Thorn
それは、ある平日の昼間。
外から帰って来たカルロが玄関口にある赤いスポーツカーを見つけた。
(この車を見ていると、嫌な予感がする。もしも、彼女のなら、見つかる前に…)
「カルロじゃないか」
そこへ背後から声をかけられた。
彼としては、出来るのならば会いたくない相手でもあった。
「……クロノ様。珍しいですね。いつもなら、0時過ぎか朝帰りが基本なのに。まだ昼間ですよ」
「やけにトゲがあるじゃないか」
「気のせいですよ」
カルロはクロノが苦手だった。笑みで誤魔化しているが、本当は早々に立ち去りたいのである。しかし、そうは問屋がおろさない。
「丁度いい。これから買い物に行きたいんだ。荷物持ちについて来い。礼はするぞ」
「お断り致します。仕事がありますので」
「お前はくそ真面目だなー」
クロノの言葉にむっとしたが、堪える。
しかし、カルロにとっては、ここでの仕事に関して、辛いと思ったことはない。むしろ、やりがいがある。実家にいることと比べたら、天国のように幸せな場所だった。
「当たり前です。僕はインカローズ様に恩返しをするためにここにいるんですよ。あの時にあの人に出会って助けてもらわなければ、未だにあの家に囚われていたままでしたから」
「へぇー。うちにいる使用人の大半は、父さんを恩人と思ってるやつばかりだな」
「インカローズ様がいたから、こうして元気に暮らしていられるんですよ。僕は」
「カルロの言うことにも一理あるが、中には妹に助けられたのもいるがな」
「ええ、クロッカスやタスク辺りは、リコリス様に救われましたね」
クロノの二つ下の妹であるリコリスは、お嬢様を絵に描いたような少女だ。何をしても完璧にこなし、簡単なマナーさえもキレイに映る淑女。彼女をうちの息子の嫁にしたいとパルフェ家に婚約話は沢山舞い込んで来るが、彼女は「必要ない」と断っているようだ。男にまったく興味がないわけではない。ただリコリスの中である人物にしか興味がないだけ。
そんな彼女は妹達をよく気にかけているが、輪をかけて溺愛しているのが、五女のアリスである。
彼女に何かあれば、すっ飛んで行くほど。それを知るのは、ごく一部だが。
「リコリスも父さんに似て、困ってるやつを見たら、放って置けないからな。正義感もあるし。アリスが関わらないと完璧な御令嬢なんだが」
「リコリス様の前でアリスにひどいことをしたりなんかしたら、即ブラックリスト入りですよ」
「カルロ、やったのか?」
「アリスは素直で優しい子です。そんな子に僕がするわけないじゃないですか!前にいたんですよ。リコリス様の前でアリスに暴言を吐いた者が」
「そんなの今までにも沢山いたじゃないか?」
リコリス目当てで入る執事を幾度となく見てきた。中には、ラセンやエリーゼに鞍替えする者までも。あの二人は、まったく興味を示さなかったが。クロノにも声をかけてくる者も複数いたが、たっぷり可愛がって、二度と屋敷にいられないようにして、追い出したこともあった。
「ええ、いましたね。その執事も憧れのリコリス様と話せて、嬉しかったんでしょうね。名前も呼んでもらって。しかし、その時にアリスが用があって、リコリス様に声をかけたんです。そしたら、そいつ、リコリス様の前でアリスに向かって、「邪魔すんな、ちび。あっち行けよ」って言ったんですよ。その後は……もうおわかりでしょう?」
「ぶち切れたんだな、リコリスは。目に浮かぶ」
想像でもしやすかったのか、クロノは笑った。
「更にそこにハルクもいました」
「あの二人、アリスに関しては最強ペアだからな。あいつも文句言いながらも、アリスの傍を離れないし」
「その執事をリコリスとハルクが気絶させて、目が覚めた頃に執事長からクビ宣告というコンボを決めました。元から色々問題あった者でもありましたし、辞めさせて正解ですね」
「それ、お前も絡んでいるだろ?あと、アガットやクロッカス辺り。じゃなきゃ、そんなにスムーズに辞めさせることは出来ないからな」
「僕は執事長に話しただけですよ?証拠を集めていたのは、アガットとクロッカスです。メイドの二人は、仕事が早いですから」
ニコッと笑うカルロにクロノは、ため息をつく。
(うちには、アリスの過激派兼親衛隊がすごいな。見ないうちにどんどん増えてるじゃないか…)
「やれやれ。今はアリスがまだ子供だからいいが、もう少し離れた方がいいぞ。特にリコリスとハルクは。いや、もう手遅れかもな」
「意外によく見てますね…」
「これでもここの長女だからな。…さて、買い物に行こうと思ったが、急に野暮用が入った。3日は戻らないとアンバーに伝えといてくれ」
「かしこまりました」
スマホを見てから、クロノが自分の車である赤いスポーツカーに乗り込む。
「カルロ。次こそは買い物に付き合えよ」
「お断り致します」
「強情なやつ。そこが気に入っているんだがな」
そう言い、クロノは行ってしまった。
彼女の乗る車を見送りながら、彼は思う。
(珍しく今日は普通だったな。いつもなら、セクハラしてくるのに…。あの連絡は、彼かもしれないな)
そんなことを考えながら、カルロは仕事に戻った。
【END】
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