言います。

「なんの罪もない少女?あの人間は大罪を犯しています」

「大罪!?なんのです!!」

「人間程度の存在が、神という格上の存在から一心の愛を向けられ、加護を受けることはこの世の摂理に反している。それに人間同士の争いは人間同士で解決し、相応の罰を与えるべきです。人間は、我々から罰を与えてもらえるほどの存在ではありません。」

大地の神様は目を見開き、なにも言わずに創世の神様を見つめます。
いいえ、何も言えなかったのでしょう。
少女と恋に落ちた大地の神様のこころは、もう完全に人間に近いものでした。

「あの少女の魂は死神に刈り取らせた後、我々が保管し管理します。冥府には送らないので生まれ変わることもないでしょう。これが、あの人間に我々が与える罰です」

ああなんてことだ。創世の神様は、人と神様との恋には死よりも重い罰を与えるのに、人同士で争い、殺し合い、自然を壊す人間にはなんの罰も与えないのか。

絶望した大地の神様が最後に見たのは、涙でゆれる世界の向こうで、ニヤニヤと笑い去ってゆく暴漢たちの後姿でした。



その後大地の神様は罰として、神天地と遠く離れた冥府とよばれる場所で、半永久的に死んだ魂の管理をすることになりました。

大地の神様の体はあまりに穢れで充ちていたため、その穢れきった魂を保管しておく器もなく、また、生まれかわってもその穢れに耐えられるからだがなかった故の配属でした。

大地の神様は冥府の王様になりました。
善人の魂も、悪人の魂も、少なからず多からず持っている業をきれいにして転生させ続ける存在になりました。

そして冥府の王様は、創世の神様が大嫌いになりました。



そして…
こうして冥府の王様はふたりを手元に置き、常時監視し躾をすることになりました。

けれど冥府の王様は初めから、他の神様に言ったように、ふたりを新天地から遠ざけ隔離するつもりはまったくありませんでした。

冥府の王様の目的はふたつ。
ひとつは、創世の神様の手から少女の魂を取り戻し、冥府で新しい命へと生まれ変わらせること。
もうひとつは、神様からも人間からも罰を与えられずのうのうと生きている人間にしかるべき罰を与え、自分が創世主に取って代わることでした。

神様のちからは受け継がれていくものです。
風のちからをてにした者が風の神様になり、月のちからをてにした者が月の神様になるのです。
無論それはこの世界を創った創世の神様にもあてはまることでした。
創世の神様のちからを手に入れさえすれば、どうとでもなります。
不要な人間や神様たちは一掃して冥府で生まれ変わらせるのみ。それだけで世界は浄化されて、本来あるべき正しい平等だけが残るのです。

冥府の王様は、創世の神様を除いて唯一自分の軍を持つことが出来ました。
冥府へと送られてくる魂が冥府を抜け出したり、暴動を起こしたときにすぐ対処するためです。
また、毎日つくられる魂を刈り取るのにも途方のない人員が必要になるので、魂の管理を一挙に担うこの場所を稼動させ続けるのにも軍はなくてはならない存在でした。

冥府の王様はそのシステムを利用することにしました。
ただの人間の魂なら、いくら集まろうともたいしたちからにはなりません。
でも、名だたる神様やちからのある精霊の魂ならどうでしょう。
神様としてのちからがなくなったとしても、穢れのないその魂には人間とは違うつよいエネルギーが満ちています。
そんな魂ばかりを集めれば、創世の神様さえ倒すことができるかもしれません。

冥府の王様は引き取ったふたりにことの経緯をすべて話しました。
海の神様がなぜ殺されたのか、ふたりの本当の両親がどういう人物だったのか、また、どうして海の底に沈められてしまったのか。そしてどうしてふたりがこの場所に連れてこられたのか。

冥府の王様は言いました。
自分が創世の神様に取って代われば、海に沈められた両親を蘇らせることもできるし、ふたりを育ての親である海の神様にすることもできる、と。

無論約束を守る気など、冥府の王様にははなからありません。ふたりが世界にとって脅威なのには変わりないからです。
今手なずけておけば、少なくとも冥府に危害は加えてこないはず。目的さえ達成すれば、いずれふたりは自分にとって最後の障害になる。
穢れが多すぎて魂を転生させることができなくても、最終的にの魂のように永遠に手元で保管しておけばいい。

ふたりは創世の神様や他の神様達を憎み、冥府の王様に従うことを決意しました。冥府の王様はふたりのちからを調べ、そうして新たに発現していくちからを使い、神様殺しをさせることにしたのです。

冷たく暗い底の国で、恐ろしい計画が幕を開けようとしていました。









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