Dear my....

(メイドアリス)



「はぁ……」


今日は朝から散々だわ……
今日程、この仕事を辞めたいって思った日はない……
厄日とは、こういう日の事をいうんだと思う。

──その1。
食事運びの失敗。


「……アリス? これは、わざとなのかな?」
「あ、いえ……」


おかずの一つ、ボンゴレを派手にぶちまけた。
それがよりにもよって、ボルドーさんの頭にも……
これがスマルトやベゴニア達だったら、


「イメチェン? 貝似合ってるよ! おっしゃれ~」


何て冗談言うのに……


「ちょっと……アリス!」
「どうしたの? ベゴニア」
「……声に出てるって!」


ハッとした時には、もう遅かった。
大変な激怒をしたボルドーさんからの説教。
説教中、お坊っちゃまのところに行けなかった事で……更なる厄を呼び起こした。


「お前、朝からオレの世話係をサボったんだ! それくらいはしろよ!」
「……分かりました」


“オレの風呂場に付き合え!”
いまいちよく分からない、お坊っちゃまの欲求。


「いいか! アリス! お前、今……い、今からオレの……せ、せな……せせせせせせセイロンティー!」
「セ、セイロンティー?」
「お、おうよ! セイロンティー踏んだ足を洗え!」


そう言って、お坊っちゃまは靴下を脱いだ。
桶にお湯を張り、丁寧にお坊っちゃまの足を洗う。
上を見上げると、お坊っちゃまの顔が真っ赤だった。

はぁ。
お坊っちゃま、相当怒ってるんだな……
クビにされちゃうんじゃ……


「あの! お坊っちゃま! 本当にすみませ──きゃあ!」
「わっ!」


私が急に体勢を変えたことで、石鹸で足を滑らせお坊っちゃまと滑った。


「いったた……お坊っちゃま、すみません! 大丈夫──」
「水色……ぶふぅ!」
「え! お坊っちゃま!!」

今日は確かに水色の空ですが……
じゃなくて! 
私、気付かないうちにお坊っちゃまの顔とぶつかったのかな?
──お坊っちゃまは、鼻血を出して倒れた。

私の悲鳴を聞いて駆け付けたあがっとさんに──


「あ、アリスさん!? さ、流石にそれは刺激的すぎますよ!」
「違います! これは滑って──」


そう、あの後。
私はお坊っちゃまの身を案じて、駆け寄ろうとして滑って湯船にダイブした。
濡れてしまった服を絞っていたところ、アガットさんがやってきたというわけだった。

その他にも色々とあったけど……
何より最悪だったのは──


「きゃあ!」
「おわっ!」


洗濯物を抱えながら、角を曲がった時。
思いきりライ様とぶつかったこと。


「す、すみませ──きゃあああぁぁぁぁっ!!」
「アリスのえっちい~」


ぶつかった反動でライ様のシャツのボタンは飛び散り、ズボンと下着が一気にずり下がった。

……つまり、ライ様のラッキースケベられを発動させてしまった。


「おいおい。ライ、こんなとこでヤル気満々かよ。大胆なメイド、悪くないな」
「公開プレイ、悪くないな。って、メイドのやつ固まってっけど?」


更にライ様の御友人達にその現場を見られており、誤解を招いた。


「いいな、それ! ヤろうぜ、アリス!」
「やりません!!」


あろうことか、逃げる時に洗濯物をぶちまけ……皆さんの下着を床に散らかして逃げてしまうという失態。
タオルの下、“シークレット”って書かれた袋があったのを忘れてた上に……
その中身がまさかのモノだった……
もちろん、そこにリク様のものもあったと……今、報告を受けた。
何も知らずに過ごしていた数時間を悔やんだ。

窓の外を見ると、雲が月を隠すところだった。

そっか。
私も……ここから、消えればいいんだ。

黒い服、黒いスカーフで顔を隠す。
シーツを繋げてロープを作り、そこから屋敷を出た。

自分でも、どうしてこんなに回りくどい方法を取ったのか分からない。
“辞めます”
一言、伝えれば済む話なのに。
……やっぱり、未練があるんだろうな。


「こんばんは、アリスさん」


声に思わず、足を止める。


「それは、流行っている遊びかなにかですか?」
「…………リク……様…………」


私は苦笑いが精一杯だった。


「──そっか。それは大変でしたね」


私は今日あったことをリク様にかいつまんで話した。
逃げるように屋敷から出たことは、我ながら痛い言い訳で誤魔化したけど。


「気を紛らす為に使用人達共通のコソコ掃除を真面目にするの、アリスさんらしいね」


そう言って、リク様は笑った。

その笑顔だけで私の心は救われます!
ありがとうございます、リク様!
ご馳走さまです、リク様!


「お、お恥ずかしい……」
「今度は僕も誘って下さいね」
「はい!…………ええっ!?」
「他の方とやるならともかく、一人は何だか寂しいじゃないですか」
「…………寂しい?」
「僕にはそう見えました」


リク様のその言葉にドキッとした。


「……僕も嫌な事があった日は、やってみようかな。コソコ掃除」
「えええ!! 駄目です! 怪しい人になってしまいます!」
「アリスさんは怪しくありませんでしたよ……あ、僕がやると黒ずくめに眼鏡……確かに怪しいですね」


そう言って笑うリク様にさえ見とれて、何も言えなくなるなんて……


「……アリスさん。もう、ないですか?」
「え?」
「辛かったこと」
「…………あ、はい……」
「なら、もう明日は真っ白なスタートですね」


“嫌なことは、吐き出したら後は白に戻るだけ”
リク様はそう言った。


「もし、明日また何かあったらここで聞きます」
「え……」
「何もないに越したことはないんですけど。でも、嬉しかった話も気になりますね」
「それ……って……」
「僕でよければ、ですが」


──その後の事は記憶がない。
あまりの嬉しさに記憶が飛んでしまったみたいで……
夢なのかとも思ったけど、今朝──

“アリスさん。頑張って”

すれ違った時にリク様がそう言ってくれた。


「……はい! 頑張ります!」


そう言ったものの……
私はよくも悪くも、空回りすることが多い。
その事をすっかり忘れていた。





Dear my..../Janne Da Arc
END.
(2024.09.09)
1/1ページ
    スキ