Butterfly of the noon
暫くすると、先輩は何かの糸が切れたかのように泣き崩れた。
レンナ先輩の名前を呟きながら。
オレは静かに痛みを堪えた。
体の傷じゃない、心の傷。
山村先輩の気持ちが拳から伝わってきたから──
「体育館の外じゃ、空気が重いままだね」
野嶋が深い溜め息をついて小さな天井を見上げる。
「野嶋、さっきはありがとな」
「わたし、何もしてないよ」
「……庇ってくれた」
「でも、姫路くんは傷だらけ……」
「まだマシな方だよ」
先輩の心は傷だらけで、裂かれてボロボロだ。
死んだヤツらは痛くても泣きたくても、叫びたくても叶わない。
どれだけ痛みを味わったのかは分かってもあげられない──
「どうして……人は悲しみを生み出すんだろな……」
「え?」
「怒りや悲しみ、不安は誰にだってある……でも、楽しかったり嬉しかったりする」
「……」
「相殺出来るだろーが」
「出来ないよ、傷は残るから」
「傷口の数だけ、優しさを知る事だって出来るんじゃねェか?」
「意味分からない……」
野嶋は立ち上がって、オレに背を向ける。
と、雨がポツポツ降ってきた。
「わたしね、お父さんがいないの」
「え?」
「わたしが殺したの……薄暗い部屋、血の匂い……」
野嶋の頬を雨が濡らす。
お前、泣いてんのか──?
.